怪奇小説

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沢姫様 その20

 ひろ子は元気を取り戻し、みんなと通学しはじめた。
 ところが、また問題が持ちあがった。
 担任は、若い女のA先生だ。
 入学したばかりの頃は、とてもやさしかった。
 どうしたことか、近頃は人が変わったように思えるほどに、
いじわるがめだつ。
 それも、ほんの二、三日前からだ。
 ひろ子に対してだけ、つらく当たった。
 具合のわるいことをしたのなら、仕方がない。
 別に、そんなことは何もない。
 先生のおしゃるように行儀良くしていた。
 ある日の休み時間。
 教室の隅で、ひろ子はうつむいて泣いていた。
 「ひろ子ちゃん、まだ泣きやめないの」
 廊下を通りかかったAがそれを見て、言った。
 持っていた教科書で、頭を軽くたたいた。
 ますます大きな声をあげて泣くひろ子の頬をつねった。
 その日の放課後。
 ひろ子は、ひとりでとぼとぼと家に向かっていた。
 一台の軽乗用車が、ひろ子のわきで停まった。
 Aが窓ガラスをあけて、にこにこしながら声をかけた。
 「今、帰るところなの」
 ひろ子は、A先生の変わりように驚いた。
 小さな子供である。
 すぐにうれしくなって、
 「先生、どこへ行くんですか」
 と、たずねた。
 「ちょっと山に花を摘みに行くんですよ。良かったら、
ひろ子ちゃんの家の前を通るから、乗って行かない」
 以前のように、優しい顔でさそった。
 「いいんですか、先生」
 「ええ、いいわよ。乗って行きなさい」
 甲高い声で言った。
 後部座席のドアを両手であけて、ひろ子は、
ランドセルを背負ったままで乗りこんだ。
 車は山に向かって、走り出した。
 Aは、まったくしゃべらなくなった。
 表情が能面のようだ。
 ひろ子は気味がわるくなり、
 「先生、先生」
 と、何度も話しかけた。
 ひろ子の家が近づいた。
 「先生、もうじきですね」
 Aは、一回だけうなずいただけである。
 さらに、スピードをあげた。
 家の前を通過してしまった。
 「あっ、ここです。先生、おろして下さい」
 「いいんですよ。お前はおりなくても。私と山に行くんですからね」
 A先生の声ではない。
 しわがれた声だった。
 顔つきが、老婆のものに変わっていた。
 「A先生じゃないんだ。誰なの」
 ひろ子は、大声で叫んだ。
 
 
 
 
 

沢姫様 その19

 翌朝。
 「ひろ子、中村さんが来たよ」
 祖母の美代が、ひろ子の寝室の襖をあけようとした。
 どうしたことか、がたがた音を立てるだけで、開かない。
 「どうしたんだろうね。この襖。建てつけが悪くなったんだろうか」
 襖の向こう側で美代がつぶやいた。
 「どうするの、ひろ子。学校は」
 ひろ子は、布団にもぐったままで、
 「とってもおなかが痛いんだよ」
 と、言った。
 「わかったよ。そう言っとくね」
 美代の足音が遠のいて行った。
 ひろ子は、上体を起こした。
 パジャマのまま立ちあがり、襖の取ってに、右手をかけた。
 すっと開いた。
 なんだかへん。
 さっきは、開かなかったのに。
 美代が、おかゆを小さな土鍋に入れて、寝床に持って来た。
 「あれっ、こんなに簡単に開くなんて。どうしたんだろうね。まさか、ひろ子がおさえてたんじゃないよね」
 「あたしは、寝たままだったよ。そんなことしないもの」
 「まあ、いいや。なんでまた、おなかが急に痛くなったりなんかしたのかねえ。カゼでもひいたのかな。どれ、おでこをだしてごらん」
 美代は、ひろ子の頭を両手でかかえるようにして、唇をひたいに当てた。
 「うんっ、大丈夫だ。熱はない」
 ひろ子は祖母に優しくされたので、布団の上で、でんぐりがえりをした。
 「あらまあ。そんなに元気だったら、学校へ行けたのに」
 ふいに、ひろ子はおなかをおさえ、
 「あっ、いててっ」
 と、言った。
 「仏様にあがったりんごをすってもってきてやるから。しずかに寝てるんだよ」
 「はあい」
 栄二が、山仕事に行く仕度をしてやってきた。
 「父ちゃんは、これからお仕事だからな。ばあちゃんの言うことをよく聞くんだよ。お利口にしていないと、母ちゃんが泣くからね」
 「うん、わかった」
 食事を終えると、もう一度布団にはいった。
 白猫が、肩口から布団の中に入ろうとした。
 猫の毛がひんやりしていたので、ひろ子はぞくっとした。
 ひろ子は、両手で布団をおさえた。
 お尻を高くあげ、むりやり小さな頭をふとんに突っ込もうとしている。
 ごろごろごろっ。
 鳴き声がうるさいほどだ。
 子猫が一匹。
 ちょこんと枕元にすわっている。
 それを見て、ひろ子はあきらめた。
 白猫は、大切な遊び友達である。
 やわらかいからだが両足に当たって、ちょっと気持ちがわるかった。
 ひろ子は、夢を見た。
 ゆり子がでてきた。
 「ひろ子、お母さんは、だいぶよくなってきたからね。心配しないで。もうじき帰れるから。ばあちゃんや父ちゃんの言うことをよく聞くんだよ」 
 そう言って、すうっと消えた。
 「母ちゃん」
 ひろ子は自分の声に驚いて、目が覚めた。
 目じりの涙がキラッと光った。
 
