けっさん文庫

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お話をいろいろ書いています。
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夢椅子 その1

 冷たく重い空気が幾層にも重なり、山合いの街をおおっている。
 その重さに押しつぶされたように、街は静まりかえっている。
 
 杉山が揺れ動いた。
 風が吹き出した。
 白い霧が引いていく。
 鶏が鳴いた。
 街は震えて目覚める。
 山の端に太陽が現れた。
 最初の光が、一本の県道と沿道の家並みを照らし出す。
 朝陽が一斉に放たれ、またたく間に谷間が浮かび上がった。
 
 その日の朝も正夫さんは、元はスーパーマーケットであった店の正面に丸太で出来た椅子を持ち出した。
 大通りに面していて、すぐ前に歩道がある。
 南向きに建っている。
 良い天気の日は、午後四時くらいまで陽が当たっている。
 歳をとると、寒いのは身体にこたえる。日向ぼっこが何よりじゃわい。
 どっこいしょと、椅子に腰をおろした。
 「おじさん、おはようございます」
 
 この街で唯一の県道である。西に延び、横根山を越えると足尾に至る。
 登校中の小学生の一団が声をそろえる。
 正夫さんは眼鏡の奥に柔和な表情を浮かべる。子供は、こうして元気なのが一番だ。
 この街もまだ希望が持てる。わしらは老い先短いが、安心できるわい。一陣の風が吹きすぎた。
 ジャンパーの襟を立てる。
 「おはよう」と応じ、ひとりひとりと握手した。それが日課になっている。
 男の子も女の子も照れくさいのか、足を速めてその場から去って行く。
 
 三代続いて八百屋を営んできた。
 三代目の彼の息子は、店をスーパー風に改装した。
 街の郊外に出来た大型店にお客さんをとられるからだ。
 銀行から新たな融資を受けてまでの苦肉の策であった。
 朝早くから夜遅くまで家族全員で必死に働いたが、空しい結果に終わった。
 先祖さんには申し訳ないけれど、もうだめじゃ。
 広域合併してからというもの、隣町から資本金にものをいわせた店がやってきた。
 うちは限界じゃ。みんなようがんばってくれた。
 蓄えを切り崩して借金をなそう。そして廃業しよう。
 息子たちはまだ若いんじゃから、いくらでもやり直しがきく。
 借金成しを息子たちにさせないだけ、まだましじゃ。
 なあ、房子。家族会議で彼は涙を流した。墓参りをしてから店をたたんだ。
 異界の血の海が湧きたち始めている。
 生臭い匂いを放っている。
 海水が熱せられている。
 蒸気が絶え間なく立ち上る。
 異界ガラスが鵜のように水中に飛び込んでいく。
 熱で弱った魚を捕食するのだ。
 次々と浮かび上がってくる。 
 
 水平線の上に黒い雲がわいた。
 大きくなっていく。
 積乱雲となった。
 雷鳴が轟きはじめる。 
 何かが出現しようとしていた。
 海水を熱くするものだ。
 高熱を発する生き物である。
 
 浜に向かっている。
 
 上半身が出た。
 民話に見える鬼に似ている。
 二本の角が頭部にある。
 前のモノより体が大きい。
 人間のオスの五倍くらいだ。
 ボデービルで鍛え上げた体を想像する。
 筋骨隆々である。
 茶色の毛で蔽われている。
 
 浜辺に上がった。
 
 口が耳元まで裂けている。
 のこぎりの歯だ。
 牛のような舌が絶え間なく動いている。
 よだれを流している。 
 上半身にイボが付いている。
 よく見る。
 人の頭である。
 苦しんでいる。
 だれかの魂を食べたばかりだ。
 食魂鬼だ。
 人の魂を食らうのだ。
 若い人のものを好む。
 
 食欲が増している。
 
 砂丘に向かっている。
 大きくて深い足跡を残していく。
 
 お不動様の御心は緊急事態を察した。
 如来様に報告した。
 指示のとおりに、人間界との出入り口に結界を張る。
 太陽の熱エネルギーだ。
 
 光と闇の闘いが始まった。
 
 鬼が修復された鏡の前に立った。
 グワグワグワ。
 鬼の体がおぼろになり始める。
 グワグワグワ。
 黒い煙に変わった。
 鏡に入り込んでいく。
 
 ぐあんぐあんぐあん。
 すさまじい音が暗い洞窟に響いた。
 ドスン。ドスン。ドスン。
 何かが鏡の中から飛び出て来た。
 鬼だ。
 跳ね返されたのである。
 結界を打ち破れなかったのだ。
 
 イボはすべてなくなっている。
 魂は解き放された。 
 
 鬼は両手を上にあげた。
 ほえた。
 
 振り向いた。
 
 背中を丸めて彼の巣に戻って行く。
 
 
 
 
 
 
 
 

