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ポットに入れてあったお湯を、S子は洗面器に入れた。
小さな身体だ。
半分くらいで間に合う、と思う。
水道の蛇口をひねる。
手で湯加減をみながら、かきまわした。
S子は、くすくす笑った。
コビトは、湯船のふちにこしかけている。
汚れた足をぶらぶらしている。
「ねえ、どうして笑ってるの」
「あのね、赤ちゃんが生まれたら、最初にこうするのよ」
「へえ、それは知らなかったわ」
「これでいいわ。さあ、おいで」
S子は、右の手のひらを大きくひらいた。
ぴょんと、とび乗ると、
「お願いします、かあちゃ」
と言った。
コビトのからだを、左手につかみなおした。
ワンピースをぬがして、そっとたらいにつけていく。
コビトのからだは、冷たかった。
「ちょっと、あついっ」
小さな両足をひっこめた。
トノサマガエルみたい、とS子は思った。
「また、何か想像したでしょ」
コビトが、不機嫌そうな目で、S子をじっと見た。
笑いをこらえて、
「いいえ、なんでもないわ」
と、S子はいった。
蛇口を少しだけゆるめた。
ちょろちょろと水が流れる。
「このくらいでいかがですか、お嬢様」
「あたしがお嬢様だって、わかるんですか」
「だって、女の子でしょ」
コビトは、顔を赤くした。
おそるおそる、右足を湯につけた。
「いい湯かげんよ」
「それは、ようございました、お姫さま」
「今度は、お姫様なの。ほんとはあたし・・・。マリモっていうの」
かぼそい声をだした。
「ないしょの話なんだけど」
マリモ。どこかで聞いたことがあるわ。
あっ、そうだ。北海道だわ。
S子は、心の中で言った。
顔から足の先まで、丁寧にあらっていく。
気持ちがいいのか、マリモは眠りはじめた。
S子もつられた。
目をこすっている。
マリモは、すううと、深く息を吸い込むと、ゆっくりと青い息を吐きだしていった。
S子の顔にあたる。
うんっ、と言ったきり、S子はこくんと首を曲げた。
S子は、洗い場に尻もちをついた。
ぐうぐう、いびきをかきだした。
急に、おなかの子が活発に動きはじめた。
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怪奇小説
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石垣の上まで、コビトは、やっとの思いでたどりついた。
「まあっ、どうしたの」
S子は、コビトのからだを両手で抱きあげた。
顔の前で、両手をひらいた。
泥だらけである。
足から少し血がでている。
「ねっ、ねこちゃんに」
それだけ言うと、コビトは気を失ってしまった。
コビトの頬を、S子は人差指でかるくたたいた。
「ねえねえ、どこもケガしてないみたいよ」
コビトは、目をぱっちり開けた。
自分のからだを眺めまわしてから、
「あら、ほんとだわ」
と言った。
「宇宙人さんなのに、よわむしなのね」
S子は、くすっと笑った。
ぷううっと頬をふくらませて、
「弱虫じゃありません。ねこちゃんが強すぎるんです。それに、あたしは宇宙人なんかじゃありません」
と、コビトは言った。
「あら、ちがうんだ。それじゃ、どこから来たの」
コビトはあっと言って、小さな口を手でおさえた。
「そっ、それは・・・・・・」
「いいのよ、無理して言わなくても。うちの猫ね、きっと。きつく叱っておきますから」
「できたら、どこかにしばっておいてください」
S子は困った表情をうかべると、
「それじゃ、犬みたいだけど。まあいいわ。あなたがいるときは、そうするわ。うちの赤ちゃんのお友達なんだものね。大事にしなくちゃ」
といって、微笑んだ。
「ワンピースが台なしになっちゃったわね。お洋服は、あたしが新しいのをつくるわ」
コビトは、笑顔になって、ぺこりと頭をさげた。
「じゃあ、お風呂場でからだを洗いましょう」
S子は、コビトを左手で大事に持つと、お勝手の戸をあけた。
S子の父が、立っていた。
お茶を飲み終えて、野良仕事にでかけるところだ。
「どうしたんだや。A子さん、まだいるぞ。お前もいっしょに話をしたらどうだ」
「わかった」
S子は、左手をそっと背中にまわした。
「何を持ってんだや」
「うううん、何も。みつばを少し摘んでたのよ」
「まだ、小さいべ」
「ちょっとかわいそうだけど。おすましに入れようと思って」
「おら、ちょっくら、畑に行ってくるかんな」
家の裏は、田や畑が広がっている。
父のF男は、石垣の間の階段をのぼると、ビニールハウスに入って行った。
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この家で飼われている三毛猫のマリだ。
ネズミ取りがうまい。
石垣の下で、地面をかぎまわった。
黒い鼻がぴくぴく動く。
首を上にあげると、コビトの姿が見えた。
密集したふきのなかに、入りこむところだった。
マリは姿勢を低くして、跳び上がる態勢をとった。
お尻を左右に二、三回ふると、跳びあがった。
ふうっと相手を威嚇する声をあげると、
