ホラー小説

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

ゆがむ その1

 K進学塾の中二英語の授業が終わった。
 開いたドアから、ほっとした表情で、
つぎつぎに生徒がでてきた。
 ドアから出るなり、やせぎすのS子は、
小ぶとりのM子の手をとった。
 M子の方がずっと体が大きい。
 M子は急にうつむき、それまでとは表情が変わった。
 明るさが消え失せている。
 S子は目をほそめて、にこりと笑った。
 いっしょに、ゆっくり階段をくだる。
 中ほどまで降りた。
 ふいにM子が階段をあがろうとした。
 階段の上にF先生が立たれていた。
 「どうした、忘れ物か」
 優しく訊かれた。
 言いたいことが喉でひっかかったまま、
M子は首をゆっくりとふった。
 「先生、おトイレ借ります」
 と、S子は言った。
 「おう、どうぞ、どうぞ」
 先生が下りはじめると、階段がきしんだ。
 ふたりは足早に階段をおりた。
 
 S子は、M子の左手を、両手でしっかりとつかんだまま、
 角を曲がった。
 「こっちへ来い」
 S子の口調が、がらりと変わった。
 M子は立ちどまったまま、動かない。
 声は出さないが、抵抗している。
 M子が本気をだせば、力ではS子は負ける。
 S子は、M子をきっとにらみつけた。
 気力で負けたM子は、急にしょんぼりした。
 一階のすみにあるトイレの前まで、連れて行かれた。
 廊下の角を曲がらなければ、誰も彼らがいることに気づかない。
 やせっぽのS子が、太っちょのM子の胸ぐらをつかんで、
壁に押しつけた。 
 「M子。おまえ、どうして授業中、先生を見てあんな顔したんだ」
 声を低くして、すごんだ。
 「あ、あんな顔って」
 M子のくちびるが震えた。
 「しらばくれたってな、分かるんだぜ」
 M子はがっくりと首を垂れた。
 「あんな目つきをして、先公を見たら、どうなる、ええっ」
 「ご、ごめん」
 「すぐに、M子、お前どうしたんだ、ってことになるだろ」
 S子の手下がふたりやって来た。
 「A子、ドアを開けろ、フルコースのお仕置きだ」
 M子はその場にしゃがみこみ。
 「やめて、お願いだから。何でも言うことをきくから」
 ほとんど泣き声になっている。
 手下のふたりが、M子の大きな体を、
トイレの中に引きずり込もうとしている。
 M子の腰が浮いた。
 S子は左手に鉛筆をもっている。
 先がとがっていた。
 ほらよ、と言って、M子の尻に思いきり突き立てた。
 悲鳴をあげそうになったM子の口を、
わきにいたB子がおさえた。
 M子のスカートをまくりあげ、ショーツをさげると、
洋式便器にすわらせた。
 刺されてできた傷口から血がふきだしている。
 S子が紙巻きタバコを口にくわえた。
 A子がライターに火をつけ、タバコの先にもって行った。
 すううと息を吸い込むと、A子はゆっくりと吐きだした。
 「熱いだろうなあ」
 M子は手下に両手の自由を奪われている。
 S子がむきだしになったM子の真っ白な尻に、
火のついたタバコを押しつけた。
 ふさがれているので、口は訊けない。
 M子の大きく開いた目が熱さを訴えていた。 
 

影法師

 大阪北浜。
 ビル街の一角に中堅の証券会社がある。
 Mは、入社十年目の営業マンだ。
 某大学の経済学部をでて、上司から将来を大いに期待されていた。
 性格は温厚で、得意先の評判もよい。
 ひとつだけ、短所があった。
 バブル景気は、はるか昔に過ぎ去り、株式売買の手数料が激減していた。
 結果重視の世界である。
 リストラの計画が喧伝されていた。
 Mの営業成績も下降ぎみだ。
 「おい、M君。この売上げ成績は、なんだね。ベテランの営業マンじゃないのか」
 課長に呼びだされ、机の前にいる。
 「お得意様のさいふのひもが、固いようで」
 必死に弁解をしている。
 「そんなのいいわけにはならん。きみの努力が足りないんじゃないか」
 「はあっ」
 「Dくんを見ろ。入ったばかりなのに、成績が伸びてるぜ」
 Mは、説教されるたびに、腹が痛む。
 胃薬を常用している。
 ある日、会社がひけて、年下の同僚と飲みにでかけた。
 「頭痛いよな。売上げ、売上げって」
 「そうですね」
 「課長は、おればかり目の敵にしているんだ」
 「そういえば、よく呼びつけられますね」
 「人前で言わないでも、よさそうなもんだけどな」
 「ふたりきりで、がんばれよって、言われたいですね」
 「これじゃ、やつあたりだ」
 Mが、歩道を先に歩いている。
 前方のビルの上に、満月がでていた。
 Mの影が、長くのびている。
 Dは、その影を踏まないように気をつけている。
 「このごろは、こうして歩くのにも骨がおれる」
 「よほど、疲れていらっしゃるのでしょう」
 「からだが、とても重いんだ」
 DはMの影が、自分の影よりも濃いのに気づいた。
 「先輩、影にもいろいろあるんでしょうか」
 「うんっ、どういうことだ」
 「なんだか、先輩の影の色が私のより」
 「おまえのより、どうだって言うんだ」
 「色合いが濃いというか、密度が高いように思うんです」
 Mは、首をまわしてみた。
 ちらっと、影が見えた。
 「ちょっと、俺の隣に立ってくれ」
 影の色をみくらべた。
 「なるほど、おまえのいうとおりだわ。お前は、歩くのに疲れないんだね」
 「ええっ。ぜんぜん」
 「どうなってんだ、これは」
 Mは、その場にしゃがみこんでしまった。
 歩くのが、いやになった。
 「重い荷物をひきずっているような感じだ」
 Mは、自嘲気味に笑った。
 
