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久しぶりに、時代ものに挑戦してみました。
けっさん文庫に「巴波川恋の舟歌」を載せました。
巴波川は、うずまがわと読みます。
昔、商都であった栃木市を流れる川です。
そば屋の若い衆と呉服屋の糸さんとの道行きを描いたものです。
今回の「染める」は、二作目となります。
ちょっと長くなってしまいましたが、
いかがだったでしょうか。
楽しんでいただけましたか。
課題のひとつ。
「桜」をとりあげてみました。
昔は、どんなふうに布を染めていたのだろう。
まったくわからず、困りました。
そうだ。
こんな時こそ、ネットを利用しよう。
そう思いました。
クリックひとつで、調べることができました。
有難いことです。
なんて便利なんだろう、と感心しました。
あと二週間あまりあります。
同人のみなさん。
投稿、よろしくお願いします。
この辺の公立中学校の卒業式が、十日にありました。
今日は、県立高校の入学試験の合格発表です。
掲示板の前で、悲喜こもごものドラマが生まれました。
別れの季節ですね。
長い間、慣れ親しんだ級友とさよならしなければならない。
私の場合、最後の卒業式にのぞんでから、四十年以上たっています。
学生だけではありません。
社会人にとってもそうですね。
「別れ」は、哀しいものです。
涙がこぼれてどうしようもない。
そんな別れを、私は最近体験しました。
でも、乗り越えていかなくてはならない。
そうやって私たちは、日々たくましくなって行くのでしょう。
このコーナーを、お読みになってくださっている皆様。
ご投稿を心よりお待ちしています。
小説でなくても結構です。
随筆、詩。
大歓迎です。
ご意見、ご希望をどしどしお寄せください。
誤字脱字など、遠慮なく指摘してください。
少しでもより良いものにしていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
文責 けっさんの父[油屋種吉]
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小説を書こう。
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およねが、すうすうと寝息をかきだした。
そっと布団をまくると、吉べえは立ちあがった。
音を立てずに、畳の上を歩いて行く。
障子がきしまないように気をつける。
木戸をくぐると、はやあしになった。
間に合ってくれ、と心の中で祈った。
石段をのぼり、境内に踏みいる。
参道を歩いて行く。
桜の古木に背中をもたれて、腰をおろした。
ゆっくり、息をはき出した。
やれやれ、どうにか間にあった。
こうやって参道を見つめていれば、あのお方に逢える。
吉べえは、そう思った。
女は、なかなか現われない。
疲れが出たのか、頭を揺すりはじめた。
夢を見た。
鼓の音に合わせて、女が舞っている。
両手で布をかかげている。
重いのか、両の手がさがり、女の頭にかぶさった。
顔を隠してはならぬと思うのか、歯をくいしばっている。
目は輝いているが、表情がきのうより暗い。
ふっくらしていた頬がくぼんでいる。
足もとがふらついている。
あやうく倒れそうになったが、両手で身体をささえた。
吉べえは、見ていられない。
「もういいです。やめてください」
女のもとにかけつけた。
地面に横たわっている女を抱き起こした。
「優しいのう。うれしく思うぞ」
荒い息を吐きながら、言った。
「こんなわたしを身捨てるようなら、この胸にしまった短刀を
お前の胸に突きたてようと思っていた」
女は、真剣な顔で、左手を着物の合わせ目に入れた。
ポンポンと、肩をたたかれた。
吉べえは、はっとして目を開けた。
およねの顔があった。
「お前さん、大丈夫かい」
どうしたことか、背中がずっしりと重い。
「うん、でえじょうぶだ」
半ば眠っているような口ぶりだ。
