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『妻の顔は通知表』

a.
「全国亭主関白協会 愛の三原則」


 1.「ごめんなさい」を恐れずに言おう。
 2.「ありがとう」をためらわずに言おう。
 3.「愛してる」を照れずに言おう。

b.
「新!亭主関白道段位認定基準」


 初段 3年以上たって「妻を愛している」人
 二段 家事手伝いが上手な人
 三段 浮気をしたことがない人、ばれていない人
 四段 レディファーストを実践している人
 五段 愛妻と手をつないで散歩ができる人
 六段 愛妻の話を真剣に聞くことができる人
 七段 嫁・姑問題を一夜にして解決できる人
 八段 「ありがとう」をためらわずに言える人
 九段 「ごめんなさい」を恐れずに言える人
 十段 「愛してる」を照れずに言える人

c.
関白とは天皇を補佐する2番目の位。家庭において一番偉いの
は、間違いなくカミさんです。

d.
全亭協とは、「いかに上手にカミさんの尻に敷かれるか」を考
えるネットワークである。

e.
「いかに妻を愛するか」「いかに妻を手助けできるか」「いか
に妻を幸せにできるか」

f.
仕事では頭を下げられるのに、どうして妻に頭を下げられない
のか。

g.
大切なのは、妻に何かを求めるのではなく、自分が変わること。


h.
「愛のスマイレージ」-----奥さんの笑顔(スマイル)を貯め
ていく貯金

i.
女たちは決して謝らない。「だって謝りたくないから」


j.
夫婦喧嘩はしない方がよろしい。必ず夫が負けるし、愛妻の言
うことが100パーセント正しいから。

k.
妻を幸せにする特効薬------奥さんが「きれいだ」と言う。言
い方は色々工夫してください。

l.
女性の生理については本気で心を配ろう。


m.
女性が人から言われたくない言葉のナンバーワンは「オバさん」
である。

n.
女性達は、本体より「付録、おまけ、割引」を喜ぶものである。


o.
すべての浮気は必ずバレる。いちど浮気がバレたら、時効は決
して訪れない。
(バレなくても子供に重大な悪影響が起こります)


p.
浮気騒動の時、「本当の事を言ったら許してあげる」は悪魔の
ささやき。決して、のってはいけない。

q.
男が決して忘れてはいけない二つの記念日。結婚記念日と妻の
誕生日。

r.
妻を妻だと思うな。女と思え。人間と思え。


s.
夫婦の危機を知らせる3つの不足。会話とユーモアとセックス。


t.
夫が妻にかける最高の言葉は「君と結婚してよかった」


u.
男の顔は「自分の履歴書」、妻の顔は「夫としての通知表」



全国亭主関白協会会長 天野周一著『妻の顔は通知表』より

転載元転載元: 浅草の詩(うた)I'm Happy!

 ある嫁と姑の物語です 
 

昔、仲の悪い嫁と姑がいました。
姑は、病気がちでいつも機嫌が悪く、事あるごとに嫁をいびります。

「うちの嫁は出来が悪くて怠け者で・・・」
と、本人に聞こえるように言うだけでなく、近所や親戚にも言いふらします。

夫は、嫁の前では、
「お母さんは言い過ぎじゃないか」とは言うものの、
病気の母親の前に出ると口答えのできない人です。 
  
嫁は姑にいびられるたびに、いい嫁になろうと努力します。
しかし、いくら努力しても、陰湿ないじめをやめない姑に
次第に憎しみを募らせていきます。
ついには、いっそ姑が消えていなくなればよいと思うほどになりました。
そんな暗い思いを持つ自分に、嫁はまた苦しみました。

そこで、あるとき、信頼できる僧に自分の悩みを打ち明けます。
するとその僧は、こう言いました。

「そうか、ではお前の望みを叶えてやろう。簡単なことだ。
 この薬を姑の食事に少しずつ混ぜるのだ。
 すると、姑の体はだんだん弱まっていき、
 一月もすると消えてなくなるじゃろう」

