娯楽小説

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]

 JRの駅前。
 恵子は、携帯を手にもって、亮からの連絡を
待っていた。
 足元が寒いので、あたりを歩きまわっている。
 木枯らしに雪がまじっていた。
 思わず、コートの襟を立てた。
 深夜になっていた。
 アパートを出てから、二時間。
 いくら遅くったって、もうアパートにたどり着い
ているはずだ。、あたしがいないのに気付けば
必ず電話かメールをよこしてくれる。
 そう信じていた。
 なかなか連絡が入らない。
 時間だけがたっていく。
 女の、ところか。
 脳裏に、女を抱いた亮の姿が浮かんだ。
 この頃、恵子は、勘がするどい。
 相手のこころの動きがよく読めた。
 歯ぎしりして悔しがったが、それも一瞬の
出来事だった。
 上りの最終列車の発車時刻がせまっていた。
 本当に裏切られたら、相手がだれであれ、
許せなかった。
 二度とつきあうつもりはなかった。
 亮であってもだ。
 覚悟だろうか。女の意地と呼んだらいいだ
ろうか。
 恵子には、親譲りなのか、そういった性分
を持ち合わせていた。
 本当の母だって、捨てたのだ。
 発車十分前。もう余裕は、ない。
 この街をでよう。
 数年間、命がけで生きてきた。
 それは、それでいいじゃないか。
 恵子は、心の中で叫んでいた。
 入場券を買って、落ちつき払った態度で、
改札口をとおった。
 高架橋を越えて、ホームに急ぐ。
 ホームに、ベルが響きわたっている。
 「この列車は、高崎行き最終電車です」
 訛りのある男の声を聞いて、恵子はほっと
した気持ちになった。
 
 
 
 
 
 
 
 ふたりは、湯船につかっている。
 「けいこ、あんなところで何をしてたんだい。
寒いのに、あんな薄着で」
 恵子は、真実が言えない。何でも気楽に話
せたら、どんなにスカッとするだろう。
 友子には、この世界に入った時から世話
になっている。それだけに、心配かけたくな
いのだ。
 「ちょっと、湯畑をながめていたの」
 「りょうといっしょにかい」
 「うううんっ」
 「なんだか、にえきらない答え方だね。おで
んをたくさん買ったようだし。ひとりぶんじゃな
いだろ」
 恵子は、涙がこぼれそうになった。
 急いで、顔を湯であらった。
 「りょうと、うまくいってないんだね」
 こらえきれずに、恵子は後ろを向いた。
 友子は、それ以上は何も言わない。
 恵子の胸のうちがわかるからだ。
 亮の金使いの荒さは、まわりの者みんなに
知れ渡っていた。
 みんな、大変なのだ。
 複雑な事情をかかえて、一日一日を過ごし
ているのだ。
 恵子も、自分で、なんとか解決する以外に
方法がなかった。
 女のところへ行ったに違いなかった。
 「ばあちゃん、お風呂代がないの」
 「心配しないで、あたしが誘ったんだから。
湯からあがったら、おいしい物を食べよう」
 「ほんとにありがとう。きょうのこと、一生忘
れないわ」
 「この子ったら、大げさだねえ」
 恵子は、アパートに帰りつくと、荷物をまとめ
はじめた。
 あたしがいないとわかったら、亮は真剣にさ
がしてくれるだろう。
 今までは、べったり亮にくっつき過ぎていた。
 甘やかしてしまった。
 あんなにプータローになったのは、あたしにも
責任がある。
 アルバイトをしているとはいっても、遊び金ほ
しさだ。生活費は、全部私がだしていた。
 恵子は通りにでると、タクシーを拾った。
 
