姿川恋物語シリーズ

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惑う  その1

 「つよし、この頃何か変じゃない」
 ユリは、ブランコをゆっくりこぎながら、つぶやいた。
 地面に顔を向けている。
 剛は、勢いよく、こいでいる。
 手を放せば、飛んで行きそうだ。
 「なんで。いつもと変わらないよ」
 ブランコを止めようとはしない。
 内心は、穏やかではなかった。
 小百合の面影が脳裏にちらついている。
 誘われるままに、デートを重ねていた。
 「女ってね、敏感なのよ」
 語気をつよめた。
 ユリは両足を地面につけた。
 ブランコが止まる。
 このままじゃまずいと感じ、剛はこぐのをやめる。
 次第に揺れがおさまってきた。
 長い髪が、ユリの暗い表情をかくしていた。
 「場所を変えようか」
 剛が歩きだした。
 ユリは、少し離れてついて行く。
 ポンポンと軽いエンジンの音がしている。
 「久しぶりだなあ。海だ、海だ」
 剛が子供のようにはしゃいでかけだした。
 ユリの表情は、変わらない。
 桟橋だ。
 剛が手すりにつかまり、海面を見た。
 波が岸壁にぶつかっては、くだける。
 氷川丸がすぐそばだ。
 青空に入道雲が広がっている。
 「つよし、この海に飛び込んで」
 真面目な顔つきで、ユリが言った。
 剛の顔色が変わる。
 「一体、どうしたというんだよ」
 「貴方が信じられなくなったの」
 手すりを両手でつかんで、遠くを見た。
 「だからさ、何にもないって」
 「私ね、貴方が何にも言わないでもわかるの」
 剛は、いらいらしてきた。
 ジーパンのポケットに両手をつっこんで、歩きだした。
 「そうだ。アイスクリーム、食べようよ。のどが乾いただろ」
 正方形の布切れが風に揺らいでいる。
 赤い字で、氷と書かれていた。
 剛はかけだした。
 ユリは、反対方向にさっさと歩きだした。
 
  
 
 

ツヨシ 4−2

 剛は、ふと腕時計を見た。
 十時をまわっている。
 こんな時間に、あの子が来るわけはない。
 後ろめたい気持ちに、剛は急に襲われた。
 「いるんでしょ、中に、今日こそは払ってもらいますよ」
 男の声だった。
 緊張した気持ちがゆるんだ。
 パンパンにふくらんだ風船から、空気がでていくようだ。
 「ちょっと、待ってください」
 小百合の靴をかたづけると、ドアを開けた。
 外のひんやりした空気が、部屋に流れこむ。
 「三か月分で、九千円ですが」
 集金係の男の眼が、眼鏡の奥できらりと光る。
 逃げてばかりいる剛を信用してないようだ。
 台所の椅子の背もたれにかかった上着のポケットの底を、
剛はまさぐる。
 財布は持たない主義だ。
 ポケットから出した手に、百円玉が三枚にぎられていた。
 アルバイトで稼いだ金は、もうなかった。
 剛の顔が蒼白になった。
 しかたない。小百合に借りるか。
 「すみません。外で待っててもらえますか」
 男をドアの外に押しやった。
 男はあらがう姿勢をみせたが、
 「今、払いますから」という剛の言葉に、自らドアを閉めた。
 部屋の奥にいるはずの小百合の姿を探す。
 部屋にいない。
 一番奥の部屋まで行った。
 そこにもいなかった。
 剛はあせった。
 サッシを開けて、ベランダをのぞく。
 隅でしゃがんでいた。
 「何してるんだよう」
 わざとハスキーな声で話しかけた。
 「困ってる顔を見たくないの」
 「だったら、金、貸してくれないかな」
 「いくら」
 「これだけ」
 人差し指を立てた。
 小百合は、顔をそむけた。
 「そんなにたくさん」
 「持ってないの」
 「うん」
 「じゃあ、しかたがない」
 剛は、ベランダに片足をかけた。
 「待って」
 「貸してくれるの」
 小百合は、うなずいた。
 「どこにある」
 「あたしのバッグを持って来て」
 バッグを受け取ると、札入れから一枚ぬきとり、
剛のズボンのポケットにねじ込んだ。
 「こんなに持ってるんだ」
 小百合の家庭が裕福なのを、剛は思い知らされた。
 ぺろっと舌を出し、
 「これで、ツウちゃんに貸しができたわ」
 と、小百合は、にやりとした。
 

