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「案外純情なのね。もっとすれてると思ったわ」
「姉は嫁ぎ先に戻ったわ。私は暇だからついてきただけよ」
「故郷はどこや。僕は奈良やけど」
「まるっきり関西人。それにずうずうしくも友だち気取りだし。まあいいわ」
「君だってそうじゃないか」
「今度は標準語じゃん。私は山梨出身です」
見つめ合った。
声を出して笑った。
並んでブランコに乗っている。長い髪が揺れる。シャンプーの香り。
男なのに長い髪。裾がラッパみたいに広がったズボン。今流行のなんとか族気取り。
「お、お茶飲みにい、い、行きましょう」
「あっ、わたしのこと誘った。勇ましいところは好きよ」
「おれ、女の子誘ったのは、初めてなんだ」
「そんな話は信じられませえん」
ブランコを止め、彼女の手をしっかりつかんだ。脇に抱え込むようにした。
彼女は一瞬驚いたが、されるがままになっていた。
「いっしょに北海道めぐりをしましょうか」
耳元でそっとささやいた。
小樽の街。
夢にまで見た。
遊歩道をふたりで歩く。
恋に恋していたようなY。彼は今夢のような体験をしている。頬をつねった。痛い。現実だ。
港の小公園での強引な振る舞い。やりすぎだ。自分でも驚いている。
彼女はふと立ち止まった。
夕陽を見つめている。
聡明な顔立ちだが、表情が暗い。
「どうしても、だめなんですか。大学を卒業したら、ふたりの将来のことを真剣に考えるって、約束してくれたじゃないの」
「都合が悪くなったんだよ。親が気付いたんだ。とんでもない。若すぎる。反対だって」
「二十歳すぎでしょ。あなた。自分で決めていいはずだわ。この数年間、あなたを信じてついてきたわ。すべてささげたのよ。それがどういうことかわかる」
「お前は家の大事な跡取りだって、母が泣くんだ」
「そう。その程度で引き下がってしまうの。わかったわ」
温泉の町、石和。笛吹川のほとり。
彼女はそこで生まれ育った。春には桃の花が街をはなやかに彩る。
両親は、彼女が幼い時に、事情があって離婚した。子供は全員母が引き取った。
石和の旅館で下働きをした。
子供たちはそれぞれに懸命に勉強した。
彼女は成績が良く、都内の大学も合格したが、母のそばにいてやりたかった。
地元の教育系大学に進学した。
三年生の夏休みに姉とともに北海道に来ていたのだ。
住所を教え合い、しばらく文通をした。
四十年後のある夜、彼女の夢を見た。
トントンと台所で音がする。
着物をきた若い女性が立ち働いている。妻ではない。
横向きの姿なので顔は見えない。髪の毛をポニーテールにしている。
私はしばらく眺めていた。
気付いてこちらを向いた。
何か言いたそうにしている。
目で表現している。
言葉にできないのだ。話せないのだ。
「解った。どうもありがとう。来てくれて」
目が覚めた。
彼女とこの世で逢うことはない。苦しくてどうしようもない時に、私を訪ねてくれる。
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けっさん文庫
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お話をいろいろ書いています。
ご自由に読んでください。
お気に召したら嬉しいです。
ご自由に読んでください。
お気に召したら嬉しいです。
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「父さんが生きていてくれたら」
母が、かぼそい声で言った。
父は数年前に亡くなっていた。
義男は高校生だった。成績が良く、進学を希望していた。
「母さん、おれ働くよ。妹がいるしね」
幼い頃から優しい性格だった。小学一年生の時、学校から帰る途中に、雨にうたれた子犬を持ち帰った。
「母さん、お願いがあるの」
玄関の戸を少し開け、顔だけ出して言った。
「どうしたの。ずぶぬれじゃないの。早くあがって着替えなさい」
手ぬぐいで拭こうとした。
