怪奇小説

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さびしい その7

 ポットに入れてあったお湯を、S子は洗面器に入れた。
 小さな身体だ。
 半分くらいで間に合う、と思う。
 水道の蛇口をひねる。
 手で湯加減をみながら、かきまわした。
 S子は、くすくす笑った。
 コビトは、湯船のふちにこしかけている。
 汚れた足をぶらぶらしている。
 「ねえ、どうして笑ってるの」
 「あのね、赤ちゃんが生まれたら、最初にこうするのよ」
 「へえ、それは知らなかったわ」
 「これでいいわ。さあ、おいで」
 S子は、右の手のひらを大きくひらいた。
 ぴょんと、とび乗ると、
 「お願いします、かあちゃ」
 と言った。
 コビトのからだを、左手につかみなおした。
 ワンピースをぬがして、そっとたらいにつけていく。
 コビトのからだは、冷たかった。
 「ちょっと、あついっ」
 小さな両足をひっこめた。
 トノサマガエルみたい、とS子は思った。
 「また、何か想像したでしょ」
 コビトが、不機嫌そうな目で、S子をじっと見た。
 笑いをこらえて、
 「いいえ、なんでもないわ」
 と、S子はいった。
 蛇口を少しだけゆるめた。
 ちょろちょろと水が流れる。
 「このくらいでいかがですか、お嬢様」
 「あたしがお嬢様だって、わかるんですか」
 「だって、女の子でしょ」
 コビトは、顔を赤くした。
 おそるおそる、右足を湯につけた。
 「いい湯かげんよ」
 「それは、ようございました、お姫さま」
 「今度は、お姫様なの。ほんとはあたし・・・。マリモっていうの」
 かぼそい声をだした。
 「ないしょの話なんだけど」
 マリモ。どこかで聞いたことがあるわ。
 あっ、そうだ。北海道だわ。
 S子は、心の中で言った。
 顔から足の先まで、丁寧にあらっていく。
 気持ちがいいのか、マリモは眠りはじめた。
 S子もつられた。
 目をこすっている。
 マリモは、すううと、深く息を吸い込むと、ゆっくりと青い息を吐きだしていった。
 S子の顔にあたる。
 うんっ、と言ったきり、S子はこくんと首を曲げた。
 S子は、洗い場に尻もちをついた。
 ぐうぐう、いびきをかきだした。
 急に、おなかの子が活発に動きはじめた。
 

さびしい その6

 石垣の上まで、コビトは、やっとの思いでたどりついた。
 「まあっ、どうしたの」
 S子は、コビトのからだを両手で抱きあげた。
 顔の前で、両手をひらいた。
 泥だらけである。
 足から少し血がでている。
 「ねっ、ねこちゃんに」
 それだけ言うと、コビトは気を失ってしまった。
 コビトの頬を、S子は人差指でかるくたたいた。
 「ねえねえ、どこもケガしてないみたいよ」
 コビトは、目をぱっちり開けた。
 自分のからだを眺めまわしてから、
 「あら、ほんとだわ」
 と言った。
 「宇宙人さんなのに、よわむしなのね」
 S子は、くすっと笑った。
 ぷううっと頬をふくらませて、
 「弱虫じゃありません。ねこちゃんが強すぎるんです。それに、あたしは宇宙人なんかじゃありません」
 と、コビトは言った。
 「あら、ちがうんだ。それじゃ、どこから来たの」
 コビトはあっと言って、小さな口を手でおさえた。
 「そっ、それは・・・・・・」
 「いいのよ、無理して言わなくても。うちの猫ね、きっと。きつく叱っておきますから」
 「できたら、どこかにしばっておいてください」
 S子は困った表情をうかべると、
 「それじゃ、犬みたいだけど。まあいいわ。あなたがいるときは、そうするわ。うちの赤ちゃんのお友達なんだものね。大事にしなくちゃ」
 といって、微笑んだ。
 「ワンピースが台なしになっちゃったわね。お洋服は、あたしが新しいのをつくるわ」
 コビトは、笑顔になって、ぺこりと頭をさげた。
 「じゃあ、お風呂場でからだを洗いましょう」
 S子は、コビトを左手で大事に持つと、お勝手の戸をあけた。
 S子の父が、立っていた。
 お茶を飲み終えて、野良仕事にでかけるところだ。
 「どうしたんだや。A子さん、まだいるぞ。お前もいっしょに話をしたらどうだ」
 「わかった」
 S子は、左手をそっと背中にまわした。
 「何を持ってんだや」
 「うううん、何も。みつばを少し摘んでたのよ」
 「まだ、小さいべ」
 「ちょっとかわいそうだけど。おすましに入れようと思って」
 「おら、ちょっくら、畑に行ってくるかんな」
 家の裏は、田や畑が広がっている。
 父のF男は、石垣の間の階段をのぼると、ビニールハウスに入って行った。
 
 