「どうしてここに」
「あんたのあとを、つけて来たんだ」
「眠ったんじゃねえのか」
「たぬきだよ。あんたが気がかりだったからね」
こうなりゃ、桜色はあきらめるしかねえ。
吉べえは、そう思った。
「そうか。ありがとよ。じゃあ、帰るか」
どっこいしょと声をかけて、立ちあがった。
何かが背中からずり落ちた。
およねがそれを拾い上げる。
吉べえは、およねの持参した提灯の灯りを向けた。
桜色のふろしき包みだった。
「なんだい、これは」
中味を確かめようと、およねが手であちこちおさえた。
「おれは知らんぞ。開けてみろ」
結び目を解いた。
重なった薄布が、満開の花のように、暗がりを照らしだした。
吉べえは、桜の木が気になった。
幹に目を近づける。
根元あたりの樹皮がむけている。
「なるほど、そうだったのか。こりゃ、大変なことだ」
「お前さん、いったいどういうことだい」
「いや、何でもねえ」
石段を、ふたりならんで降りて行く。
大切に使わせていただきますから。
吉べえは、心の中で礼を言った。
了
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翌朝早く、吉べえは仕事場に入った。
壺に火を入れる。
「さてと、どうなるか」
ねじり鉢巻きをして、気合いを入れる。
火壺には、染めに必要な物が入っている。
そこに、水を加えて熱するのだ。
もうもうと湯気があがる。
額から汗がふきだした。
手を入れ、さっと引きぬいた。
赤くほてったが、熱いと嘆かない。
皮が厚くなっているのだ。
「まずは、これくらいでいいだろう」
声をだしながら、作業していく。
そろりと桜色の薄布を入れた。
「さあ、どうだ」
ふわりと湯の表面に落ちた。
湯が布にしみこみ、沈みはじめる。
棒を入れ、ぐるりと一回転した。
とろりと湯に溶け、形をくずした。
二度、三度とかきまわす。
原料とまざり合う。
汗がしたたり落ちる。
湯気で色具合が見えない。
ふううっと竹筒で息を吹き込む。
「ふむうう」
湯が、白く濁った。
「これではな。もっと布が必要だわい」
手で汗をふきとった。
戸が開いた。
およねが顔をのぞかせた。
「早いんだね、お前さん」
「おうよ。ちょっとな。ある物をためしてみたんだ」
「お茶が入ったから」
「朝茶か。飲んでからやるとするか」
壺の火を消した。
休憩をおえ、吉べえは、仕事場の戸を開けた。
「どれ、どうなってるか」
火壺をのぞきこむ。
湯はさめていた。
かすかに桜色が混じっている。
「これが反物にうまくなじんでくれるか」
吉べえの顔がほころんだ。
「おかげ様じゃ。今夜もお山に出かけるとするか」
吉べえの独り言が仕事場に響いた。
夕方まで、畑でおよねと野良仕事にはげんだ。
身体の動きが、かるい。
「ご機嫌がいいね。仕事がうまくいきそうなんだね」
「まあな。今夜も出かけるからな。先に寝ていてもいいぞ」
吉べえは、あわてて口をおさえた。
「おかしな話だね。何も夜じゃなくたって、いいだろうに」
およねは怪訝な表情をした。
「そうだ、そうだ。俺、一体何をいってるんだろな」
ごまかしたつもりだが、気が重い。
まったく、おれって、野郎は。
ひたいをポンとたたいた。
やっかいなことになったな、と思った。
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俺は化かされてるにちげえねえ。
吉べえはその場にすわりこんで、目を閉じた。
狐か、タヌキか。
化けの皮をひんむいてやる。
そう思って、吉べえは自分の頬をつねった。
「いててっ、こりゃ本物だぞ」
声をあげると、ぴたっと鼓の音がやんだ。
かすかに花の香りが漂った。
ふわりと、何かが頭にかぶさった。
「もし」
耳元で女の声がした。
おそるおそる、目を開ける。
「ひゃあっ」
吉べえは、後ろに倒れた。
女の顔が目の前だった。
「お前の願い、耳にとどいたぞえ」
「へっ、へい」
居ずまいをただす。
「聞き届けて、つかわす」