きやあっとさけんだ。
母は犬がきらいだった。
義男はクンクン泣いているのを、見捨てては来れなかった。
「捨てて来なさい」
「いやだいやだ。かわいそうじゃないか」
「あっ、パパ。おかえりなさい」
いつの間にか、眠っていたはずの宏子が廊下に立っている。
父が玄関に立っていた。微笑んでいる。
「まあ、あなた。いつ帰っていらしゃったの。早いお帰りですこと」
「さっきからここにいたよ。犬にかまけて、気がつかたかったんじゃないか」
「どうします、この犬」
「子供がこんなに言ってるんだから、飼ってやろう。一切責任を持たせればいいことだ。迷い犬を世話してやるといいことがあるっていうよ」
「ねえ、ママ。飼っていいでしょ」
宏子が甘えた声で言った。
翌日、宏子は学校を休んだ。
朝食を食べずに、昼近くまでベッドに横たわっていた。熟睡できていない。
嫌な夢を見た。兄が何者かに足をつかまれ、底なし沼に引きずりこまれていく。
兄の手をつかんでいる。
おにいちゃあん。
大声をあげた。
びっくりして目が覚めた。
ベッドから起き上がり鏡台の前にすわる。
両手で長く垂れた髪をかきあげ、鏡に映った姿をじっと見つめた。
瞼がはれている。
父はすでになく、頼りにしていた兄も当分家には帰って来られない。
男の灰とがいない家庭になってしまったわ。母とふたりきりだなんて。
玄関で、戸が開いた。
「宏子、ただいま」
母は、今朝早くから、兄のために衣類を持って出かけていた。
「母さん、お兄さん元気だった」
「今日は逢えなかったよ」
母はすでに覚悟を決めていた。
子供を守ってみせるという気概であふれていた。
宏子は母の顔を見て、元気になった。
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森の暗闇から出る。
街路灯の下に立つ。
コンと低いが鋭く鳴いた。
嗅覚が増していく。普段の百倍までパワーアップできる。
うん。こっちだわ。酒と御馳走の匂いだ。
五分ほど歩いた。
一軒の建物が見えた。窓から灯りが漏れている。
公民館である。部落の常会が終わり、宴になっている。
男たちが騒いでいる。
酒の香りが強くなった。
ここに間違いないわ。
よいしょっと。
長い袖を手繰り寄せ割烹着を取り出した。すばやく身につける。
これで働きやすいわ。男はだれでも、お手伝いさんが来たと思うだろう。
ほんとあたしって利口。おばあさんに似たのかしら。
おおっと、ここが勝負の分かれ道。慢心したら、化けの皮がはがれてしまう。
この段階でたくさんの先輩が失敗したのよ。
お稲荷様に見放されてしまう。
子供のためよ。赤ちゃんのためよ。忘れちゃいけない。
無心の境地よ。
おばあさんの教えを最後まで覚えていなくては。
公民館の戸口に立った。
コーン。
人に絶対に聞こえないように鳴く。
女の声を何度もつぶやく。発声練習する。
緊張する。
狐にとっては、人間界は異界である。あえてそこに入ろうとしている。
狐として野山にいるのが自然なのだが、食べ物が天変地異のせいで、まったくなくなった時や、子や年寄りなど自分で食べ物をとることのできぬものが身内にいる場合に限って、お稲荷様の許しが得られる。
「化ける」のは命がけなのだ。見つかれば、死が待っている。
意を決し、戸を開けた。
「こんばんは。みなさあん」
男たちが一斉に芸子を見つめる。
驚いている。
ずいぶんな美人だ。京都にいると聞く芸子に似ている。
何でも三味線を弾き、小唄や舞踊がうまいらしい。
そんなのがこの村里に来るはずがない。
「頼んだ覚えがないがもし」
七十がらみの部落のオサが落ち着いた声で言う。
「いえね、わたしの姪がこのたび村の若い男の方に危ないところを助けていただきました。大変な世話になりまして。聞けばその方は、この村の出身じゃありませんか。ですからこうしてお礼として参上つかまつったわけでござる」
「あれれ、変な物言いじゃなあ」
「ううううん。ちょっとこの間まで、時代劇の練習をしておりましたので。どうもすみません。お聞きぐるしいところがありましたら、ごかんべんをお願いいたします」