密集する茎のなかに、頭を突っ込んだ。
大きく口を開ける。
がぶりとかんだ。
びりっ。
コビトは、スカートが破れるのがわかった。
夢中だった。
痛みは感じなかった。
ふきのはやしの奥へと急ぐ。
猫は、爪を立てて前足をのばした。
コビトのからだを押さえこもうと、あがく。
右足を前に出そうとして、コビトは前のめりに倒れてしまった。
モグラ穴だった。
穴のすきまから転げ落ちてしまった。
コビトの身長くらいの深さがある。
穴の上で、猫はみゃあみゃあ鳴いた。
コビトは、猫の手の届かないところまで、はって行った。
どのくらいの時間がたっただろう。
猫の声が聞こえなくなった。
コビトは、穴からはいあがって、顔だけ出した。
「どこなの、そこにいるのう」
S子の声が、聞こえてきた。
コビトは、ふうっと、ため息をついた。
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くすっと、S子は笑った。
コビトの表情が、急に暗くなった。
がくっと、小さな頭がたれた。
「ごめん、ごめん。笑うつもりはなかったのよ。赤ちゃん、まだ、おなかの中なのよ」
コビトは顔をあげて、にっこり笑った。
「あと二カ月くらいで出てくるわ。それまでお預けよ」
「はい。わかります」
「ええっ、何にもお話してないのに、わかっちゃうんだ」
「はい」
「どうして、知ってるの。この子のこと」
「そのわけは、よく分からないんです。でも、どうしてか、ぱっとひらめくんです」
「じゃあね。この子。男の子か女の子か、知りたいんだけど」
コビトは微笑んで、右手でおいで、おいでをした。
S子は、右の耳をコビトの近くに寄せた。
おなかの子が、さわいでいる。
足蹴りがひんぱんだ。
コビトは、外には漏れないくらいの小さな声で言った。
「ええっ」
S子は、驚いたはずみで尻もちをついた。
男の子だって、自信たっぷりに言ったのだ。
「だいじょうぶ。かあちゃ」
コビトが、自分のことをかあちゃと呼ぶのも不可解だ。
ピョンピョン。
ウサギがはねるように、コビトはS子の後ろにまわると、小さな両手でせなかを押した。
意外と、力がある。
S子は両手を地面につき、ぐっと背中をそらせて、起き上がった。
お勝手から、やかんの鳴る音が聞こえてきた。
「おおい。どうしたんだや。お茶を早く」
M子の声が、重なって聞こえた。
「ちょっと待ってね。あっ、そうだわ。ねえ、あなた、おなかすいてない」
コビトは、うなずいた。
「ビスケットがあるわ。それでいいかしら」
「はい。大好きです」
ぱっと、コビトの顔が輝いた。
S子は、早足で戸口まで行くと、あわただしく戸を開けた。
コビトは、石垣をよじ登って行く。
みゃああ。
猫の鳴き声がした。
コビトはあわてた。
てっぺんまでたどりつくと、小さな手でふきの茎をかき分けはじめた。
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家の裏側には、大人の腰くらいの高さまで石が積み上げられている。
その上に、畑の土が入れられていた。
柿の木やボケの木がある。
空いた所には、ミツバやふきが群生していた。
声は、ふきの近くから聞こえた。
「ねえ、誰かいるの」
S子は、相手を驚かさないように、小さな声で言った。
ふきの葉っぱが揺れた。
「そこにいるの」
自分は、一体何をしているんだろう。
まるで漫画の世界に入りこんだようだ。
なのに、それほど変に思わない。
どうしてだろう。
S子は、思わず笑ってしまった。
ふきのとうのそばに、何かが見えた。
近づいてみる。
ういん、ういん。
低いが、機械の音がした。
葉っぱを、両手でわきに押しやった。
とたんに、なにかが空中に飛びだした。
柿の木の上まで飛んだ。
そこで、停まった。
先ほど見たユーホーだった。
「かあちゃ、かあちゃ」
足もとで、先ほどの声がした。
S子のはいたサンダルの上に、人差し指ほどのコビトが腰をおろしていた。
何も身につけていない。
「なによ、そんなとこにいたの。さがして歩いたのよ」
コビトが両手で前をかくした。
「まあっ」
S子が、顔を赤くした。
急に、ユーホーがくるくるまわりだした。
足もとにいるコビトが立ちあがって、手をふっている。
涙をこぼしていた。
ユーホーは、すぐに雲の中に消えてしまった。
S子は、しゃがんだ。
話ができればいいな、と思った。
コビトは、ぽんと、サンダルからとびおりた。
逃げる気配はない。
人なつっこい表情で、S子の顔をじっと見つめた。
少女の頃に、絵本で見た顔を想いだした。
「ねえ、おしゃべりできる」
コビトは両手を上にあげて、大きな輪をつくった。
S子は、思わずクスッと笑った。
「面白いのね、あなた」
とS子が言うと、コビトはぺこりと頭をたれた。
「何かご用なの」
コビトは、一度、からだを回転させた。
かわいいワンピースを身にまとった。
「はい、そうです。あなたの赤ちゃんとお友達になりたいのです」
と、甲高い声をだした。
トンと、赤子が腹をけった。
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