霊感シリーズ

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鬼火 その3

 竹林の向こうは、田畑が広がっている。
 十戸ばかりのA集落があった。
 歴史の一番古いS家に、最近祝い事があった。
 長男の哲夫が嫁をもらったのである。
 街の織物問屋の娘で、学生時代からの知り合いだったらしい。
 嫁入り道具を見た近隣の人々は、その素晴らしさに驚いた。
 舅は、息子夫婦のために敷地内に家を建ててやった。
 七人家族になった。 
 
 新婚旅行から帰ってきた。
 数日後の夕方。
 茶の間に家族が集まった。
 「お父さん、ありがとうございます。そんなに気を遣っていただかなくても、いいですのに。私はご家族と一緒に暮らして行く覚悟でございました。実家が昔風ですので、大勢で住むのは慣れております」
 「うむ。そう言ってくれて嬉しい。寝るときくらいは、気兼ねなく、過ごしてほしいと思ってな。家にはまだ嫁入り前の娘もいる。山あり谷ありだ。長い月日には、いろいろあるからな」
 舅はまだ還暦前である。府庁の職員を、この春定年退職した。 
 「お母さん、ふつつかものですが、よろしくご指導ください」
 「ええ、ええ。覚えていただきますよ。だんだんにね」
 哲夫の祖母が、姑のわきで微笑んでいる。
 「よろしくおねがいします」
 丁寧に頭をさげた。
 「そうか。いい嫁じゃの。良かった良かった。ふたりとも京の人間じゃ。土地にもすぐ慣れてもらえる」
 「お姉さんができて、嬉しいわ」
 祖母のとなりに、哲夫の妹がすわっている。
 ほっそりした体型は、舅ゆずりのようだ。
 美人だが、冷たそうな印象を受けた。
 
 新婚夫婦が、連れだって墓詣りをした。
 田んぼの畔を歩く。
 「ぼっちゃん。おめでとうございます」
 苗を植えている男が言った。
 「はい。ありがとう。忙しいですね」 
 北の方は山が連なる。一番左が小倉山だ。
 「大昔は、本当にさびしいところだったらしい。あだし野っていう名を知ってるだろ。千年以上も前は、遺体を地面に埋めなかったらしい」
 「古典に出てくるわ。それじゃ。カラスたちが大騒ぎでしょう」
 「残酷な光景だった。空海さまが見かねて、土にかえすようにと、おっしゃたようだ」
 「太古の人が、死ぬことをどんなふうに考えていたのか、分かるような気がするわ」
 「魂の存在が、今よりもはっきりと、人々の間で信じられていたようだね。生きすだま、って、真理子知ってる」
 「知らないわ」
 「生きている人間からその魂がぬけ出て、憎いと感じている相手にまとわりついたりすると考えられていたのさ」
 「とってもこわい世界だったのね」 
 「物の怪、魑魅魍魎、幽霊、生きすだまがうろつきまわると信じられていた。祈祷師がたくさんいたんだ」
 「科学が進歩していなかったんだもの。しかたないわ」
 「現代人よりも、自然に対して恐れを抱いて暮らしていたんだ。ある意味でそれは正しかったと思う」
 「そうね。自然が一番よ。台風や地震。今だって人はそれを止められないもの」
 
 小道に出た。
 向こうに竹藪が見える。
 「お墓はもうすぐだよ」
 墓地で一番大きな造りだった。
 線香に火をつける。
 水を墓石に頭からかけた。
 両手を合わせておがんだ。
 「マリ、念仏寺に寄って行こうか」
 「ええ。なんかこわいわ。でも行きたい」
 竹林を通る。
 タケノコ取りをしている人に行きあった。
 鍬のような物で、掘り起こしている。
 「簡単なものじゃないのね。食べるとおいしいけど」
 「そうだよ。根っこなんだもの。この季節には欠かせない材料だ」 
 奥の深い竹林であった。
 雑木の林が続いている。
 真理子の視界の隅に、一軒のひなびた家が映った。 
 

鬼火 その2

 新緑の嵯峨野。
 月は出ていない。
 星が瞬いている。
 空はほんのりと明るい。
 風が竹林の間を吹きすぎている。
 ザワザワと音を立てる。 
 冷たい空気が喉元に入りこんだ。 
 厚手の上着のポケットに両手をつっこんだまま、男が家路を急いでいる。
 部落の常会からの帰り路である。
 酒が入ったせいか、足元が時折よろけている。
 