嫁は驚きました。

「…つまり、一月で死ぬということですか?」
僧は平然としていました。
「人は皆、死に向かっておる。
 いずれ誰でも老衰する。
 ただそれを早めるだけのことじゃ」

「でも…」

「ただし、この薬を使うにあたって一つ条件がある。
 この薬を入れた食事は多少味が悪くなる。
 姑に気持ちよく食べてもらうためには、
 食事を出すごとに、何でもいいから感謝の言葉を述べるのだ」
「感謝の言葉でございますか?」
嫁は食事に薬を混ぜるよりも、
姑に感謝の言葉を口にする方がずっと難しいような気がしました。
  
家に帰ると、
「どこで油を売っておったのか、お前はいつも帰りが遅い、グズで要領が悪い」
などと、姑から罵詈雑言を浴びせられました。

「申し訳ありません」

嫁は頭を畳につけて謝ると、台所に駆け込み、
涙ながらに、食事の支度にとりかかりました。

そして、良心の呵責を覚えながらも、
僧からもらった薬を少しだけ混ぜて姑の前に出しました。
僧から言われたとおり、何か感謝の言葉を口にしなければなりません。

「お母さん・・・」

「ふん、なんだい、また同じようなおかずか。お前は料理が一向に上達せんの」

「はい、ありがとうございます」

「何? なんだって・・・」
 
「ありがとうございます」

「どういうことだ」

「わたしは、本当に料理が下手です。
ですから、お母さんがわたしの下手な料理でも
食べてくださるだけで、ありがたく思うんです」 
 

姑はちょっと不思議そうな顔をしましたが、
黙って料理に箸をつけました。

そして、黙々と食べると
箸を置く前に一言つぶやきました。

「今日の料理、ちっとはうまかったぞ」

嫁は驚きました。 
なぜなら、はじめて姑にほめられたからです。
 
そんなことがあっても、
これまで積もりに積もった姑に対する憎しみが消えるはずはありません。

嫁は僧が言ったとおり、料理に少しずつ薬を混ぜ、
姑に毎回必ず感謝の言葉を言うようにしました。

お母さんに、味噌汁の作り方を教えてもらったこと。
お母さんに、掃除の仕方を教えてもらったこと。
お母さんに、裁縫のコツを教えてもらったこと。

自分はまだ十分にできないが、感謝していると繰り返し伝えました。

お母さんから言われてきた数々の叱責の言葉も、
自分の励ましにしていきたいと感謝しました。

嫁は、はじめは心にもない言葉を並べているように思えました。
しかし、毎日、感謝の言葉を口にするたびに、
自分の心が次第にほぐれていくのが不思議でした。 

そうしているうちに、
姑の嫁に対する態度が明らかに変わっていきました。
嫁を見るときの顔が柔和になってきました。
それどころか、陰で、嫁のことを誉めることもありました。

夫には「お前はいい嫁をもらった」と言い、
近所や親戚には「うちの嫁は息子が選んだだけあって、できた女だ」
と自慢するようにもなったのです。
それに応じて、嫁は姑に対する憎しみは薄らいでいきます。

それどころか、病気がちで
立つことも歩くこともできない姑の身になってみると、
これまでの自分に
細やかな愛情が足りなかったのだと気づかされました。


嫁の心に、次第に激しい後悔の念が湧き上がります。
私は、あの姑を体よく老衰したように見せかけ、
毒殺しようとしている。

なんという恐ろしいことだ。
なんという罪なことだ。

いたたまれなくなった嫁は、僧のところ駆け込みます。
そして、泣きながらに訴えます。 
 

「お坊さま、私の間違いでした。
私は、なんと罪深い女でしょう。
どうかどうかお許しください。
お坊さま、ともかくお母さんを死なせたくありません。
どうか、あの毒を消す薬をください。
お願いいたします。 お願いいたします」


