板原町地車彫刻紹介

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 第37弾は、土呂幕正面から見て左平(左面)の紹介をします。さて、この義経が白龍となり
 昇天するシーンは、土呂幕では、今までになかったかと思います。
 枡合や他の箇所では、最近見られる様になりました。わが町の土呂幕は源平盛衰記で纏められて
 おりますが、源平と言えば沢山の人物が登場します。 でも、やはり外せないのが源義経でしょう。
 義経の「判官びいき」という言葉がある様に日本人にとっては義経の生い立ちや生き様そして、最期
 兄弟に追い込まれ生涯を閉じるといったことが何とも切なく感じることもありファンも多い様です。
 義経の最期は、諸説様々であり衣川館より落ち延びモンゴルで生涯を終えた。と言う説や今の北海道
 まで落ち延びた説など沢山ありますが、やはり義経の最期は衣川の館で自害したというのが生き様と
 しては武士らしいと想うのである。やはり義経は男としてのロマンが漂う人物なので、せめて白龍
 になり昇天するのが、我々にとっては一番いいと思いました。

 この昇天シーンは、源平盛衰記の様々な歴史書や錦絵など参考資料を引っ張り出して岸田師と相談
 しながら決めた構図です。白龍は最後の最後まで入れるか入れないか検討しました。また。この平
 左の土呂幕の仕上には、面白いエピソードがありました。通常仕上は、一人で前板を仕上るもの
 なんですが、この前板はお弟子さんの前田師・山本師の両人が丁寧に仕上てくれました。
 
 さてさて、記念誌も出て手元にお持ちの方は、もうすでにこの物語の彫刻を詳しくご存知でしょう
 が、最後まで私なりに紹介していきますので、お付き合いのほどを(^^)

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  皆さんこんにちわ。今回紹介しますのは平治の乱の1コマである。有名な、紫宸殿でおこった有名であり、また、優雅な面白い戦いです。

      
   
 *こっそり話*

 参考の写真にもあります様に平重盛が、悪源太義平に紫宸殿の周りを追われている様子が伺えます。
 この彫刻で少し変だなあってお気づきの方はいらっしゃいますかあ?・・・そうです、この戦いが
 あった季節は十二月でかなり寒い時期の話ですが、なんと桜が満開です。
 季節的には冬真っ只中ですが、そこはだんじり彫刻の世界です。橘も桜も十二月の気候では枝同然の
 木だけしかありません。それでは絵にならないと岸っさんと相談の上豪華に満開の花うを咲かせても
 らいました。寒桜と言いましょうかこれはこれで話としては面白い話としてできそうです。

次は土呂幕左平の「奥州高館 義経衣川館にて白龍と化し昇天す」をご紹介します。

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あ〜久々の投稿でもう誰も見てないかもわからんなあ〜(汗)記念誌も何とかメドがつき色構成の段階です。やっとブログに目がいく様になりました。
でも、かなり訪問くださる方が少なくなりました。(焦)また、皆さんよろしくお願いします・・・

