怪奇小説

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さびしい その12

 「ねえ、かあちゃ」
 マリモのささやく声が、S子の耳にはいった。
 S子は、聞こえないふりをした。
 顔を反対側にむけた。
 マリモは声がとどかないと思い、S子の膝のうえにとびのった。
 「かああちゃあ」
 と、いっそう大きな声で言った。
 まあ、じらすのは、これくらいでいいだろうと、
 「はあい」
 と、S子は笑顔で答えた。
 S子は、マリモを左手の手のひらにのせた。
 「あら、お洋服きてるのね。あたしもひとつ作ってあげたから」
 マリモは、ぺこりと頭をさげて、
 「汚れたからだを洗ってくれて、ありがとうございました」
 と礼をいった。
 「いいえ、どういたしまして。あの時、あなたが眠りはじめたら、あたしまで眠くなって。
なんだか、とってもいい気持ちになってしまって。気がついたら、あなたがいなくなっていたわ」
 「ごめんなさい。ちょっとご用を思い出して」
 「裏のハウスで、お仲間と会っていたんですって。父がとっても驚いたのよ」
 「ほんと、ごめんなさいね。びっくりさせるつもりはなかったんです。あたしのことを心配して、
様子を見に来てくれたんです」
 「いいお仲間ね」
 「はい」
 マリモが、右手の人差し指を下に向けたので、S子が膝のうえにもどした。
 「どうしたの」
 「あかちゃん、げんきなの」
 マリモは、両手でS子のおなかのあたりをさすった。
 S子は、腹の子がぴくっと動くのを感じた。
 「ねえ、かあちゃ」
 「なあに」
 「お願いがあるの」
 「どんな」
 「おなかを見せて」
 S子は、くすっと笑った。
 「恥ずかしいわ。一体どうするの」
 「赤ちゃんに、ごあいさつするのよ」
 S子は、マリモに顔を近づけて、
 「ひどいことしたら、いくらあなただって、承知しないわよ。大切な子なの。
この子のお父さんだって、今日、明日にでも、出張先から帰って来るわ」
 と、真剣な顔でいった。
 「この赤ちゃんとお友達になるの。ひどいことを言ったり、したりしないわ」
 マリモは、ふいにくるくるまわりはじめた。
 一回、二回、三回、・・・・・・。
 五回まわった。
 その場にすわりこむと、両手をあわせて空をあおいだ。
 「それは何なの」
 「神様にお誓いしたの」
 S子は、真面目な顔つきに心を打たれて、
 「わかったわ」
 と言いながら、上着のすそをひきあげた。
 マリモは、おへそのあたりに耳を近づけた。
 
 
  
 

さびしい その11

 五月になった。
 お天気が安定したのか、穏やかな日が続いている。
 家族をさわがせた小人は、あれ以来姿を見せない。
 父のF男が、昔どおりに働きだしたのを、S子は喜んでいる。
 忙しくなったのだ。
 田んぼに植える苗の準備に入った。
 ハウスを整理しようと、わらや農機具をすべて、リヤカーにのせて、
家のわきにある納屋に移しかえた。
 小人が現われるのではないかと、心配したらしいが、わらの底から
出て来るものは、ネズミや虫たちばかりだった。
 なあんも、いねえやと、妻のM子に笑顔で語った。
 ひところは、表情が暗くなった。
 話をしなくなり、外へでることも少なくなってしまった。
 妻や娘の励ましにも、反応がなく、背中を丸めて、土間にいることが多かった。
 お稲荷様に豆腐やあぶらげをあげたり、おはらいをする人に来てもらったりした。
 S子のおなかは、さらに大きくなった。
 なるべく動いていた方が安産だからと、日頃の仕事をそのままつづけている。
 時折り両手でおなかを持ち上げるようにして、ふうふう言う。
 台所仕事の手を休めて、裏の石垣に腰をかけた。
 風はない。
 ふきのはやしを見つめた。
 一尺ばかりの高さにのびている。
 あの子、どこへ行ったんだろう。
 みんなといっしょに帰ったわけではなさそうだし。
 S子は、ふきの茎を一本、つみ取り、両手でくるくるとまわしだした。
 さわさわさわ。さわさわさわ。
 かすかな物音がした。
 S子が、わきをちらっと見た。
 小人の顔がのぞいた。
 でも、すぐに見えなくなった。
 みゃああ。
 納屋の方から、猫のマリが歩いて来た。
 S子は立ちあがると、地面にしゃがんだ。
 「マリ、おいで」
 両手で抱くと、首筋を右手でなでまわした。
 マリは、その手にかるくかんだり、なめたりした。
 S子は勝手口の戸を開けて、マリをなかに入れてしまった。
 戸をがりがりとひっかく音が、しばらく続いた。
 S子は、もう一度、石垣の上にすわった。
 マリモが現われるのをじっと待った。
 