 「すっかり遅くなってしまった。カカアが心配していることだろう。昼間でもうす暗い所だ。早くぬけだそう」
 足を一段と速めた。
 ざくざくざく。
 さくさくさく。
 もうひとつの足音がした。
 ふりかえる。
 道に人影はない。
 空耳か、それにしても気味が悪いと思った。
 背中のあたりがぞくぞくする。
 「この辺りは竹をよく取りにくる。どこに何があるか目をつむっていたってわかる。だが、夜は苦手だ」
 もう少しで、竹林から出るところだった。
 「もし」
 低い声だった。
 男は立ち止まった。
 静かだ。
 歩きだした。
 「もし」
 また聞こえた。
 今度は甲高い声だった。
 そばに女が立っている。
 ひやっとした。
 頭からマフラーをかぶっている。
 顔はよく見えない。
 こんな夜更けに若い女がひとりでいるなんて、と不審に思った。
 足を見た。
 ちゃんと付いている。
 「途中で男の人に逢いませんでしたか。二十歳くらいなんですが」
 間延びするようなゆっくりした口調で言った。
 まるで大昔のお公家様が話している、と男は思った。
 「うん。見かけなかったな。一本道だ。見逃すわけがねえ」
 「そうですか。ありがとうございました」
 女は、男と逆の方に向かった。 
「おかしいな。この奥は念仏寺だ。家がほとんどない。キツネかタヌキが化けたのかもしれぬ。今度逢ったらシッポが付いているかどうか、よく見てやろう」
 男はひとりごちている。 
 その後二度、三度と女が同じ場所に現れた。
 通りかかる人に質問をあびせた。
 狭い土地である。
 たちまちにウワサになった。
 誰も気味悪く思って、夜更けはそこを通らなくなってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

鬼火

 あだし野の露 消ゆるときなく
 鳥部山の 煙立ち去らでのみ 
 住み果つる ならひならば
 いかに もののあはれも なからん。
 世は定めなきこそ いみじけれ。  
          徒然草 第七段 抜粋     
 
 夕刻に嵐山に着いた。
 東京からの急ぎ旅だった。
 今回は女性の編集者が一緒だ。 
 Y旅館にチェックインした。
 ほっとした。
 丹前に着替えて、窓際のソファにすわった。
 ラークに火を点ける。
 一息吸い込んで、すうっと吐き出した。
 
 Dさんが、お茶を入れてくれた。
 長い黒髪をしている。
 鼻筋のとおった美人である。
 蝶のイヤリングをしている。 
 近寄ると、香水が匂った。 
 「先生、どうもお疲れさまでした」
 「ああ、きみも疲れたろう。社に入って、日が浅いと聞いたよ」
 「ええ、まだ一カ月です」
 「まあ、よろしく頼む」
 「こちらこそ、よろしくお願いします」
 畳に三つ指をついて、頭を下げた。
 「ずいぶんご丁寧だね」
 「ここでホラーを一本、描いていただかなきゃなりませんもの」
 「現金だね」
 「はい」
 
 ソファの前のテーブルに、湯呑茶碗をおいた。
 手つきがいいな、と思った。
 「お茶は習っているの」
 「ええ、たしなむ程度ですが、表を少々」
 「やっぱり。ここんところ忙しかったね。時代物の短編を、立て続けに三本描いた。一本目は処女作だった。気負い立っていた。散漫になったせいか、売れ行きは、いまいちだった。二本目は、B川での体験をもとに書き下ろした。これは好評で随分売れた。編集者のAが喜んだ。三本目は、М公園の原始林で出逢った老婆に関する小説だ。これは終わりに近づいている。もうひとひねりすればモノになる。それに加えて、あと一本」
 「そうなりますね、先生。大変でしょう。わが社も駆けだしです。一所懸命です。浮かぶも沈むも一緒です」
 「うまいことを言う」
 Dは微笑んでいる。
 お茶をつぎたした。
 Kの右手が、そっと彼女の手の甲に触れた。
 「まあ、先生」
 「親愛のしるしだよ。きみは、昔の恋人に似てる」
 「口がお上手ですね」
 「仕事柄ね」
 
