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最近仕事が忙しくて、なかなかパソコンに向かう暇が無いので更新が出来なくてすみません。
皆さんのコメント読んで、次何書こうかな〜なんて考える時間も結構増えちゃいました。
コメント返す時間も無いんですが、ゆっくりやっていこうと思いますので宜しくお願いします。
氷室のコメント第2弾もう解散を淡々と語ってるヒムロック。
氷室のコメントは色々あるけどどれも面白いですね〜。
と言う事で、『PSYCHOPATH』の頃についてのコメントです。
この頃からけっこう自分の精神性とかについて突き詰めて考え始めてる。
だんだん真面目になってきてるというか。
曲にこそ表われてはいないけど、ソロになってからの「DEAR ALGERNON」だったりとか、その辺のベースになる何かをすごい自分で考えてるよね。
流れとしてはメンバーの動きももうバラバラで、オフを3ヵ月とってその3ヵ月の間にできるだけ曲を作って、みたいな。
布袋は久美ちゃん(山下久美子)とかいろいろもうやってたでしょ?俺はロンドンに行っちゃってるし。みんな口には出さないけど、これがラストのアルバムになるだろうと思って作ってるんじゃないかな。
「BEAT EMOTION」で一種極めた大衆芸能的な部分をブッ壊そうと思いつつ、それがうまくいかないジレンマが出てる。
とにかく、すげえプレッシャーが大きかった。
作品を作ることより過大評価されすぎてる自分に対して・・・”そんなに良くねえだろう”っていうさ。何でそんなに騒ぐんだよって。
ロンドンに行ってまで、「あっ、氷室さんだ」とか、もうヤメテよって感じだったな。
もともとパッと見てカッコイイとかって人ではないし、音楽をやってるから初めて存在できてる人だと思うんだよね。
それが何か違うところでワアワア言われちゃったりすると、自分ではもうどうしたらいいかわからないっていうかさ。
このアルバムで解散せずにあと1枚2枚作ってたとしたらねぇ・・・やっぱり1度確立したBOOWYのメジャー的な部分は壊せなかったと思うよ。
壊せないと思ったからこそ解散したんだし。
やっぱり何か一つの転機がないと、あそこまで大きくなったら難しいよ。
もう個人の意志だけではさ。4人が何かアクションを起こすことに関して全てがものすごい動き方で動くわけだから。
そうなると、流されてしまう。その姿って俺の中では不本意な姿だから、やっぱりあの時の解散は今考えても正解だった。
バンドに対しての愛情があるからこそ解散しなきゃいけない時ってあるもんなんだよ。
自分がやってきて、別に苦労もしちゃいないんだけどさ、それでも本当に好きでやってきたこのバンドが、もしもパブリック・イメージとかで歪んでいっちゃうんだったら、やっぱそこは4人で決着をつけたいというね。
「PSYCHOPATH」を一つの作品として見たとき、何か作品として集大成を残してから解散しようと思ってるんだったら、「JUST A HERO」をリリースした時点で解散してるだろうからそういう次元ではない。
大切なのは精神性だとか、4人が音楽に接する接点だとか、音楽と自分の距離だからその時点で自分のできる限りのことを注ぎ込んで作ったアルバムっていう意識がある。
その頃からもう何万枚売れてるとか無頓着になって。
まぁ、「JUST〜」が十万枚売れたぁってことですげぇ大ヒットとか思っちゃう人たちだから。実際、金がボコボコ入ってきたのはBOOWYを解散した後だよ。
BOOWYの後期のアルバムとソロの一作目あたりの印税がまとめてドッときた。
エーッ、とんでもないじゃん、音楽って。儲かっちゃうじゃん、みたいなさ。
それが逆に、音楽で一体何をやってきたんだろうと思わせたよね。
次に一体何をやろうかとか。
でも、そんなことを考えてると、周りの人と話をしても会話が弾まないわけよ。