泣いて頼む嫁に、僧は言いました。

「案じるな。
あれはただ海草を粉にしたものだ。
毒ではない。
  
毒を消す薬、と申したな。
覚えておきなさい。

心の毒は、感謝することで消えるものじゃ。
  
どうやらお前の心にあった毒は、
もうすっかり消えてしまったようだな」 
 
 
 
 
 
 
 


 
読むだけで人生がうまくいく48の物語 著:中井俊已 成美堂出版より

貧乏神に負けない考え方(後編)


http://www.the-liberty.com/itemimg/images/articles/2011/7/201107_1_1.jpg 不況のときであれば、投資というのは不動産だけに限るわけではなく、何らかの技術などを身に付けることも投資です。
 例えば、こういう時期に英会話学校に行って英語の勉強をしたり、コンピュータの勉強をする。不動産鑑定士や中小企業診断士など、何らかの資格を取る。カルチャースクールへ行くなど、いろんな勉強に投資する。あるいは、一定のお金を本代に充てたり、セミナーなど勉強関係のものに充てたりする。
 あるいはスポーツに投資する。体を鍛えるためにジムに通ったり、プールで水泳を始めたり、テニスを始めたりする。あるいは、音楽や演劇の勉強をしてみるなどして新しい趣味を開発する。
 人によって適性が違うので、「必ずこの方向がいい」とは言えませんが、自分や家族にとって将来の投資になり、新しい学力や新しい技術を身に付けることができる可能性があるものについては、他のことを我慢してでも、収入の一定部分を充てて投資しなければいけない面はあります。これを全部節約してしまったら、今度は将来、伸びていくべきときに伸びる力がなくなります。要するに、不況のときに身に付けたものが、景気がよくなってきたときに役に立つようになるわけです。
 

ポジティブな未来をつくるためにお金を使うように努力を

 ですから、余裕資金や可処分所得、可処分の財産等を、だいたい三分法ぐらいで見ることです。
 全体の三分の一ぐらいは、万一のときの防衛のためと考えておく。次の三分の一ぐらいは、どんな経済状況や政治状況であっても、何らか自分のプラスになるような、将来的に投資になると思われるものに充てる。物を買うことだけでなく、自分自身の身に付くようなことでも何でもいいのです。残りの三分の一については、家族の話し合いや、いろんな考え方によって、貯めてもいいし、使ってもいいし、個別に判断すればいいでしょう。
 そして、不況のときに恩を売っておくと、あとで恩が返されることもあります。不況のときは仕事がどこも厳しくなり、いろんな取引相手が取引を打ち切っていくなかで、なんとか我慢して、そことの取引を切らずに続け、仕入れ続けてあげたり、売り続けてあげたり、値上げしないで何年か頑張ったりしていると、景気が持ち直してきたときに、今度はその相手がすごく強力な事業パートナーになることもあります。仕事で言えば、そのへんの見分け方が大事です。
http://www.the-liberty.com/itemimg/images/articles/2011/7/201107_1_2.jpg 中間帯の三分の一ぐらいの使い方は裁量や判断によりますが、人間関係等を良好にするために、自分の直感に従って使ってもいいし、自分の世界を広げるために使ってもいいでしょう。いずれにしても、ポジティブな未来をつくるためにお金を使うように努力をされたほうがいいと思います。
 
 
 
 

