怪奇小説

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沢姫様 その15

 闇夜である。
 鶏小屋の鳥たちが寝静まっている。
 その小屋のわきを、黒い影がすううと通りすぎた。
 羽をふわっと二、三度持ちあげただけで、鶏は静かになった。
 栄二の家のまわりに、黒い影がひとつ、しのびよった。
 続いて、ひとつ。
 さらに、もうひとつ。
 影は竹藪の中で、ひとかたまりになった。
 何かをささやきあっている。
 すごい殺気だ。
 座敷にいたゆり子は、その気配を感じていた。
 からだは弱っているが、精神は頑丈だった。
 勘がするどい。
 寝床からはい出して、戦いの準備をはじめた。
 となりで眠っていた栄二にささやく。
 「父ちゃん、父ちゃん」
 栄二は、なかなか目を覚まさない。
 仕事の疲れが、尾をひいているのだ。
 ゆり子が栄二の肩をゆすった。
 「敵が来ました。家の近くです」
 「何、敵だと」
 「しっ。小声でしゃべって」
 「どうする」
 「あたしは、大丈夫だから、ばあちゃんをお願いします」
 「よし、わかった。ひろ子は」
 ひろ子は、ゆり子の左側で眠っていた。
 「あたしが守ります」
 「どこにいればいい」
 「時間がありません。とりあえず、押入れに入ってください」
 栄二はそっと起き上がると、玄関わきの部屋で眠っていた美代を起こした。
 「なんだい、いま自分」
 「ゆり子やひろ子をねらう追っ手が、家の付近にいるらしい」
 「えっ」
 栄二は、美代の口をおさえた。
 「とにかく、俺の言うとおりに動いて」
 美代の耳元で、ささやいた。
 
 廊下の雨戸が、ことっと音を立てた。
 毛むくじゃらの手が二本のびて、左に動かしはじめた。 
 ギイッと鳴った。
 ゆり子とひろ子は、戦闘態勢に入っている。
 座敷の天井に張り付いていた。
 突然、庭先で大きな物音がした。
 石の灯籠が転がったり、何者かが雨戸にぶつかったりしている。
 ぎゃっ。ぎゃっ。
 がおおっ。
 おそらく追っ手が、その正体をあらわし、何者かと争っているのだ。
 怒りが頂点に達した時、野人は変身するのだ。
 しかし、一体何者であろう。
 ゆり子には、心当たりがなかった。
 犬が遠くで鳴きはじめた。
 山の部族と闘う者がいるのだろうか。
 ゆり子は、首をひねった。
 一人の追っ手が、その者の背後をついた。
 首をしめにかかる。
 もう一人が、前から攻撃する。
 その者が、庭に転がされた。
 雨戸の隙間から、ゆり子が外をのぞいた。
 部屋から漏れ出た光りの中で、ひとりの野人が大きな石を頭の上にかかえあげ、
今にも投げ落とそうとしていた。
 ぐわっ。
 ゆり子はひと声吠えると、からだが変わっていた。
 雨戸を打ち破り、庭にとび出した。
 ゆり子の急襲で、形勢が逆転した。
 不意をつかれた追っ手は、ばらばらに逃げ去って行った。
 
 
 
 
 
 
 
 

沢姫様 その14

 栄二の仕事場を沢に沿って二時間余りのぼると、切り立った崖があらわれる。
 そこから先は、容易に前に進めない。
 ようやくにして、崖を削り取って造られた一本の道があった。
 人ひとり通るのがやっとだ。
 下を見ると、目が回りそうになる。
 里人は、めったに寄りつかない。
 伝説があった。
 あの道の奥には、極楽浄土がある。
 年中、花が咲き乱れ、人々は、何の苦もなく、暮らしている。
 好奇心旺盛な何人かの若者がいた。
 だが、目的地にたどりつくまでに、足をすべらせて谷に落ちてしまった。
 以来、誰ひとりとして、その道を通らない。
 山の部族の格好のすみかになっていた。
 彼らは平気で、その道を行き来していた。
 
