姿川恋物語シリーズ

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ツヨシ 1−3

 右手で腰のピストルケースをおさえながら、ふたりの警官が足早にやって来た。
 「あなたですか。電話してくれたのは」
 「はい、そうです」
 剛はふたりを現場に案内した。
 男はじっとしていた。
 「おい」
 若手の警官が呼びかけた。
 男の体がびくっと動いた。
 「縛ったんですか」
 「ええ」
 「大したものですね」 
 男はウンウンうなっていたが、観念したのか静かになった。
 猿ぐつわと足の縄を解いた。 
 
 剛は住所と電話番号を聞かれた。
 「あとで連絡しますので、その時はご協力ください」
 「わかりました」 
 剛はホッとした。
 これでようやく部屋に帰れる、と思った。
 歩道からアパートを見上げた。
 騒ぎに気付いて、アパートの灯りがふたつ点いた。
 男がふたりヴェランダの手すりに寄りかかって、下を見ている。
 S子の部屋は、暗いままである。
 連休中は仙台に戻りますって、いってたな。 
 家が震災の被害を受けたらしい。
 手伝いが長引いているんだな。
 剛はそう思った。
 
 「立て」
 年輩の警官が命令した。
 パトカーの後部座席にすわらせる。
 ふたりで脇をかためている。
 若手がいう。
 「帽子を取って。ポケットにあるものを全部出してください」
 男はポケットに両手を突っ込んだまま、もじもじしている。
 「いまさらじたばたしたってしょうがないでしょ。手につかんでいる物を出しなさい」
 クシャクシャになったブラとパンツの二点である。
 膝の上に置いた。
 写真に撮った。
 「午前一時二分、あなたを窃盗容疑で逮捕します」
 若手が手錠をかけた。
 慣れていないのか、震えている。
 男の体も震えだした。
 ううううっと嗚咽をもらす。
 「後悔先に立たず」
 年輩が男を慰めるようにいった。
 「はじめからやらなきゃいいんだ。罪は罪。償ってから出直せばいい。余罪があるんだろ。署で洗いざらい話しなさい。楽になるよ」
 「おまわりさん、仏さま。どうぞ見逃してください。もうしませんから」
 「だめだな。法治国だって知ってるだろ。法を破れば首相だって逮捕だよ」
 「ホウチ」
 「ホウチじゃない。法治国家」
 「車出してくれ」
 運転席にいた若手がエンジンをかけた。
 「お前なんだか匂うぞ。さては、アレを放出したな」
 男の体がちじんだように見えた。
 
 
  
 

ツヨシ 1−2

 剛は生けもがりの陰で身構えた。
 すぐそばに出入り口がある。
 竹で作った簡単な扉である。
 片方に蝶つがいが、上下に二か所取りつけてあった。
 剛は閉めた状態にしておいた。
 扉を、紐で丸太柱に結わえてある。
 
 足音が出入り口に近づいて来る。
 やはり俺の思ったとおりだ。
 さあ来い。足元に気をつけろ。
 剛は、自らを奮い立たせた。
 体力は落ちているが、気力は、なえてはいない。
 男が紐をはずしている。
 辺りは暗い。
 剛は、右足を扉の前に投げ出した。
 戸が内側に開いた。
 男が路地に出ようと、一歩足を踏み出した。
 とたんにつまづいて転がった。
 男は、両手を地面に着いたままでいる。
 様子をうかがっている。
 大通りの方を見つめていた。
 剛は、後ろからはがいじめにした。
 右手を素早く、後ろ手にねじあげた。
 「いてててて」
 「警察だ。おとなしくしろ」
 左手もねじった。
 棒きれの先を男の背中に突きつけている。 
 男はおとなしくなった。 
 荒縄で両手と両足をしばった。
 最初の攻撃で、勝負がついた。
 持っていたタオルで猿ぐつわをする。
 「なっなんだよう。汗くせえぞ」
 「文句をいうな。静かにしていろ。みんな眠っているんだぞ」
 男は口をばくばく動かしている。
 いもむしのように狭い路地で動いていた。
 
 剛は息をきらしている。
 体力の限界だった。
 立ちあがって、大通りに向かった。
 歩道の街路樹のわきに、赤色灯が回っている。
 ホッとした。
 警官がふたり、車のすぐわきに立っている。
 ひとりは、無線機を耳に当てていた。
 「おまわりさん、こっちです」
 剛が声をかけた。

ツヨシ 1−1

 大通りから左に曲がって路地に入ろうとした。
 闇の中から急に黒猫がとび出してきた。
 森閑とした路地の中ほどで、鳴き声が響いている。
 もう一匹が続いた。
 剛はとっさのことで、驚いてその場に立ち往生している。 
 ふぎゃあああ。ふぎゃああああ。 
 赤ん坊の泣き声のようだな、と剛は苦笑する。
 二匹目は男猫だなと思った。
 ふふっと、笑みがこぼれた。
 もうそんな季節か、と思った。
 二匹が大通り沿いにかけて行く。
 足元のふらついている酔っ払いのそばをすりぬけた。
 「このお、うるせえなあ」
 歩道に落ちていた空き缶を拾い上げた。
 猫に向かって思い切り投げた。
 カーンと音がした。
 ガードレールに当たった。
 
