怪奇小説

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さびしい その2

 窓枠にふれた右手がしびれたので、S子は、あっと声をあげた。
 「どうした。大丈夫かい」
 母のM子が、心配そうに言った。
 「ビンッと来たの。雷様に打たれたみたい」
 「雷様が出るわけねえんだけどな」
 S子は空を見上げた。
 木の葉が、ひらひらと落ちていく。
 青空に、白い雲が浮かんでいる。
 入道雲は、どこにも見当たらない。
 「あれっ、屋根の上に、なんか変なのがあるわ」
 「何か見えるのかい」
 M子は、部屋の奥から上体を折り曲げるようにして、窓の外を見た。
 まぶしいのか、目をほそめた。
 「ぶうらん、ぶうらんしてるわ」
 S子が言った。
 「あれっ、たまげたな。何だろな。タコのはっちゃんみたいだな」
 「今はやりのユーホーかもよ」
 確かに、何かが空中に浮かんでいた。
 日の光が当たるのか、きらきらしていた。
 玄関先で物音がした。
 自転車が止まったようだ。
 すりガラスに人影が映った。
 「こおんちわ」
 M子の友達のA子が顔をだした。
 「良く来たね。お茶飲んできな」
 A子は、上り口に腰をおろした。
 「S子ちゃん、そんなとこで何やってるんだい」
 窓際にいたS子に言った。
 「なんだか変なのが、屋根の上にいたんだよ」
 「鳥じゃねえけ」
 「ちがうわ。屋根の上の方でじっとしてたのよ。母ちゃんも見たんだもの。間違いないわ」
 「どれどれ」
 A子が窓の外をのぞいた。
 「なあんにも、ないよ」
 と言って、うふっと笑った。
 「ええっ、そんな」
 S子の視界に、その物体はなかった。
 「飛行機か、ヘリコプターじゃないの」
 そう言って、A子は窓を閉めた。
 S子は、台所へ行った。
 やかんに水を入れると、ガスのスイッチをまわした。
 どうも気になって仕方がない。
 ユーホーの正体を知りたくなった。
 裏の勝手口から外に出た。
 「かあちゃ」
 S子は、かすかな声を聞いたように思った。
 不意に腹の子が動き出した。

さびしい その1

 ある春の日の昼下がり。
 一台のユーホーが、山あいにあるK町の上空に現われた。
 それほど大きくない。
 大人の帽子くらいだ。
 いつぞやは、田んぼの中で、子どもにアミをかぶせられたことがあった。
 窓際に、いくつかの人影が見える。
 とても小さい。
 コビトみたいだ。
 そのなかの一人が、つぶやいている。
 「あたしの使命は、いったい何なのかしら。
 誰も教えてくれない。
 その方が、あなたのためよ、とそっけなく言う。
 自分でも、考えるんだけど、よく分からない。
 ただこうやって、待っているだけ。
 地上の誰かが、あたしに気づいてくれるのを。
 ずっと。
 ずっと、待ち続けている。
 気づいてもらえたら、とてもうれしい。
 だって、その人とお話ができるんだもの。
 お友達だって、いっぱいできる。
 このことだけは、先輩から教わった」
 一軒の農家の青い屋根に向かって、ぐんと高度をさげて行く。
 ようやく止まった。
 屋根のちょっと上だ。
 そこから少し動いて、となりの家の屋根の上に来た。
 青い屋根の家の方に、フロントを向けている。
 浮かんだまま、じっとしている。
 二本のカシの木の間に、大きな窓があった。
 突然、一羽のカラスが体当たりをした。
 ふらふらと落ちたが、途中で態勢をととのえた。
 新手のカラスが現われた。
 あやうく口ばしで突かれそうになった。
 突然、ユーホーがクルクル回りだした。
 淡いピンク色の霧に包まれる。
 突然、機体が停止した。
 しゅううう。
 青色の光線が窓ガラスに向かって行く。
 驚いて、二羽のカラスは逃げ去った。
 「母ちゃん、ちょっと窓を開けてもいい」
 青い屋根の下に住むS子が、母親に声をかけた。
 S子は、ぽっこりおなかがふくらんでいる。
 母親はM子といい、今年で、五十五歳になる。
 長年の農作業で体調を崩し、寝たり起きたりの生活をしていた。
 「ああ、いいよ。今日は、いいお天気だし、暖かいからね」
 いろり端で、やわらかい椅子に腰かけている。
 S子が窓をいっぱいに開くと、そよ風が部屋に入りこんだ。
 
 
 