さびしい その10

 「ええっ、父さん。そんなことあるわけないでしょ。何かと見間違ったんじゃない」
 マリモ、そんなとこにいたんだと、心のなかでホッとしながら、S子は父の言葉に、驚いてみせた。
 「ほんとだぞ、たまげたんだから」
 F男のからだが震えている。
 何度も、目をこすった。
 「おら、顔を洗ってくる」
 地下足袋をぬぐと、戸を乱暴に開けて、洗い場にあがった。
 じゃぶじゃぶという音が聞こえた。
 かわいそうなお父さん。
 こんなにびっくりしたのは、戦争以来でしょうに。
 命をとられる心配はないけど、ありえないことが起こったんだから。
 S子は、父を思いやった。
 「父ちゃん、どうしたの」
 悲鳴のようなM子の声が、奥の間でした。
 父は、耳が遠い。
 S子は、表にまわった。
 ベッドにからだを横たえている母を気遣った。
 「なんだか、変なものを見たんだって言うのよ」
 「何だろな。S子、おこしとくれ」
 M子は、ベッドから起き上がろうとした。
 S子が背中に手をやった。
 「さっき見たユーホーが、ハウスにいたらしいの」
 「へえっ、たまげたなあ」
 「小人たちが、わらの上で遊んでいたらしいわ」
 M子は、信心深い人であった。
 「うちは、何かわるいことでもやったんだんべか。そんな災難がふりかかるなんて」
 悲しげにうつむいた。
 S子は、明るい声で、
 「母ちゃん、そんなことは、絶対にないわ」
 「どうしてわかるっ」
 「あたし、知ってるのよ。詳しいこと。あの乗り物のなかにいた人から聞いたわ」
 「ええっ、おめえも会ったんだ」
 「うん。ほんと驚いたけどね。時代が時代だから、こわくはなかったわ」
 「そうか。お前がそう言うんならな。心配しないけんども。父ちゃんには、よく話してやっとくれ。昔の人だからな」
 「わかったわ」
 S子が居間のガラス戸をあけると、F男が上り口に腰かけていた。
 タバコをくゆらしている。
 だいぶ、落ち着きをとりもどしていた。
 「父ちゃん」
 S子が、小さな声で言った。
 「なんだや」
 「あたしと母ちゃんで、昼間、それ、見たのよ」
 「そうか、やっぱりな」
 「その窓の外に、浮かんでたのよ」
 S子は、右手で指さした。
 「こげんなことがあるなんてな」
 F男は、右手で顔をぬぐうようにした。
 地下足袋をぬぐと、居間にあがった。
 ろうそくに火をともし、一本の線香を灰の中に立てた。
 チンと鳴らし、仏壇の前で手をあわせた。
 
 
 
 
 
 

