|
晩秋のある日の午後。
宏子は居間に置いてあるピアノに向かっていた。
窓の隙間から風が吹きこんでいる。
道行く人たちの中には、コートをきている人もいる。
枯れ葉が空に舞っていた。
窓の端に駐在所のYさんが見えた。
玄関先で自転車を止めた。
呼び鈴を押した。
「はあい。どなたでしょうか」
母が台所から暖簾ごしに顔をのぞかせた。
「駐在のYですが」
「あら、どうぞお入りになって。元気がないのじゃありませんこと。風邪でもひきましたか」
Yは静かに戸を開けた。
制帽をとって、上がり框に腰をおろした。
運ばれてきた湯気の立っている茶碗をじっと見つめている。
一口飲んだ。
「今日は何かご用ですか」
その言葉に背をおされるように口を開いた。
「何ですって、宅の子供が横領容疑ですって」
宏子がショパンを弾く手をとめた。
「宏子、おいで。お前もよく聞いておきなさい。兄さんの一大事です」
母は一瞬たじろいだ。
すぐに立ち直った。
「兄さんが、銀行のお客さんの金に手をつけるなんて。そんなこと絶対にないわ」
それだけ言うと、廊下にすわりこんだ。
涙があふれた。
いつもは登下校の際に、逢うと気軽にあいさつを交わす駐在さんであったが、今日ばかりはかたきに思えた。
玄関先で車がブレーキをかけた。
ドアを閉める音がした。
背広の男がふたり、駐在さんの後ろに立った。
白い紙を示し、母に何か言った。
二階へ駆け上がった。
逮捕されて連行されていく兄を、近所の人は呆然と眺めている。
「そんなはずないよ。何かの間違いだよ。義男ちゃんにかぎって」
向かいのタバコ屋のIさんの奥さんは、母の元にかけよった。
肩を抱いた。
夕陽の中をパトカーが走り去って行く。
母はにらみつけている。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用