 
 

沢姫様 その18

 五月になって、陽射しがずいぶん強くなった。
 ひろ子は、初夏らしい白いワンピースを着て、
縁側にいる。
 おとなの白猫を抱いている。
 子猫が一匹、ひろ子の膝にのろうとするが、途
中でころがった。
 白猫は、頬ずりされたり、ぎゅっと抱きしめられ
ても逃げようとしない。
 「苦しいわ。ちっちゃい姫様。そんなに強く抱い
たら」
 苦しくて、口から舌を出した。
 人の耳には、みやああっとしか聞こえないが、
ひろ子にはその意味がわかった。
 「ちょっとくらい我慢してよ。あたし、さびしいん
だから」
 猫の言葉で、返事をした。
 自分にそんな能力があるのを知ったのは、ほ
んの一週間前であった。
 いつまでも白い毛の親猫の乳首を追っていた
子猫を、ひろ子がひょいっとつかみ上げて、座敷
の畳のうえにほうり投げてしまった。
 親猫が怒った。
 ふううっと、背中の毛を逆立て、今にもとびかか
りそうになった。
 ひろ子も負けずに、怒った。
 右手の指をまげて、ツメを出した時の、猫の前足を
まねた。
 猫の怒りは、さらに大きくなった。
 その時だった。
 「やめてよ、ふざけないで。あたしの子供をいじめ
ないで」
 猫の口から、そんな言葉がとび出しだのを聞いた
のだ。
 ひろ子は驚いて、座敷にとびあがった。
 みゃあみゃあ鳴いている子猫をそっと抱きあげると、
一生懸命に右手でさすり出した。
 親猫は、ひろ子のそばに寄ってきた。
 ひろ子は、そっと子猫をおろした。
 親猫の乳首に吸いついた。
 ごろごろごろと、親猫はのどを鳴らした。
  
 
 
 
 