ツヨシ 4−1

 剛は、どっかと、椅子にすわった。
 「ええっと、何からいただくとするか」
 白くて平べったい皿に、刻んだキャベツがのっている。
 そのわきに、半熟卵が丸い方を下にして寝そべっていた。
 剛の眼は、まず、それに注がれた。
 箸でつつくと、黄身がとろりと流れ出た。
 剛は、目をそむけた。
 小百合がようやく顔をのぞかせた。
 肩先まで伸びた長い髪の毛を、両手ですいた。
 先ほどまでの元気がない。
 口では冗談めかしたものの、剛のからだに身を投げたのは、本心からだった。
 自分の愛を受けとめてもらえなかった寂しさが、顔に出ていた。
 剛は、頭をぺこりとさげた。
 「どうもありがとう」
 小百合の手前、気乗りがしなくても、何か食べないと悪い。
 黒いうつわを持って、みそ汁を一口すすった。
 しばらく口に含んでいる。
 「あら、どうしたの」
 「うすいな、これは」
 「あら、そうかしら。ちょうどいいと思うんだけどな」
 小百合は、試しに自分のを飲んでみた。
 「ああ、おいしい」
 ぐううっと飲みほした。
 剛は首を曲げ加減にして、
 「もう少し味噌をたすな、俺なら」
 「そんなことしたら、身体に悪いわ。塩分取りすぎよ」
 「そうでもないさ」
 「だめ。健康にわるい」
 「だいじょうぶ」
 「だめっ」
 剛は、それ以上言い争うのは、よした。
 「わかったよ。身体のことを気づかってくれて、うれしいよ」
 みそ汁を一気に飲んだ
 「つよしってさあ、どこの出身なの」
 「どこだと思う」
 小百合が剛のうしろにまわり、がっしりした肩に両手をおいた。
 「群馬県なの」
 と、耳元でささやいた。
 小百合は、とても気分が良かった。
 剛が自分の手を払いのけないでいる。
 先ほどまでのブルーな気分が、どこかに消えていた。
 「残念やけど、はずれです」
 剛は前を向いたままで、答えた。
 「関西弁をしゃべるけど、あそこは薄味だし。それじゃあ、長野県」
 声が、いくらか甲高くなった。
 「ちがう」
 「じゃあじゃあ、ヒントをちょうだい」
 「よし、ヒントかあ」
 ドンドン。ドンドン。
 不意にドアがたたかれた。
 剛はどきっとした。
 
 
 
 