単なる節約ではなく考え方の筋が大事

 
 私自身も、きのう、幸福の科学学園の那須本校で「大鷲祭」(学園祭)が開かれていたので見に行って来ました。まだ一年目なので中一と高一だけしかいないのに、学園生たちが一生懸命やっているところを見てきましたが、実は私が見ているところは、そんなところだけではないのです。
 行って帰ってくる間に、学園の駐車場に止まっている車のナンバーまで、ちゃんと見ているのです。大阪ナンバーや姫路ナンバーの車が止まっているのを見て、「大阪や兵庫から車で来ている保護者がいらっしゃるけれど、新幹線の那須塩原駅から学園までの交通機関が不自由なので、わざわざ遠くから車で来て、だいぶ苦労されているのではないか」と学園の職員に言うと、「いや、車のほうが安いからでしょう」という答えが返ってきました。
 確かに新幹線より安いのかもしれませんが、そうは言っても車で関西から往復したら、くたびれますから、安いだけが理由ではないと思われます。そこで、那須塩原駅から学園までのシャトルバスはどのくらい出ているか問い合わせると、「バス会社から一日五万円でバスをレンタルして、一時間に一本出ています。帰りは一時間に一本より一便だけ増便しています」という返事が返ってきました。
http://www.the-liberty.com/itemimg/images/articles/2011/7/201107_1_3.jpg 私はそれを聞いて、「一時間待つのは大変だろうな。それではやはり不便なのでは」と思い、きのうの夜、学園側に「二千五百万円寄付するから、幸福の科学学園でバスを二台買いなさい」と指示しました。二千万円前後あれば、大型バスと小型バスを一台ずつ買えて、さらに乗用車が少し買えるかガソリン代ぐらいは出るだろうと思ったのです。
 そして、ただバスを走らせるだけでは面白くありません。学園祭では美術部が見事な絵をたくさん描いていたので、「せっかく自前の学園バスにするのだから、美術部に車体に絵を描いてもらいなさい」と言いました。
 今はジェット機でも新幹線でも、ピカチュウの絵を描いたものや、いろんなものがあります。「うちだって、『幸福の科学学園』という校名と絵を描いたバスで走りまくったらいい。那須塩原駅と学校の間だけでなく、空いているときは宇都宮の総本山・正心館や未来館に行ったりして、学園の宣伝をしながら栃木県中を走り回ったらいい。走れば走るほど宣伝効果が大きくなる」というような指示を出したら、学園の校長が喜んでいました(笑)。
 そんなことを、きのうは見て決めて来ました。やはり、経営的にいちばんウィークポイントになるところは何かを、見ておかなければいけないと思ったわけです。
 もちろん、その二千五百万円は、私が出さなくても教団から出すこともできるお金ではありますが、考え方を教えるために言っているのです。「どうやって、ご父兄に負担がかからないようにするかと考えることが、大事なのだ」ということを教えたくて、やっているのです。
 

将来的に「お金が生きてくる」使い方を

 弟子(幸福の科学の職員)が考えると、「一日五万円でバスを借りられるのだから、用があったときだけ借りれば経費が削減できる」と考えるのですが、自分たちが必要なときに行事などを組んで、いつでも人が来やすいようにするのが大事なことなのです。
 それから幸福の科学学園には今、宿泊棟も建てていて、二〇一一年の四月に完成します。ご父兄が来たときに、同じ敷地内にある那須精舎だけでは泊まるところが足りないし、ホテルに泊まったら高くつくでしょう? 「ご父兄がお子様方に会いに来たときに泊まれるように、建てなさい」ということで建てさせています。
 そうすると、今度は運送の便も要るようになるので、バスの購入はそういう面にも配慮してのことです。こうした考え方の筋を教えるために寄付をしています。こういうお金はたぶん生きてくるだろうと思って、やっています。
 節約はしなければいけませんが、その節約の仕方を職員に考えさせると、「一台五万円でバスを借りられるから安い」と考えます。本当はそれでは皆様の便宜を図れないでいるというところに十分気がつくことなく、「安い」ということだけに焦点を当てているわけです。「節約はできていても、実は事業としては成功していない」というところを見なければいけません。
 やはり、必要なものについての投資は要るということです。
 

貧乏神に負けない考え方(前編)