 剛は、アルバイトを終えて帰る途中である。
 自転車を押して歩道を歩いて来た。 
 午前零時を腕時計の針がさしている。
 きつい仕事だが金にはなる。
 都会で暮らすにはまず懐が温かくないとだめだ。
 そうでないと、みじめなものだと認識した。
 学費は奨学金をあてる。
 アパート代や食費、それに友だちとの付き合いがある。
 金はいくらあっても邪魔にはならない、と思う。
 剛の体は鍛えてはあるが、顎や腹の傷がなかなか癒えない。
 少し弱気になっている。
 ユリの存在が、心の支えになっていた。
 俺には過ぎた子だ、と思っている。
 郷里の母も喜んでいた。
 
 アパートに近づいた。
 電車の通る音が遠くに聞こえる。
 みんなはもう寝静まっているから、静かに入らないといけないなと思った。
 剛はゆっくりと、一階の窓際を自転車をおして通り過ぎている。
 二階のヴェランダで物音がしている。
 ギシギシギシギシ。 
 一番東側の奥付近だと思った。
 大学の同級生のS子の部屋がある。
 何だろうな、今頃。夜風にでも当たっているのかなと思った。
 自転車をその場においた。
 気になったので、音を立てないようにアパートの東側にある路地にでた。
 そこから二階のヴェランダが見通せた。
 目を細めて見た。
 闇夜であるが、星が出ている。
 赤芽の木の生けもガリが続いている。
 樹間からヴェランダが見えた。
 手すりに両足をかけている黒い人影があった。
 ほっそりした男だ。
 S子の部屋の窓の外には、洗濯物が干し忘れてあった。
 窓の上にはひさしが出ている。
 下着泥棒だ、と剛は直感した。
 獲物を物色しては、左手でひとつひとつポケットにねじこんでいる。
 右手で窓枠の出っ張りをつかんでいる。
 目なし帽をかぶっている。
 上下ともに黒っぽい装いだ。
 ずいぶん手慣れていると思った。 
 
 ケータイで110番した。
 階段をゆっくりと下りてきた。
 剛は、男の動きを冷静に観察していた。
 アルバイトがこんな場面でも役立っている。
 客を観察する習慣がついている。
 おそらく一番目立たないルートを逃げるだろう、と考えていた。
 腕っ節には自信はあるが、後遺症がある。
 充分には闘えない。
 刃物を携えているかもしれなかった。
 
 
 
 
 
 

報復

 剛の顔に西日が当たっている。
 トラクターに乗ってシロかきをしている。 
 顔がひりひりする。
 右手で頬をさする。
 この時期が一番紫外線が強いな。
 お袋の言う通りにUVクリームをつければよかったと、反省している。
 
 まだ顎が痛いと、剛は思う。
 奴らが仕返しに来た時に受けたパンチのせいだ。
 わき腹も、しくしくする。
 アルバイト先のパチンコ店が、剛の脳裏に浮かんでいる。 
 マグで悪さをした奴らの友だちが、グルになってやって来た。
 やり方が執拗であった。
 三人で来た。
 店のあちこちで一斉に騒ぎをおこした。
 パチンコ台の表面をこぶしでたたく。
 「おい。この台はどうしたんだ。穴に入ったのに玉が出ねえぞ」
 剛が応対した。
 男がにらみつける。
 剛のことをよく知っているのだ。
 「てめえ、なんとかしろ」
 「はい。調べてみます」
 タバコを剛の顔に吹き付けた。
 くそっと、声が出そうになった。
 ちょっと待て、と自分自身にブレーキをかける。
 ユリの顔を思い浮かべた。 
 「お客さん、よく調べましたが、ひとつも穴に入っていませんでした」
 「なんだと俺のまちがいだっていうのか。おめえ」
 「はい」
 剛は毅然としている。
 その態度が、男をますますいらだたせた。
 「入ってないから入ってないと、言ったまでです」
 「店長を呼べ。店長を。お前じゃラチがあかねえ」
 剛はしかたなく、店長の所に行った。
 男は周りの客にも、怒声をあびせている。
 「おめえら、じろじろ見るんじゃねえ。見世物じゃない」
 すぐ隣の客が驚いて席を立った。 
 
