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A市の釜川界隈にはホストクラブがある。
寂しい女性が今宵も訪れる。
物は有り余っていても、心まではなかなか満たされない。
「ナンバーワンを狙うのは気がひけるわ。毎朝鏡の前で、泣き出しそうな自分の顔を見ているんですもの。分相応の相手でいい。それで満足だわ」
いつも最下位のホストを指名していた。
自分に合うかもしれないと思ったからである。
恋人が出来ない。
プロを相手にした。
歯の浮くような世辞でもいい。
心が少しだけ慰められるような気がした。
S子は、ある工場で毎日ミシンに向かって仕事をしている。
小さい頃から内気な性格だった。
姉と妹とは正反対である。
ほかのきょうだいは、幼い頃から、何かと世間から注目されていた。
ひとつだけ長所があった。
歌が好き、ということである。
去年亡くなった祖母が、いつも慰めてくれていた。
「つまんなくないのよ。Sちゃんは、とってもお歌がじょうず。人間はね、とりえがひとつあればいいのよ」
小さな木箱の上にのっては、おもちゃのマイクをにぎっていた。
ある日、息の合ったホストのジュンが言った。
「Sちゃんって声がいいね。歌はどう。やったことある」
「小さいころはね、こうマイクをにぎって」
「ちょっと、アカペラでやってみて」
「春色の汽車に乗って 海に連れて行ってよ」
十八番を歌った。
心のこもったいい歌だった。
「ぼくね、作詞の勉強をしているんだ」
「ええっ、本当ですか」
「いま書いているのに、旋律をつけたら歌ってくれないかな」
「いいんですか、あたしで」
高台にあるA公園でふたりは会った。
ジュンはギターを弾いた。
S子はひととおりジュンが弾くのを聞いた。
歌詞を見た。
それで充分だった。
歌の心をつかんでしまった。
「ううん。すばらしい。何て言うんだろう。心にしみてくる。抑えのきいたいい歌だ。歌のほかには何か勉強してることはあるの」
「最近パソコンでブログを始めたの。お話を書いているのよ。恋愛小説。好き勝手にね。実際のあたしは、恋人なんかには縁がないのよ」
うふふ、と笑った。
笑窪が可愛い、とジュンは思った。
「そのせいだね。言葉に敏感になっているんだ。とっても感情がこもっているよ。Dテレビの歌番組の予選に応募してみたらどうだろう」
「ええ、あたしが」
「ぼくはアルバイトで、そこのスタッフをやっているんだ」
「あたしなんか、だめよ」
「そんなことない。自信を持って」
三カ月後。
S子の家。
水曜日の夜七時になった。
カラオケ歌番組がはじまった。
居間で家族四人が見つめている。
彼女は留守である。
S子の番になった。
ジュンが贈った服装だ。
父が言った。
「なんだか見たことのある子だね。S子じゃないか」
母と姉妹が画面を見つめる。
「うううん。ちょっとお、これってS子じゃない。もしかして」
姉がいった。
「そうよ。ねえちゃんだわ。こんなにうまかったっけ」
妹がいう。
歌い終えた。
審査員が絶賛している。
家族は全員、唖然としている。
「信じらんない」
きょうだいが声をそろえた。
S子が最高点を獲得して優勝した。
花束と景品をもらった。
「小さい頃から、歌だけはうまかったわ」
母は、涙をこぼしている。
「良かった。これでS子は自信が持てる」
父が仏間に向かった。
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