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「静まれっ、者ども」
メッシャが大声で言った。
みなが、静かになった。
オサの次の言葉を待った。
メッシャが、にっこり笑った。
「そらな、いろいろと言い分はある。わしにもじゃ。だがな、考えてもみろ。
わしらがいくら一族の血筋にこだわってもじゃ、時勢が時勢じゃ。いつまでも
かたいばかりのことを言っていても、どうなるものでまない。近親結婚が長く
続いた結果がどうなるか、ここにいる誰もが覚えがあろう」
みなが、口々にささやきあった。
「確かに姫は、我々のオキテ破りだ。だが、今わしが言ったことをよく考えれば、
新しい時代の挑戦者と言えなくもない。谷間に現われた奴らは、金銀が欲しいのだ。
このまま奴らと争うばかりで、話し合いをしようとしなければ、すぐに我々は絶滅して
しまうだろう。いかに変わり身の術を尽くして戦おうが、奴らにはかなわない。
奴らは狡猾じゃ。わしらのように単純ではない。これからは、乱世と心得よ。今こそ、
古代中国の老子様のように、殺されないように生きる術を身に付ける時ぞ」
メッシャは、必死に語りかけた。
ぶつぶつ言う者は、誰もいない。
「それで、これからのことですが」
と、ヤッシンがオサの言葉をひきとった。
「まずは、はねあがりの連中を押さえこまなくてはなりません。姫様や娘をねらって、
街中で弓矢を使ったり、刃物をきらめかせたりしています。内輪もめを外にまで知られる
ようでは、里人になめられてしまいます。このままでは、不審感を里人に抱かせるばかり
です。彼らをまず説得する必要があります」
ヤッシンが班長の意見を求めた。
一区の班長が、手をあげた。
「あんたの言うとおりじゃ。奴らはやっかいものだからのう。若い者は、血気にはやるばかりで、
なかなか年寄りの言うことを聞かん。理想ばかり高くてな。こまったものじゃ」
「ミョンギとよく話してみようと思うのですが、いかがでしょう」
と、ヤッシンンがみなを見わたして、言った。
「異議なし」
野太い声が、座敷に響きわたった。
栄二とゆり子が、笑顔で手を取り合った。
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怪奇小説
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ここは、山の部族の住む集落のひとつ。
ふだんは静かな山里である。
A沢の源流近くで、魚取りをしていた男が
いた。
目の前に滝がある。
ざあっという水の音にまじって、ういんうい
ん、という音がした。
大きな音だ。
聞き慣れない音だな、と思った。
熊の鳴き声だろうか。
そんな鳴き方をする動物など、男の頭には
浮かんでこない。
男は、耳をすました。
音が、しだいに大きくなった。
とにかく、何かとんでもなく巨大なものだと
思った。
突然、谷間に大きな音が響きわたった。
滝近くの大岩が、ドスンと落ちた。
その大岩が壊され、ばらばらとカケラが散ら
ばった。
あちこちで、水しぶきがあがる。
ぐわんぐわん。
地面が裂けるのではないか、と恐れるほどの
音がしたかと思うと、ぐるぐるまわる円柱の形を
した怪物が姿をあらわした。
男は、びっくりして、沢に転がった。
ずぶぬれになりながら、岩陰にひそんでいた。
怪物のわき腹が、パカッと開いた。
ひとりふたりとヘルメットをかぶり、青い制服に
身を包んだ男たちが出てきた。
総勢五名だった。
両手に何かを持って、あたりを眺めている。
ぴかっぴかっと光った。
男は、物音を立てずに成り行きを見守った。
そっと沢をくだった。
その日の内に、村長にそのことを報告した。
村長のメッシャは、中道派に属していた。
早速、部落のおもだった者を集めた。
班長は十名。
上座に、メッシャがすわった。
そのすぐ右側に、めずらしい男がいる。