 「新鮮な空気を吸いましょうね」
 Dが窓を開けた。 
 「まあきれいな夕焼け。淡い灯がТ橋の所々に点っているけど、あれは何でしょうね」
 「どれ。あれはね。ポールの先に点った灯りらしい」
 せせらぎが聞こえる。
 ラークを一本とりだした。
 Dが火を点けてくれた。
 「ありがとう。気がきくね」
 紫煙が立ちのぼる。
 「それじゃ、ごゆっくり。私は隣の部屋にいます」
 「何かあったら呼びます」
 Dが立ち去った。
 若い女性の編集者さんだ。
 言動に注意しなくては、と自分をいましめた。
 
 Kは、夜の景色が好きである。
 外出することにした。
 Dを誘った。
 「疲れているので、お先に休ませていただきます」と、やんわりと断られた。
 Т橋を渡っていく。
 Kは、上流の川面を見つめている。
 川は、色んなことを教えてくれる、と思った。
 B川での火の玉を、思い出していた。
 柳の下にどぜうは、だ。
 橋をわたりきった。
 ふりかえった。
 嵐山のふもとが、何故か気になったのである。
 ちらっと見た。
 提灯の灯りのようなものが、いくつも見えた。
 ピンときた。
 
 鬼火が、ふわふわと動き回っている。
 
 やはり俺には、とそこまで言って、止めた。
 小説家のカンだ。
 明日は、この地に詳しいE老人と会うことになっている。
 竹で日用品を作る名人だ。
 今、目にしたことをたずねてみよう。
 時代物のネタになるかもしれない。
 Kはそう思った。
 橋の向こうを見た。 
 道の両側に色んな店が立ち並んでいる。
 ネオンも点りだした。
 
 Kは、引き返すことに決めた。
 小説家だって、大の男である。
 久しぶりに酒を飲んで、ホステスとおしゃべりしたいと思った。 
 あまり気持ちがゆるむと、いい小説が描けないことが分かっていた。
 「がまんがまん」と言いながら、旅館に戻った。
 
 
 

М公園の怪 その3

 東山の頂上が明るくなった。
 満月だった。
 原生林の中までは光がとどかない。
 漆黒の闇に包まれている。
 樹木がまばらに生えている所があった。
 月の光が降りそそいでいる。
 霧が流れている。
 枯れ葉に蔽われた地面がのぞいた。
 
 キューン。
 ケモノが突然鳴いた。
 闇の中にふたつの光りが出現した。
 ふたつの間の距離が一定している。 
 クマザサを掻き分ける。
 重い足取りだ。
 地面を踏みしめる。
 ゆっくりと歩いてきた。 
 ぼうっと明るくなった場所に立った。
 枝分れしたツノがある。
 大鹿だった。
 猟師たちがスサノヲと呼んでいる。
 山の主として畏怖されている。
 眼光が鋭い。
 見る者を委縮させる力を持つ。
 背に何か白い物が乗っている。
 月が空高くあがった。
 輝きを増した。
 白く見えたのは、頭髪であった。
 鹿にまたがっている。
 両手でツノをつかんでいる。
 老婆だ。
 ミコの衣装を身につけている。
 
 Kは山に足を踏み入れていた。
 事件の手掛かりを探していた。
 何も見つからぬまま夜が更けた。
 疲れた。
 一本の大杉の根元で休んだ。
 寝入ってしまった。
 物音で目覚めた。
 辺りは真っ暗だった。
 一頭の牡鹿が淡い光の中に見えた。 
 不意にしわがれた声がした。
 「そこにいる御人。余計な詮索は無用じゃ。身のためだ」
 Kは、俺の意図がわかるのか、と思った。
 声が続いた。
 「わしはのう。千年以上に渡ってこの森を守っているアラヒトガミじゃ。チミモウリョウからな。先日一匹退治した。男の皮をかぶっておった」
 「ええっ」
 危うく口から出そうになった。
 「話してもよいぞ。お前は殺さぬ。まだ見込みがある。小説家だそうな。書く以外に生きられぬのであろう。苦しい修行のようなものじゃ。哀れなことだ」
 「はい。苦しい胸のうちをさらけ出しております」
 低い声で言った。
 「そうじゃろう。口から出る言葉は、当てにはならぬ。わしは心眼で見る。相手の真の姿がわかるのじゃ。悪霊かどうかのう。お前は小悪党だ。まっとうな人間にはほど遠い」
 