 
 六年前の夏。
 花火大会が、A川の河川敷で開かれた。
 十七歳の私は、橋の上で鞄をさげて、しゅ
るしゅる音を立てながらのぼって行っては、
菊の花が咲いたように、炸裂する火の玉を
見て、楽しんでいた。
 すぐに家に帰っても、母が何やかやと、口
うるさいだけだ。いつも、どこかで寄り道をし
ていた。
 たまたま、花火が打ち上げられていたのだ。
 「こんばんは」
 ふいに、そばで若い男の声がした。
 茶色に髪を染め、毛が逆立った若い男が橋の
欄干に両手をついていた。
 よれよれの薄手の上着に、膝が破れたジー
パンをはいている。汚れてはいない。
 不良っぽい。
 あんまり真面目よりもいいけど、得体が知れ
ない。
 あたしだって、人の事は言えない。
 突っ張っている。
 鞄の中味は空だ。
 教科書は、学校の机の引き出しに入れっぱ
なしだ。
 薄化粧をしたり、爪のお洒落をしたりしている。
 校則を真面目に守っているとは言えない。
 むしろ、反対のことばかりやって、親を困らせ
ている。 
 でも、私は、一応制服を着ている。
 彼から、遠ざかろうとした。
 男は、無理に追って来なかった。
 静かに、花火が映える川面をながめている。
 「ほらっ。空を見上げるのもいいけど、水面を
見つめるのも素敵だよ」
 うつむいたままで言った。
 恐怖は、感じなかった。
 好奇心が旺盛な私は、じりじりとそばに寄った。
 彼の横顔を見つめた。
 うつむいたままだ。
 「亮というんだ」
 ぽつんと言った。
 「あっ、あたしは、恵子」
 「学校の帰りかい」
 「うん。部活でおそくなってね」
 「いいな。学校に通えて」
 「高校へ行ってないの」
 「勉強がきらいでさ。途中でやめちまった」
 ふたりは、昔からの友のようにおしゃべり
していた。
 「この街の人」
 「違う。隣の街さ」
 「お仕事」 
 「花火大会を見物する人を相手にしてるんさ」
 「じゃあ、焼きそばとか、タコ焼とか売ったり」
 「そうさ」
 恵子の目が、かがやいた。
 「興味あるの」
 「あたし、よく屋台で物を買うの。一度、売る
側に立ってみたいと思ってるのよ」
 「へえ、めずらしいね。大変な仕事なんだぜ」
 「そうでしょうね」
 「おいっ、りょう。時間だぞ。いつまでも油うって
るんじゃねえ」
 タオルではちまきをした年輩の男が、亮の肩を
たたいた。
 「あっ。兄き。すみません。すぐ行きます。あのさ、
この橋をおりた土手の上にいるからさ。焼きそばを
売ってる。良かったら、立ち寄って」
 川の右岸を指さして、言った。
 
 
 
 
 
 ショウビジネス。
 あたし、大好き。
 音楽が鳴る。
 わくわくする胸。
 「恵子さん、どうぞ」
 野太いやっさんの呼び声。
 ステージに立つ。
 両手を広げて、踊りだす。
 クルクル回る。
 「くれぐれも、踊り子さんの肌には、お手を
触れないように、お願いします」
 頃あいを見て、やっさんが言う。
 薄手のかぶり物を、観客に向かって投げる。
 音楽が変わると、一枚。
 そして、また一枚。
 身に付けている物を脱いでいく。
 結構、重ね着している。
 早く、早く、早く。
 早く、みんな、脱いでくれ。
 男たちの切ない希望を、踏みにじる。
 出来るだけ、じらす。
 きりきりと刺すような視線が、観客席から
放たれる。
 矢に打たれたように痛い。
 その痛みが、喜びに変わったのは、いつだっ
たろう。
 踊っている時が現実で、日常生活が夢。
 そんな気持ちで、生きてきた。
 ふんどし姿になった女優が、昔、いた。
 かわいかった。
 あたしも、最後の締めは、おんなじだ。
 違うのは、オッパイがまる見えなだけだ。
 生まれたままの姿は、とてもすがすがしい。
 見物席は、真っ暗だ。
 男の目がどんなに光っていても、気にならない。
 ジャングルに、ケモノがいるのだ。
 そう思って、踊る。
 今回で、何度目の舞台だろう。
 数えたこともない。
 
