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これは、マテーラに宿泊した時のお話です。 私たちが泊まったホテルは、サッシ地区の真ん中。 (洞窟ホテルの詳細は http://blogs.yahoo.co.jp/key1684/14405848.html) サッシの反対側、グラヴィーナ渓谷の向こう側から「こちら」を眺めてみたかったので、 ホテルのフロントでタクシーを手配してもらうことにしました。 すると、フロントマンのアルベルトさんは、「では3時ごろになりますが、いいですか?」とのこと。 南イタリアの14〜17時といえば、シエスタでお店も開いていない時間帯。 私たちとしても好都合なので、承諾しました。 そして3時。 コンコンコン、とドアをノックする音が聞こえ、開けてみたら… そこに立っていたのはアルベルトさんご本人。 「さあ、どうぞ!」と言われて乗り込んだ車の、運転席に座ったのもアルベルトさんご本人。
この町にはちゃんとしたタクシー会社が無いのか、小遣い稼ぎが目的か? 少し不信に思ったものの、提示された料金が事前に調べていた料金と同じ金額だったので、 まあ良しとしましょう^^;。 Belvedere(展望所)から眺めた「サッシ」は、またひと味ちがう印象。(上の写真) その荒涼とした断崖絶壁の風景は、昔見た合衆国のグランドキャニオンを思い出させます。 彼は南イタリアの男性にしては背が高く、流暢な英語を話します。 「ほら、あそこにアメリカ人のグループがいるでしょ。あれもうちのお客さんです。 あっちの担当にならなくて良かったよ。」と、 アメリカ人に対しては少々批判的な感情を持っているらしい(笑。 アルベルトさんは、天然の洞窟をそのまま利用して作られた教会も案内してくれました。 8〜9世紀にイスラム教徒の侵略から逃れてきた貧しい修道僧は、 ひっそりとこの穴倉でキリストを信仰していたのでしょう。 その洞窟教会の動画がこちら。(短すぎてよくわかりませんが・・・;) http://f.flvmaker.com/mcc1.swf?id=O1HOZg.BXhMULHK_GXIJNlMc_ti65dhswX3SHa2jJBljkEE6rNFTG7u.cJyosM7NOlVTY2kkEJhcRWpAlFQs イタリア政府の「目の上のタンコブ」だった廃墟から再生した、世界遺産のマテーラ。
この地がここまで発展したことを誇りに思い、マテーラを訪れる人には 「洞窟住居」としての珍しさだけでなく、裏側にある悲しい歴史も知っていて欲しい。 そんな思いで、アルベルトさんは仕事をしているのだそうです。
※当記事は後日、「旅先で会った素晴しい人たち」の書庫へ移ります。 |
旅先で出会った素晴らしき人たち
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旅の空で出会った、素敵な人たちについて。
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2006旅行記Ciaoの書庫でも書きましたが、シンシアとポーリーはオルヴィエートから天空の町(Civita di bagnoregio)へ行くバスの中で知り合って「天空の町」観光とオルヴィエートでの夕食に付き合ってくれたアメリカ人姉妹。「死にゆく町」と呼ばれるCivitaにひとりでテクテク歩いてきた私を心配して、いろいろと世話を焼いてくださった優しいご婦人たちです。そのエピソードについてはこちらをご参照ください。 http://blogs.yahoo.co.jp/key1684/41935079.html 彼女たちは、約1ヶ月間かけてイタリアを旅行しているとのこと。話を聞いていると、 初めにヴェネツィアに滞在し、夜行列車でソレントまで南下しアマルフィやポジターノなどの南イタリアのリゾート地を巡り、その後にシエナ、オルヴィエートなどの「中部」をまわり、最後にローマに何泊か滞在して帰国。
という行程だそうです。一ヶ月かけるにしては、滞在都市の数も少なく、ゆったりした行程。しかも、イタリアの習慣に合わせてシエスタの時間にはホテルで一眠りして、それから夕食に出かけるのだとか。私も年配になったらこういう旅を楽しみたいなあ、と思えるスタイルです。 シンシアは至る所で「Lovely !」「Cute !」を連発する感激屋さん。壁のアジサイを見ては「Look ! So cute !」、教会の花のアートを見ては「Look ! How lovely !」…。 ストレートに感情を表現するシンシアに対して、妹のポーリーはちょっとクール。リストランテでなかなか出てこない料理に対して、「今、牛を殺しているところかしら」などとシニカルなジョークを飛ばしたりするタイプです。 おいくつですか?なんて失礼なことは聞けなかったけれど、ポーリーには私より年上の息子さんがいらっしゃる、とのこと。ということは、おそらく私の親と同年代でしょう。 しかしさすがアメリカン。身長の高いこと!(写真はポーリー)。※私は161cmありますから、決してチビではないと思うのですが・・・^^;。 夕食のときに、シンシアがこんなことを言いました。