ドライブシート

 幼児用の日用雑貨が隣の空き地にある。
 青いビニールシートをかぶせられている。
 三年前に置かれた。
 少し離れて、新品のドライブシートがひとつある。 
 子供がすわれる状態である。
 雨風にさらされている。
 
 夕食の時に話題になった。 
 Мが切り出した。 
 「お隣の原っぱに、子供の物がいつまでもあるけど。お孫さんの物じゃないかな」
 「そうねえ。どうしたんでしょうね。息子さんにお子さんができたことは、前に聞いたわ。車で二時間くらい走った街で、一家を構えておられるらしいわ。時々家族で見えていたでしょ。このごろは見かけないけどね。どこかにしまっておきたいのだけれど、場所がないのかしら。私だっていつまでも捨てられないで、残しておくものがたまってるわ」
 「座席椅子は、真新しいよ。まだまだ使えるのに」
 「そう言われればそのとおりね」
 「家庭で何かあったのかな。お母さんは何か聞いてないの」
 「時々Yさんの奥さんに逢うわ。でもそのことはおっしゃらないわ」
 「ふううん」
 「どこだってね。知られたらいやなこと、隠しておきたいものがあるものよ。知らない顔をしていましょうね」
 「うん。わかった」
 
 息子さんの家の居間に、お嫁さんと四歳になる息子がいる。
 夕食をとっている。
 息子が、かなり言葉を理解するようになった。
 「ねえ、ママ。パパはどうしておうちにいないの」
 「会社のご用で外国へ行ってらっしゃるのよ」
 「ええ。つまんない。いつ帰ってくるのかな」
 「ちょっと長くなるんだって。なかなか外国で仕事はまかされないものよ」
 「パパはえらいんだね」
 「そうよ。おりこうにしているのよ。ママと一緒だからだいじょうぶでしょ」
 「うん」
 S子は悩んでいる。
 子供に離婚したことをどのように話したらいいか。今は小さいから、これくらいの話ですんでいるけど、大きくなったらどうしよう。いつかはきちんと話さなくてはならない。夫は普段は真面目に働いてくれるけど、競馬や競輪といった賭けごとが好きだった。ほどほどにしてねと、何度も頼んだけれど結局だめだったわ。中毒になっちゃうのね。高利のお金まで借りたんだもの。たまらないわ。雪だるまをころがすように借金がふえたわ。別れましょうと、わたしから切り出した。子供だって、ふたりでけんかしていたから、幼ごころでわかっているわ。かわいそうだったわ。なきだしそうだったもの。子供のためには、はっきりしたほうがいいと思った。
 
 俺の妻は衝動買いが多い。俺が一目ぼれした。弱い立場だ。言うことを聞いてやっていた。それがいけなかったのかもしれない。だんだん高額な物をほしがるようになってきた。俺の給料じゃとても追いつかなくなった。しょうがないから、一発勝負のような危険なことまでやるようになった。ビギナーズラックで最初に大金を手にいれたのが悪かったんだ。その後は負け戦ばかりになった。金を借りてしまった。次々と。今度こそは勝つぞと。
 
 数か月たった。
 Yさんの息子さんが離婚していた。
 母はそれを知りあいの女の人から聞いた。
 「やっぱりね。おかしいと思ったんだ」
 「お隣さん。お辛いでしょうね」
 今朝も早く起きた。
 散歩にでかけた。
 白く霜が降りている。
 座席椅子はそのままだ。その中に幼児の姿が浮かんだ。
 微笑んでいる。
 眼鏡をふいて、もう一度見た。
 姿はなかった。
 あの子は今どうしているんだろうな。
 元気でいてくれるといいがな。
 師走の下旬、もう梅の木は枝いっぱいに紅いつぼみを付けている。
 こんなに寒いのに強いなあ。花を咲かせる準備をしているんだ。
 
 あの男の子が、たくましく育ってくれるようにと、梅の精に祈った。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

霊感

 陽射しに春が感じられる。
 気温が上昇した。
 遠くの山が霞んでいる。
 木は花の蕾をつけている。
 竹は、地下で芽を出し始めている。
 草は、枯れたままだ。
 
 部屋は、空調設備が整っている。
 キヌは、ベッドに横になったまま眠っている。
 「おばさん」
 男の声がした。
 呼ばれても、すぐには目覚めない。
 誰だろう。睡眠の邪魔をするのは。もっと寝ていたい。
 夢の続きかもしれない。返事をしないでいよう。
 「おばさん」
 男が右肩をゆすった。
 「うううん。うるさいねえ。今頃だれだい。折角眠っているのに」
 眼を開けた。
 「ホームの人」
 まぶしくて顔がよく見えない。
 人違いをしている。無理もない。しばらく面会に来なかったからな。
 帽子と眼鏡を外す。
 「なああんだ。かずちゃんじゃないの。久しぶりだねえ」
 「仕事が忙しいので来れなかったんだ。悪かったねえ」
 「なんだかやせちゃったんじゃないの」
 