さびしい その5

 この家で飼われている三毛猫のマリだ。
 ネズミ取りがうまい。
 石垣の下で、地面をかぎまわった。
 黒い鼻がぴくぴく動く。
 首を上にあげると、コビトの姿が見えた。
 密集したふきのなかに、入りこむところだった。
 マリは姿勢を低くして、跳び上がる態勢をとった。
 お尻を左右に二、三回ふると、跳びあがった。
 ふうっと相手を威嚇する声をあげると、
 密集する茎のなかに、頭を突っ込んだ。
 大きく口を開ける。
 がぶりとかんだ。
 びりっ。
 コビトは、スカートが破れるのがわかった。
 夢中だった。
 痛みは感じなかった。
 ふきのはやしの奥へと急ぐ。
 猫は、爪を立てて前足をのばした。
 コビトのからだを押さえこもうと、あがく。
 右足を前に出そうとして、コビトは前のめりに倒れてしまった。
 モグラ穴だった。
 穴のすきまから転げ落ちてしまった。
 コビトの身長くらいの深さがある。
 穴の上で、猫はみゃあみゃあ鳴いた。
 コビトは、猫の手の届かないところまで、はって行った。
 どのくらいの時間がたっただろう。
 猫の声が聞こえなくなった。
 コビトは、穴からはいあがって、顔だけ出した。
 「どこなの、そこにいるのう」
 S子の声が、聞こえてきた。
 コビトは、ふうっと、ため息をついた。
 

さびしい その4

 くすっと、S子は笑った。
 コビトの表情が、急に暗くなった。
 がくっと、小さな頭がたれた。
 「ごめん、ごめん。笑うつもりはなかったのよ。赤ちゃん、まだ、おなかの中なのよ」
 コビトは顔をあげて、にっこり笑った。
 「あと二カ月くらいで出てくるわ。それまでお預けよ」
 「はい。わかります」
 「ええっ、何にもお話してないのに、わかっちゃうんだ」
 「はい」
 「どうして、知ってるの。この子のこと」
 「そのわけは、よく分からないんです。でも、どうしてか、ぱっとひらめくんです」
 「じゃあね。この子。男の子か女の子か、知りたいんだけど」
 コビトは微笑んで、右手でおいで、おいでをした。
 S子は、右の耳をコビトの近くに寄せた。
 おなかの子が、さわいでいる。
 足蹴りがひんぱんだ。
 コビトは、外には漏れないくらいの小さな声で言った。
 「ええっ」
 S子は、驚いたはずみで尻もちをついた。
 男の子だって、自信たっぷりに言ったのだ。
 「だいじょうぶ。かあちゃ」
 コビトが、自分のことをかあちゃと呼ぶのも不可解だ。
 ピョンピョン。
 ウサギがはねるように、コビトはS子の後ろにまわると、小さな両手でせなかを押した。
 意外と、力がある。
 S子は両手を地面につき、ぐっと背中をそらせて、起き上がった。
 お勝手から、やかんの鳴る音が聞こえてきた。
 「おおい。どうしたんだや。お茶を早く」
 M子の声が、重なって聞こえた。
 「ちょっと待ってね。あっ、そうだわ。ねえ、あなた、おなかすいてない」
 コビトは、うなずいた。
 「ビスケットがあるわ。それでいいかしら」
 「はい。大好きです」
 ぱっと、コビトの顔が輝いた。
 S子は、早足で戸口まで行くと、あわただしく戸を開けた。
 コビトは、石垣をよじ登って行く。
 みゃああ。
 猫の鳴き声がした。
 コビトはあわてた。
 てっぺんまでたどりつくと、小さな手でふきの茎をかき分けはじめた。
 
 
 
 

さびしい その3

 家の裏側には、大人の腰くらいの高さまで石が積み上げられている。
 その上に、畑の土が入れられていた。
 柿の木やボケの木がある。
 空いた所には、ミツバやふきが群生していた。
 声は、ふきの近くから聞こえた。
 「ねえ、誰かいるの」
 S子は、相手を驚かさないように、小さな声で言った。
 ふきの葉っぱが揺れた。
 「そこにいるの」
 自分は、一体何をしているんだろう。
 まるで漫画の世界に入りこんだようだ。
 なのに、それほど変に思わない。
 どうしてだろう。
 S子は、思わず笑ってしまった。
 ふきのとうのそばに、何かが見えた。
 近づいてみる。
 ういん、ういん。
 低いが、機械の音がした。
 葉っぱを、両手でわきに押しやった。
 とたんに、なにかが空中に飛びだした。
 柿の木の上まで飛んだ。
 そこで、停まった。
 先ほど見たユーホーだった。
 「かあちゃ、かあちゃ」
 足もとで、先ほどの声がした。
 S子のはいたサンダルの上に、人差し指ほどのコビトが腰をおろしていた。
 何も身につけていない。
 「なによ、そんなとこにいたの。さがして歩いたのよ」
 コビトが両手で前をかくした。
 「まあっ」
 S子が、顔を赤くした。
 急に、ユーホーがくるくるまわりだした。
 足もとにいるコビトが立ちあがって、手をふっている。
 涙をこぼしていた。
 ユーホーは、すぐに雲の中に消えてしまった。
 S子は、しゃがんだ。
 話ができればいいな、と思った。
 コビトは、ぽんと、サンダルからとびおりた。
 逃げる気配はない。
 人なつっこい表情で、S子の顔をじっと見つめた。
 少女の頃に、絵本で見た顔を想いだした。
 「ねえ、おしゃべりできる」
 コビトは両手を上にあげて、大きな輪をつくった。
 S子は、思わずクスッと笑った。
 「面白いのね、あなた」
 とS子が言うと、コビトはぺこりと頭をたれた。
 「何かご用なの」
 コビトは、一度、からだを回転させた。
 かわいいワンピースを身にまとった。
 「はい、そうです。あなたの赤ちゃんとお友達になりたいのです」
 と、甲高い声をだした。
 トンと、赤子が腹をけった。
 
 
 
 
 

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