姿川恋物語シリーズ

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ツヨシ 7−3

 正面にまわると、ホテルは横に長かった。
 各部屋の入口に、幅の短いビニル製の垂れ幕がさがっている。
 ホテルと言うよりモーテルだな、と剛は思う。
 初めて見る景色に、たたずんだままだ。
 ブルン。
 ふいに、車のエンジン音が聞こえた。
 驚いて、左をを見た。
 みっつ目のガレージから、黒い乗用車が出て行くところだった。
 「つよし、早く入って」
 M子が腰を低くして、暖簾をわける。
 剛も上体をかがめるようにして、後に続いた。
 薄暗がりの空間を、小さな灯りのもとへと、手探りで歩いて行く。
 ドアがあった。
 M子がノブをまわして、開けた。
 玄関がせまい。
 天井の照明器具の灯りが、とぼしい。
 あたりが、ようやく見える程度だ。
 M子は使ったことがあるのか、てきぱきと動く。
 上り口に腰をおろして、靴をぬぎ始めた。
 「あたしのマネをしてね」
 「うん」
 剛は素直にしたがう。
 わきの柱に、白いビニル袋がひっかかっている。
 M子は、それを一枚手にすると、靴を中にいれた。
 剛も、M子にならって、部屋にあがった。
 奥にもドアがある。
 左側の壁の一部が明るかった。
 変わった受付だった。
 縦十センチ、横二十センチくらいの四角く切りとられた空間だ。
 そこを手を出し入れすることで、金と鍵の受け渡しをすませる。
 部屋の使い方を指示する女の声が響いた。
 部屋に入るなり、剛は、あっと声をあげた。
 部屋の真ん中に大きなベッドがある。
 M子はそこに腰をおろすと、
 「あたし、先にシャワーを浴びていいかしら」
 剛の顔を見上げた。
 「えっ。ええ、もちろんです」
 突っ立ったままで答える。
 M子は、かちゃかちゃと音を立てて、アコーデオン・カ―テンを開けた。
 「すぐに出るからね」
 すき間から頭だけ出して、にっこり笑った。
 剛は、どさりとベッドの上にあおむけになった。
 ベッドが揺れる。
 今頃、ユリはぐっすり眠っているだろうな、と思った。
 
 
 

ツヨシ 7−2

 深夜のひんやりした空気が、車内に入りこんでくる。
 剛の体がぶるっと震えた。
 意識がはっきりした。
 M子が外に出たのを見て、剛は、
 「お茶ノ水までやってください」
 と、早口で言った。
 「いいんですか」
 運転手は、ためらっている。
 アクセルにのせた足を、押さえないでいる。
 「今更、何いってるのよ」
 M子は、興奮しているのか、どなり声を出した。
 剛のからだを引きずり出そうと、両手で引っぱる。
 「そんな気持ちは、ないから」
 と、語気強く言った。
 「手を放してくださいよ」
 腕をつかんだM子の指を、一本ずつはずす。
 「このかたぶつ」
 M子が、不意にヒステリックな声をあげた。 
 「ああ、かたぶつで結構ですよ」
 剛は冷静に応対する。
 「とにかく、今日はこれで」
 「だめよ。あたしが恥ずかしいじゃないの」
 「どうしてですか」
 「運転手さんがいるのよ。女に、ここまでさせておいて、逃げるなんて」
 「逃げるんじゃありません」
 「女の気持ちがわからないなんて、でくのぼうよ」
 髪を振りみだして、M子は必死になっている。
 ドアが閉まらないように、左足を中にいれた。
 「あっ、あの手紙は、あたしが、書いたのよ」
 腹の底から、しぼりだすような声だった。
 「ええっ、やっぱり」
 「友達に書いてもらった」
 「なるほど」
 「ストーカーよばわりするけど。そこまでして、あなたの体を心配する気持ち」
 M子の頬を、涙がつたう。
 「わかってほしい」
 これじゃ、このままで放っておけないな、と剛は思う。
 ここで逃げるのは、簡単だが・・・・・・。
 酔いは、さめたんだ。
 これからは、俺の気持ち次第で、どうにでもなる。
 いやなことは、しなければいいだけのことだ。
 M子は、店の大切なお客様でもあった。
 思いきって、剛はドアから出た。
 「運転手さん、お騒がせしました」
 「いいんですか」
 「はいっ」
 運転手は、にやりと笑うと、ぺこりと頭をさげた。
 ドアが閉まり、タクシーは走りだした。
 M子は、剛のからだを抱きしめた。 
 「ひと風呂あびるかな。久しぶりに」
 剛は、M子の顔を見て、微笑んだ。

