霊感シリーズ

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鬼火 その8

 哲夫は尿意を催し、夜なかに目覚めた。
 掛け布団が丁寧に折りたたんである。 
 トイレにでも行ったんだろう、と思った。
 布団の中で、帰りを待つことにした。
 十分たった。
 真理子は、まだ戻ってこない。
 忘れ物があって、母屋にでも行ったのかな、と思った。
 深夜である。
 外出するような時刻ではない。
 我慢できなくなり、手洗いに立った。
 不安な気持ちで、お勝手に立ち寄った。 
 中庭に通じるドアが、少し開いている。
 外に出たが、姿はなかった。
 
 翌朝四時に、哲夫は目を覚ました。
 真理子が隣で眠っている。
 ホッとした。
 二度寝入りをしてしまった。
 トントンという音で、目が覚めた。
 朝食の用意をしている。
 「おはよう。夕べは心配したよ。どこへ行ってたの」
 「ごめんなさい。散歩に行ったのよ。田んぼの畔を歩いていたわ」
 「それならいいんだが」
 「お父様のことで、神経が高ぶったせいか寝つけなかったの。心配かけてごめんなさい」
 
 真理子は、次の夜も同じ時刻になると外出した。
 哲夫は、あとをつけることにした。
 竹林の小路に入って行く。
 一体何だっていうんだ。こんな時刻に。
 昼間でも人通りが少ないのに。どうかしたのかな。
 そう思った。
 サクサクサクサク。
 真理子は、枯れ葉を踏みしめて歩いて行く。
 太い竹の間を縫うようにして歩いて行く。
 地元の者でさえ、このように自在に歩けない。
 暗闇を恐れている様子は、まったく見受けられない。
 真理子は、一瞬立ち止まった。
 哲夫は、小さく舌打ちした。
 動かずにしばらくそのままでいた。
 サクサク、サクサク、サクサク。
 足音が哲夫のそばを通って行った。
 哲夫は、その場にうずくまったままでいた。
 「月なき美空に輝く光 ああその星影 きわめも行かん」
 真理子が歌を歌っていた。 
 火の玉がひとつ、頭の上に浮遊していた。
 
 
 
 

鬼火 その7

 暗い闇の中に、足音が響いている。
 若い男が竹林の小路を走っている。
 駆けだしてから、およそ十分たっている。
 それほど汗が出ていない。
 ほとんど贅肉が付いていない体である。
 マラソンランナーだ。
 独身である。
 最近、Т橋近くのアパートに市街から移り住んだ。
 この辺りは、走るのに都合がいい。
 街を少し外れると、車が少ない。
 そう思って、選んだ。
 
 不意に街灯の下に、人影が見えた。
 午後十時前だ。
 今頃誰だろう。俺のようなモノ好きは、どこにでもいるだろうが、と不審に思った。
 男は走るのをやめた。
 歩きはじめた。
 あっと言った。
 若い女だったからである。
 女ひとりで散歩でもないだろう。犬を連れている訳でもない。
 世の中には変わった人がいるものだ、と思った。
 
 マフラーをしている。
 頭からかぶっているので、顔はよく見えない。
 近づいて行く。
 女が手招きをして、後ずさって行く。
 竹藪の中に誘っている。
 何だ、変な奴だな、と思う。
 好奇心が打ち勝った。
 女が言った。
 「あたし、とってもさびしいのよ。慰めてちょうだい」
 随分はっきりと、モノを言うもんだと思う。
 男も独り身である。
 キツネに化かされているかもしれないが、応じることにした。
 幽霊ではなさそうだ。足が付いている。
 男は少年時代を想い出していた。
 川沿いの葦の茂みの中に、隠れ家を作ってあそんだ。
 女も藪の中に、大人がふたりくらい入れる大きさの隠れ家を持っていた。
 外からは、そこに人がいるとは分からない。
 竹の葉がマットの役目をしていた。
 その上で愛し合った。
 最中に、女がうわごとを言った。
 「嬉しい。いとしい、いとしい貴方様に、ようやく巡り合うことができました」
 男は二度、三度と抱いた。
 女は眠ってしまった。
 
 男は藪から出た。
 キツネじゃなく人間だった。やれやれ助かった、と思った。
 衣服に付いた枯れ葉をはらった。
 歩いてもとの小路にもどる。
 振り返った。
 藪の上に、光玉のような物が尾を引いて浮かんでいる。
 男は、さては、と思ったが、
 「まあ、いいか。お互いに慰め合ったのだから」
 と、若者らしいドライな気持ちで言った。
 「さあ、もうすぐゴールだぞ」
 自分に言い聞かせた。