左手に筆を持っている。
白い紙を机の上に広げていた。
ヤッシンだった。
その次に三十くらいの男。
里人のようだ
そして、女が続いた。
彼女の背中から、まぶしいほどのオーラが
発せられていた。
参加者は、ざわついていた。
ヤッシンとその男女三人は、何かひそひそ
と話をしている。
打ち合わせをしているのだろうか。
妙に、打ちとけた様子だ。
「みなの衆。それでは、これから会議を始
める。A沢で怪物を見たという、男の話の詳
細を検討した結果を、まず司会兼書記のヤッ
シンから報告をしてもらう」
村長がおごそかに言った。
ヤッシンが口を開いた。
「ついに心配していたことが起きたというこ
とです。我々の金銀をねらうヤカラが現われ
ました。これでわれわれも、今までどおりに
穏やかに暮らすことができなくなりました」
参加者は、驚いて言葉も出ない。
「ここで、わざわざお越しいただいた栄二さ
んに、欲にまみれた者たちが住む山向こうの
世界の話をしていただきたいと思います。ずい
ぶんと参考になると考えて、来ていただきまし
た。あっ、それから、もうお気づきかと思います
が、栄二さんのとなりにおられるのは」
ヤッシンがそこまで言うと、大きなどよめきが
起こった。
「おおっ」
「やあやあっ」
「これは、これは」
畳にひれふす者。
感激のあまり涙を浮かべる者。
無視するかのように、横を向く者。
ぷんぷん、怒る者。
突然の姫様の出現に、参加者はさまざまな受
けとめ方をした。
だが、誰ひとり、憎む者はいなかった。
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午後五時を過ぎた。
今日の捜査は、打ち切りとなった。
警察と消防の車は、次々に帰って行った。
ひろ子は、黒く焼け焦げた座敷跡に、猫を
抱いてたたずんでいる。
「想い出のある家なのにね。ばあちゃん」
ぽつりとつぶやいた。
日が落ちると、急に冷え込んできた。
茜色になった空に、星がひとつふたつとま
たたきはじめた。
「ひろちゃん、これからどうするか三人で相
談しよう」
清人は、ひろ子の肩に自分のジャンパーを
かけた。
「あねさん、泊るところは心配しないでくださ
い。金はたんまりありますから」
男ふたり。
おろおろするひろ子を支えようと、考えはじめ
た。
「ありがとう、みんな。頼りにしてるわ。こんな
ことになってごめんなさい」
「あねさんのせいじゃないですから」
「とにかく見えるうちは、そのあたりを探してみ
よう」
清人が、竹藪にわけいって行く。
男もあとに続いた。
ひろ子は、途方に暮れている。
両親の安否が、はっきりしないのだ。
これからどうしていいのか、わからない。
家がすべて燃えてしまったのだ。
大切なものだって、なくなった。
だが。
遺体がないということは、生きている可能性が
ある。
火事の原因は、放火だと警察の人が話していた。
座敷の床下あたりから出火したらしい。
枯れ木の燃え残りが、ずいぶんあったという。
誰のしわざかは、ひろ子はだいたい見当がつい
ていた。
最近自分を襲った連中にちがいない。
もしそうなら、父と母は奴らに殺されたかもしれ
ない。
あるいは、ラチしたか。
そこまで考えて、ひろ子は首をふった。
いやだ、いやだ。
考えるだけでも、ぞっとする。
ヤッシンを思い出した。
ひろ子にとっては、希望の星だ。
彼が二人を救ってくれた可能性だってある。
私が小さい時だって、そうだった。
この家を襲撃した敵と、からだをはって闘ってくれ
たのだ。
でも、今は一体どこにいるんだろう。
いつだって、あぶない時はそばにいてくれるのに。
ひろ子は、夜空を見つめた。
みやああ。
チロが、ひろ子の手をなめている。
「お前だって、おなかが空いたわよね」
そっと、チロを庭さきにおろした。
「ひろちゃん、ちょっと来て」
竹藪で清人の声がした。