ツヨシ 7−1

 タクシーが走りだした。
 運転手との間に、防犯用の強化ガラスの壁がある。
 後部座席での客のやり取りは、ほとんど聞こえない。
 「俺、降りますっ」
 「今夜は、帰さないって、行ったでしょ」
 剛はドアのレバーを引き、開けようとした。
 M子は、両手でその手を引っぱった。
 酔いのまわった体では、力が発揮できない。
 ほとんどM子の思い通りになってしまう。
 M子に両手で体を抱かれ、どさりと膝の上に倒れてしまった。
 白髪頭で眼鏡をかけた運転手は、前を向いたままで、落ち着きはらっている。
 後部座席での騒動は、わかっているが、恋人同士の
もめごとくらいにしか、感じてはいない。
 長い間、この仕事を続けているせいで、雰囲気でおおよその
判断ができるようだ。
 自分が傷つけられない限り、客の振る舞いには
知らぬ顔をしているようにしている。
 後ろが静かになったな、と思って、ちらっとバックミラーを見た。
 女の頭が、男の顔にかぶさっていた。
 運転手は、にやりと笑った。
 剛は、初めは必死になってあらがったが、
M子に唇を吸われると、とたんにおとなしくなった。
 ユリに逢わせる顔がなくなったと思うと、余計に
気力がなえてしまったのだ。
 恋は闘いだ、とM子は常々感じていた。
 ここが勝負だ、と全力をあげる。
 M子は剛の左手をつかみ、自分のバストにもっていった。
 胸のふくらみを感じ、剛は手をひっこめる。
 キスしたままで、左手を剛の下半身にのばした。
 敏感な部分をさすりはじめる。
 剛は、うう、ううっと、うめき出した。
 眠いせいで、赤子がむずかるようなものだった。
 ウイスキーを飲んで血のめぐりが良くなったのか、剛は心地よくなり、
M子の膝の上でいびきを立てはじめた。
 疲れてもいたのだろう。
 ごととん、ごととんという車の振動が、ゆりかごの役割を果たす。
 M子もつられて、ウトウトしはじめた。
 JR上野駅の標識を過ぎてから、タクシーは十分以上走っただろうか。
 南千住の地名の入った看板が、ちらほら見受けられるようになった。
 運転手が大通りを右に曲がり、路地に入った。
 速度を大幅にゆるめる。
 「うっ、うん」
 運転手がせき払いをした。
 M子が目覚めて、顔をあげる。
 剛のからだを揺すった。
 「起きて、つよし」
 「うっ、ううん」
 両手で眼をこすりながら、体を起こした。
 運転手がゆっくりブレーキを踏む。
 小さなホテルの前だった。
 M子は五千円札を払うと、「おつりはいいです」といって、ドアを開けた。
 
 
   
 
 

