姿川恋物語シリーズ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

ツヨシ 4−3

 翌朝、小鳥の声で目が覚めた。
 剛は、まだ布団の中だ。
 窓の外が白々としている。
 時計を見ると、午前四時を過ぎたところだった。
 「都会にも、すずめがいるんだ」
 想いを、素直に口に出してみた。
 「チュンチュンって、かわいいな」
 幼い頃に、もどった気分だ。
 すると、当たり前のことが新鮮に思えてきた。
 「俺は、昨日までの俺じゃねえぞ」
 自分に言いきかせるように、語気強く言った。
 心の奥底から、わいて来た言葉だった。 
 眠ったままで、そのまま帰らぬ人だっているんだ。
 なのに、おれは・・・・・・。
 何だって、神様の思し召しだ。
 ふいに、そう思った。
 自分でも、不思議な感覚だった。
 昨夜は、どうやって部屋にもどってきたのか、よく覚えていない。
 小百合が怒って、両手で背中をドンと突き飛ばしたのは、わかる。
 何かきついことも言った。
 耳の奥で、まだびんびん響いている。
 薄いかけぶとんをたたむと、剛は、急いで起き上がった。
 服も脱がずに寝ていた。
 台所で、顔を何度も洗う。
 各部屋に風呂がついてないのが、難点だった。
 その分、家賃が安い。
 共同の風呂があるが、剛は帰りが遅くなる。
 ほとんど入浴できないでいた。
 からだから、汗の匂いが立ちのぼっている。
 「おお、くせえ。こんなんで、よく女の子のそばに寄ってたもんだ」
 ドアを開けて、外に出た。
 何かが、ぽとりと落ちた。
 白い封筒だった。
 剛は、それを大事そうに持つと、庭さきに出た。
 
 

惑う その10

 小百合に抱きつかれて、剛は床に倒れこんだ。
 床が音を立てた。
 背中を打ったのが、胸まで響く。
 アルバイト先でのトラブルを思い出した。
 肋骨をひどく痛めていた。
 「いてえな、まったく、なんだってんだよ」
 「あんただって、さっきは何よ、酔っぱらって、あたしに何したの」
 痛いところをつかれて、ツヨシはたじろいだ。
 「もう、どうにでもしてくれ」
 大の字になって、天井を見た。
 小百合は身を起した。
 「何なの、その言い草は。女が男のようにできるわけないでしょ」
 「だから、責任とるから」
 「セキニンッ。どうとってくれるの」
 「お前が考えてくれ。俺、頭わるいから」
 「また、逃げるんだ。ツウちゃんは」
 「逃げるって」
 「そうよ。人のせいにしてるわ。自分は楽でしょうね」
 「そんなふうには、ちっとも思ってないけどな」
 「自覚してないところが、こわいわ」
 小百合は立ちあがって、台所に行った。
 両手でボールを持っている。
 水が波立っていた。
 「ちょっとは、これで頭を冷やしてみたらっ」
 剛の顔に浴びせかけた。
 「なっ、何するんだ」
 驚いて、起き上がった。
 「女を何だと思ってるの。あんたのおもちゃじゃないのよ」
 真剣な眼差しでさけんだ。
 小百合の抗議に、剛は一言も発せない。
 「男だって女だって、人間なの。身体のできは違うけど、おんなじ心があるの。
あんたが女だったらと、考えてみて。ユリとあたしにしているような付き合い方を
男にされたら、つよし、あんた、どんな気持ちがするっ」
 小百合は、一気にまくしたてた。
 剛は、小百合を、いいところのお嬢様だとばかり思っていた。
 苦労知らずの子だ、と考えていた。
 こんな一面があったんだ。
 感心したような顔つきで、小百合の顔を眺めた。
 
 
 
 
 
 
 

惑う その9

 剛は、靴のつま先を立て、階段をのぼって行く。
 なんて未練がましい。
 ツヨシ、やめろ。
 ユリに、どう言いわけするんだ。
 もうひとりの自分が叱る。
 いや、何か言いたいことがあるのだろう。
 聞いてやるだけだ。
 かまやしない。
 一方の自分が、言いはる。
 剛は、迷いながらも、ゆっくり階段をあがっていく。
 ユリは、俺を信じているんだ。
 広く浅くなら、ほかの子と付き合ってもいいわ。
 そうでなきゃ、あんなことは言えない。
 どうするんだ、ユリを。
 ツヨシ。
 捨てるのか。
 あんな良い子を。
 剛は、ふたつに身をひきさかれそうな想いがした。
 