「イタリアの中世の街並みも、遺跡も、文化もすばらしい。 古いものを大切にして皆が誇りを持って守っているのがいい。
USAの指導者は「世界はアメリカを中心に回っている」と思っているようですが、 国民の大半は、彼女達のような謙虚で慈愛に満ちた人 ・・・だと思いたいものです。 |
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オルヴィエートのトラットリアで、「ひとりごはん」をしたときの出来事です。 グラスワイン1杯と、Verdura cotta(温野菜)、ウンブリケッリ(パスタ)をオーダーし、そのほとんどを食べ終えようとしていた頃。隣のテーブルに一人の初老の紳士が通されました。年齢は50代後半〜60歳ぐらいでしょうか。どうやら、お店のシェフとかなり親しい友達のようです。 その紳士は、となりで黙々とパスタを食らっている謎の東洋人に興味がわいたらしく(笑、 私に話しかけてきました。
「ワインを1本頼んだんだけれど、車で帰らなきゃならないので少し飲みませんか?」と勧めてくれます。私が「いただきます」と答える前に、もうグラスに注がれていたわけですが(笑。(…というか、おじさん、飲酒運転になりますがな!) そして「あ、おつまみがないね。チーズを頼んであげよう」と、気を利かせてくれて、ペコリーノチーズをオーダー。そのうえ、「もう歳だから、こんなに食べきれない」と、おじさんがオーダーしたラム肉のソテーを半分わけてくれました。
なぜイタリア語を勉強しているのか、どこを旅してきたのか、いつも一人旅なのか、オルヴィエートの町をどう思うか、明日はどこに行くのか、といろいろ質問をされました。もちろん、すべてイタリア語。質問の内容は理解できるけれど、正しいイタリア語で答えられているどうかは全くもって自信がありません。それでもジュゼッペさんは私のイタリア語を根気強く理解しようと勤めてくれるし、聞き取りやすいようにとゆっくり喋ってくれました。 私が食後のコーヒーを飲んでいると、
さて、コーヒーを飲み終わり、カメリエーラ(ウエイトレスさん)に「Il conto per favore.」(お勘定お願いします)と声をかけると、 「お代はもう頂きましたよ」と、言うではありませんか。 「え? まだ支払っていませんよ」と戸惑う私に、カメリエーラはニッコリ笑って
そう、シニョール・ジュゼッペが、黙って全てを支払ってくれていたのです。 彼がお店に来る前に、既に飲み食いしていたグラスワインとウンブリケッリのパスタ、野菜料理も…。 慌てて店を出てジュゼッペさんの姿を探しましたが、見つからず。 「あなたがイタリア語を喋ってくれるのが、嬉しかったんだって」と、カメリエーラは言うけれど…
※写真は、カメリエーラが撮ってくれたもの。ワインでふたりとも顔真っ赤です(笑。
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今回、3泊したシエナのB&Bを一人できりもりしていたのが、マッシモさんです。 メールのやりとりの時から、非常に几帳面な性格が現れてはいたのですが、B&Bの施設内はどこもピカピカ!特に客室のバスルームは清掃が行き届いていて、気持ち良く使うことができました。滞在中、彼以外のスタッフを見かけなかったのですが、全客室を毎日奇麗にメイキングして朝食の準備、片付け、ダイニングの清掃をして…。それを一人でやっているとしたら、スゴイです。 ややクセはありますが、英語が話せるので合衆国やカナダからのお客さんたちにも頼りにされていました。 さて、シエナに到着した日はイタリアの祝日で、かつ土曜日。お目当てのリストランテが満席で食事に困った私達。2日目は、マッシモに「おすすめの食事どころ」を教えてもらうことにしました。 彼が教えてくれたのは、カンポ広場の奥を少し入ったところにあるGALLO NEROというリストランテ。予約した時間にお店を訪れると、 「Buona sera! きい、待っていたよ〜」と満面の笑みで迎えてくれたのは、
店内はやや照明を落とした洞窟風で、壁一面には「フレスコ画」を模した絵画。中世のムード満点(お店と料理の詳細は、Buonoの書庫にも書きます)。さらに、マッシモの紹介ということで食前酒と食後のcaffeはサービスしてくれました。 しかし、日中はB&Bで予約から実務までひとりでこなし、週末だけとはいえ夜はリストランテでカメリエーレ。
※写真の私は階段の一段高いところに立っています。マッシモさん、すごいノッポです。
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