愛の物語

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 丘から少し離れた茂みの中に、それはありました。
 船体につる草が、からんでいます。
 苔がはえている部分もありました。
 当時は、地面に突き刺さっていました。
 今は、自らの重さで、地面に平らになっています。
 メイには、詳しいことは何も教えませんでした。
 先入観を与えない方がいいと、思ったからです。
 Sの妻も見るのは、初めてでした。
 船のまわりを歩いています。
 メイは、彼女のあとをついて行きます。
 Eにとっては、まったく自分とは関係のない代物でした。
 でも、メイには深いかかわりがあったのです。
 彼女はここに乗って、遠い星からやってきたのです。
 赤ん坊でしたが、意識の奥に過去の記憶が刷り込まれていました。
 
 ハッチが開いています。
 メイは怖がらずに、ポンと飛び乗りました。
 まるで何者かが彼女を引き寄せているかのようです。
 ふたりは外で眺めていることにしました。
 「お前さん、メイは」
 「大丈夫さ。ここの乗組員だったんだ。何かあれば飛んでいくさ」
 船内をしばらく見わたしていました。
 赤いボタンが、操縦室のドアの近くにあるのに気がつきました。
 可愛い手で、ポンと押しました。
 スルスルと、ドアが両側に開きました。
 操縦席にすわると、上からヘッドホンが降りてきました。
 耳に当てました。
 眠りにいざなうような、優しい音楽が流れてきます。
 うとうとしてきました。
 メイは夢を見ました。
 金髪の青い目をした若い女性が現れて、メイのそばにやってきました。
 メイを優しく抱きしめました。
 ひたいにそっとキスしました。
 彼女の向こうには、背の高い黒髪の若者が立っています。
 「あなたは私たちの大切な娘です。この星の住人ではありません。X星で戦争がありました。地球にあなたを逃がしたのです。しばらく離れてすごさなければなりません。きっと迎えに来ます。それまでお世話になりなさい。いい方たちです。言うことを聞くのですよ」
 メイの目からは、涙があふれてきています。
 「かわいそうなメイ。もらいっ子と言われて、苦しんでいますね。遠くにいてもあなたの心や体の様子が、みんなわかります。自信と誇りを持ちなさい。あなたには素晴らしい能力があります。何者にも負けない強い意志と、あたたかい愛が心の中に満ちているのです。でも、小さいうちは、まだ力があまり発揮できません。年頃になればそれが、泉の水が地中からあふれ出るように現れてきます。それまでは、私たちが助けます。もちろんSさん夫婦がそばにいて、お前を命がけで助けてくださるでしょう。優しい人なので、Sさんにお前を預けたのです。偶然に拾われたのではありません。初めから分かっていたことです。何も心配しないで。いつも遠い星から見守っているわ」
 メイのママは泣きながら、彼女のおなかをさすっています。
 パパが、ママを抱きしめました。
 音楽が鳴り止みました。
 ママの声も、聞こえなくなりました。
 目を開けると、地球のお父さんとお母さんが、そばにたたずんでいました。
 メイは目を細めて、空を見上げた。
 高い木の上から、陽射しが降りそそいでいる。
 お天気の悪い日は、森の中はいつも暗かった。
 体がぽかぽか暖まってきた。
 気分が、朝方よりずっと良くなった。
 小道が続いている。
 お父さんたちは、メイの少し後を並んで歩いている。
 「もう少しだよ」
 Sが、両手で口を囲むようにして、言った
 