沢姫様 その48

 翌日の午後。
 ひろ子は、東京に向かう車中にいた。
 清人と向かい合わせにすわっている。
  連休がもうすぐ終わる。
 車内は混雑していた。
 特急の自由席は立っている人が多い。
 ふたりは、運よく座席を確保した。
 「あの男、大丈夫かな」
 「大丈夫よ。矢をぬかないで良かったって、お医者さんが言ってたわ」
 「出血がひどくなって、危ないところだったらしいね。きちんと手術をして
もらったから安心だね」
 ひろ子は、
 「清人のお友達。ちょっとの間にずいぶん増えたわね」
 と、笑顔を向けた。
 清人は、うんうんと首をふった。
 「おしいちゃんの家で泊めていただけて、ほんとに助かったわ。清人は
かわいい娘さんと仲良くおしゃべりしてるし。あたし、そばにいるのが、つらい
くらいだったわ」
 「そんなことないって。いろいろと田舎のことを教わっていただけなんだから」
 「ほんとかな。ケータイの電話番号までたずねていたみたいだけど」
 清人は、
 「ほら、海が見えてきたよ」
 と、紅潮した横顔をひろ子に見せた。
 「ほんと、きれいな海ね。でもさ、清人って、ごまかすのが上手なんだから」
 ひろ子は、清人の膝を軽くつねった。
 「いてっ」
 おおげさに、清人は顔をしかめた。
 ひろ子は、不意にまじめな表情になって、
 「ねえ、どうなると思う」
 と、清人にたずねた。
 「何がさ」
 「あれ」
 「あれじゃ、わかんねえよ」
 「わかってるくせに、いじわるなんだから。私だって、場所をわきまえて話してるのよ。
夜遅く、しいちゃんの家まで、康夫が私たちを心配して来てくれたでしょうが。あちこち
探し歩いたって、ほら、言ってたでしょ」
 「ああ、ヤッシンさんとかいう人。とってもいい人だね」
 「立派な人だわ。清人だって、彼が私にしていた話を聞いていたでしょ」
 ひろ子は、山の一族の将来を気にしているのだ。
 「ゆうべ、若いリーダーと話をしたけど、しっかりした奴だったぜ。急進派らしいけどさ」
 「どう言ってたの」
 「俺たちは、もう残り少なくなって、ここにいる三人だけだって」
 「そんなに減っちゃたんだ」
 「大勢の人がついてこないのは、やり方がどこか間違っているからだ、と思うってさ」
 「えらいわね、気がついたんだ」
 「リーダー格だけのことはある」
 「これから、どうするのでしょうね」
 「ミョンギさんとか、言ったっけな」
 「ええ、保守派の親分よ」
 「その人と話しあうって、言ってたよ」
 ひろ子の表情が明るくなった。
 「うれしいわ、とっても。これであたし、いつだって大手をふって歩けるわ」
 「まだまだ細かい点で、まとまらないだろけど、山の部族は、大筋で合意できると思う。
団結しなけりゃ、自分たちの生活がこわされてしまうからね。俺もふくめて、外の人たちとの
闘いが待ってるからさ」
 「闘うの。血が流れるの」
 ひろ子は、泣きそうになった。
 「下手をすればね。でも、おそらく、そうはならないと思う」
 「確かなのね」
 「俺だっているしさ。微力だけど、橋渡しの役をかってでるつもりだ」
 「清人も、協力してくれるんだ」
 ひろ子はうつむいて、手首の数珠をなでている。
 「そうさ。ひろちゃんを守るぞ」
 清人は、力をこめて言った。
 「ねえ、清人」
 「なに」
 「ちょっと、目をつむって」
 ひろ子は、清人の唇にそっとキスをした。
 了

沢姫様 その47

 ドサッ。
 ドサッ。
 ドサッ。
 野人が、次々に地面に落ちてきた。
 うめいている野人の首を、次々に口にくわえては、
 ひろ子の前にならべた。
 からだが大きくなっても、猫は猫だ、とひろ子は思う。
 みゃああ。
 ひろ子の足もとで甘えている。
 「よしよし、チロ。よくやった。お前はえらいぞ」
 ひろ子は、大きな声で、チロをほめた。
 咽喉に手をやって、なでた。
 「ネズミをとってきた時は、うんとほめてやるんだぞ」
 祖母の美代は、よく言ったものだった。
 三人の野人は、ぐったりして、互いに背中をもたせかけている。
 爪で引っ掛けられた程度で、三人とも大したケガはしていない。
 闘う意欲をなくしたようだ。
 見る間に、元の姿に変わっていった。
 猫の目で見ても、不思議なのだろう。
 チロは、前足で三人のからだを揺すった。
 立派な青年たちだ。
 本来は、部族の将来を背負う大切な人たちのはずである。
 ひとりが言った。
 「さあ、殺せ。ひと思いにやってくれ」
 ひろ子は、清人と顔を見合わせた。
 清人は、矢が腕にささった男の傷の手当てをしていた。
 深い傷だ。
 「抜かない方がいい」と男は、言った。
 清人は、矢のすぐ上を、タオルで強くしばった。
 ううううっ。
 チロは、うなった。
 三人の青年のまわりを、巡りはじめた。
 「ひっ」
 チロの頭で、背中を押された青年が悲鳴をあげた。
 「どうしても死にたいんじゃ、しょうがないわ」
 ぐわっと、チロが口を大きく開けた。
 震える声で、
 「話がしたい」
 と、リーダーらしい男が言いだした。
 「話しあう余地があるんだ。なんだったら、俺が話を聞こうか」
 「あんたは誰だ」
 「この人の親友さ。なんなら、仲介するぜ」
 男は、男同士である。
 歳だって、同じくらいだ。
 じっと清人の面構えを見たリーダーが、
 「よしっ。あんたは信頼できそうだ」
 と唇をかんだ。
 「ここじゃなんだから、場所を変えよう」
 清人は、腹をくくった。 
 リーダーを、焼跡に連れだした。
 庭さきに、ふたりがすわりこんだ。
 ひそひそと、話しはじめた。
 

