生まれ変わり

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カラス猫

 ある冬の夜。
 Kの寝室。  
 肩口から、クロが布団に入ってこようとしている。
 咽喉を鳴らす音が、しだいに大きくなってくる。
 Kが目覚めた。
 「なんだよ、クロ。今夜はだめだ。調子が悪いんだ。かんべんしてくれ」
 ニャアと鳴いた。
 それでもクロはあきらめなかった。
 頭を無理に布団の中に突っ込んでくる。
 シッポを立てて、後足を踏ん張っている姿は滑稽だ。
 今夜はひとりで眠りたいと思う。
 クロに気を遣うのは、いやだった。
 左手で掛け布団を強く引っ張っている。
 クロの侵入を阻止しているのである。
 
 この冬一番の寒さだと、テレビのアナウンサーが話していた。
 クロには可愛そうだが、他に寝場所を見つけてほしいと願った。
 野良猫じゃないんだ。
 お前は家の中にいていいんだからな。
 にゃあにゃあ。
 大鳴きしはじめた。
 うるさいな。みんなが起きるじゃないか。
 彼女は知っているのだ。
 Kの足元に丸練炭入りの小さな炬燵があることを。
 そこが一番暖かい場所だ。
 でも、Kは許さない。
 「今日は、だめ」
 きつく叱った。
 クロの体を持ち上げて、茶の間まで運んだ。
 ガラス戸をきっちり閉めた。
 
 今夜は、僕は機嫌が悪いのだ。
 お気に入りのМ子ちゃんに、一緒に映画を見に行こうという誘いを断られたんだ。
 クロに八つ当たりするわけではないが、人間だっていろいろあるのさ。
 気分がのらないことだってある。
 いつもは、クロの言うことを聞いてやっている。
 たまには、おや、ご主人さま、どうしたんだろうって、思わせたい。
 クロに甘くみられるのは嫌だった。
 トイレに立ち寄り、寝室に戻った。
 ああ、やれやれ。これでだれにも邪魔されないで眠れるぞ。
 掛け布団をあげて、足を炬燵にのせた。
 左足が柔らかいものに触れた。
 あっと思った。
 布団を思い切りめくった。
 猫が三匹炬燵のわきにいた。
 クロと子猫が二匹。
 「お前、いつの間に赤ちゃんができたんだ」
 と、たずねた。
 子猫が夢中で乳首に吸いついている。
 「それにしてもどうやって。あんなに重いガラス戸をこじ開けたんだい」
 ぼくは、子猫の頭を代わる代わるなでてやった。
 クロは、Kの手をなめている。
 
 「お前は大したお母さんだな。今夜はぼくの負けだ」
 Kは、父の寝袋の中で眠ることにした。
 ばあちゃんが言うんだよな。
 トンボだって蝶だって、誰かの生まれ変わりだよって。
 前の世では、人間だったかもしんないよって。
 こんな科学が発達してる世の中なのにさ。
 信じられない。
 でも、あんなふうに子猫がオッパイを吸っているのに
 冷たいこと。
 ぼくには、出来やしない。
 Kはそう思った。
 
 

孫 その1

 夕食が終わった。
 М夫妻だけが、台所にいる。
 「良かったわね。光男が、あんなにあなたと話をするようになって」
 「ほんとだね。嬉しいよ」
 
 いつからかは、分からない。
 光男は父がいる所へは、努めて行かなくなってしまった。
 まるで父と息子の間に、高くて固い壁ができてしまったようであった。
 光男自身も何故だかよくわからなかった。
 嫌悪感が、心の深いところに充満していた。
 降った雨が地面に浸みこんで行き、長い月日をかけて、地下に蓄えられたかのようである。
 光男は、男ばかり三人きょうだいの真ん中である。
 母は「お父さんは、誰にでも分け隔てなく接してきたわ」と言う。
 それにしては、この気持ちは、どうだろう。
 父を好きになれない。
 ほんとは、好きになりたいのに。
 
 光男が三歳だった。
 二階のベランダでひとりで遊んでいた。
 「パパ、遊んで」
 ガラス戸を小さな両手で、ようやく開けた。  
 父は部屋で仕事をしていた。
 「忙しいんだ。ひとりで遊んでいなさい」
 大きな声で言われた。 
 光男は、泣きそうになった。
 「ぼうちゃんだけ」
 あとの言葉は、出なかった。
 幼児に理屈は分からない。
 本能で何かを感じ取っていた。 
 大きくなって、物ごころがついた。
 兄と弟が喜んでいる時でも、心から喜べなかった。
 辛かった。
 父の自分に対する接し方が気になった。
 
 光男が小学六年生になった。
 「あなた、光男がね。あたしに打ち明けてくれたわよ」
 「何を」
 「父ちゃんは、僕のことが可愛くないんだ」って泣きながら言ったわ。
 「へえ」と言って、Мは頭をかかえた。
 ガツンと棒でなぐられたようであった。
 Мは、若い頃を振りかえった。
 婿に来た。
 家風に長く慣れなかった。
 義父を嫌っていた。
 光男は彼に似ていた。
 それだけの理由で、辛く当っていたのかもしれない。
 自分の子であるのに。
 「父ちゃんが悪かった。勘弁しておくれな」
 光男は、心の中に長い間沈殿していた物が、サッと流れ去るのを感じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ある日の夕方。 
 Мさん夫婦が、台所で話している。
 妻は、包丁をせわしげに動かしている。
 夫は、椅子に腰かけて一枚の写真を見つめている。
 「光男のことだけどさ」
 「なあに」
 「もう三十歳をすぎたよね」
 「三十二だわ。あなた自分の子なのに」
 「なんだか亡くなった親父さんに似てきたね」
 「そうかしら」
 「両手を後ろに組んで歩いたり、寝る前に服をきちんとたたんだり、それにタバコの吸い方まで。そっくりなんだ」
 「どうしてでしょうね。教えたわけじゃないのに」
 「三代目に似た子が生まれるって、昔からよく言うけどね」
 「聞いたことがあるわ」
 「身体つきが似るのは、納得がいくんだ。几帳面な性格までそっくりさんだ」
 「不思議だわねえ」
 「心までそっくり。どうしてこうなるのって、神様に尋ねてみたいよ」
 妻はウフフッと笑った。
 
 カチャと、戸が開いた。
 光男が入って来た。
 「ごはん、できた」
 「もう少しよ。せっかく来たんだから手伝いなさい」
 両手を後ろに組んで、鍋の中を眺めている。
 「あと五分したら、火を止めてね。テーブルを拭いてちょうだい」
 「はい」
 縦横にきちんと、拭きはじめた。
 
 「光男、この写真を見てごらん」
 父が言った。
 「この男の人は、だれなの」
 「お前のじいちゃんだよ」
 「若いね」
 「結婚式に撮ったんだもの。よく似てると思わないかい。誰かさんに」
 怪訝な表情をしている。
 テーブルを拭き続けている。
 「ねえ、おじちゃん」
 夫が声をかけた。
 光男は、あたりを見回している。
 
 

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