 リスが、前方の茂みから飛び出してきた。
 「あっ、リスさんだ」
 メイはかけだした。
 飛びこんだあたりで、しゃがんだ。
 のぞきこんでいる。
 リスは、メイの方を見ていた。 
 前足を手のようにして、木の実をかじっている。
 Sがメイの脇にすわった。
 「いるかい」
 「ほら、あそこよ」
 低い声で答えた。 
 「かわいいだろ。森には生き物がいっぱいだよ」
 「お友達になれるかしら」
 「なれるとも」
 Eも、しゃがみこんでいた。
 Sは立ちあがって、道を外れて歩いていく。
 ふたりとも、あとについて行った。
 小高い丘に出た。
 「さあ、ここだぞ」
 野イチゴの木が、集まって生えている。
 メイは、かごを受け取った。
 「ほら、見ていてごらん。こうやって摘むのよ。黒っぽいのが、うれているの」
 丸くなった実を、そっと片手でつまむ。
 ちょっとひねると、ポロっと取れた。
 「やってごらん、メイ」
 二、三度失敗して、実をつぶしてしまった。
 力が入りすぎたのだ。
 
 半時間たった。
 三人とも、かごの中がイチゴでいっぱいになった。
 「これくらいでいいわ」
 Eが石の上にすわって、言った。
 「お昼にしよう。腹ぺこだ」
 Sが、おなかを押さえながら言った。
 草の上に青いシートをかぶせた。
 メイの好きな物ばかりだった。
 サンドイッチがお気に入りだ。
 空で鳥が輪をかいて飛んでいる。
 ケーンケーン。
 近くでキジの鳴き声がした。
 Sは、食べながら考えた。
 メイに飛行船を見せてみよう。
 ひょっとすると、メイが元気になるかもしれない。
 そう思った。
 「ご飯を食べたら、お父さんが面白い所へ連れて行ってあげる」
 「うん。連れて行ってね。どんなとこ」
 「それは、着いた時のお楽しみ」
 妻のEは、不安になりましたが、夫にまかせようと思った。
 Sは、妻の気持ちを察してそっと耳打ちした。
 「大丈夫さ。この子は神様のお使いだ」
 
 通学用のバスが、Sの家の庭先で停車した。
 学校を出たバスは一番先にSの家をめざす。
 誰も生徒が乗っていない。 
 メイが庭にいないので、運転手さんが窓を開けてSに声をかけた
 「よお、今日は休みかい」
 「ちょっと待っていてくれ。様子を見て来る」 
 これまでは、笑顔でかけて来て、飛び乗ったものだった。 
 今日は、キコリの仕事が休みだった。
 Sは朝早くから庭に出て、庭に落ちた枝や葉っぱをほうきで掃き集めている。
 寒い北の国だった。
 五月の終わりだが、吐く息が白く見えた。
 マッチに火をつけた。
 パチパチパチ。
 枯れ枝が勢いよく燃えはじめた。
 白い煙があがっていく。
 玄関の戸を開けて、台所に入った。
 妻がしょんぼりして、お茶を飲んでいる。
 「おい、メイはどうしたんだ。バスが来てるぞ」
 「おなかが痛いんだって。ベッドにいるよ」
 「まあ、それじゃ仕方がない。運転手さんに今日は休むからって、伝えて来る」
 「頼みます」
 「待たせてわるかったな。休みなんだ」
 「分かったよ。それじゃな」
 バスが白煙を噴き出して、発車した。
 Sが階段をあがっていった。
 メイの部屋の前まで来た。
 トントン。トントン。
 軽く戸をたたいた。
 「メイ、メイ」
 メイは、お父さんが大好きだった。
 赤ん坊の時に、大事にしてくれたことを覚えていた。
 言葉を理解することは、できなかったが、彼の温かな物腰がメイの心の奥に強く刻まれていた。
 すぐに返事をした。
 「なあに、お父さん」
 くぐもった声だった。
 「調子が悪いのか」
 「ええ。おなかが痛いの。しばらく前からよ。朝になると痛くなるの」
 戸を閉めたままで、ふたりは話している。
 「お医者さんに診てもらうか」
 「いまはいいわ。あんまり痛むようだったらお母さんに言って、連れて行ってもらいます」
 「いじめられているんだって」
 返事がなかった。
 泣いていた。
 Sは階段を下りて行った。
 「やれやれ、どっこいしょ」
 「寝ていたかい」
 「話しかけたら、きちんと応えてくれたぞ。しっかりした娘だ」
 Eの隣にすわった。
 「お茶を入れてくれ。ああっ、コーヒーのほうがいいな」
 Eは立ちあがって、やかんに水を入れた。
 「今日は、いましばらく、そっとしておいてやろう。まだ小さいのだからじきに治るさ。仕事が休みだから、森に出かけてくる。野イチゴを娘に摘ませてやろ」
 「良い考えだね。あたしも行こうかな。お弁当作るから」
 「そうだ。三人で行こう。メイ、喜ぶぞ。誰にも会わない所だ。そうしよう」
 やかんの水が沸騰している。
 白い湯気が立ちのぼってきた。
 Sは香りを楽しみながら、少しずつ飲んでいる。
 「うううん。お前がいれてくれるコーヒーは最高だな」
 Eは、にこにこしている。
 「笑う門には福だ。そのうちいい事がある」
 「そうだ。そうだ。いいことがある」
 ふたりで、大笑いしはじめた。
 二階にいるメイの耳にも届いた。 
 