あぶない。あぶない。
人間の話す言葉は、なんて難しいのかしら。
それにしても、メスがいなくて助かった。
神様がついていてくださってる。
シッポが着物の裾で揺れている。
男たちは、それが見えない。
冷や汗が額に滲んでくる。
「あぶないところをって、一体どうしたんだんべな」
「車にひかれそうになったんでございます。とっさにその人が大声を出して下さったものですから、姪っこは道をわたるのをあきらめました。それで命が救われたのでございます」
我ながらうまいことを言う。
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痛みをこらえながら、姉は熱心に話した。
私はそっと眼を閉じた。
レミゼラブルの少女コレットの母を想いだしていた。
眼を開けると、姉に向かってその話をしはじめた。
親子ふたりきりである。
コレットの母は、暮らしを支えるために文字通り血をにじませて生きたのよ。
工場の仕事を訳なく無慈悲に奪われてからは、お金になることなら何だってやったわ。
法に触れないことならなんだってね。
おしまいには、売るものがなくなり、歯や髪の毛まで売ったわ。
女が髪を売るなんてこと、信じられる。
お姉さんの夢に出てきた女の子と同じね。
ひどい暮らしがたたって、体がこわれたの。
病気になって、死んでしまったわ。
ここからはユゴーさんの物語になってしまうの。
お姉さん、どうする。聞きたい。
ええ、コレットちゃんが心配だわ。聞かせて。
コレットの母が働いていた工場がある町の市長さんのお話をしなくちゃならないの。
身寄りのないコレットを彼が引き取ったわ。
自分の失政のために、彼女の母が失職したことに気付いたからなの。
その人は本名を隠していたのよ。理由があってね。
おたずねもの者だった。ジャンバルジャンというの。
一切れのパンを空腹をこらえきれずに盗んだことがあったの。
刑務所から逃げ出したわ。
逃亡中に止めていただいた神父様のご厚意を踏みにじったの。
銀の蝋燭立てを盗んで行ったわ。でも神父様はそれを彼にあげたと、主張するのよ。
ジャンは自分の至らなさに、ついに気がつくの。
目が覚めるの。
ああっ、俺はなんて奴だ。
神様におわびするようになったわ。
コレットを幸せにしよう。それが、自分の義務だと感じたのでしょうね。自分のことなど顧みなかった。
彼女が貴族の息子と結婚するまで、数多くの神から与えられた試練を乗り越えるのよ。
ジャンは彼を追っていた刑事に見つかってしまうのよ。
その息子はパリの革命運動に身を投じたせいでケガをしてしまったの。
彼を背負って逃げている時だったわ。その刑事に頼むのよ。今少し待ってくれとね。
必ず出頭するって約束したの。
何と、その刑事は彼を逮捕しなかったの。
ジャンの行為に心をうたれたのね。
警察に辞表を提出して、セーヌの河に身を投げたわ。
複雑な心境だったのね。
きっと、人間って何だろう。俺は何をやっていたんだろう。
犯罪を取り締まるってことは、どういうことなんだろう。
疑問に思ったんだわ。
ジャンの純粋な行動を見ていて、何かを感じたんだわ。
お姉さん。病気で痛かったり周りに気をつかったりで大変だと思うわ。
でも、希望を持ってね。今のお話を私、読んでいて思ったの。
神様っているわ。私たちを見ていてくださるってね。
どういうものかは分からないわ。形のないものよ。きっとそれは。
めいめいの心にあるのかもしれなくってよ。
大きな力が働いてるのよ。あたしたちに。
生まれてきたことだって、不思議よ。今ここにこうして生きている。
死んでいるのではなく、生きていることはとても不思議よ。
当たり前のことのようだけど、当たり前じゃないのよ。
病気で苦しんでいることだって、何か意味のあることなのよ。
弱い人の気持ちを察することが充分にできるようになるわ。
妹におしえられちゃたわね。今日は。どうもありがとう。いろいろと考えてみるわ。
何だって人のせいにしないわ。精一杯生きて行くわ。