さびしい その9

 F男がビニールハウスに入ろうとした。
 真ん中が通路になっている。
 手前に農機具が置いてある。
 奥に、はわらの束が天井近くまで積み上げられていた。
 奇妙なものが、わらの上にのっている。
 麦わら帽みたいだった。
 そのまわりで、何やら跳ねまわっていた。
 人影に気づいたのか、さっとわらの隙間にもぐりこんだ。
 いまいましい、ネズミでもいるんだろうかと、身をふせ、音を立てずに近寄った。
 耕運機のかげにかくれて、見守った。
 安心したのか、一匹、二匹と姿をあらわした。
 どう見ても、ねずみではない。
 童話にでてくる小人に似ている。
 小さいわりに、頭が大きい。
 一匹がふきを一本持ち出した。
 やっこさんがするように、あげたりさげたりしている。
 くるくる回しだした。
 ほかの連中が手をつないで、ふきのまわりを巡りはじめた。
 なにやら歌いはじめた。
 小鳥のさえずりに似ている。
 F男には、意味がわからない。
 聞いたこともない言葉だった。
 ふきをかかえている小人は、良く見ると、衣服を身につけている。
 胸から足までの白い洋服だ。
 そいつが中心になっている。
 まわりの者は、時折アイの手を入れた。
 F男は、ちょっといたずらをしてやろうと思った。
 うっ、うんとせき払いをひとつした。
 連中は、一瞬こおりついた。
 わっと麦わら帽のなかに入りこんだ。
 ふいに麦わら帽が音を立てはじめた。
 くるくるまわりだしたかと思うと、ふわりと浮きあがった。
 出口に向かって、すううと移動していく。
 F男のそばを通って行った。
 何をエンジンにして動いているのか、機械好きのF男にもわからない。
 静かな飛行だった。
 ビニールハウスから出ると、垂直に空に舞いあがった。
 F男は立ち上がろうとした。
 不自然な格好でいたから、腰が痛む。
 右手で、腰をとんとんたたいた。
 よっこらしょっと声をあげた。
 きゃあと、甲高い悲鳴があがった。
 一匹、残っていたのだ。
 白い洋服をきた小人だった。
 一匹なら、大丈夫だ。
 つかまえて、持って帰ろうとした。
 追いかけはじめた。
 とてもすばしっこい。
 わらの隙間に逃げこんでしまった。
 F男は、見てきたことをそのまま、S子に話して聞かせた。
 
 
 

さびしい その8

 ふいに台所に通じる戸があいた。
 「Sちゃん、どうしたんだや」
 娘の様子を心配した母のM子が、不自由な足をひきずってやってきたのだ。
 洗い場で尻もちをつき、湯船に右手をかけて、いびきをかいている。
 何度も、S子の肩を揺すった。
 「S子、S子」
 呼びかけるのだが、なかなか目を覚まさない。
 S子の前に、洗面器が転がっていた。
 半分は入ったお湯は、泥でよごれていた。
 何を洗っていたんだろう、この子は。
 M子は、S子の前にしゃがみこんだ。
 パンッ。
 頬をたたいた。
 「ふううんっ」
 S子が目を開けた。
 大きな声で叱るのはまずいと、M子は思った。
 おさない子をあやすように、やさしく言った。
 「どうしたの、何があったの。洗面器が汚れてるけど、何か洗ってたのかい」
 「コビトさんが、マリモちゃん・・・・・・」
 「コビトなんて、どこにもいないよ」
 「ええっ」
 S子は、ようやく我にかえった。
 まるで夢を見ていたようだった。
 あたりを見まわしたが、マリモの姿がなかった。
 「ないしょの話」って、言ってたわ。
 母に見つかるのを恐れて、どこかにかくれたに違いない。
 これ以上、母に話すのはよそう。
 S子は、そう思った。
 おなかの子は、元気よく動いている。
 「赤ちゃんは、大丈夫かい」
 M子は、不安な眼でたずねた。
 「ええ、足で蹴ってるわ。男の子かな」
 「よかった。あと少しで生まれるんだから、用心しなくちゃな」
 「うん。母さん、長いこと、椅子にすわってたから、疲れたでしょ。もう休みましょう」
 「そうだね。A子さんは、もう帰ったったよ」
 「あたしがいなくて、悪かったわね」
 S子は、座敷に通じる戸をあけた。
 M子は、ゆっくりと部屋のベッドに歩いて行った。
 手足はきかないが、できるだけ、なんでも自分でやろうと心がけていた。
 S子は、風呂場の隅々まで、マリモを探した。
 姿がどこにも見当たらない。
 おかしいわね。はだかのまんまでどこに行ったんだろう。
 もっとも魔法を使って、ワンピースを身に付けるくらいだから、心配無用だろうけど。
 S子は、勝手口の戸を開けた。
 新鮮な空気を、胸いっぱいにすいこんだ。
 父のF男が、あわてて畑から引き返してきた。
 

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