  今回は、久々で、前回までの紹介からはなにやら物足りないかも知れませんが、徐々にグレードを
  上げていきますです。

 さあさあ今回は、正面土呂幕の鬼神に勝る巴御前の勇戦ということで、紹介します。

 冒頭の写真にもあります様に鬼神(荒ぶる鬼よりも強い)にも勝るくらいというからそんじょそこらの
 武者では太刀打ちできないほど腕っ節が強いとされた女武者が、巴御前である。
 彼女は、旭将軍と恐れられた木曽義仲の愛妾(彼女)であり、義仲の傍にいつも居て戦いに参戦してい
 たのであるが、都でのふるまいに面白くない朝廷は源頼朝に義仲追討の命を発するのである。
 追討にあたった代官は範頼と義経であった。
 義仲軍は宇治川の戦いに破れ近江の粟津ヶ原まで落ち延びたが、義経に追いつかれ粟津合戦の火蓋が
 斬って落とされたのである。巴を生け捕りにせんと義経軍の畠山重忠は、巴の鎧の左袖を掴むも、巴
 は馬に一鞭当てて逃げるや左袖が引きちぎれてしまった。重忠は、「巴は、人にあらず鬼人なるぞ」と
 声を上げたという。また、この後内田三郎なるものも巴と組まんとするも首を掻ききられてしまった
 という。この有様を前板にダイナミックに表現されている。
 また、巴は、義仲に「最後の戦いにまで女を連れていたと評されては末代までの恥辱」になると告げら れ巴は、返す言葉も無く落ち延びてゆくのである。これは、義仲が巴に当てた最期の情けではないでし ょうか?その後に、今井兼平は、義仲に自刃を進めて単騎敵軍に斬りこみ、義仲は深田に馬の足を踏み 込んでsじまって、名乗りを上げる兼平の声を聞きながら、兼平を気遣い最期を見届けようと振り返っ
 た瞬間に、敵、石田為久が放った矢が兜の内にあたり、最期を遂げるのである。この義仲最期の場面
 も奥板・かすみ板に彫られています。皆さんじっくりと見にきてくださいねえ。


   私は、この正面の土呂幕の見所として是非見ていただきたいのが、巴御前とその馬が前板にきっ
   ちりと収まっていて、無理が無い彫刻が凄いところであると思います。また、両サイドの松良と
   の収め方にわざありと思います。松良の方に差し掛かる松の枝は、前板よりの延長であり、無理
   がなくきちっと収まり伸びがある収め方に植山工務店の木取りと岸っさんの技量をうかがえる
   ちょっとしたなかなか見つけにくい技が大変気に入っています。

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小連子は、太平記を題材にしたものを採用しています。太平記は、南北朝の時代を主に様々な話がありますが、我が町は、鎌倉幕府や足利尊氏・新田義貞など沢山の登場人物が居ますが、身近に何と言っても大楠公の異名で通ずる楠正成が一番だと思いました。個人的に金剛山は小学校のときに雪中登山で幾度と登り、その麓の千早赤阪村や観心寺など泉州に近く馴染みがあるからなんです。また、氏神の泉穴師神社にもちゃんと奉納された石灯籠もあったりと、村上義光は、吉野にゆかりがあり、我が町の行者講の大峯山にも縁のある行者の立ち寄る吉野のお堂(藏王堂)は、村上義光が護良親王を最後まで守り壮絶な最期を遂げた場所でもあります。このお堂は春になると綺麗な桜が満開になる千本桜の舞台です。我が町の小連子には、色々と関係・縁のあることが多いです・・・はいっ

第33弾 大連子

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あけましておめでとうございます。いつも私の下手な文面にお付き合いくださり有難う御座います。
今年初めての彫刻紹介ですが、本年度より少し趣向を変えてみようとあまり詳しい場面説明を避けて写真を見ていただき、興味があれば自分で調べてみるという風な進め方をしてみようと思いました。
自分で興味が沸くと色々なHPを検索してみると何やら色々な知識がつき、また、戦国乱世の勉強になる
んですが・・・どうですかねえ・・・えっ・・・じゃまくさいがなって?
まあまあ、一度調べてみてください。色々な角度で彫刻を見たら面白いことが知らんまに身につきますよ。

 だまされたと思って探してみてください。「戦国武将居すぎて頭こんがらがってくる」って言う人や、「あっこの戦いにはこの武将も居たんやあ」と関心しのめりこむひと様々面白いです・・・

  *新年早々訳わからんこと投稿してすんません。ともあれ、今年もよろしゅうに。

 *加藤清正と一騎打ちをした新納武蔵守の持つ金棒は、我が町では、2箇所だけ使っている黒檀(こく  たん)の一つです。総欅のだんじりにこの真っ黒な金棒は、映えます。あと、もう1箇所は後日見送  り部分で紹介します。知っている人は黙ってて・・・シ〜ッ!

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