 
 
 Sの妻Eは、五十歳近くになっていた。
 信心深い女性だった。
 彼女には、ひとりも子供はいない。
 夫の連れ帰った子供を、自分の子供として育てることにした。
 役場で少し手間取ったが、養子として、入籍をなんとか済ませた。
 メイと名付けた。
 「お前さん、この子は神様の授かりものだよ」
 「そうだな。この子がどこでどうしていたのかは、誰にも内緒にしておこう」
 「言うもんですか。絶対に」
 「あんな飛行船にいたんだ。親がいるはずだ。止むにやまれぬ事情があって、手放したに違いない」
 赤子はEの腕の中で、すやすや眠っている。
 Eは、長年の夢をかなえた喜びに浸っていた。
 「見てごらんな。親がそばにいなくても、安心しているんだ。不思議な子だね」
 Sも自然と笑顔になるのだった。
 メイは、二歳で物ごころがついた。
 人より成長が早かった。
 言葉をはっきりしゃべりる。
 「お母さん、おしわが多いみたいよ。お化粧しなくっちゃ」
 おしゃまなことを言う。
 「そうかい。ばあちゃんだね、これでは」
 「うん、あたしはいいわ。ばあちゃんでも母さんよ」
 Eは、思わず笑ってしまった。
 Sとふたりきりの生活には、大した笑いの種はなかった。
 メイが来てからは、心の底から笑うことが出来るようになった。 
 庭に出ては、花を摘んだりチョウを追いかけたりする。
 きこりの仕事のせいで、隣とは離れている。
 大きな森をひとつ、抜けて行かなければならなかった。
 メイにとって、花や鳥やケモノが遊び友だちだった。
 入学することになった。
 バスで通っている。
 学校には、すぐに慣れたようだった。
 勉強は、よくできた
 でも、どうしたことか、間もなく元気がなくなってしまった。
 ある日、Eは彼女にたずねた。
 「どうしたの、メイ。この間まで、あんなに楽しそうにしていたのに」
 「ええ、母さん。心配かけてごめんなさい」
 「どうしてしょんぼりしてるの」
 「うううん。みんながいじめるのよ。きこりの子供、もらいっ子って」
 「そんなこと言うんだ」
 Eは腹が立ってきた。
 大人が悪口を言っているせいだと、思った。
 Sに相談した。
 人の口には戸は立てられない。
 我慢するしかないな。
 そう言った。
 本当は、Sだって心の底では怒っていた。
 間もなく、大あらしがやって来た。
 雷がとどろき渡った。
 木に落ちて、幹が裂けた。
 村人は恐れおののいた。
 川の水があふれて、田や畑が水浸しになった。
 家の屋根が吹き飛ばされるほどだった。
 森の向こうの村は、被害がとても大きかった。
 メイの家は、森に守られた。
 ほとんど無傷だった。
 村の長は、古い考えを持っていた。
 大あらしは悪魔のせいだと、言い張ります。
 「よそ者がきたせいだ」
 集まった村人の前で、語気を強めて話した。
 