 オサのタイジンの屋敷。
 村の主だった者が、集まっている。
 「きょう、集まってもらったのは、ほかでもない。我らと敵対して、袂を分かった連中の始末についてじゃ」
 タイジンが、白いあごひげをなでながら、おごそかに言った。
 「キョシン、報告しろ」
 タイジンのわきをかためるふたりの内のひとりだ。
 若い男が立ちあがった。
 マタギのようないでたちをしている。
 「みなの衆、奴らはもうほとんど死に絶えている。残すは、あと一人だ」
 「それは、誰だい」
 下座で、声があがった。
 長い髪の毛を頭の後ろでひもで縛っている。
 「ヤッシン、ほら、お前も知っているだろう。小さい頃は仲良しだったからな」
 キョシンが、親しみをこめた眼をして言った。
 男は、とたんにうつむいた。
 肩が震えている。
 思い切って、口をひらいた。
 「オサ、もういいんじゃないですか。そっとしておいてはどうですか」
 タイジンは、かっと目を見開いて、
 「ならぬ。あの女は生かしておけぬ。侮れぬ相手じゃ。先祖代々、我らを苦しめ、悩ましてきた。捕えに出向いた連中に瀕死の重傷を負わせた」
 と、言った。
 ヤッシンも負けてはいない。
 「オサが、間違っている。話し合いを持とうともしないから、争いになったんじゃないですか。はるか昔のことを今更むしかえしていては、時代に乗り遅れてしまいます。突然に、異種の者があらわれるのは、よくあることです。物知りが言っているとおりです。里人の間でも、種類というものがある。肌の色が違い、目の色や髪の色が違っても、それほどに仲互いをせずに暮らしているそうです。一律に、単一部族を礼讃するのは、いかがなものでしょうか。彼らだって、争いは好まなかったらしいじゃないですか。それを一方的に、我々が攻撃したのじゃなかったですか」
 ほかの連中が、ざわめいた。
 「おらは、ヤッシンの意見に賛成だ」
 若者が叫んだ。
 「わしはオサの意見に同調する。代々の決まりは守ろう」
 あちこちで口論になった。
 「みなの者、しずまれ」
 タイジンがへいそくの付いた榊の枝をふるった。
 その場が静まり返った。
 「いいか。あの最後の生き残りの女は、里人との間に子をなしたんじゃ。わしは、その子が恐ろしい。異種の者と交われば交わるほど、能力が偉大なものとなるのじゃ。報告によると、里人との暮らしに慣れ、今では小学校とやらに進んで、学問をおそわりはじめたらしい」
 ヤッシンは、一言、言い添えた。
 「まだ、年端もいかない子供ではないですか。様子を見るべきです」
 「よし。わかった。ここらで多数決をとろう」
 タイジンが宣言した。
 ヤッシンは、両のこぶしをにぎった。
 負けるのは、目に見えていた。
 結果は、オサの意見がとおった。
 どうしても、ゆり子とひろ子をとらえることになった。
 ヤッシンは若くて、理想に燃えていた。
 自分の考えのために、家をでることにした。
 お袋は、優柔不断だった息子の成長を喜んだ。
 ヤッシンは、弟に親の世話をたのみ、寝静まった部落をあとにした。
 
 
 
 
 
 

沢姫様 その13

 翌朝。
 玄関先で、女の子の声がした。
 「ひろ子ちゃあん。行きましょか」
 六年生の中村さと子ちゃんだ。
 登校班長である。
 ひろ子は、祖母といっしょに現われた。
 ピンクのランドセルを背負っている。 
 「はい。お願いします。ひろ子、上級生の
お姉ちゃんの言うことをよく聞くんだよ」
 「うん」
 大きくうなずいて、列の最後尾についた。
 学校まで、子供の足で半時間かかる。
 最近は、ずいぶん子供が少なくなってし
まった。
 みんなで五人。
 一列になって、歩いて行く。
 昔は、ひとりひとり、好きなように学校に
向かった。
 交通事情や治安の悪さが、子供の生活
にも影響を与えている。
 なるべく細い道をとおらない。
 ひろ子のまわりには、相変わらず、モンシ
ロチョウが舞っている。
 前を歩いている二年生の男の子が、
 「どうしてなんだろうね。いっつもひろ子ちゃ
んには、ちょうちょがついてくる」
 と、ふりかえって言った。
 「あたしのお友達なんだ」
 ひろ子は、そう言うと、習ったばかりの春
の歌を歌いはじめた。
 「前をよく見て」
 さと子が、注意をうながした。
 ふいに蝶がぱっと飛び去った。
 前から大型トラックが走ってきた。
 ひろ子の脳裏に、一枚の映像が浮かんだ。
 トラックが小学生の列につっ込んでくると
ころだった。
 「あぶない。みんな前に走って」
 思わず口走った。
 何がなんだかわからないまま、みんなは、
駆け足になった。
 トラックが左に傾いていき、センターラインを
越えて来る。
 そのまま、小川に横倒しになってしまった。
 あのままゆっくり歩いていたら、ひろ子た
ちは全員、はねられるところだった。
 さと子は、全員の無事を確認すると、
 「ひろ子ちゃんが大声をださなければ、みん
な跳ね飛ばされていたわ」
 と、ほっとした表情で言った。
 ひろ子は、目を丸くして驚いている。
 自分でも訳がわからなかった。
 「みんな、ちょっとここで待ってて。動いちゃ
だめよ」
 さと子は、トラックに走り寄った。
 近くにいた男の人たちが集まってきた。
 
 
 
 
 

