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WBCの準決勝が間もなく始まる。韓国との三度目の勝負だ。
本来、スポーツの話をここで持ち出すのは好きではないが、
小泉Pが発した言葉がどうも我慢がならないので、
試合が始まる前に一言だけ言いたい。
ご存知のように日本は二次リーグで2敗し、準決勝進出も危ぶまれた。
しかし、メキシコがアメリカに勝ったことで、タナボタ的に準決勝へ
望みをつなげることができた。
そのことに関し、小泉Pが記者団に対して、「1度や2度『負け組』に
なってもあきらめちゃいけないね。こういうことがあるんだね」と
言ったという。そして格差社会に対する体現者として日本代表を
持ち上げたという。
ちょっと待て、野球の日本代表が何で負け組になるのだ。
彼らは負け組ではない。野球の中ではエリート中のエリートだ。
今回はたまたま勝負の中で望んだとおりの結果はでなかったが、
野球という競技の中では「勝ち組」の選手が集まった集団だ。
能力が負けたのではなく、勝負に負けただけである。
それを今の格差社会と比べようとすることが間違いである。
これこそ、私たちがいう小泉Pの「騙し」のテクニックなのだ。
能力の「負け組」と勝負の「負け」を一緒にすることは矛盾がある。
それをさも同一のように考え、都合の良いように持ち上げようとする。
格差社会の中で問題にされているのは能力における格差が
そのまま全ての格差につながり、それが拡大する傾向にあるということである。
しかも、一度ついてしまった格差を取り戻すことは多くの国民が「難しい」と
感じていることなのである。
今回の野球の日本代表はたとえ、準決勝進出できなくとも、
あるいは今日、これからの試合で負けようとも、決して野球界に
おいて「負け組」になることはない。むしろ、たった1〜2回負けた
ことを「負け組」と考える小泉Pの考え方のほうがおかしいのではないか。
先日も、岩国の住民投票で示された「民意」を軽視しようとしている。
半年前には自らが勝手に提起した問題で選挙をしたさいには、
「民意」で認められたと盛んに「民意」を強調したのにも関わらずだ。
国民が注目したトリノ五輪で金メダルを獲得した荒川選手には、
電話で祝福したのに、いま行なわれているパラリンピックで金メダルを
獲得した選手には何か連絡したという報道は聞いていない。
小泉Pが本当に「格差」・「負け組」に対して優しい人間であれば、
パラリンピックのメダリストこそ賞賛すべきであり、
彼らの競技環境への支援・援助を考えるべきなのではないだろうか。
自分の都合のよいときに都合の良い解釈しないのでは、我々、一般市民と
何ら変わることはない。それでは為政者として足りないと言われても
しょうがないのではないだろうか。
(*)このブログでは小泉首相のことを小泉Pと呼んでいる。
P=Producerであり、Prime ministerではない。
最近ではPochiの略じゃないかと思いはじめている。
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