 ある日の朝。
 Mは、ベッドから起き上がれないでいる。
 「あんた、きょうも会社を休むんか」
 そばで、妻がMに語りかけた。
 「いっぺん、病院でみてもらって来たらどうや。顔だって、げっそりやせたし」
 「そうやな。今日でも行ってくるわ」
 妻はそう言って、パートの仕事に出かけた。
 Mは起き上がろうとして、体の異変に気づいた。
 布団に、背中がくっついたように思えた。
 無理に、がばっと、起き上がった。
 ずるっと、背中がむけたように感じ、手でさわってみた。
 かけぶとんを、足元までまくった。
 黒い人の形をした奇妙な物体が、ベッドに横たわっていた。
 「なっ、何だ。これは」
 ふわりと、立ちあがった。
 Mは驚いて、床に尻もちをついた。
 黒い人形がベッドの端にすわり、低い、聞き取れない声で、何かつぶやいている。
 耳をすませてみた。
 「課長のやろう、いつか殺してやる」 
 「ええっ」
 Mは、目を丸くした。
 人形は、ふふっと笑った。
 「びっくりしたろう。今の言葉が、お前の本心だ。ちょっと変わった影法師での。大昔から、
この世をうろつきまわっているんじゃ。人間として、生きていたこともある。お前のように、
すぐに他人のせいにして、不平を言っておったんじゃ。死んだあと、どうしたわけか分からんが、
こんな姿になってしまったんじゃ。あんたみたいなご仁が大好きでな。とりついて、その生気を吸い、
生きているんじゃ」
 はっきりと、言った。
 「わかった、わかった。わかったから、もう出てってくれ。不平を言わずに、がんばるから」
 「そうか。それは残念じゃ。まあ、せいぜい働けよな。他人のせいにせぬように」
 頭が畳につくほど、Mは、影法師に頭をさげて頼んだ。
 
 
 

掛け軸

 Sは、ふらふらしながら大通りから路地に入った。
 足元が暗くなった。
 街灯がないのだ。
 ちぇ、まったく泣かせやがるぜ。
 いつものことだが、目が慣れるまでに時間がかかるのだ。
 少し先にポリバケツがあった。
 わきに、白い物が見えた。
 なんだ。気持ち悪いな。びっくりさせやがら。
 どうせ犬か猫だろう。
 Sは小石を拾い上げて、闇に向かって投げた。
 カーンと響いた。
 足元がおぼつかない。
 路上に転がってしまった。
 白い物が、ふわりと飛んだように見えた。
 通りすぎてから、ちらっと視線を走らせたが、何も見えない。
 気のせいか、それとも歳だからか。
 ぶつぶつ言いながら、歩きつづけた。
 
 月明かりに照らされて、アパートが見えた。
 Sは鳶職だ。
 やれやれ、今日もおわりか。仕事がきつかったな。
 右肩がはれ上がっているのが、服の上からでも分かった。
 深夜である。
 音を立てずに階段をのぼる。
 カタンカタン。
 うしろで、かすかな下駄の音がした。
 ふりむいたが、誰もいない。
 おかしなことばかり、今日は起こるな。
 Sは、部屋の前に立った。
 ふっ。
 誰かが、後ろから息を吹きかけた。
 おしろいの匂いがした。
 ちぇっ、いまいましい。どうせ誰もいないんだろう。
 ばかばかしくて、つきあってらんねえや。
 鍵を穴に差し入れて、まわした。
 ドアが開いた。
 手前が台所だ。その向こうに四畳半の部屋がある。
 奥が、ほの明るい。
 小玉電球が、つけっぱなしになっていた。
 布団が敷きっぱなしになっている。
 ごろりと横になると、Sはいびきをかきはじめた。
 夢を見た。
 アパートの自分の部屋だ。
 台所で、女が立ち働いている。
 背中を向けているので、顔が見えない。
 Sは起き上がるとするが、目玉ばかりが動いて、からだがまったく動かない。
 白い煙が、台所から畳をはってきた。
 布団のわきで、天井に向かって上昇しはじめた。
 女の姿を形づくった。
 あんたがほしい。
 ほしい。
 ほしい。
 女の口は、動いてはいないのだが、意思は伝わってきた。
 布団のまわりを歩きはじめた。
 風にふかれて、流されているようだった。
 
 チュンチュン。チュンチュン。
 すずめが鳴いている。
 窓の外が白々としていた。
 床の間の掛け軸が、枕もとに落ちていた。
 山水図だった。
 Sは老眼鏡をかけると、じっと見つめた。
 縦に長い白いシミのような物が、目をひいた。
 虫めがねをその上にかざした。
 白い着物を身に付けた女の絵だった。
 赤い口紅をしている。
 女の顔がちょっと動いて、にっと笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事