ツヨシ 3−5

 「ツウちゃん、ご飯が冷めちゃうわよ」
 剛のからだにおおいかぶさるようにして、小百合はしゃべる。
 右手で剛の髪の毛をいじっている。
 アップになった小百合の顔がせまり、吐く息が鼻にかかった。
 バラの香りに似ていた。
 剛の頭の芯が、つううんとしびれた。
 「おいおい、レデーの態度かよ、これって」
 顔を横に向けて、大きめの声でいう。
 「いいのよ。あたしはちゃんと使い分けてるんだから」
 「使い分け」
 「時には、お嬢さんらしく振舞うっていうこと」
 「へえ、そうなんだ。知らなかったな」
 「あなただって、そうでしょ。昨日は、あたしの目の前でかっこつけたでしょ。
いつもは真面目な顔してるのに」
 痛いところを突かれて、剛は一瞬だまりこんだ。
 大きく口をあけるので、小百合の咽喉の奥まで見える。
 剛は、小百合の裸を見たような気がして、表情がくずれた。
 「今、変なこと、考えてたでしょ、エッチ」
 「べつにい」
 「女は敏感なのよ。甘く見ないで」
 小百合の攻勢にたじろぐ。
 「俺って、ひょうきんなところがあるんだ」
 ぽつんと言った。
 「ほら、使い分けてるじゃないの、あなただって。うそつき」
 小百合は、自分のからだを剛の胸にのせた。
 衣服をとおして、小百合のやわらかな胸の感触がつたわる。
 あっ、いけない、と剛は小さいが、鋭くさけんだ。
 ユリの顔が脳裏に浮かぶ。
 両手で小百合のからだを強く押し上げた。
 小百合のからだが、ごろりと畳の上に転がる。
 「まあ、ひどいわ」
 「びっくりするじゃないか」
 「女の気持ちが分からないんだ」
 小百合が声を落とした。
 「ああ、分からないさ。それで結構」
 上半身だけ起きあがった姿勢で、小百合は両手で足をさすっている。
 「ツウちゃんって、純情なのね。あたし、ますます気に入ったわ」
 「折角だから、よばれるか」
 剛は両足で反動をつけると、勢いよく起き上がった。
 

ツヨシ 3−4

 翌朝。
 枕もとの目覚まし時計が鳴った。
 「あっ、いけね。遅刻だ」
 昨夜は、ユリの誕生祝いをした。
 門限があるので、彼女は早く帰宅したが、剛は居酒屋に寄った。
 まだ十八歳だが、少々酒をたしなむ。
 昨夜の酒は、ちょっと度が過ぎたようだった。
 頭が、がんがんする。
 急いで、学校に行く仕度をしはじめた。
 二年生までは、一日みっちり授業がある。
 四年で卒業すると、母と約束した。
 パート勤めをして、息子を支えているのだ。
 奨学金をもらっている身でもある。
 トントンとドアを誰かがたたいた。
 魚眼レンズをのぞく。
 ラグビーのボールのような女の顔が見えた。
 ドアを開けると、元気のよい小百合の声が飛びこんだ。
 「おはよう、ツウちゃん」
 ほっそりした身体だ。
 するりと部屋に入ってきた。
 大きくふくらんだビニール袋を持っている。
 「なっ、なんだ」
 「どうも、きのうは。お邪魔しまあす」
 「俺、これから学校だぞ」
 「あら、そう。まあ、この部屋、散らかってるのね」
 「余計なお世話だ。一体どういう気なんだよ」
 「この間のお礼に、食事でも作ってあげようかなって」
 「お礼っだって。いいよそんなの。食ってたら、遅刻しちゃうからさ」
 「まあ、遠慮しないで。彼女いないの。もしよかったら、あたしが彼女になってあげようか」
 小百合は、持参したエプロンを腰に巻きつけると、ふんふんと鼻歌を歌いはじめた。
 剛は、どっかと、布団の上に腰をおろした。
 両手で頭をかきむしる。
 「助けてくれよ、ねえ。お願いだから、学校へ行かしてくれよ」
 「あなただって、あたしを助けてくれたじゃないの」
 「なんだっけ」
 「ほら、下着ドロボウ」
 「ああ、あれか」
 「うれしかったわ。勇ましい人が近くにいるんだって、あたし感激しちゃったんだ」
 突然の珍客に驚いたが、小百合の話を聞いていると、剛は、なんとなく納得した気持ちになった。
 ええい、今日は授業は休みだ、と決めてしまった。
 ごろりと横になった。
 すぐにいびきをかきだした。
 蜜蜂が花にとまっている夢をみている。
 鼻の穴がくすぐったい。
 ハアア、クションッ。
 剛は自分のくしゃみに驚いて、目が覚めた。
 となりに小百合が横たわっていた。
 

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