 
今、日本全体が、そうした〝貧乏神〟的な考え方に引っ張られている状態です。結局、質素倹約や貯蓄にまわる理由は、「先行きの見通しが悪くなると思っている」ということなのです。
「国の先行きが悪くなり、会社の先行きも個人的な家計も先行きが悪くなって、不測の事態がたくさん起きるのではないか」と思うようになると、やはり質素倹約・貯蓄型になってきます。江戸の三大改革なども、みな、それです。
ところが結果は残念ながら、そういう改革の結果はすべて不況が起きているのです。経済の原理は、必ずしも改革しようと思ったようにはなりません。
現在は本当を言うと、日本人の個人資産は合わせれば一千四、五百兆円あるので、お金がもう少し循環すると経済を大きくすることができるのですが、みんなが買い控えて、たんす預金にしている傾向が強いのです。
「デフレで物の値段が先行き下がっていくから、物を買わないで現金で持っていたほうが得だ」ということになって、現金のままで持っている。預金や、たんす預金などで隠している人がいて、このたんす預金をどうやって引っ張り出そうかと、政府が一生懸命考えている状況に近いかと思います。
先行きが悪くなるというのなら、どんな物にも投資する気が起きなくなるし、物を買ったって、来年買ったらもっと値段が下がるのであれば、買う気がしませんよね? 今年買ったら五千万円のマンションが、来年なら四千五百万になり、再来年なら四千万になるというように下がってくるなら、買っただけ損をします。
株だって、株を百万円買ったら、来年が八十万になって、再来年が六十万になって下がっていくなら、買ったら損するじゃないですか。結局みんな、動かなくなります。
 

不況の時こそ外車を買った松下幸之助氏

ただ、世間全体を見ると、一方的に全部の会社や個人が上り坂ということもなければ、全部が下り坂ということもなく、いつの時代でも、比率は代わりますが、上に向いているものと下に向いているものとが同時に存在しています。
ですから、大不況期にも儲けている人が世の中にはいるわけです。本当の大富豪になった人たちはみな、その大恐慌や大不況のさなかに、見事に投資を成功させた人たちなのです。世間一般に、不況とか恐慌とか――「百年に一度の恐慌」とかいう言葉は嘘だったようですが――そういう言葉が飛び交っているときに、見事に投資をピシッと決めた人が、実は、次の時代の富豪や財閥になってくるのです。
貧乏神を追い出して、福の神を味方に付けているかどうかは、まさしく、ここにかかっていると思わざるを得ません。そういう直感的判断にかかっていると思います。
戦前、一九二九年のニューヨーク発の世界恐慌で、日本にも大不況がやってきて、大卒の就職口がなく、東大法学部を出て就職できないという時代が来たことがあります。
そのときに松下幸之助氏が、無理してという言葉は当たらないかもしれませんが、高級外車をドーンと一台買ったことがありました。「こんなときこそ、お金を使わなければいかんのだ。こういうときにお金を使わないと使うときはないんだ」と言って、当時としてはかなり破格の、日本に五台ぐらいしかないような高級車を買ったようです。
それは本当は、車の代金だけが問題なのではありません。その車の代金だけで日本の経済が潤うわけではないのですが、本当は気持ちの問題なのだろうと思います。
「まだまだ世界が暗くなって、もう、どうにもならなくなる」と思うか、「まだまだ発展させるぞ」と思うかの気持ちの問題であって、それは経営者としての自分自身に対する、馬で言うと尻に当てるムチみたいなものだったかもしれないと思うのです。そのように、優秀な経営者で大不況期に外車を買ったりしたような人もいるのです。
 