鬼火 その6

 真理子は、家にとどまった。
 祖母の身体の具合が、悪くなったからである。
 奥の間で横になっている。
 お昼前であった。
 襖をそっと開けて、様子を見た。
 上半身を起こしていた。
 布団のうえで、すわっている。
 涙をこぼしていた。
 「いままで、ケガなどせずに、暮らしてきたのに」
 真理子はどのように慰めたらいいか、わからなかった。
 「大丈夫ですか」
 背中をさすってやろうと、近づいた。
 
 祖母が、急に感情をあらわにした。
 「いいよ。やんないで」
 手で払いのけた。
 真理子は、祖母の剣幕におどろいた。
 「すみません」
 あとずさった。
 「お前のせいだ、家に何か具合の悪いものを持ちこんだんだ」
 「そっそんな。私はなにも」
 「新参者には用心せないかん、という言い伝えがあるんじゃ。お前には罪がないのは、分かっている」
 「言い伝えですか」
 「そうじゃ。このあたりは古い所でな。昔からの風習をかたくなに守ろうとする。誰が言い出したかはわからん。よそ者が悪い運を村に呼びこむというんじゃ。山の近くには大昔たくさんの屍が雨ざらしにされたことがあってな」
 「あだし野ですか」
 「そうじゃ。知っておるのか」
 「ええ。哲夫さんにお聞きしました」
 「いまでも成仏できぬ霊がおるらしい。それが生きた人間に悪さをする。とりついて、この世で果たせなかった想いをとげようとするというのじゃ。わしが嫁にきたときに、聞いたことじゃから、随分まえじゃがな」
 「私、用心しますわ」
 「そうか。怒ってわるかったな。わしだって、真理子と同じじゃ。嫁いできたころは何がなんだかわからんかった」
 「ありがとうございます。きちんと話してくださって」
 「苦労したものじゃ。初めはのう。夜中に変な夢を見て、うなされたことがあった」
 真理子は、ハッとした。
 思い当たったからである。
 
 夜十時。
 哲夫と寝室にいる。
 枕を並べている。
 真理子は、立ちあがって紐を引っ張った。
 部屋の灯りを小さくした。
 哲夫は、風呂を浴びてからすぐに寝床にはいった。 
 すでに寝息をたてている。
 ふたりとも父のケガのことで、とても疲れていた。
 真理子は、祖母との話を哲夫に打ち明けようと思ったが、止めた。
 余計な心配をかけると、感じたからであった。
 哲夫が、眠ったままで真理子の体に触れた。
 真理子は、その手をそっとにぎった。
 可愛そうに、かなり神経を遣ったんだわ、と思った。
 真理子は、哲夫の寝息を聞いているうちに眠ってしまった。

鬼火 その5

 「真理子さあん」
 姑の声で、目が覚めた。
 「あっ、はあい」
 ロッキングチェアに座ったままであった。
 眠りこんでいた。
 お勝手から声がする。
 起き上がろうとした。
 いちにいさあんと、椅子を揺らした。
 ようやく椅子を抜け出ることができた。
 
 真理子は、 小石のネックレスを、首に巻き付けているかのように感じた。
 肩が張っていた。
 頭も重い。
 どうしたんだろう。
 体が言うことをきかないわ。
 変な夢を見たからかな。
 目が覚めるとすぐに、忘れる夢が多いのに、はっきり内容を覚えているんだ。
 調子がおかしくなっちゃうわ。 
 
 髪のほつれをなおした。
 お勝手の戸を少し開けたまま、佇んでいる姑に挨拶した。 
 「すみません。ちょっと眠っていたものですから」
 「ごめんなさいね。起こしたみたいで」
 「夕べ遅くまで、ふたりで話しこんでいたものですから」
 「お茶でも一緒にどうかなと思って」
 「ありがとうございます。今行きます」
 雨は、まだ降っている。
 本降りになっていた。
 傘をさして、中庭の踏み石の上を歩く。
 泉水の底で、錦鯉がじっとしている。
 トノサマガエルがはねた。
 泉に飛びこんだ。
 真理子は身震いした。
 もういやだ、地をはう生き物を見るのは、と思った。
 夢の中にいた白蛇を、思い出していた。
  