ツヨシ 6−5

 支払いを済ませて、店を出た。
 どの店も同時刻にしまうのか、露地に人が多い。
 接客していた女たちが、外に出て、客を見送っている。
 色とりどりのタクシーが狭いにもかかわらず、
通行人をうまくかわしながら、入りこんで来る。
 バタン、バタンとドアの閉まる音がつづいた。
 甲高い別れのあいさつが、あちこちで聞こえる。
 「どうも、ごちそうさまでした」
 剛は、軽く会釈をしながら言った。
 足もとがふらついている。
 「いいえ」
 「よくこういう所に来られるんですか」
 「ときどきね。たまにはぜいたくしてみたいもの」
 「ほんと。同感ですよお」
 「よってるみたいだけど、大丈夫なの」
 「あっ、はい。いつもこんな調子です」
 酔いがまわったのか、眼のまわりが赤い。
 心臓が早鐘のように打っている。
 剛は立ちどまり、上体を深くおりまげた。
 両手を膝に当てる。
 「ほんと、大丈夫」
 M子が、剛の顔をのぞきこむ。
 「はっ、はい。だいじょうぶでえす」
 「あらあら、言葉までふらついてるわ。ほんとに弱いのね。
あれくらいで酔っぱらうんだもの」
 「飲めないんだけどお、好きなんです」
 体を動かすたびに、酔いがまわる。
 「ここじゃ、タクシーをつかまえられないから、大通りまで出ましょうね」
 返事をする代わりに、頭を深々とさげた。
 つまずいて、よろける。
 M子が、両手で体をささえた。
 「あっ、すいませえん。お強いんですね、あなたは」
 「そうよ。あんなカクテル、何杯飲んでも平気よ」
 剛に肩を貸してやりながら、歩いて行く。
 「こんなこと言っちゃなんだけど」
 「何でもどうぞ」
 「男くさいわ」
 「あんまり風呂にも入らないものですから」
 M子が、不意に剛の体をはなした。
 どさりと、路上に倒れる。
 「ちょっとお、ひどいじゃないですか」
 「そんなんで、女の子が、よく我慢してるわね」
 「どうして、知ってるんですか」
 「お店で行きあったわ。きれいな子ね」
 ユリの面影が、脳裏に浮かんだ。
 剛は、よいしょっと声をかけて立ち上がると、歩きはじめた。
 次第に、早足になる。
 「追いつけないでしょ、あたし」
 M子の声が、背後で聞こえた。
 剛は、立ち止まらない。
 大通りに出た。
 剛は、複雑な気持ちになった。
 自分でも、なぜM子をおいたままにするのか、よくわからない。
 大人の振る舞いではないのは、わかっている。
 ユリを知ってるんじゃ、これ以上あの人と一緒にいられない。
 タクシーに乗ろうとして、右手をあげたが、途中でやめた。
 金がないのに、気づいたからだ。
 よし、こうなったら。
 東京駅方向に向かって、どんどん歩いて行く。
 どのくらい歩いたろうか。
 あまり速く歩いたせいで、心臓がギブアップしそうだ。
 一歩も前に進めない。
 その場に、すわりこんでしまった。
 キーッ。
 ブレーキの音がした。
 バタン。
 タクシーのドアが開く。
 「どこへ行くのよっ」
 M子の声が飛んできた。
 「アパート」
 「遠いわよ」
 「いいんです」
 M子が出てきた。
 「ばかっ」
 いやがる剛を、無理やりタクシーに乗せた。

ツヨシ 6−4

 あの封筒をよこしたのは、M子。
 その思いは、今や剛の中で確固としたものになっている。
 ほかには、考えられない。
 店の中でも、白い紙切れを渡された。
 まだ読んでいないから、何が書かれているのか、分からない。
 言いたいことを、紙に書いてよこすのは、誰でもすることではない。
 ひとつの癖だ。
 あんな時刻に、ユリが来ることなどできなかった。
 「M子さん、この便箋に覚えがないですか」
 剛は、自信ありげに言った。
 「何なの、それ。破けてるじゃない」
 M子は、顔を近づけて見た。
 「何か、書いてあるようね。こまかい字だわ」
 「気をつけて下さい、って」
 「何に気をつけるのかしら。おかしな文面ね」
 「アパートのドアに、はさんであったんです」
 「何かのご忠告みたいね」
 「M子さんがよこしたのか、と思った」
 剛は、ずばっと本音を言った。
 あたしが、とんでもない、とM子は首をふった。
 「だって、つよしのアパートが、どこにあるのか知らないでしょ」
 「そうなんですけど」
 「何よ、その眼は」
 剛は、視線をわきにそらした。
 「それじゃ、何。あたしがストーカーしてるって、言うの」
 M子は興奮を鎮めるように、グラスを傾けた。
 バーテンダーが来た。
 「はい、お待ちどうさまでした」
 オウルドの入ったグラスと、瓶入りのコーラを剛の正面に置いた。
 「どうぞ、ご自由に」
 と、氷の入れ物をわきに添えた。
 ふたりの間の感情の行き違いを悟ったように、
 「あまり時間もないですけど、楽しんでいってくださいね」
 と、満面に笑顔を浮かべた。
 剛は、グラスに氷を浮かべ、続いてコーラを入れた。
 グラスを揺する。
 青ざめた表情で、ぐいとあおった。
 くそっ、俺はなんてドジなんだ。
 内心、そう思った。
 M子が、くすっと笑った。
 「こんなことで争うなんて、ばからしいわ」
 剛の眼を見て、
 「だってそうでしょ。別にどうってことないわ」
 ごめんなさい、と剛は素直にあやまった。
 「てっきり、あなただと思ったんだ」
 M子は、自分の指で、四つの紙きれが正面に来るように、
ひとつひとつ集めだした。
 「ちょっと、ペン貸して」
 剛から、ペンを借りると、ひとつの紙切れに書きはじめた。
 ほらっ、と言って、剛に紙きれをすべらせた。
 筆跡がまったく異なっていた。
 「さあ、そろそろ出ましょうか」
 カクテルの残りを飲み干すと、M子は、立ち上がった。
 顔がほんのり紅潮している。
 「今日は、アパートに帰さないわよ」
 M子は、剛の眼をにらんで言った。
 

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