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つむじ曲がり その7

 「あとで音楽室に来なさい、って言ったのよ」
 ぼくは、「すみませんでした。よく聞こえなかったんです」と、言いわけをした。
 何でもないときは、肌が真っ白で、きれいなのにな、と額に青筋が立った赤ら顔を見て、思った。
 不思議なことに、ぼくは冷静だった。
 なんだか先生がかわいそうに思えた。
 まわりで、級友たちがそうじをしている。
 みんなの手前だ。
 もちろん、恥ずかしかった。
 でも、いくら激しく叱られても、まったく怒りがわいてこない。
 以前なら、すぐかっときたのに。
 先生は、あろうことか、ひょいとぼくの左耳たぶをつかむと、引っぱった。
 とても痛かった。
 ぼくは思わず、「やめてください」と、大声を出してしまった。
 ぼくの剣幕に驚いて、先生は手をはなした。
 級友たちも、そうじの手をとめた。
 「とにかく音楽室にいらしゃい」
 今度は、やんわりとした声だった。
 教室の戸をガラッと開けると、さっさと歩きはじめた。
 仕方がない。
 少し離れて、ぼくはついて行くことにした。
 音楽室のドアの所で、先生はいったんとまって、「早く来なさい」と、手をふった。
 二人きりになるのが、怖かった。
 前のこともある。
 頭をぐりぐりされたら、今度こそ・・・・・・。
 自分の感情をおさえられなくなるかもしれない。
 先生をなぐりでもしたら、大変だと思った。
 また、あいつが出てきてしまう。
 ぼくにしか、姿は見えないようだから、心配はないと思う。
 でも、相手がいないのにしゃべっていると、変に思われる。
 もうすぐ、部活がはじまる時刻だ。
 もしも部員たちが集まってたら、どうしようか。
 マイナスの考えばかりが、脳裏に渦巻いた。
 カチャ。
 先生がドアを静かに開けた。
 ぼくは、覚悟を決めた。
 もうどうなってもいいやと思った。
 そっと目を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つむじ曲がり その6

 どうして、こうも気持ちが揺れ動くのだろう。
 自分が情けなくなってしまった。
 両腕で机にひじをついて、あごを支えた。
 何気なく中庭を見た。
 葉をほとんど落としたポプラの枝に、モズがとまっている。
 窓のすぐ外が、微妙にうすぼんやりしている部分があった。
 じっと見ていると、人の形をとりはじめた。
 見覚えのある顔があらわれた。
 バブルだ。友達のBだ。
 衣替えをしたのか、白衣を着ている。
 背中から白い羽が二枚生えていた。
 あれじゃ、まるで天使だ。
 こちらを見て、微笑んでいた。
 奴が天使かよ。似あわないよな。
 ぼくは、思わず白い歯を見せた。
 それに気づいたのか、Bは、うれしそうに飛び回った。
 「気楽でいいよな、奴は。勉強だってしなくていいんだし」
 低い声でつぶやいてみた。
 右手の人差指の先で、右目の下まぶたをおさえて、少し引っぱった。
 あかんべえをやってみたのである。
 意味がわかったのか、Bは、急に暗い表情をすると、上空にあがってしまった。
 チャイムが鳴った。
 「それじゃ、これで終わり」
 先生の声が、遠くで聞こえた。
 もう一言、何か言われたようだが、はっきり聞き取れなかった。
 ぼくは、自分勝手な「妄想」を楽しんでいたのだ。
 六時限目の授業だったから、これで家に帰れる。
 ぼくは、ほっとため息をついた。
 「何をぼんやりしてるの」
 山下久美子がぼくの肩をポンとたたいた。
 「うん、べつにい」
 「まったくどうしたのよ。歌だってあんな調子だし。はらはらしてる、あたしの気持ちにもなってよ」
 「俺のこと、心配してくれるんだ」
 久美子は、ぽっと顔が赤くなった。
 「ばかっ、誤解しないでね。友達関係よ」
 「そうか。それだって嬉しいよ」
 「じゃあね、頑張ってね」
 久美子は、鞄を右手に持って、戸口に急いだ。
 ぼくは何を頑張ればいいのか、意味不明だった。
 女先生は、白井という名字だ。
 名前は、まり子。
 性格のわりに、名前が良すぎると思う。
 黒板に書いた文字をイレーザーで消している。
 ぼくは、紺のスカートをぼんやりながめていた。
 そうじ当番の連中が机を教室の後ろに片づけはじめた。
 ふいに、白井先生がふりむかれた。
 手招きしている。
 ぼくは、自分が呼ばれていることを分からずにいた。
 鼻の頭を指でおさえた。
 先生は、首を二度、縦にふった。 
 「私が言ったこと、きちんと聞いていたの」
 真っ赤な顔をして、怒った。

つむじ曲がり その5

 Bは、明るい笑顔になり、
 「じゃあね」と言って、灰色の雲が浮かんだ空に溶けこむようにして消えてしまった。
 師走にはいって、家の中もまわりの人たちも、あわただしくなった。
 南の方角を見ると、稲穂が刈りとられて、株ばかりになった田んぼがずっと続いている。
 国道を大小の車がせわしなく走っているのが見えた。
 あのことがあってから、最初の音楽の授業があった。
 歌の実技のテストが教室で行われた。
 次々に歌い終わり、ぼくの番が来た。
 体罰をくらったことが、まだ頭から去らないでいる。
 オルガンを使った前奏がはじまった。
 ベートーベンを編曲したものだ。
 出だしは、
 「星影やさしく、またたく美空」だった。
 女教師が、「はいっ」と、合図をした。
 声が、のどにひっかかったようで、容易に出て来ない。
 「じゃあ、もう一度。これっきりだよ」と、念を押された。
 彼女は、じろっと、ぼくの顔を見つめた。
 「素直に、私の言うことを聞きなさい」
 そんな声が、耳の奥で聞こえたように思えた。
 ぼくは、余計に委縮してしまった。
 彼女の瞳の中に、怒りの炎が燃えさかりはじめるのを見た。
 レコード鑑賞の時のことを、思いだされたに違いない。
 頭がまっしろになり、でだしの歌詞をすっかり忘れてしまった。
 先生は、途中までオルガンを演奏されたが、
両手を鍵盤に投げ出してしまった。
 「もういい。次の人」
 いらいらした声で、指示した。
 からだが半分になったように感じるほどに気分がなえてしまい、ゆっくりと席に着いた。
 みんなの視線が、からだに突き刺さった。
 
