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神奈川ではシトシト雨が降っています。
あんなに暑くてやんなっちゃうと言っていたのにもう肌寒いですね。
愛犬を見送るのは3頭目です。
だからと言って慣れることはありませんが。
愛犬を亡くし、何がつらく思うかはペットロスのステージによって違うようです。
いつもいるはずの犬がそこにいない、、、
もっと早く病院につれていっていたら、、、
獣医の先生がもっとこうしてくれたら、、、
あの可愛い姿をもう二度とふたたび見ることができない、、、、
そして何よりつらいのが、もう何もしてあげることができないということです。
なでてあげることもできない。
お散歩もできない。
甘えさせてあげることもできない。
おやつをあげることもできない。
ボールを投げてあげることもできない。
愛犬にしてあげることが何もかも、もうできない。
でも、何かしてあげたくてどうしようもない。。。
そうすると、もうこの子のために悲しんであげることしかできなくなります。
どれだけあなたの存在が大きくて、どれだけ大切なのか、
悲しむことでしか表現できなくなってしまうと思い込んでしまいます。
もちろん、そんなつもりで悲しんでいるわけではなく本当に悲しいのですが、
それは後から気がついたりします。
悲しみから抜け出す自分が、愛犬を忘れていくようで許せないと。
少し時間が経ち、気持ちが落ち着いた頃にやってくるこの忘れてはならない呪縛が
ペットロスを抜け出るかどうかの境目になるような気がします。
ペットロスの最後のステージは感謝の気持ちです。
愛犬からどれだけのシアワセをもらったか、自分の人生がどれだけ色づいたか、楽しかったのか、
全部あなたがいてくれたおかげです、ありがとう。。。
この時、失った直後と同じくらい涙がでます。
だって、その自分の人生に根付いた幸福の元がいなくなってしまったのですから、
新たな喪失感が生まれます。
でも、そこをぐっと受け入れて、
愛犬がくれたしあわせは決してなくなるものではない。
これからもずっと自分の中にあるものだと。
そう思うことで、ペットロスを抜け出していきます。
自分が元気になることが犬を傷つけるような気持ち、これは犬を思ってのことではなく
単に自分の心のどこかの後悔をひきずっているにすぎないように思います。
私はと言えば、、、
まだ色々複雑な思いの中におり、悲しさ全開です。
大好きな愛犬を失ったのだから悲しいのは当たり前、
ペットロスに陥るのは当たり前です。
でも、愛犬が共に楽しく過ごすことを好んでいたことはよく知っているので、
涙は出ても、これからも変わらない日常を生きていくかねばなりません。
昔の写真をこうして見ては、その時間違いなく楽しく、しあわせな気持ちで
シャッターを切っていたことを、その気持ちこそ残していかなければなりませんね。
今日もぎっちゃんを偲びながら、そう思います。
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dogs
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ラブラドール、シーズー、ミニチュアダックスの3ワンコの日記
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ちょっとお休みしようと思ってから早4年が経ちます。
なつかしいブログに帰ってきたのには訳があります。。。
昨日の朝早く、ぎっちゃんが虹の橋に旅立ちました。
17歳と9カ月になろうとしているところでした。
この4年の間に、皆確実に年をとりました。
ぎっちゃんも当然に。。。
ぎっちゃんは体は健康そのものでしたが、白内障で目が見えなくなり、
動きがスローになっていきました。
17歳をむかえるころには足腰もだいぶ弱り、最近では介助しながらのトイレ散歩でした。
手術も2回しました。