 キヌは今年八十五歳になる。この三十年横たわったまま過ごしている。
 受け答えはしっかりしている。
 「家で何ごとかなかったか。変な夢をみたんだよ」
 「親戚のBさんが亡くなってね」
 「やっぱり。どう言うんだろう。小さいころから風邪でもないのにゾクゾクすることがあるの。お天気のせいでもない。お墓に参ってそうなるんじゃ仕方ないだろうけど。ただ道を歩いていて、ある場所に来ると必ず震えたりするんだ。そばにだれかがいても、その子は何にも感じないよって言うんだ」
 「へえ。おばさんって。第六感が鋭いんだね」
 「あんちゃんもそうだったよ」
 「きょうだいで、超人だ」
 「冗談じゃないよ。ぐったりしちゃうんだ。そんなことがあるとね。ホームでも人が亡くなる度に、私はそれを受け止めるから消耗しちゃうんだよ」
 「度が過ぎてもいやだね」
 「でもさ。ここにもう何十ねんもいるから、慣れたってこともあるよ。初めのようにはかんじなくなったもの」
 「良かったね。鈍感なほうがいいよ。疲れないからさ」
 
 和夫は紙の袋をさげている。
 「頼んでおいた物を買ってきてくれたの」
 「赤いのがなかったんだ。ごめんね。カーデガン。いくら探しても見つからなかった」
 地味なのを買ってしまった。男の買い物だ。体を温めればいい。用が足せればいいとかんがえる。いくつになっても、女の人はオシャレなのだ。きれいでいたい。
 和夫には孫娘が三人いる。
 上の二人が先日玄関先でこう叫んだ。
 「まあきれい」
 声をそろえた。 
 赤いバラが花瓶に活けてあった。
 
 幼くても年老いても女性の美的感覚は変わらないのである。
 すごいなあ。自然っていうのは。よくできている。
 和夫は当たり前のことを感心している。
 霊感だって、幼い頃は誰もが持っている。
 大人になるにつれて、薄まってしまう。
 ついには常識に打ち破られてしまうのかもしれない。
 いつまでも霊感を持続する人もいる。
 それだけのことだ。
 和夫はそう思っている。
  
 
 
 陽が沈むと、たちまち夕闇が濃くなった。
 岸辺の柳が風に揺れる。
 霧が漂いはじめた。
 巴波川の川面を櫓を速めて、荷を積んだ舟が一艘下流に急ぐ。
 
 仁吉は橋の上に立ち、川下を眺めている。
 手すりに寄りかかり、両手を懐にいれている。
 蕎麦屋を営んでいる。
 この界隈を屋台をかついで歩く。
 これから忙しい時間だ。
 夜風が裾に入り込む。
 「おおっさむっ。おい、そばや」
 「へい。まいど」
 「あったかいの、いっぱいくれ」
 「ありがとやんす」
 
 今日でこの仕事はおしまいにする。
 お蝶との約束の日だ。きっと逢引きの場所に来てくれると思う。
 親御さんにみつからなけりゃいいが。
 なにせ呉服屋の糸様だ。
 どうしてただの食べ物屋の俺に惚れたのか。訳がわからねえ。
 身分違いは百も承知。好きと、言われりゃ悪い気はしねえ。
 俺は旅立ちの準備ができている。
 跡取りじゃねえし、家族の者は俺がいなくなったところで、さほど心配しないさ。
 毎度のことだ。そのうち戻るだろう。その程度のことだ。
 キセルを取り出し、火をつける。
 一息吸い込むと、プカリと輪をつくって吐き出した。
 荷車がやってくる。
 男たちが大声で何か叫んでいる。
 仁吉は歩きだし、橋から離れた。
 
 仁吉の操る小舟は、薄暗闇を手探りで歩くように、ゆっくりと下って行く。
 いっとき前まで佇んでいた橋をくぐる。
 人影はない。
 岸に沿って黒塗りの板塀が続く。
 迷い犬が一匹、櫓の音に気付き、立ち止まった。
 大きな声でほえないでくれ。静かに。
 祈りが通じたかのように、鼻で地面をかぎながら、上手に行ってしまった。
 
 お蝶の家の裏手に着いた。
 岸に寄せる。
 約束の時刻までには、まだ間がある。
 積荷の陰に身をひそめる。
 木戸が静かに開いた。
 頭巾をかぶった若い女が姿を現した。
 旅仕度ではない。
 石段を下る。
 水面ぎりぎりで舟影を探している。 
 家の者に見つかったときの用心で、この仕度だ。
 ちょっと用足しだよと、言い逃れができる。
 懐は暖かい。
 これからは、これだけが頼りである。
 「仁吉さん」
 声をひそめた。
 「へい。ここにおりやす」
 
 

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