沢姫様 その17

 ヤッシンは、暗い夜道をひたはしる。
 音を立てない。
 地面に足がついているかどうかも、わからないほどだ。
 いつの間にか、ヤッシンのからだが変わっていた。
 下半身だけが、異常な速さで動いていた。
 ふさふさした毛が、とてもあたたかく感じた。
 まるでダチョウの羽の上に乗っているみたいだった。
 「大丈夫ですか。そんなにはやく走って」
 「いいえ。ご心配なく」
 「家族がいるでしょうに」
 「別れを告げてきました」
 「お母さんは、泣かれたでしょう」
 ヤッシンは、だまった。
 「大人になったと、喜んでくれましたよ。先祖代々、
我が家は世話になってきたんだ。私のことはいいから、姫様たちを、
助けておあげなさいと、励まされました。」
 闇には、すぐに目が慣れた。
 ゆり子は、どこに向かっているのか見当がついた。
 栄二の仕事場の方角だった。
 「このあたりは、危険なのではありませんか」
 「まあ、そうですがね」
 「だったら、どうして」
 「追っ手の奴らの裏をかこうと考えているんです」
 「うらっ」
 「そうです」
 「そんな近くにいるはずがない、と考えるような場所です」
 「小屋の近くに、沢がありますね」
 「ええっ、よく知っています」
 「私の体調を元に戻すのには、格好の場所です」
 「薬草があるし、きれいな湧き水も豊富です」
 ヤッシンは、ひとまず栄二の小屋のある沢の近くに住まいを定めた。
 広い住居は、いらない。
 住居と言っても、洞穴だ。
 ふたりが、肩寄せ合って眠れるほどの広さがあれば十分だ。
 山の一族が神とあおぐ大岩の近くである。
 追っ手にすぐに見つかりそうであるが、灯台もと暗しということわざもある。
 ゆり子の住まいは、あの滝の裏側にあったが、そこはすでに厳重な監視のもとにおかれていた。
 ヤッシンはその怪力を使い、夜を徹して、二日足らずで住みかを作った。
 昼間外を出歩くときは、幻術を使い、どんなものにでも変身した。
 出入り口は、岩と岩の間だった。
 枯れ草でおおった。
 
 
 

沢姫様 その16

 激しい戦いが終わった。
 興奮の冷めたゆり子のからだが、変わりはじめた。
 毛むくじゃらの皮膚が、徐々に白くなっていく。
 変身は、容易なことではない。
 からだの細胞という細胞の遺伝子が、活発に情報を送りだすのだ。
 そのためには、多大なエネルギーが必要だった。
 何よりも太陽の熱がいった。
 闇夜である。
 月の光もなかった。
 たくわえていたエネルギーを使った。
 ようやく元の姿にもどったが、極度にからだが衰えてしまった。
 病をわずらっていたから、なおさらであった。
 白い衣の袖に腕をとおすと、空を見上げた。
 またたく星を見つめている。
 涙がこぼれてきた。
 このままでは、おのれの身の終焉が近いことを悟っていた。
 そばに、ヤッシンが膝まずいていた。
 ゆり子は、聞き慣れない言葉でしゃべりはじめた。
 「私たちを助けようとしてくれたのね。だれなの、あなたは」
 両肩を動かして、大きく息をしている男に語りかけた。
 からだから白い蒸気が立ちあがっている。
 またたく間に、ヤッシンの姿に変わった。
 衣服を着た。
 「ずいぶんしばらくです。俺のことなど、忘れてしまったでしょう」
 すわりこんだままで、つぶやいた。
 ゆり子は、「ええっ」と言うなり、くず折れるように、その場に倒れこんだ。
 ヤッシンは、ゆり子のからだを抱きあげた。
 「ごめんなさいね。ヤッシン。からだが言うことをきかないの」
 「大丈夫、姫様。俺が治してさしあげます」
 ゆり子が頭を縦にふった。
 ひろ子が、廊下に立ちすくんでいる。
 大声で泣きはじめた。
 声を聞いて、美代と栄二が、かけつけた。
 ヤッシンは、里人の言葉で話しだした。
 「俺は、この方のおさな友達です。からだが、かなり衰弱しているようですから、俺がしばらく世話するようにいたします。俺たちなりのやり方があります。あまり心配しないでください。必ずよくなりますから」
 ヤッシンは、ひろ子を呼んだ。
 「ほら、お母さんの顔をよく見てごらん。笑ってるだろ」
 ひろ子は、泣くのをやめた。
 「おじさんが、お母さんを治してあげるからね。それまでお利口にしているんだよ。必ず、また連れてきてあげる」
 ひろ子は「うん」とうなずくと、ゆり子の手をにぎった。
 竹藪をかき分けて、ヤッシンは山道をのぼって行った。
 

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