明日北海道へ帰る。しばらく逢えないけど、元気でいてね。
あんたが神様のように見えるわ。また来てね。
さようなら。
さようなら。
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陽射しが長くなったのを見て、正夫さんは立ちあがった。
店内に入った。
じょうろを持って出てきた。
よろけている。
「あんた、大丈夫かい。それは私の仕事だよ」
「なあに、平気さ」
五年前に軽い脳こうそくをわずらった。今年で八十歳である。
リハビリを兼ねて、プランターの花の世話をしている。
今日もよく咲いてくれたね。ご苦労さん。
道行く人の気持ちが少しでも和んでくれたらと、季節の花を色とりどりに植え始めた。
年金暮らしだから、決して豊かではない。
近くの園芸店で気に入った花を見つけると、買ってしまう。
右半身に傷害が少し残る。
じょうろが揺れるので、うまく水をまけない。一所懸命である。
「おじさん、わたしにやらせて」
下校途中の女の子が、じょうろを受け取った。小六とネームに入っている。
細い両手に力をこめる。
少しずつ慎重に注いでいく。
「花が好きかい」
「ええ、おじさん、いつもありがとう」
「ええっ、何がだい」
「お花よ。わたし、つまらないことがあると、花とおしゃべりすることにしてるの」
「学校でいじめられてるのかい」
「ううん。そんなことでもないの。いろいろ悩みがあるの」
「どんな悩みなんだろう。おじさんには見当がつかないや」
うふふと笑って、じょうろを返した。
「あと少しよ。おじさん、がんばってね」
赤いランドセルを揺すりながら、かけて行った。
「とってもいい匂いね」
振り向くと、午後の診察を終えたばかりのYさんが、パンジーやジュリアンの植えてあるプランターの前にかがみこんでいる。
「私、ジュリアンが大好きなのよ。一日の疲れがふきとんでしまうわ。この香りとても素敵よ」
「気に入ってもらえてよかった」
「プランターをひとつ提供するわ。仲間に入れて」
「それは良かった。花いっぱいにしましょうや」
山の端に夕陽が沈みはじめた。
灰色の雲が茜色に染まって行く。
肌寒くなった。
正夫さんは椅子を片づけ始めた。
急ブレーキの音が響いた。
ドーン。
大きな音が辺りを震わせる。
正夫さんは身構えた。周囲を見回す。真剣である。
彼は激戦で生き残った強運の人である。
敗色濃いニューギニアから持ち前の冷静さのおかげで、無事に帰ってくることが出来た。
三差路で衝突事故が発生した。
白煙が立ち上っている。
赤信号で停止している普通車に、軽乗用車が追突したのである。
正夫さんは、現場に近付いて行く。
歯科医のYさんは警察に連絡すると言って、ポケットからケータイを取り出した。
手が震えた。プランターの中に落ちた。
軽乗用車が大きく壊れている。
若い女性がハンドルを抱えたままでいる。動けないようだ。
両足を車体にはさまれている。
正夫さんは、駆けつけた人に的確に「命令」を下す。
女性は息苦しさを訴えている。
うちにある携帯の酸素ボンベを持ってくるように、奥さんに指示した。
レスキュー隊が到着するまで、女性を励まし続けた。
普通車の運転手は、自分で車から脱出していた。
正夫さん夫妻は、表彰されることになった。
初めは晴れがましい席は出たくないと、拒んだ。
「あなたは街の誇りよ。私たちはあなたに癒されているわ。小さい子の相手になったり、花を植えて私たちの心を和やかにしてくれているわ。今の私たちに必要なのは、少しでも人の役に立ちたいという、あなたのような気持ちなのよ。覚悟と言ってもいいわ。ひとりふたりと正夫さんが増えれば、この街もきっと元気がでるわ」
Yさんが説得した。
軽乗用車の女性は軽傷ですんだとのことである。
今日も正夫さんは、愛用の椅子に腰かけている。
陽射しが暖かくて気持ちがいいのか、眠っていることがある。
彼の眼は、以前より輝きを増している。
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