脂肪種が大きくなり、特に、顔、耳にできたものはひどいものでしたので、
高齢のリスクはありましたが切りました。
でも、そんなもの全部乗り越えて、安定したしあわせの中で暮らしていたはずが、、、
確実に年をとっていくのです。。。
17歳まで生きてくれたぎっちゃんに誇りを持っています。
そしてどれだけ私をしあわせにしてくれたことか、
どれだけ楽しい生活を私に与えてくれたことか、
感謝してもしきれません。
この写真は亡くなる前日、容態が急に悪くなった時のもの。
力がないことがわかります。
そしてあっという間に、
あっという間にというのは、過ぎてこそそう思えるものですが、
最後の戦いを共に乗り越えて、
8月27日、午前3時34分、
私の見守る中、静かに息を引き取りました。
このブログには、元気な頃のぎっちゃんがたくさんいます。
晩年、痩せてしまったぎっちゃんに見慣れていたために、
パツパツとし、筋肉が弾けるようなブログの中のぎっちゃんの姿を見て、
ぎっちゃんが犬として生き、私の子として生き、普通に普通に毎日を生き、
そして死んでいった。
そんな当たり前の話だけれど、
ぎっちゃんにはぎっちゃんの、またぎっちゃんと私のストーリーがあったんだよねってこと、
それをちゃんと残しておきたいと思いました。
今はまだ悲しみと同様の中にいてうまく記すことができないかもしれません。
ぎっちゃん、大好きです、ずっとずっと。
どうかとりとめのない思い出話をさせてください。
ぎっちゃんが確かにこの世に生きていて、どれだけ私にとってかわいくて大事だったか、
ぎっちゃんに届くように。
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まだ空気が冷たかったお散歩道で、
川沿いの雪柳は満開、後ろに見える桜は5分咲き、
おばあちゃん(母)の花粉症はマックスの頃。
お散歩公園の牡丹が満開を迎えました。
派手な牡丹ですね。
ツヤツヤした葉の緑と真っ赤な花のコントラストが
クリスマスツリーのようです。
この公園には5本の牡丹の大木が植わっているのですが、
ひとつ風変わりな木が。。。
同じ木に、色違いの花を咲かせています。
白い花には赤のブチが入っていて、
ふわふわした花びらが金魚のよう。
まだダウンを着て「寒い、寒い」と白い息を吐きながら
お散歩している頃から固い蕾がつきはじめ、
この満開の日を待ちに待っていたのでした。
あ〜、のんびり。。。
風物詩というのは、、、
甘えんぼぎっちゃん。
気ままなぎっちゃんは、自分のペースを乱されるのが嫌いなので
たいていひとり離れた場所でくつろいでいます。
でも、冬は別。
寒い間だけ、人の上に乗っかってお昼寝するのがぎっちゃんのお楽しみ。
よっこいしょ
と、座るなり、どこからともなくぎっちゃんが現れて
あ〜どっこいしょ
と足のくぼみに上手に収まります。
甘えんぼぎっちゃんも、そろそろシーズンオフです。
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桜の蕾がピンク色に膨らんでいます。
もうすぐ開花しそう。。。
桜の開花を待たずに、3月31日のお昼すぎ、
コングさんは逝ってしまいました。
安らかな顔、
うっすら目を開いて、まるでいつもの大イビキのお昼寝のよう。
今にもフガッっとか言って起き上がりそう。
ベルベットの柔らかい耳をめくると、いつもの臭〜いコングの匂い。
ゴジラのそれとそっくりだったぶっとい尻尾は三日月くらのカーブを描いている。
14年間歩いた足は、お行儀よく揃えてちょっと片足を曲げている。
大きいくせに弱虫で甘えん坊だったから、弟達にいじめられると手を握ってほしがった。
最後の苦しみの中、手をぎゅっと握ってあげたら嘘みたいに穏やかな息遣いになった。
このひと時はきっとコングの優しさと神様からのプレゼント。
私が甘える時は首の柔らかい毛に顔を埋める、今だってフカフカだ。
生きているコングと死んでいるコングのいったい何が違うの?