 もうすぐ、幕が開く。
 舞台の袖で、緊張した面持ちでいる。
 この緊張感が、たまらない。
 地方の温泉街をまわり始めて、五年。
 慣れたけれども、いつだって、どきどきする。
 初舞台は、十八歳。
 男を知らないでは、出来ない仕事だ。
 初体験は済ませていたが、男たちの視線が
怖かった。
 からだの隅々まで、じっと見つめられる恐怖。
 踊っている間中、震えていた。
 それが、不思議なことに快感になった。
 「今日も、がんばってや」
 やりての友子ばあさんが、声をかけてくれた。
 「うん」
 「お客さんの入りは、どれくらいや」
 「せやなあ。半分くらいか」
 「半分か。しゃあないなあ」
 「ぜいたくは、言えへんで。ひとりでも見てくれ
る人がいやはる限りは、踊るんや。そんな気構
えが大事やで。裸を見に来てはるんやない。踊
りを見に見てくれてはる。そう思ってがんばりや。
これは、私の体験談やけど」
 「おおきに」
 「恵子ちゃん、きばってや。あとでいっぱい抱い
てやっから」
 頭に白い物が混じり始めたやっさんが声をかけ
てくれた。
 階段下には、いつも、恋人の亮がいる。
 タバコをくゆらしている。
 通りすがりに、あたしの顔に煙を吹きつけた。
 腰を揺すって、舞台に上がった。
 
 夕陽が窓から差し込んできた。
 工場内の空気が、急にひんやりしてきた。
 ふたりは、椅子に縛られたままだ。
 数時間たっている。
 トイレにも行けない。
 もう限界だった。
 「ジュリ、あたし、もう我慢できないわ」
 「しょうがないわ、アン。恥ずかしいも何も、
こんな時はないわ」
 ふたりは、並んでいた。
 アンは、用を済ませてからは、まったくしゃ
べらなくなった。
 今に見ていろ。あの連中。
 ジュリは、くちびるをかんだ。
 「アン。最後の最後まで、希望を捨てないで
いましょうね」
 ジュリは、やさしく語りかけた。
 黒い幕が窓にはられたように、暗くなった。
 アンの身体が、震えだしていた。
 寒いのだ。
 早く、なんとか逃れなければ。
 ジュリは、椅子ごと床に倒れた。
 後ろ手に縛られた両手に、力を入れて動か
してみた。
 わずかにゆるんだ。
 ジュリの表情が明るくなった。
 もう少しで、手が抜けるわ。
 
 車のエンジン音が、窓の外で聞こえた。
 ちっ。
 ジュリが舌打ちした。
 もう少しだったのに。
 涙があふれた。
 「ジュリ、あたし、舌をかむから」
 「ちょっと、待って」
 「なんでよ。こんな姿、見られたら」
 「まだ誰だか分からないでしょ。はっきり
しないうちは、我慢して」
 ぎっぎいい。
 重々しい音が、響いた。
 懐中電灯が、工場内の暗闇に、いくつも
のスポットライトを当てている。
 「誰かいますか。警察です」
 若い男の声が聞こえた。
 「おまわりさん、ここです。助けてください」
 ジュリが叫んだ。
 数人の皮靴の音が事務所に近づいて来た。
 ドアのノブを回している。
 「ちょっと待ってください。ほとんど裸同然な
んです。何か羽織るものを下さい」
 「わかった。おい、車にもどって毛布を持っ
てこい」
 年輩の男が言った。
 ドアが開いて、中年の女がロープを解いた。
 「ひどいめにあいましたね」
 「ええ。ありがとうございます」
 「もう大丈夫よ。男たちは、みな捕まえた
から」
 「よく分かりましたね」
 「あんたたちの友達のルリ子を追っていて、
分かったのよ。田舎からずっと内偵を続けて
いたの」
 「警察って、すごいんだ」
 「身支度を済ませたら、車に乗ってね」
 タオルを二人に渡すと、ドアの外に出た。
 あたりは、真っ暗だ。
 事務所に、電気が通っていなかった。
 渡された懐中電灯の明かりを頼りに、アン
の肩を抱いて、ジュリはドアから出た。
 了

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事