細くて甲高いが、女の声には威厳があった。
「ありがとうごぜえやす」
神様のお使いじゃ、と吉べえは思った。
かぶり物が頭にのったままだ。
「それを煮だすと良い」
「えっ、この薄布をですか」
「熱すると、すぐに溶ける。桜色にな」
「へえ、まことにありがとうございます」
「一枚では足りぬであろう」
「いかほど要りましょう」
「十枚かな。姫の着物じゃ」
「よく分かっていらっしゃる」
女は、こほんと咳払いした。
「こりゃ、どうも」
吉べえは、地に頭をこすりつけた。
「しばらく通ってくるがよい。決して、口外してはならぬぞ」
「そりゃもう。助かりました」
ザアアアッ。
ふいに強い風が吹いて、神社の木立を揺らした。
吉べえは、空をあおいだ。
顔を前にむけると、女はいなくなっていた。
「あれれっ。やれやれ、大変なものを見たわい」
かぶり物をとる。
「これが残っているんだもの、まんざら、幻でもあるまい。なんと見事な。
俺の腕じゃ、これほどには染められない。嘘か誠か、これで染めてみよう」
山犬が遠くで鳴いている。
「遅くなってしまった。およねに心配かけてしまったわ」
かぶり物をまるめると、たもとに入れた。
足もとを確かめながら、石段をおりる。
ほどなく家の木戸をくぐった。
土間は、明るかった。
「なんじゃ、まだ寝ていなかったのか」
「遅かったじゃありませんか。心配で、心配で」
「すまんすまん」
「何かあったんですか」
吉べえは、ちょっとためらったが、
「いや、別に何も。桜の木を見ておったんじゃ」
と、ぼそりとつぶやいた。
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このあたりのものとしては、立派な建物だ。
昔から霊験あらたかな神として知られ、毎年西国からも
たくさんの人々が訪れている。
寄進された石灯籠が、ずらりと立ちならぶ。
いろいろと試してはみたが、どうしても桜色が出せない。
こうなりゃ神様におすがりしても。
吉べえの表情には、悲愴感さえ漂っていた。
垂れさがった幾つもの長い布を手にして、ガランと鳴らす。
「すみませんね。こんな夜中に詣でまして。桜染めの反物。
よろしくお願いします」
神様に聞こえれば、と小さく声にだした。
両手を合わせて、頭をかるくさげた。
しばらく、その姿勢をくずさないでいた。
誰かの手が肩におかれた気がして、ぎくりとした。
こんな時刻に誰もいるはずはない。
俺がびくびくしているからだ。気の迷いにちげえねえ。
吉べえは、そう思った。
白い紙に包んだ賽銭を箱に投げ入れた。
いつもより多い。
ふたにひっかかってしまった。
右手でおしこむ。
二礼、二拍。
パンパンという音が響いた。
ふかぶかと上体を折り曲げた。
境内は、また静かになった。
コトッ。
やしろの奥で、物音がしたような気がして、顔をあげた。
目をこらしたが、何もいない。
神様も忙しいもんじゃ。不心得の者が夜更けに願掛けに来おって、
と腹を立てておられることじゃろう。
白い歯を見せて、ふふっと笑った。
さてと、帰るとするか。およねも心配していることだし。
吉べえは、うつむいたままでふり返った。
そばの桜にも、ご挨拶じゃ。
なるべく、音を立てずに歩いた。
年老いて、うろになった幹に両手をまわす。
「およねを抱くようにやさしく、やさしくな」
吉べえは、そうささやいた。
右の耳たぶを幹におしあてた。
さらさら、さらさら。
水が流れる音がかすかにした。
驚いて、幹からからだを放した。
ポンポン、ポンポン。
「なっ、なんだ」
ポンッ。
鼓の鋭い音が聞こえた。
石段の方からだ。
吉べえは、目をこらした。
淡い朱色の光りが、まるで満月がのぼるようにあがって来る。
人の形をしていた。
四角い桜色の薄い布切れを、両手で持ち上げた黒髪の
豊かな女があらわれた。
身に付けた着物も桜色だ。
白い足袋をするようにして、境内で舞いはじめた。
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