 

若がえる2−3

 週末の土曜日。
 小雨が降っていた。
 Sが紹介してくれた仕事に出かけた。
 朝早く起きた。
 急ぎの仕事であった。
 階段を静かに下りる。
 玄関の上り框に立った。
 「今日は早いんだね」
 部屋の中から声があった。
 「アルバイトなんです」
 「学校は」
 「休みなんです」
 「学生は、勉強第一なんだからね。ケガしないようにするんだよ」
 「はい。ありがとうございます」
 
 門の外でSを待った。
 自転車をこぎながら、やって来た。
 「ちょっときつい仕事だけど。石運びなんだ」
 「お金になるんだったら、重労働だって平気だよ」
 「これくらいの雨なら仕事になるんだ」
 現場まで、自転車で二十分かかる。
 線路に沿った道を息を切らして、のぼっていく。
 思い出の風景が続く。
 Sの横顔を時折眺めた。
 現場に着いた。
 幅二メートルくらいの堀があった。
 底が見えていた。
 泥の上でドジョウがはっている。
 小魚が水たまりに集まっていた。
 土手に人の頭くらいの石を積み上げる。
 その仕事は親方がやる。
 熟練しないと、無理だからである。
 半分くらいは、すでに終えていた。
 「田んぼに水を欠かせないからな。今日中におわすんだ」
 「はい」
 「土手の向こうに、石が積み上げてあるだろう。あれを一輪車でこの近くまで運んでくれ」
 Sが言った。
 「僕がやります」
 「そうか。それじゃ、お前が俺の脇で石を渡してくれ」
 「分かりました。よろしくお願いします」
 Мが応えた。
 Мは昨夜よく眠れなかった。
 いらいらしている。
 年老いた気持ちで、若い体をまかされている。
 神様の思し召しだと思っている。
 不自然ではあるが、成り行きであった。
 
 Sが土手から手渡す石が濡れている。
 Мは、最初は慎重であった。
 親方の手元を見ながら、しっかりと渡していた。
 次第に疲れてきた。
 空腹のせいもあった。
 足元がよろけてきた。
 ドボン。
 石が落ちた。
 とっさに、親方は足を引いた。
 「気をつけろ」
 怒号がとんだ。
 Мは一瞬体が震えた。
 「すみませんでした」
 頭をさげた。
 親方は微笑んでいた。
 「まあいい。ケガしなかったんだから。気にしないでやってくれ。仕事が終わらないからな」
 Sが土手の上から、心配そうにМを見つめていた。
 お昼になった。
 親方がおにぎりやお茶をごちそうしてくれた。
 バナナやリンゴも出してくれた。
 何も食べないままに出てきたМは、とても嬉しかった。
 「ごちそうさまでした。ありがとうございました」
 午後には、晴れ間がのぞいてきた。
 作業は順調に進んだ。
 
 「ご苦労さま。はい、これ」
 茶封筒をふたりに手渡された。
 千六百円だ。
 Мは、思わず笑みがこぼれた。
 四十年ぶりに逢う親方であった。
 感動で胸がいっぱいになった。
 「どうぞ、お幸せに」
 心の中で言った。
 帰りがけに、Sの下宿に立ち寄った。
 彼も間借りである。
 勝手口から入った。
 二階にのぼる。
 階段と言うよりもハシゴに近い。
 頭を天井にぶつけないように気をつけた。
 ちょっとしたパーテーをすることにした。
 彼の彼女も来た。
 英文科の同級生のA子であった。
 「Мくん、お酒は弱いわね」
 「うん」
 「あたし、買い物に行ってくるわ」
 「缶ビールとコーラ。つまみはまかせてね」
 Мは千円札を渡した。
 「いいの。こんなに」
 「頼む」
 いつまでここに滞在できるかわからない。
 古い友と語らえるのは、嬉しいことであった。
 
  
 
 

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