沢姫様 その12

 五年後の春。
 ゆり子は、長年の心労がたたり、床に伏せっ
ていることが多くなった。
 やせほそっている。
 ある日の夕方。
 「おい、どうした」
 栄二は、仕事から帰ってきたばかりだ。
 真っ先に、妻を見舞う。
 座敷で寝ている妻のそばにやってきた。
 ひろ子がいっしょだ。
 片時も栄二のそぼを離れようとしない。
 満で六歳になった。
 四月から学校に通っている。
 ずいぶん父親に似てきた。
 美人だ。
 鼻筋がとおっている。
 目は母親に似て、切れ長である。
 ふたりのいいところをもらったなと、祖母の
美代は、将来を楽しみにしている。
 ゆり子は、そのことをとても喜んでいる。な
んとしてでも人間世界で暮らしてほしい。
 その一心でひろ子を今まで支えてきた。山
の一族との戦いも一段落した。戦いは終わっ
たわけではないので油断はできないが、峠は
越したといえる。
 ゆり子は、布団から手をだすと、栄二の手を
にぎった。
 「すみません、あなた。何もできなくなってし
まって」
 「いいんだよ。いっぱい栄養のある物を食べ
てな。早く元気になって」
 からだを起こした。
 「なんだい」
 「ちょっと、用足しに」
 栄二が肩を貸してやった。
 「お母さん、大丈夫」
 「大丈夫だよ」
 ひろ子が、障子をあけた。
 「ありがとう、ひろ子。ばあちゃんの手伝いをしっ
かりやるんだよ」
 「はいっ」
 「いいお返事だこと」
 ほめられて、廊下で、とんとん、足踏みをした。
 紅梅が満開である。
 「まあ、もうこんなに咲いているのね」
 「お前もしばらく伏せっていたからな」
 ホーホケキョ。ケキョ。
 「まあ、いい声」
 「鳥だって、お前のことが心配なのさ」
 ゆり子が微笑んだ。
 栄二が、便所の扉をあけた。
 「終えたら、声をかけるんだよ」
 「すみません」
 栄二は下駄をはいて、庭におりた。
 「お父さん」
 「なんだい、ひろ子」
 「とってもきれいな声でしょ。あの子はあ
たしの友達なのよ。山道をのぼっている時
に出逢ったの」
 「いいな、ひろ子は。山にたくさん友達が
いて。学校はどうだい。友達ができたかい」
 「うん。なかなか友達をつくるのは、むず
かしいわ。でも、女の子がひとりできそうよ。
男の子のいじめっこがいるの。あたしが怒っ
てもやめないの」
 「そりゃ、こまったな。どこでもそんなの
がいるんだ。案外、その子、ひろ子のことが
気に入っているのかも知れないぞ」
 「好きだってこと」
 「そうさ。好きって言えないものだから、
反対のことをするのさ」
 「ふううん。男の子って。びみょうね」
 「微妙なんて言葉、覚えたのかい」
 「ええ。みんなが使っているから。どんな
意味か、よくわからないけど」
 便所の戸が音を立てた。
 「あっ、お母さんが出て来る」
 ひろ子が叫んだ。  
 
 

沢姫様 その11

 赤い着物の袖をとおした腕が首に巻きついた。
 背中に、女の重みがかかる。
 女の両脚が、下半身をしめた。
 「お前様、あたしを抱きたくないかえ」
 もぞもぞと、からだを動かす。
 衣服をとおして、肌の感触がつたわってくる。
 女の吐く息がなやましい。
 栄二は、がまんした。
 足をひきずって、やしろのまえに行く。
 あと少しだ。
 太いひもをつかんだ。
 不意に、背中が軽くなった。
 ガラン、ガラン。
 パンパン。
 栄二は、最後の礼拝をおえた。
 社を背にした。
 「とうちゃん」
 子供の甲高い声がした。
 うんっ。ひろ子の声だ。
 栄二は、思わずふりむこうとした。
 危ういところだった。
 首を半分回したところで、とめた。
 いや、待てよ。そんなはずはない。
 こんな真夜中だ。
 ひろ子が来ているわけがない。
 おそらく、山の一族の妖術のせいに違いない。
 「とうちゃん、とうちゃん。だっこして」
 しつこく、ねだる。
 小さな手が、栄二のズボンをつかんだ。
 栄二は、自分の頬を、ぎゅっとつねった。
 両の頬を、ぱんぱんとたたいた。
 くわばら、くわばら。
 よし、よし、待ってろ。父ちゃんは、今帰るからな。
 ぶつぶつ言いながら、お百度石に手をついた。
 とたんに、辺りが静まり返った。
 「やれやれ、奴らはあきらめたか」
 林の奥で、物音がした。
 数人の足音が、山奥に遠ざかって行った。
 家から、歩いて十分くらいの所に神社があった。
 伊勢神宮の流れをひいている。
 霊験はあらたかで、村の人々の信仰が厚かった。
 ゆり子、お前のおかげだ。
 俺は、誘惑に負けなかったぞ。
 勝ったぞ、俺は。
 誇らしい想いで、栄二は、闇の中を家路についた。

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