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これは、ある夫婦の実際にあったお話で 知人のブログからの引用です。 旦那さんは、とても熱心な信仰者だった。 奥さんは無神論で、精神論にも興味関心はまったくなく、 もっぱらブランド物の買い物と友達との夜遊びが大好きだったという。 旦那さんはよく奥さんのことで悩んでいたという。 ある時、奥さんが倒れた。 子宮癌。すでに末期だった。 旦那さんは必死に奥さんに頼んだ。 お願いだから一緒に「祈願」をしよう。 奥さんはこのときばかりは素直にしたがった。 旦那さんの言うことを素直に聞き、奥さんは病室で毎夜今までの自分の思いをノートに記し 反省行にうちこんだ。 はじめて、こんな自分を支えてくれていた旦那さんへの感謝で涙をおとした。 手術前の最終検査の日、うつしたレントゲンに癌細胞はどこにもなかった。 夫婦は泣いて喜んだ。 「これは奇跡だ。神仏の慈悲だ。キミの反省に神仏の光がおりたんだよ。」 しかし、それから一年ほどたつと、奥さんは元に戻ってしまった。 いや、以前にも増して高慢になってしまった。 あの入院の日々に奥さん自身が書いた反省ノートを旦那さんが見せると 「それはあなたに騙されただけ」と目の前で捨ててしまった。 「癌は治ったんじゃない、元々医者の誤診で私は癌じゃなかった」と言った。 数ヶ月後、再び奥さんは倒れた。 癌の再発。乳癌だった。しかも急激なスピードで進行していた。 奥さんは青ざめた。また祈願につれていってと旦那さんに頼んだ。 旦那さんに頼み込み、以前はしなかったあらゆる祈願をした。 いっぱいお布施もした。 しかし結局、2度目の奇跡はおきなかった。 乳房を切除し、抗ガン剤をつかった闘病に、奥さんはやつれ果てた。 以前のような気力もなくなり、あれだけさかんだった友人関係もほとんど絶ち めったに家から出ることもなくなったという。 私はこの二度の祈願に立ち会いました。 人間は哀しいことに、『のど元過ぎれば暑さを忘れる』のです。 奇跡の無駄遣いをする人は、実は信仰者であってもいっぱいいるのです。 私は奇跡の無駄遣いをする人を、たくさん見てきました。 一度目は浮上しても、2度目に沈む人は多いのです。 天上界はよほどでないかぎり、2度目の奇跡はお与えになりません。 それは、本人がそれ(困難による反省)を望んだからです。 奇跡を布施で買おうなんてもっての他です。 布施は見返りを求めないからこそ尊いのです。 「みなさん、どうか奇跡の無駄遣いをしないでください」 はるか昔、知人から聞いたお話です。 語っておられた時のその方の、哀しそうな目が忘れられません。
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☆スピリチュアルメッセージ







[奇跡の無駄遣い]・・・意外な言葉って思いました。
奇跡に無駄遣いなんてあるんだろうか?って疑問でしたが、
身勝手な神頼みだなって、記事を読んで思いました。
2010/9/26(日) 午後 11:04
こんばんは。。。
余りにもお話が深くてなんてコメントをしていいか分からないですが、
何事にも感謝の気持ちを忘れないということが大切なんだと思いました。
それは本当に心から。。。
私も奇跡を信じたい、信じて生きていきたいから、感謝の気持ち、
忘れません。
お話、聞かせてくださってありがとうございました。。。
2010/9/26(日) 午後 11:04
弱った時ほど
入会させようとするのがありますね
弱った時だけ神に祈るのもどうかと
[ 誇り君 ]
2010/9/26(日) 午後 11:17
roseさん
そう・・・
「困った時の神頼みは効果がない」ということなのでしょうね。
2010/9/26(日) 午後 11:30
めいぷるちゃん
これは、直接お聞きしたお話ではなくて、知人のブログから戴いたものです。
私も最初「奇跡の無駄遣い」というタイトルを見て「何?」って思いました。(苦笑)
「目に見えないものを信じる」って、ホント難しいですよね。
だからこそ、尊いのかもしれませんね。
こちらこそ、励みになる嬉しいコトントをありがとうございました。
2010/9/26(日) 午後 11:38
誇り君
それは「邪教」というものですね。
このお話を聞いて、やはり「本人の信じる力が治すのね」って思いました。
入会が目的のところは、「脅迫」とか「詐欺」のような形で入会させますので、
「教義」と呼べるものがありませんね。
2010/9/26(日) 午後 11:46
信仰に対する試しは、人生の色々な局面であらわれてきますよね。
あの世に持って還れるのは「信仰」だけであるという、ことを日々思いながら生きていきたいと思います。
そして「信仰による奇跡」で必ずこの日本を、そして地球を守っていきたい、と願うものであります。
[ えがしら俊満 ]
2010/9/27(月) 午前 0:20
う〜ん カルトに引っ掛かったのですかね?(謎
知り合いでまさにこれに当てはまるような方、知ってますよ。。^^;)
[ - ]
2010/9/27(月) 午前 0:26
神様に祈るのは自分のエゴは許されません。
あるのは静かな信仰と他に対する想いやりだけだと思う。
奇跡があるなら・・それは自分に降りるのではなく周りの方への感謝という意味だと・・。
[ デバイス ]
2010/9/27(月) 午前 0:47
『奇跡の無駄使い』ってなんだろう・・・って思ったら・・
感慨深いお話でした^^ありがとう〜〜ぽち★
[ お母ちゃん ]
2010/9/27(月) 午前 7:39
egarinさん
素晴らしいコメントをありがとうございます。
私も全く同感です!!
私はまだまだ若輩者ですが・・・
信仰による奇跡」で必ずこの日本を、そして地球を守っていきたい、と願うものの一人です。
2010/9/27(月) 午後 0:02
スイーツ大好きさん
読みが・・・浅い。(笑)
カルトにかかったのではなくて・・・
「神仏を信じる純粋な思いが天に届くのです」ということがいいたかったのです。(汗)
ちまたでいう、「深ーいお話」になるのでしょうか・・・。(笑)
2010/9/27(月) 午後 0:04
デバイスちゃん
かなり深いですね。。。。。(驚)
私は、「奇跡はその当事者に降りてくるもの」だと思っています。
確かに・・・
「静かな信仰」と「他に対する想いやり」は外せませんね。
「愛他」の思いを強く感じます。
素晴らしいコメントをありがとう!!
2010/9/27(月) 午後 0:08
お母ちゃんは・・・もしかして「無駄遣い」に反応したのかしら。
「倹約」はお金持ちになるための秘訣ですもの・・・
密かに、心がけてますね〜
2010/9/27(月) 午後 0:10
深いお話ありがとうございました^^よくよく自戒します
ポチ☆
2010/9/27(月) 午後 7:29
ビーナスちゃん
よくあるお話ですね。
むしろ、こういう形の「神頼み信仰」の方がほとんどだったりしてね。(爆)
ポチ、ありがとう!!
2010/9/27(月) 午後 8:14
奇跡の無駄遣いですか。
心の奥底に刻んでおきます。
2010/9/29(水) 午前 10:13