 
 
 
 
 
 
 

つむじ曲がり その4

 ふりむくと、もうひとりのぼくがいた。
 ああっ、いやな奴がまた来たと思った。
 ぼくは好きな子と話ができて、気分が良かったのだ。
 「なんだい、まだ何か用があるのか」
 思わず、ぞんざいに言ってしまった。
 フワフワして泡のようなやつだ。
 とりあえず、バブルという名前にしておこう。
 略して、Bだ。
 ぼくの剣幕に驚いて、Bのからだがふわふ
わっと後ずさった。
 「もうちょっと、仲良くしてくれないかな」
 「いやだよ、いまは。おまえは、まるで怒りのかたまりみたいなものだからさ」
 「何言ってんだい。きみだって、音楽室であんなに怒ってたじゃないか。
考えてみると、俺がうまれたのも、きっときみのせいだぞ」
 「ぼくのせいっだって」
 「そうだよ。きみが穏やかな性分だったら、俺は、ここにいないかもしれない」
 ぼくは、Bから視線をはずした。
 Bを無視しようと思った。
 土手を走っておりた。
 岸辺に寄って、しゃがみこんだ。
 両手を水に手をつけた。
 小さな魚が指のまわりに集まってきた。
 Bの影が、水面に映った。
 しばらく、Bはだまっていた。
 「俺の出番かなと思ってさ。気をきかしたんだけど。
陸上部の先輩に突きとばされたりしたろ」
 耳元で、そっとささやいた。
 「ぼくだって、いつも怒ってばかりいるんじゃないぞ」
 「わるかったよ。じゃあな。俺、行くから」 
 「おまえさ、そうやって、怒ってる人間ばかりにくっついてるんじゃ、つまらないだろう」
 Bはうつむいて、川岸の小石を靴で蹴ろうとした。
 でも、蹴れない。
 何度も蹴るマネをした。
 ぼくは、見かねて、
 「もう、やめろよ」
 「ほっといてくれ」
 「面白いやつだよな。どうせそんなんじゃ、友だちもいないんだろう。
ぼくが友達になってやるから」
 Bの怒り顔が、ふいにくずれた。
 わっと泣き出した。
 「なんだい、いやなのか」
 「ちがうわい」
 「それじゃ、なんだって泣くんだよ」
 「嬉しいんだ」
 
 
 
 
 
 
 

つむじ曲がり その3

 良夫は、部活動を休むことにした。
 こんな気持ちで、鉄棒に飛びついても、う
まくいかないと思った。
 教室をでて、運動場まで来た。
 「何よ、良夫くん、家に帰るんだ」
 体操部の部室がある建物から、同級生の
山下久美子がジャージに着がえて出てきた。
 マット運動の練習に向かうところだ。
 「今日は、休むんだ」
 「そうなんだ。あたし、つまらないわ」
 「ごめん。どうしても、気乗りがしなくてさ」
 「体調が悪いわけじゃないんでしょ」
 「うん」
 「陰気くさい顔ね」
 「面白くないことが、あって」
 「わかってるわ。原因は、音楽の先生でしょ」
 良夫は、素直にうなずくわけにはいかない
と思った
 久美子のことは、好きだった。
 でも、告白してはいない。
 それでも、好意は伝わるものだ。
 ふたりの間には、暖かい友情がかよい合っ
ていた。
 「あんなにひどく叱らなくたっていいのにね。
みんなびっくりしてたわ」
 「ありがとう。同情してくれて、うれしいよ。で
も、ぼくが悪かったんだ。音を立てちゃったか
らさ」
 「そりゃそうだけどさ。何も拳固でぐりぐりは
ないよね」
 良夫は、校舎にかけられた大時計を見た。
 「ほら、練習がはじまるよ」
 「あっ、いけない。それじゃ、またあした。
さよなら」
 久美子は、駆け足で体育館に向かった。
 運動場の中を歩いて、裏門に向かう。
 足取りが重い。
 ほとんどの生徒は、部活動に参加している。
 陸上部の部員が、懸命にトラックを走って
いた。
 良夫は、下を向いていて、まわりをよく見て
いなかった。
 部員の進行方向をよこぎってしまった。
 「おい、あぶねえぜ」
 危うく三年生の男子にぶつかりそうになった。
 その生徒は軽く、良夫のからだを押した。
 良夫は、はずみで転倒した。
 「すっ、すみませんでした」
 立ちあがって、ズボンの汚れをはらった。
 落ちたかばんを肩にのせると、走り出した。
 校門を通りぬけ、橋まで来た。
 なんとなく川面を見たくなった。
 良夫は、川が流れているのを見るのが好き
だった。
 わきに寄った。
 二羽のカモが泳いでいる。
 「おい、良夫。今日は、さんざんだな」
 あいつの声が、後ろで聞こえた。
 
 

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