バブル期にも先見の明で周囲と反対の判断

また、逆にバブル期に土地がどんどん値上がりしていったとき、松下電器(現パナソニック)は反対の判断をしました。
松下電器は地方に工場を出していましたが、工場を建てたら必ず土地の値段は上がるのです。例えば、工場の敷地が五万坪必要だとしたら、十万坪ぐらい土地を買い占めておいて、そのうちの五万坪に工場に建て、残りの五万坪を持っていたら、だいたい地価が二倍になるので、地価が二倍になったところで残りの五万坪を売り飛ばしたら、工場の投資代金が全部回収できてしまいます。丸儲けですね。ただで工場を建てたのと同じ効果が出るわけです。
そういうことができたにもかかわらず、松下氏は、それをしなかったのです。「これは、本業でないから」と。「電器屋は電気製品をつくってコツコツと儲けるのが本業であるにもかかわらず、不動産投資で儲けたら、本業とは違うので、将来的には会社を潰す原因になる」と言って、必要な土地以外は買わないということをやりました。
必要な土地以上のものを買ったのは、例えば、ダイエーや、そごうなどです。どちらも経営危機を経験していますが、ダイエーなども広い土地を買って、店舗を建てたら必ず地価が上がるので、担保価値が上がる。担保価値が上がったらその土地を担保に借金をして、次の土地を買って、また建てる。そしてまた地価が上がり、それを担保にしてお金を借りて建てるというように、膨らませていく感じで財産を増やしていきました。
そごうも、やはり駅前に巨大旗艦店をボーンと建てて、そうしたら駅前だから必ず土地が値上がりします。グワーッと担保価値が上がるので、そうやって担保価値を上げて、銀行から借入金して次の店を駅前に出す。また土地代がガーッと上がる。それでまた次の店を出すという、借金を膨らませていくタイプの経営をやりました。
そういう経営をやったダイエーとそごうが両方、その後、いろんな店が閉鎖や撤退になったことがありますので、松下幸之助さんは先見の明がありました。
本業ではないところで稼ごうとしすぎたら、やはり失敗することもあるということです。一般法則が必ずしも当たるとは限らないのです。
 

節約における「自分なりの限度」を考える

ですから、「こういう質素倹約をしておくのが安全だ」ということもあるとは思いますが、自分なりの限度を考えておけばいいでしょう。
例えば、三分法で考えることもできます。まず「防衛ラインとして、このぐらいのお金は確保しておかなければならない」という限度。それから中間帯で、どちらにでも裁量が効くようなところ。あと三分の一ぐらいは、好況であろうと不況であろうと、投資ないしは将来に役に立つもののために使っていかなければいけない部分として、考えてもいいと思います。

イメージ 1

生気の無いうつろな目をした母親のお財布には たった5円玉一枚しか残っていなかったのです


ある役所に臨時職員として勤める由美さん(31歳)は昨年、相談窓口に訪れた母子についてこのように振り返ります。



母親は40代で、一緒に連れていた長女は中学生だったそうです。
その母親は、養育費や慰謝料などの取り決めをせずに夫と離婚をし、その後、不景気のあおりを受けて勤めていたパートを解雇され、新たな働き口も見つけられず、収入の道が途絶えたのです。


母親は実家に身を寄せようと考えましたが、実母は再婚相手の男性と新しい生活を始めていたため戻ることができず、さりとて、母子二人を援助してくれるほど余裕のある親戚も見つかりません。


そうこうしているうちに貯金が底をつき、食べ物も買えなくなり、支払いの滞った水道や電気、ガスが次々に止められていきました。


役所を訪れたときの母子は、何日もお風呂に入っていないような状態で、洗濯できない衣服は汚れきっており、臭気が漂っていたといいます。


「その母親はうつろな目をしていました。離婚や失業など悪いことが重なり、人生に絶望していたんです。精神的に不安定になって、どこに相談していいのかも分からないまま、どんどん追い詰められていったようです」と由美さんは話します。


その後のことは、あえてお聞きしませんでしたが、ただただ、ご無事を祈るばかりです。


戻れる家があって本当によかった


由美さん自身も、3年前に9年連れ添った夫との結婚生活にピリオドをうったばかりです。夫は仕事を長く続けることができない性格で職を転々とし、その苛立ちを酒でまぎらわす日々を繰り返し、酔うと暴力を振るい、浮気、浪費癖も手伝って多額の借金を背負っていたのです。