 大鹿がサッと動いた。
 光る場所から外に出た。
 辺りがまた元の静寂を取り戻した。
 Kは枯れ葉を踏みしめながら大鹿のいた場所に立った。
 空を仰いだ。
 汚れた顔に月の光があたった。
 ムササビが飛んだ。
 足を思いきり広げている。
 すべるように飛んでいる。
 「神域」という言葉が脳裏に浮かんだ。
 スサノヲを祭る神社を中心に結界が張られている。
 Kはそう感じた。
 見えない世界である。
 そこで奴らとの絶え間ない闘いが繰り広げられている。
 守り神が敗れた時、この世に災いが起こる。
 人の皮をかぶったケモノが増えている。
 大欲を抱いた連中が跋扈している。
 奴らが入りきらないほどに増えた時、何かが起きる。
 風船がふくれあがってバチンとはじける。
 その如くに、神がお怒りになるであろう。
 「命もいらぬ。名もいらぬ」
 Kはそう口ずさんだ。
 山をくだって行った。 
 
 
 
 
 

М公園の怪 その2

 Kは、М公園中年男性変死事件のウワサを耳にしていた。
 これは小説のネタになると思った。
 カクテルバーのホステス桜子を訪ねてみようとアポをとった。
 夜に店を訪れた。
 カウンターの前の止まり木にすわった。
 お勧めのカクテルを注文する。
 
 若い女性のバーテンダーが作りはじめた。
 容器を振る音が心地よい。
 仕草に品がある。 
 サアッとグラスに注ぐ。
 恋人を見るような目で見つめた。 
 カクテルが出来上がった。
 きらめいている。
 青い宝石に似ている。 
 光が青い酒の中で屈折しているのだ。
 
 「こんばんは」
 すぐそばで声がした。
 「ああどうも。桜子さんですか」
 「ええ」
 「電話しましたKです」
 内ポケットから名刺を取り出す。
 「関西のお方じゃなさそう。訛りが違いますもの」
 「はい。出身は福岡です」
 桜子を小説家の目で見つめる。
 大きく開いた黒い瞳。
 意志の強さを表している。
 背中から頭にかけて、オーラが立ち上っている。
 妖艶なという表現が、ぴったりしている。
 美人ではない。
 横顔に魅かれる。
 
 Kが問う。
 「ご出身はこちらですか」
 「はい。祇園生まれの祇園育ちです」
 「訛りがありませんね」
 「お客様相手ですから。一応標準語をつかっています」
 「ふんふん」
 「あらおかしいですか。あたしの言葉」
 「いいえ。ちゃんと標準語になっていますさかい。心配おまへんで」
 桜子がプッと噴き出した。
 「ああ良かった。笑ってくれて。そうでないと色々聞かしてもらえないから」
 「ほんと。お上手ね」
 「商売がらですよ。地元の方だったらご存じだと思います。変死事件のこと」
 「ええ。刑事さんにいろいろと聞かれましたわ。しつこいくらいに。たしかにあの夜、あたし、酔いを覚ましに公園に行きました。男の人に会って少し話をしました。でも、長く一緒にいませんでした。すぐに店に戻りました。男の方といるところを誰かに見られるのがいやだったからです。変な噂を立てられますから。不審な人を見たり物音を聞くこともなかったわ。アリバイが成立したので、警察署からすぐ帰って来れました」
 「なるほど。すると、あなたと別れたすぐあとで、男は誰かに襲われたということになりますね」
 「そうでしょうね」
 「不思議な事件です。物取りの仕業じゃなさそうです。財布はそっくりそのまま残っていましたし、身体のどこにも目立った傷がなかった。死因は心不全です。よほど何かに驚いたようです。苦悶の表情ではなく、微笑んでいたと聞きました」
 「刑事さんみたい。犯人捜しをしていらっしゃるんですか」
 桜子が、きつい調子になった。
 「ああ、すみません。そうではありません。いま時代小説をかいているんです。この事件をネタにしようと思っているだけなんです」
 「喉がカラカラ。何かいただいてもいいでしょうか」
 「ごめんなさい。気がつかないで。何でもお好きな物をどうぞ」
 桜子は、Kと同じカクテルを頼んだ。
 「いただきます」
 ふたりでグラスを合わせた。
 
 
 

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