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<ブログを始めるきっかけとなった
江戸時代の名彫師「波の伊八」の足跡を追って・・>
元々は葛飾北斎の「冨獄三十六景」や「北斎漫画」が好きで
信州、小布施の「北斎館」や「岩松院の天井絵」を観に行ってるうちに
「波の伊八」の存在を知り益々ドハマリしブログに載せる様になって10年。
『初代・波の伊八』
本名・武志伊八信由(1751〜1824)
安房郡長狭郡打墨(現・鴨川市打墨)出身
江戸時代中期、日本中の宮彫師たちから
「波を彫ったら天下一」と謳われ
「関東へ行ったら波は彫るな」と言わしめ
葛飾北斎やゴッホ、クローデルら西洋の印象画家たちに
影響を与えた名工。
作品は地元房総をはじめ相模、武蔵の
神社仏閣の欄間、向拝に残る。
今回は10年振りに伊八の作品が残る南房総きっての古刹「石堂寺」を訪れた。
石堂寺「多宝塔」
かつてはこの下見板4面に16枚の壁面彫刻が飾られていたと言うが
平成大修理の際に取り外され現在は客殿内に置かれている。
↓
波雲に兎
波雲に葦亀
厚さ8寸(24㎝)弱の欅板に、髭一本から爪の先まで
克明にノミ入れし立体感、陰影を表現した技法は垂涎モノ。
(室内撮影禁止のためHPより拝借)
小高い裏山に佇む薬師堂
初代・伊八作「浪と飛龍」
当初の色付けの跡がウッスラと・・
いすみ市・飯縄寺(いずなでら)向拝の秀作 2008・9
いすみ市行元寺の「波と宝珠」 葛飾北斎「神奈川沖浪裏」
いすみ市太東岬の荒波をモチーフにした伊八の作品「波と宝珠」の
波をヒントに北斎が「神奈川沖浪裏」を描いたと伝えられる。
初代、伊八・生家兼工房跡(鴨川市打墨)
源頼朝上陸地 鋸南町勝山の竜島(猟島)海岸
平氏に相模の国の石橋の決戦で敗れた頼朝が舟で真鶴から
三浦半島を経て逃れ着いたと伝えられる内房のポイント。
当時の群雄割拠の房総で下総、上総、安房の豪族たちを味方にし
房総上陸後、13日目に鎌倉を攻略し後に鎌倉幕府を平定する。
房総には頼朝に纏わる伝説が各所に残っている。
ここから長狭(鴨川)に向かう山村で親しくなった農民から
「ワシたちも姓が欲しい」と言われ
「そうか!馬鹿だなぁ!!」と思わず出た
「左右加(さうか)」「派加田(はかた)」「馬賀(まか)」姓が
今でも残ってると言う。
鴨川には地元の豪族と戦さを交えた丘の「一戦場公園」。
追っ手を逃れ鴨川の小島の洞窟で窮地を凌いだ頼朝が礼として
当時の漁師「平野仁右衛門」に与えた「仁右衛門島」。
頼朝が名馬より一里毎に弓を射て99本だった事から
付いた地名の「九十九里浜」等々・・。
「夏草や兵どもの夢のあと」
今回は歴史ロマン溢れる「房総で暴走」だった(笑)
娘の友達からアメリカの帰国みやげ
④この時期に聴きたい曲
♪雨のバラード 尾崎紀世彦バージョン
孤高ながら唯一無二の歌のウマサ!
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