由美さんは小学生の娘を連れて夫と別れることを決意し、家庭裁判所を間に入れた調停の場に出て、夫に養育費などを請求しようとも考えたが、結論が出るまでに数カ月かかるという話を聞き、「精神的にも肉体的にも、それだけの時間を耐えることはできなかった」と言います。


結局、夫婦での話し合いの末、夫が由美さんに毎月1万円の養育費を振り込むことで合意したのですが、離婚以来、その約束が果たされたことは一度もありませんでした。


由美さんは現在、実家で両親と同居をしておりますが、「戻れる実家があって本当によかった。もし子供と二人きりだったら、家賃や学費などで経済的にはとても苦しかったはず。私もあの母子のようになっていたかもしれません」と語ります。


■近年、母子家庭の世帯が経済的な苦しみを抱える現状が多くあります。

 
11月に厚生労働省が発表した、子供がいる現役世帯(世帯主が18歳以上65歳未満)の相対的貧困率は12・2%で、そのうち大人が一人の世帯の相対的貧困率は54・3%に上っています(2007年調査)。つまり、貧困層の5割以上が、父子・母子家庭などの世帯ということになるのです。ちなみに、相対的貧困率とは、全世帯の平均所得の半分のさらに半分の世帯、今回の調査では年収114万円以下の世帯を「貧困」と定義とした割合です。


一人親世帯の内訳を見ると、父子家庭が約9万世帯であるのに対し、母子家庭は約79万世帯と圧倒的に多くて、親との同居などを含めた母子家庭は122万5千世帯に及んでいます。


さらに、一人親世帯の正社員などの常用雇用の割合は、父子家庭が72・2%であるのに比べ、母子家庭は42・5%と低い水準にとどまっています。要は、一人親の中でも母子家庭の割合が圧倒的に高くて、その母親は給与や身分が安定した正社員になるのが難しいということです。


現在、母子世帯になる最大の理由は、やはり「離婚」です。1985年には理由全体の約半分程度でしたが、2006年には約8割を占めるまでに増加をし、08年の離婚件数は25万1136件に達しているが、これは約2分に一組の夫婦が離婚している計算です。


「格差」「ワーキング・プア」などの言葉が広まって、日本社会でも「貧困」が社会問題としてクローズアップされておりますが、実はその奥に隠されているのは、離婚による母子家庭の増加という問題なのです。


お米を買うのが怖い どこかの施設にいけたなら


本来、夫婦が離婚する方法は大きく三つに分けられます。双方が話し合って別れる「協議離婚」。財産分与や慰謝料、子供の親権について家庭裁判所が間に入って話し合いを進める「調停・審判離婚」。離婚そのものの是非を裁判所が決める「裁判離婚」です。


08年の離婚件数のうち、9割近くが「双方の話し合い」による協議離婚ですが、話し合いが「円満解決」を意味するとは限りません。


現実には、妻が夫に養育費や慰謝料などを請求したくても夫に支払い能力がないケースや、約束していても途中で支払いが止まったり、約束が守られないケースは非常に多いのです。


敬子さん(39歳)は8年前、二人のお子さまを連れて、借金を繰り返す夫と別れました。離婚後2〜3年は、夫から月5万円程度の養育費が敬子さんの銀行口座に振り込まれていたのですが、ある日突然止まってしまったのです。


「私たちにとって養育費はライフライン」という敬子さんは、振込みの継続を電話で訴えようとしましたが、夫と連絡がつかないのです。留守番電話に「お金を払ってください」と吹き込むものの、振込みは滞ったままです。しばらくして、風のうわさで夫が失業したことを知りました。