 母屋の玄関を開けた。
 テレビがついている。
 祖母が、ふんごみのこたつにいた。
 会釈をして、廊下を渡った。
 台所にはいる。
 「お母さん、遅くなってすみません。私がやります」
 「お願いね。やかんの水が、もうすぐ沸騰するわ」
 「お父さんは、おられないんですか」
 胸の内がざわついていた。
 気になった。
 「納屋で農機具をいじっているわ」
 「私、呼んできます」
 
 「お父さん。お茶ですよ」
 納屋の軒先から声をかけた。
 返事がない。
 歩行用耕運機のエンジンが、かかっている。
 静止したままである。 
 父の姿がない。
 ロータリーの爪が回転していた。
 土ぼこりが舞う。
 おかしい、と思った。 
 辺りを探した。
 父は、物陰でうずくまっていた。
 肩から血が流れている。
 駆け寄った。
 「爪にひっかかった。救急車を呼んでくれ。心配するな。大したことはない」
 
 「一カ月くらいで退院できるでしょう。良かったですよ。このくらいで済んだのは」
 医者が言った。
 「素早く身をかわしたからな」
 痛む左の肩を右手で押さえながら、父は言った。
 「お父さんは、若い頃からスポーツ万能だったから助かったんだわ」
 母はほっとした顔で言った。
 「定年になったばかりで、これからゆっくりしてもらおうと思っているんだからね。気をつけて」
 哲夫が叱るように言った。
 具合の悪い事が起こる前触れだったんだろうか、あの夢は、と真理子は思った
 
 

鬼火 その4

 雨が降っている。
 仕事に出かける哲夫を、送り出したばかりである。
 今七時少し前だ。
 テレビをつけると、天気予報を流していた。
 雷注意報が出ている。
 哲夫は、K電工に勤めている。現場で働いている。
 大変だわ、落雷にあったらどうしよう、と気をもんでいる。
 
 テレビを消した。
 南向きの廊下にあるロッキングチェアにすわった。
 女性週刊誌を広げる。
 旅の特集を組んでいた。
 「嵯峨野の旅」を読む。
 この辺りって有名なのね。あだし野念仏寺が出てるわ。
 椅子を前後に揺らす。
 雑木林で見たあばら家を、想い出している。
 
 哲夫と歩いていた。
 「何でしょうね。あんな所に家があるわ」
 「ええ、どれ。ぼくには見えないよ」
 「ほら、あれ。おかしいわね」
 真理子は目をこすった。
 もう一度見た。
 家らしき物は見えない。
 「あたし、どうしたのかしら。この辺りは初めてだから仕方ないわ。何かと見間違えても」
 
 椅子に揺られながら、いつの間にか眠ってしまった。
 夢を見た。
 
 竹林の中の小路を、傘をさして歩いている。
 雑木林まで来た。
 わらぶきの家があった。
 嬉しくなった。
 やっぱりあったんだわ、と思った。
 煙があがっている。
 だれかいるんだわ、と思う。
 足音を立てずに近づいた。
 縁側に、白い縄が丸めて置いてある。
 真ん中あたりで小さな赤色が動いている。
 ハッとした。
 長い一本の棒になった。
 お腹がふくらんでいる。
 床下に入りこんで行った。
 「だれじゃ、そこにいるのは」
 しわがれた声がした。
 戸が開け放たれている。
 雑炊を煮ている。
 外まで匂いが漂ってくる。
 真理子は、黙ったまま戸口でたたずんでいる。
 「お入り」
 誰かに背中を押されるように、中に入った。
 土間の向こうに囲炉裏がある。
 白い髪の老婆がすわっている。
 顔にしわが寄っている。
 鍋の下にマキをくべていた。
 天井は煤で真っ黒だった。
 上り框に腰かけた。
 「見慣れぬおなごじゃ」
 じろっとにらんだ。
 「はい。近くに嫁に来たばかりでございます」
 「して、道に迷ったか」
 「いえ。小路を少し外れただけです」
 「そうかのう」
 老婆はふっと笑った。
 黄色い歯がのぞいた。
 「寒いじゃろう。あったかい雑炊を召し上がれ」
 「人様の物をいただくわけにはいきません」
 「好意は素直に受けるもんじゃぞ」
 目が光った。
 お椀によそった。
 竹で作った箸と一緒に差しだした。
 手のしわが多い。
 真理子はひとくちすすった。
 タケノコ。ハコベ。たんぽぽ。なずな。よもぎ。
 ひとつひとつ、名を呼びながら、口にした。
 スウーと気が遠くなっていった。
 
 

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