 「店長、すみません。奴らのグルらしいです」
 「わかっている。俺もどうしようかと考えていたところだ。一度甘い顔を見せるとつけこまれるからな。この間の一件で、俺も学習した。警察ざたは、まずい。店の評判を落とすからな。A警備会社に頼んである。今、連絡を入れてから男に応対する。剛、お前のせいじゃない。心配するな」
 「すぐ店長が参りますから」
 剛が男にいった。
 男は何かを察知したのか、立ち上がった。
 ほかの仲間の所に行った。
 三人が玄関を出て行く。
 彼らが出てきた。
 警備会社の車が、一台道路わきに止まっている。
 ガードマンふたりが、男たちに声をかけた。
 「ちょっとすみません」
 制服姿を見て、剛に因縁をつけていた男がギクリとした。
 警察のやっかいになったことがあるのだろう。
 やべえ、と思った。
 三人が別々の方向に逃げはじめた。
 数日後、剛は待ち伏せされた。
 跡をつけられたのである。
 暗がりから突然出てきて、無理やり路地に連れ込まれた。
 ふたりに、はがいじめにされた。
 ひとりは正面にまわっている。
 「このやろう」
 こぶしが飛んできた。
 ケンカ慣れしている連中である。
 剛は一瞬意識を失くした。
 顎に命中したようだ。
 路上に倒れた。
 三人で、剛の体を踏みつけたり靴の先でけったりしている。
 薄れた意識の中で、自転車の灯りが見えた。
 「おい、もういいぞ。てめえ、今日のことを忘れるんじゃねえぞ」
 奴らは暗闇に消えた。
 
 「つよしつよし」
 田んぼの畔で、ユリが呼んでいる。
 エンジン音に、声がかき消されている。
 折り返し点にユリが立った。
 右手を大きく振っている。
 剛は、エンジンの回転をスロウにした。
 声が聞こえた。
 「無理しないで。もう終わりよ」
 剛は頭の上で、両手で大きな丸をつくった。
 
 
 
 
 

アルバイト

 街にネオンが灯りはじめた。
 О駅の改札口を抜けた人々の一群が早足になった。
 パチスロ店に吸い込まれるように入った。
 剛は、店内を巡回している。
 
 「おい、玉出ねえぞ」
 一番通路の中ほどで男の声がした。
 黒いサングラスをかけた紺のスーツ姿の男がパチンコ台のガラスを叩いている。
 「おい、新入り。お前、行ってみろ」
 店長が剛に命じた。
 腕っ節の強いのが気にいられている。
 田舎者である。
 怖いもの知らずだった。
 
 「はい。どういうことでしょうか」
 タバコの煙を剛の顔面に吹きかけた。
 くそっと思った。
 こらえた。
 「この穴に玉が入ったわけなんだが、出ねえぞ」
 「ちょっとお待ちください。調べます」
 裏に回った。
 玉は、ひとつも入ってはいない。
 何かある、と感じた。
 ケータイで店長に連絡した。
 「玉は入っていません。何かたくらんでいる可能性があります」
 「よし、わかった」
 店長は、ほかの通路に店員をさしむけた。
 店員Aが二番通路を警戒しはじめる。
 
 剛は、男の言う通りにした。
 玉を二、三個、穴に入れた。
 「すみませんでした」
 「わかりゃいいんだよう」
 足を小刻みに揺らしている。
 十分くらいの出来事だった。 
 四十がらみの茶髪の女が、二番通路で左手をガラスに当てている。
 マグネット。
 Aは直感した。
 玉は磁力で穴に引き寄せられている。
 上部のライトが点滅を繰り返していた。
 「店長、やられました」
 「仕方ない。警察を呼ぼう。女からも目を放すな」
 「はい」 
 剛は、店の前で待機している。
 警官の到着を待っている。
 男が出てきた。
 女が寄り添っている。
 逃げ足がはやいな。
 
 剛はためらわなかった。
 「あのう」
 声をかけた。
 「なんだ。何か用か」
 すごんでいる。
 「ええ、ちょっと。こちらへ来てもらえますか」
 男がこぶしをつくった。
 剛の顎をねらった。
 サッとよけた。
 フットワークが軽い。
 手をつかむと、男を投げた。
 チャリンと音がした。
 ナイフが路上に転がった。
 男を押さえつけた。
 女が背中をバッグで叩いている。
 
 警官が二人、かけつけた。
 ひとりが男の手に手錠をかけた。
 「大丈夫ですか」
 年輩の警官が尋ねた。
 「はい」
 「あとでО署まで来てください」
 店長が出てきた。
 「剛、大丈夫か」
 「ナイフを持っていました」
 「よくケガをしなかったな」
 「体は鍛えてありますから」
 「大事な体だ。もう荒い仕事はさせないからな」
 「ええ」
 「事務室で女の人が待っているぞ。大事にしろよ、あの子」
 「はあ」
 事務室に入った。
 体の前で、両手に黒い鞄を持ったユリがいた。
 表情が暗い。
 「ユリちゃん」
 「つよし」
 剛を見たとたんに表情が明るくなった。
 「あたし、今朝ね。胸騒ぎがしたの。ほんとになっちゃたわ。授業が終わったらすぐにかけつけたのよ」
 「心配させてごめん」
 
 

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