敬子さんは離婚当初、自宅でカルチャー教室を開いておりました。生徒数も少なく、月5万円程度の収入しかありませんでした。そのため、午前中は飲食店、午後は教室と仕事をかけもちして生計を立てていたのです。現在は生徒さんが増え、体力的にもきついので、お教室一本に絞っているようですが、月11万円程度の収入と児童扶養手当だけで親子三人が生活するのは厳しいものがあります。


「食費を浮かすために一食抜くこともあるし、お米を買ったり、子供の修学旅行などたくさんの出費があるときは怖くなります。洋服はなるべく買わず、友人からもらい、お風呂は一日おきです。電気代節約のために、家ではなるべく家族で一つの部屋で過ごします。親子でどこかの施設に入れたらと、何度もそんな気持ちに襲われます」



三人の子供を抱えて 自転車操業のような生活


母子家庭の母親は仕事をしたくても、子供が幼いうちは残業や出張ができないことを理由に企業から敬遠され、子供が大きくなれば自分が年齢制限などの条件にひっかかりやすいという現実が立ちはだかります。ただでさえ景気が低迷し、雇用情勢が厳しい中で、母子家庭の母親が大黒柱となって家計を支えるには極めて困難な状況にあるのです。


恵美さん(42歳)は、09年の秋に18年連れ添った夫と離婚をしました。
夫はカード破産を二度起こした末に事業に失敗し、うつ病を患ったうえに自殺未遂を起こしていたのです。大学生、高校生、中学生の三人の子供への影響を考えた末、恵美さんは夫と別れる決断をしました。夫は自分の実家からも借金をしていたため、子供の養育費などを請求することは最初からあきらめていたのです。


離婚後は、生計を立てるため、それまで勤めていた損害保険の事務職を辞め、より収入が望める生命保険の営業職に転職しました。「朝晩の食事はもちろん、子供のお弁当も毎日つくっています。子供に接する時間を失いたくないから、時間の都合がつくこの仕事を選びました」と恵美さん。


一戸建ての自宅は恵美さんの所有となりましたが、850万円の住宅ローン返済が肩に重くのしかかっています。


恵美さんは「成績によって収入が大きく変わる仕事なので、自転車操業のような感じですが、今のところ奇跡的に生活できています。ただ、万が一、子供たちの学費の支払いを滞らせてしまったら、と思うとちょっと怖い。正直、しんどいです」と明かします。


 ■不幸から抜け出そうとして別の不幸に見舞われる現実


養育費の支払いなどの約束を守ってもらうためには、離婚前に、法的な拘束力のある公正証書を作成したり、調停離婚をすれば、後々相手の資産を差し押さえて強制的に取り立てることも可能です。しかし現実には、夫婦間の話し合いによって別れ、その後、金銭的な問題がうやむやになってしまうケースが多いのです。


協議離婚後、夫からの養育費の支払いが止まった、真由美さん(34歳)はこう語ります。
「別れることを決めたときに弁護士を立てたり、裁判所に行ったりするのはつらいです。離婚後も、養育費の支払いが滞ったからと言って、弁護士を雇ったり、別れた夫に連絡をとったりして改めて向き合うのは、周囲が想像する以上に心理的な負担が大きいのです。しかも、母子家庭の現実は、仕事や子育てで毎日生活するだけで精一杯。他に物事を考える余裕なんてありません」


最近は離婚する活動、略して「離活」などという言葉が流行っているようですが、その奥には、母子家庭の貧困という大きな問題が横たわっていることを忘れてはならないように思います。


2万件を超える離婚相談を受けてきた夫婦問題研究家の岡野あつこ氏も、「周囲から孤立した母子家庭は貧困層に陥りやすい」と指摘します。


現代の日本社会では、親子や夫婦の絆の希薄さが指摘されておりますが、果たして、離婚をきっかけにした貧困をどこまで国が支えるべきなのでしょうか、それとも、個人の問題として捉えるべきなのでしょうか・・・。


不幸から抜け出そうと離婚したはずの母子が、別の不幸に見舞われるという現実を、今の日本は解決できないでいるのです。

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