だから俺「PSYCHOPATH」ってタイトルをつけたのね。
精神がちょっと異常な人ってニュアンスで。
普通は売れるところまでがピースなわけじゃない?売れて万歳、メデタシメデタシってみんなで言って終わるわけじゃない?どうもそれができなくてさ。
音楽を出すことでお金が儲かってポルシェ何台も買って大きい家に住んで欲しいものは何でも買えてじゃ寂しいんだよ、何かすごく。
そりゃ「MORAL」の頃はカネが入りゃ嬉しいし、音楽でガバガバお金を儲けてる人は当時の俺からすればヒーローなわけだ。
でも自分が実際にそのヒーローの対象となったときに”さぁみんな、俺を見習いなさい”とは俺は言えなかったんだよね。
”ほら、俺なんてこんなに情けないじゃん。
情けないけど、一生懸命あがいてるよ”としか言えなかった。
オン・タイムではビクターも徳間もシングル切らなかったのに、ボウイの解散後、徳間は「INSTANT LOVE」のCDとシングルを4枚も切ったんだね。
はじめてみるよ。うわぁ、ジャケットなんかみんな一緒なんだ?アルバム9曲中8曲シングルにしてるっていうのもスゴイよな、笑っちゃうよ。
だけど裏ジャケットが”ブーイ”になってる。
てことはその頃”ブーイ”だったんだ(笑)。徳間もやるねぇ。
ポスター、誰のおかげで作ったと思ってるんだ?マコっちゃんと松井のおかげだぜ(笑)。
シングルにするってことはキャッチーな曲ってことだから「INSTANT〜」はほとんどシングル向きの曲ばっかり、ってことになるな。
何がシングルになってないんだろう?ややこしいな。
「知らせてくれなきゃ」だよな。やってる本人が知らないって、どういうことよ(笑)。
「シンフォニック」か。こりゃすげえや(笑)。
ボウイ時代、シングルがヒットするのって、大事なことだと思ってなかった。
名詞がわりというか、シングルの存在ってあんまり大きくないんだよね。
だってアルバムに10曲収録したとして、自分の感じることや表明したいことってそれでも足りないくらいだから。
だからシングル選ぶ基準って、できた曲の中でキャッチーなモノとかそういう基準でしかない。歌といってあんまり軽い曲でもね。
曲を作ってる時にこれはシングルかな?って思う時もたまにはあるよ。
「SUMMER GAME」とか、ああいうのは作った瞬間に”あっ、シングルっぽいな”なんて思ったけど、シングルを作ろうとして作ることはない。
とにかくBOOWYは、俺のソロもそうだけど、シングルについて策略めいたことはない。
もちろん、スタッフは考えていただろうね。
でもそのへんの割り振りは完璧にできていたよね。
音を作ることではバンドサイドに百パーセント任せてもらって、そこからどういうプロモーションに持っていくかというやり方の部分は完璧にスタッフサイド。
その姿勢は今でもいい意味で残ってるね。俺が作った曲をどこに持っていこうがどこのコマーシャルにブチ込もうが、それはもう関係ないっていうか、お互いが立ち入っていいフィールドははっきり決まってるよね。
俺の場合、中学生の頃はあったけど、シングル盤を買って聞くって行為はほとんどないんだ。
子供の頃は確かにシングル盤のわかりやすさなんかで、そのバンドを好きになったりしたことはあったけれど、シングル盤を買うなんてここ十何年かないんじゃないかな。
「マリオネット」には思い入れがある。
っていうのも、これ以前に売れちゃってる実績があるから、どうせ売れちゃうんだったらこれも売れるかなって実験的なことをした。
”これでも食らえ!”的な(笑)。
歌詞なんて勝手なことを言ってるし、やっぱりシングルってラブソングで気持ちがよくわかったみたいな概念があるじゃん?それにとらわれてたまるかという、俺たちはロックバンドだぜって。
最初のビデオ撮ったときのツアーでやってたステージは、何か映画のブレードランナー的なオブジェがあった。