沢姫様 その46

 三つ折りにして、竹に縛ったタオル。
 きっと何かのメッセージに違いない。
 清人は、そう思った。
 ひろ子はどんな小さなことでもいい。
 両親の手掛かりになるものがないかと、焼跡を必死で探している。
 清人がひろ子を呼んだ。
 落ちたりずれたりしないように、しっかりと結んであった。
 ひろ子と同じアパートに住む住人をよく迎えに来ていた男。
 ふたりのうちの一人は、死んでしまった。
 もうひとりの男は、清人と共にここにいる。
 ひろ子は、何か因縁めいたものを感じていた。
 その男がライターに火を点けた。
 タオルの結び目を照らしだした。
 「ありがとう」
 と、ひろ子は礼を言った。
 そっと、チロを地面におろした。
 白くて細い指で、結び目をといていく。
 チョウ結びに、見覚えがあった。
 ゆり子が結んだのだ。
 ひろ子の顔に赤みが射してきた。
 胸が高鳴る。
 竹からタオルをはずし、広げてみた。
 ぱらりと、紙きれが落ちた。
 習字用紙に、墨で書かれてある。
 間違いない。
 母、ゆり子の字だ。
 「この手紙を読む頃は、ひろ子は、きっとがっかりしていることでしょう。
家が燃えてしまったのですから。でも、安心してください。火が点く前に、
ヤッシンが私たちを救ってくれました。お父さんも無事ですよ。今、どこに
いるかは、事情があって言えません。どうぞ、心配なく。ヤッシンからの
連絡を待ってください。                     ゆり子
 追伸
 チロが見当たりません。
 連れて行くことが、できませんでした。
 もし見つけたら、世話をたのみます」
 ひろ子は、読んでいる間に目がうるんできた。
 涙が、ぽつりぽつりと落ちる。
 ゆり子の字が、にじんだ。
 足もとにまとわりつくチロを、もう一度抱きあげた。
 「チロ、母さんは生きているって。良かったわね」
 ひろ子は、チロのからだを、ぎゅっと抱きしめた。
 ひろ子の手首に巻いた水晶の数珠がめずらしいのか、チロはぺろぺろとなめた。
 人の心が分かるのだろうか。
 チロは何度も、みゃああと鳴いた。
 いつもは、いやなざらざらした舌の感触を、ひろ子は心地よく感じた。
 わきで文面を見ていた清人が、
 「これでひとまず安心だね」
 とほほ笑んだ。
 「よかったでやんす」
 男が野太い声で言った。
 ザアアッ。
 強い風が吹いた。
 竹藪がざわめく。
 シュウウ。
 何かが、空を切って来る音がした。
 ブスッ。
 「うっ」
 男がうめいた。
 地面に倒れた。
 男の右腕に、矢がささっている。
 「伏せてっ」
 清人が叫んだ。
 あたりは真っ暗だ。
 どこから敵が攻撃しているのか、わからない。
 地面に、はいつくばるしかなかった。
 ひろ子はチロを地面に下ろすと、手鏡を取りだした。
 キラッと光った。
 竹藪の中が、昼のように明るくなった。
 ひとりふたり、三人。
 竹にのぼっている敵の姿が、くっきりと浮かび上がった。
 野人だ。
 ナタ、鎌、まさかりが、ひろ子の目に入った。
 チロが一本の竹の下に、はい寄って行く。
 野人がのぼっている竹だった。
 ネズミをとる格好になっている。
 お尻をぶるぶると振りだした。
 振るたびに、からだの筋肉が盛りあがっていく。
 たちまち、虎くらいの大きさになった。
 ガオッ。
 ひと声鳴いた。
 さっと、空中に跳びあがった。
 
 
 
 
 
 
 
 

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