 俺が行くまで、果たして小百合は待っているだろうか。
 二階のベランダに着いた。
 剛は、前方を見た。
 小百合の部屋の前に、人影はない。
 気落ちして、肩が少しさがった。
 自分勝手に、あれこれ妄想にふけった。
 それだけのことだ。
 微妙な心の動きがわからない自分を、うとましく思った。
 ふり向いて、階段を降りようとした。
 不意に、ベランダが明るくなった。
 部屋のドアを、小百合が少し開けたのだ。
 よしっ。
 両手でこぶしをつくると、歩き出した。
 剛がドアの前で止まった。
 「入って」
 小百合の小さな声が招いた。
 「まだ、何か用なの」
 「あんなことまで、あたし、したのよ」
 剛は、答えをためらった。
 「でもな」
 「ひきょうだわ、ツヨシ」
 「卑怯」
 「そうよ。自分からあたしを求めたんでしょ」
 返す言葉が見つからない。
 突っ立ったままでいる。
 からだが入るくらいに、小百合がさっとドアを開けた。
 両手で、剛の手をつかんで、強くひっぱった。
 「逃がさないわよ、今度は」
 強い調子で言った。
 
 
 
 

惑う その8

 真夏の陽射しにあぶられたアスファルトは、冷えている。
 ふいに風が吹きすぎて、道端に落ちていた新聞紙が飛ばされた。
 風が匂いも運んできた。
 なんか、すごく、くせえな。
 剛は、手で鼻をつまんだ。
 都会は、人がひしめいている。
 人が吐く息の匂いだけでも、相当くさい。
 食べたり飲んだり、排泄したりもする。
 夢の島をテレビで見た。
 ゴミの量に圧倒された。
 うわべはとりつくろって生活していても、これじゃまるで、
人はゴミ製造機だな。
 剛は、そう感じて、思わず顔がくずれた。
 「つよし、あたし、寝るから」
 背後の闇で、小百合の声が聞こえた。
 「きょうは、悪かったね」
 剛は、自分を恥じていた。
 小百合の表情が見えない。
 それが、剛には幸いだった。
 暗い階段を、小百合は音を立てずにのぼって行く。
 二階の端に、彼女がたどりつくまで、見届けようと剛は思った。 
 階段を上りきり、ゆっくりと部屋のドアまで歩いて行く。
 戸口で立ち止まり、ベランダの手すりにからだを寄せた。
 しきりに手をふっている。
 招いているのか、さよならをしているのか。
 剛はわからない。
 呼んでいるのなら、彼女のもとへ行きたかった。
 剛は、小百合を抱かなった。
 抱けなかった、と言う方が正しい。
 今、彼女はどんな気持ちでいるのだろう。
 酒に酔って、醜態をさらしてしまった。
 剛は、複雑な気持ちで、二階への階段をのぼって行った。
 
  
 

惑う その7

 小百合は、あらがわない。
 剛の好きなようにさせておいた。
 酔っぱらっているんだ。
 あとで悔やむのは、剛なんだから。
 小百合はそう思った。
 上着の上から、胸をもみだした。
 「なによ、オッパイがほしいの」
 剛は、さっと手をひっこめた。
 「ユリちゃんは、どうするのかな」
 剛に顔を近づけて、目をほそめた。
 小百合はふいに立ちあがり、自ら、上着を脱ぎはじめた。
 一枚、二枚と畳の上に落とす。
 ブラ、一枚になった。
 「さてと」
 両手を後ろにまわし、ホックをはずそうとした。
 「ええっ」
 剛の顔が青ざめた。
 つっぱっては来たものの、剛は口先だけだ。
 女の人を抱いたことはなかった。
 しゃがんだままで、あとずさった。
 「なんなのよ、一体。つよし」
 「うん、うううん」
 「ウンじゃわからないでしょ」
 「うん」
 「ほしいの、ほしくないの」
 「そりゃあ」
 「そりゃあ、何なの」
 すっかり酔いがさめてしまった。
 頭をかきむしっている。
 「俺、ちょっと外へ出て来る」
 靴をつっかけると、ドアを開けた。
 隣人が立っていた。
 この野郎と、目が言っている。
 剛は、うつむいて歩き出した。
 大通りに出る。
 建物の灯りは、ほとんど消えている。
 タクシーが、一台通りすぎて行く。
 剛は、もやのかかった空をあおいだ。
 星の明かりがぼんやりしている。
 何かで迷った時、こうやって、星を見つめてきた。
 その度に、あくせくしている自分に気づき、本来の
自分をとりもどすのだった。
 いけない。バイト先に連絡するのを忘れた。
 首になってしまうかも、と剛は思った。
 
 
  
 
 

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事