服装がみんなバラバラなのは、俺だけ違うスタイリストの衣装だったから。
この前のスタイリストはけっこうロック系の人で凝ったものをゴテゴテやっていたんだけど、それがいま一つ洗練された感じじゃなくて、ためしに沢田(研二)さんをずっとやっていた人に頼んだの。
そしたら時間的にメンバー全員分間に合わなくて、オレだけ新しく上がってきた衣装を着て、みんなはその前に使ったやつをそのまま、というさ(笑)。
ライブのビデオを見てステージングを自分で研究するようなことは、あんまりしないなぁ。
客観的にみたらオレもかなり不自然な動き方をしているんだろうけどね。
でも本人としては音とかなりシンクロした形で自然に出てくる動きを重要視してる。
鏡の前でアクティングしてみたりってこともないし。
リハーサルはほとんどみんな動かないで、どう音をまとめていくか?その部分に集中してる。
だから客のエネルギーに呼応して自分の身体が自然に動けばそのままだしさ。
もしも2回ビデオ回したら違う動きが出てくると思う。
ほんとは立ち位置が決まっていてとかいろいろあるわけですよ、エンターテイメントを見せるためには。BOOWYの時は一貫して決めたことは無しだし、何かが起ころうとそれはよしとするというのは暗黙の了解であったから。
ずっとやってくれてた証明の人なんかは”どう動くかわからない分、逆にやりがいがあるし、逆に自分もそのライブに参加している意識が余計に高まる”って言ってたよね。
証明の”組み”には設計図があるにしても、そこでどういう動きを拾うか、自分の仕事の範囲内で表現することがすごくスリリングだってね。
MTV以降、ビデオ・クリップが音楽の重要なアイテムになったって言われるけど、日本でビデオ・クリップがすごく浸透したって意識は、オレ、あんまり持ってないな。
日本はやっぱりそんなにMTVみたいなああいう確固としたメディアがないじゃない?24時間ずっとやってるようなさ。
日本はビジュアルに関してまだまだ意識が低いなって判断してる。
面白いクリップなんて米米クラブぐらいしかないしね。ほんとによくできてると思えるのは。
ただ映像関係のスタッフとかで、この人けっこう才能あるなと思う人は何人かはいるんだけどね。
ビデオって、やっぱりコストがかかってるなっていう次元で納得させちゃう人たちってたくさんいるじゃない?そうじゃなくて、ほんとうに才能だけで勝負してる感じがほしいよ。
まだ、自分の中で、ビデオを氷室京介の音楽を伝えるためのすごく大きなメディアとしては、そんなに考えてない。
「CASE OF BOOWY」はレーザーディスクで持ってます(笑)。
これはもともと4時間のライブをやろうといって始まった話なんだよね。ていうのも、ブルース・スプリングスティーンのコンサートを見に行った後でね。
スプリングスティーンのライブはすごい親切というか、自分のやりたいことを伝えるために必要最小限の曲を選んでも、きっとあの長さなんだろうなと思って。
BOOWYってすごい変化してきたバンドだったから、その変貌の過程を見せて自分たちの実物を伝えるのがいちばんわかってもらえるかなってところで企画したんだよ。
結果、4時間はやってないけど寝。休み時間を入れて3時間半くらいかな。
やり終わった後、充実感に満ちてさ、ビート系のバンドで3時間半といったらけっこう極限だからね。
特に松井なんかは全部ダウン・ピッキングだから・・・体育会的な燃え尽き方でした(笑)。
若くないとできない的な。
自分の中で一つ確認したかったこともあったよね。
だから「MORAL」からも後半のアルバムからもたくさん選んでバンドの過程を確かめた。
で、コアになってる自分の部分は全然変わってないことがやっぱりわかったな。
でした。。
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