母が買ってきたお花と私が選んだお花は偶然にも同じガーベラだった。
さみしい気持ちになって欲しくないから。。。
明るく見送ってあげようと。
お家の匂いも忘れないように、庭に咲いている花を。
桜、咲いていたらよかったのに。
お棺に入れてあげるもの。
チェーンの首輪とお散歩リードは私が思い出にとっておく。
さみしくないように、大きく引き伸ばした家族写真。
若かりし頃、公園で野球の練習をする少年からもらった(奪った)お気に入りのボール。
引っ張りっこ用の紐のおもちゃ。
それから何しろ食いしん坊だったから、フードとおやつ!
最後に私の胸に入れておいたママの匂いつきハンカチ。
本当は靴下かパンツがいいのはわかっていたけど、恥ずかしいから。。。
それと、晩年1日のほとんどを過ごしたコングのベッドのカエルさんの毛布。
他には?他には?って家中をうろうろすると、どこもかしこもコングさんとの思い出でいっぱいで、
結局、これしか入れてあげるものは決まらなかった。
例によって、家族にしかわからない親バカ語を連呼する。
だって、「スター」って言うと、トキメイた顔をしていたんだもの。
「かわいい」って言うと、わきの下に顔を突っ込んで照れていたんだもの。
「まよちゅちゅ」って言うと、顔中びっしょりになるくらいキスしてくれたんだもの。
亡くなる2日前の午前中、
この日は体調が良くて起き上がって笑ってた。
自分の力でご飯も食べた。
視線の先にあるのはおばあちゃん。
働くママのかわりに面倒を見てくれているおばあちゃんがコングは大好き。
夜は具合が悪くなる。
もう何度も気を失って、また目を覚まして苦しがる、
そんな夜を3晩耐えて、
もう、頑張れとは言えなかった。
コングはずっと涙を流していた。
もう、ママは絶対に絶対に大丈夫だから、コングの好きなようにしていいよって。
だから31日の朝、なんとなくコングも私も今日だってわかっていた気がする。
まだ意識のあった11時頃、
呼びかけに応じてチラっと私の目を見た。
それが最後のコンタクト。
今は白い骨になって、つらいことは全部なくなって、
まっさらの状態で家に帰ってきている。
私はコングの赤ちゃんの頃からの写真を見て笑っている。
だって、コングがそうしろって言うから。
火葬場の門が閉じられたときの心臓が握りつぶされるような痛みは初めての経験だった。
強い心で受け止めるって決意していたけど、
もう涙も鼻水さえも出ない。。。
さっきまでそこにいたコングが二度と再び姿を見ることができなくなる不思議は
私の中で解決されないまま、ぼんやりと煙突を見ているしかなかった。
すると、
もうもうと白煙が、周りの木々が煙で見えなくなるくらいの白煙が。
2人の係員さんが、慌てて走ってきて焼き場に消えた。
どうやら、太りすぎのコングの脂肪が思いのほかよく燃えすぎたらしい。
ぷっ、コング、最後まで最後までかっこよくない。。。
コング、泣いてはだめなのね?
コング、ママがあなたを思うとき、笑って欲しいのね?
私の赤ちゃんのくせに、もう死んじゃったくせに、私を励まし続けたコング。
ママは笑って生きます。
ありがとう。
嵐の夜に怯えても、翌日の朝日は眩しいものね。
コンちゃん、まよちゅちゅよ。
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仙台の動物管理センターに、震災後に保護された動物の写真を撮影して
個人で公開されている方がいます。
他にもたくさんの不安な目をしたこたちの写真が載っています!
こちらのサイトはまだがれきの中の子も・・・・
震災を生き延びたわんこやにゃんこ、あの津波を生き延びた奇跡、
もう一度起こってどうか飼い主さんの元に戻れますように! 今回の震災で、消息情報で最も情報集積率が高く、役立ったと言われているのが、Googleのパーソンファインダーと言うサイトでしたね。(40万件の情報)
今このサイトとNHKの安否情報との連携も始まっています。
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引き続き転載でのご支援御願いします(^−^)
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