三つ折りにした白いタオルが、一本の若竹に巻き
つけてあった。
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バスを降りると、黒い猫が寄ってきた。
ミュウウ。ミュウウ。
ひろ子の足もとにからみつく。
妙になれなれしい。
ひろ子がしゃがんだ。
「あらっ、この猫。ぬれてるわ」
ひろ子が抱きあげると、手が黒く染まった。
からだが震えている。
「どうしたの」
清人がたずねた。
不安な表情をしている。
清人が猫の背中をさわった。
「ねえ。この猫。黒いんじゃないみたいだよ。
これは灰だよ。灰で、白猫がまっ黒なんだ」
「すると、あんたはチロ、チロねっ」
みゃあああ。
大きく鳴いた。
ブワアッ。
バスが排気ガスを出した。
山に向かって、走り出した。
通りの向こう側が見えた。
庭さきに赤い車や軽トラックが停まっている。
その向こうに、あるはずの屋根がない。
白い煙が上がっていた。
三人は、急いで道をわたった。
建物の残骸がくすぶっている。
「おかあさん、おとうさあん」
ひろ子は、家のまわりを探しはじめた。
「よお、よお。ひろ子ちゃんかい」
年輩の女の人が声をかけた。
旦那さんといっしょだ。
「あっ、おしいちゃん。どうしちゃったの、
私の家」
「ゆんべ、燃えちゃったんだ」
「お父さんや、お母さんはどこ。どこにいる
の。生きてるんでしょ」
おしいちゃんがうなだれた。
「それがな、みんなで手分けして探してる
んだけど、まだ見つからないんだよ」
旦那の源さんが答えた。
「ええっ」
ひろ子は、わっと泣きくずれた。
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笹が風に揺れている。
熊は、鼻先をぴくぴくと動かしはじめた。
重いからだに似合わないくらいに、ひょい
と立ちあがった。
ううっ。ぐるるるっ。
まがまがしい顔つきで、ムクロを背負った
男をにらみつけた。
男はあわてた。
死んだ男が匂うのだ。
実際のところ、先ほどから重くて背負って
いられないほどになっていた。
背中が冷たい。
血もからだも、固くなり始めていたのだ。
ぴいい。
ひろ子が口笛を吹いた。
熊の耳が動いた。
熊はひろ子の方に向きなおり、からだを寄
せてきた。
青いジーンズで、背中にまたがる。
「さあ、行きましょう」
頭や首を優しくなでると、熊は山道を登りは
じめた。
数メートル先に、雑木の林がある。
地面がたくさんの枯れ葉でおおわれていた。
男はムクロを背負ったままで、雑木林に向かっ
た。
太めの枝をひろうと、地面を掘りはじめた。
清人が手伝いはじめた。
「すみません」
男の涙がぽつりぽつりと地面に落ちている。
埋葬される男と、穴を掘っている男は、とも
にひとりぼっちであった。
むろん、肉親はいる。
いるにはいるが、いないも同然だった。
行き来がまったくなかった。
ずいぶんと若い時に、組の親分に身柄を預
けられていた。同じ歳だった。
二十年近くいっしょの釜の飯を食べていた
のだ。
それだけに、二人のつながりは肉親以上で
あった。
「しょうがないですよね」
清人がもらい泣きをしている。
腐葉土である。
簡単に墓穴ができた。
そっと死体を穴の底に置くと、土をかけた。
「かんべんしておくれ」
男がうめいた。
太くて黒い毛むくじゃらの手が、土をじょうずに
かぶせている。
男は、驚きもしない。
もくもくと作業を続けた。
ひろ子はそばにいて、彼らを見守っていた。
両手に花を持っている。
香りが鼻をついた。
オニユリだ。
土饅頭の上にのせた。
「この人は、私のために死んでしまった。死ん
だのは、私であったかもしれないのに」
ひろ子はそう言って、涙をこぼした。
「立派な肖像画を描いてみせます」
清人が墓前に誓った。
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