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ブーちゃんが備前焼窯元『敬楽園』に来て丁度一年が経った十一月の末。
冷たい風に落ち葉が舞っていた。
庄衛門を訪ねたブーちゃんに、
「おう、来たか。どうじゃ。」
何時もの会話から、庄衛門はポットの湯で抹茶を点てた。
書斎兼用の三畳の茶室に二人は膝を突き合わせる様にして座っていた。
「ブー、ウチに帰ってこい。」
ブーちゃんは、お茶うけの金平糖を丸呑みして庄衛門を見た。
「!はい。」他の返事は見当たらない。
「じゃ、大将に会いに行こうか。」
つい今着いたばかりで、一服のお茶も飲み終えない内に、庄衛門はもう立ち上がっていた。
晩秋の夕暮れは一気に夜を手繰り寄せる。
新幹線の中から大将には電話を入れておいたが、朝出掛けて早夕方に帰って来たブーちゃんに、大将は首をすくめて見せた。
大将は、斜め向かいの寿司屋の二階に部屋を取り、庄衛門を迎えた。
簡単に話を済ませた庄衛門は、
「じゃあ儂ゃ帰るぞ。」と、まるで近所の爺さんが通りすがりの挨拶でも交わす様に帰って行こうとするのを、二人は必死に止めた。
「気イ使わんでエエ。儂ゃ明日は用事が有るで、ブーも支度が有るじゃろ。
大将とも、ゆっくり話して・・。来るんは、急がんでエエぞ。」
夜になって、一段と風が強く成って来ていた。
「やれやれ、ビックリしたな。」
大将が一升瓶を抱えてブーちゃんの部屋にやって来たのは、もう十一時になろうとしていた。
「儂ゃ帰るぞ。」と言う庄衛門を岡山駅迄送り、ブーちゃんが帰って来たのはつい先の事だった。
「今日はお疲れさんじゃったな。でも、凄いな。アノ迫力は。噂以上じゃな。」独り言の様に言う大将に、黙ってブーちゃんは酒を注いだ。
「何時も、あんな調子なんか。独断でセッカチで。・・ブー、大丈夫か。」
酒を一口飲んで、大将が一寸心配顔をする。
「アはは、大丈夫ですよ。何時もアアですから。」
大将が注いでくれた酒を手に、
「と、言う事は、知らず知らずのうちに鍛えられて体力が付いているのかも知れませんね。」とブーちゃんは笑う。
「そか。うん、!じゃ、其の体力に、期待してエエんじゃな。今夜。」
ヒヒッ、と甲高い笑い声で、大将はブーちゃんの足を突いた。そして、口を尖らせてブーちゃんに顔を向けた。
ブーちゃんは、大将の側に寄って、ハイっと口を被せた。
大将の口からブーちゃんの口へ、とろりと酒が流れ込んだ。
(とうとう、この日が来たか)二人の思いは一緒だが、一切言葉にする事は無い。ただ、今まで通り、戯れ合って、抱き合って、寝た。
引っ越し準備等無い。少しばかりの着替と数冊の本を段ボールに詰めて送り、一日を過ごし、寝た。
「もう、行け。」と言われた二日目、ブーちゃんは、ふんどし数枚の入ったリュックを背負った。
「!、行くか。」「はい、・・あ・」
「挨拶なんて、するな。黙って、行け。」「・、じゃ」
大将は、急かす様に、背中を押した。
駅迄はほんの数分で着く。列車の時刻迄は三十分も有った。
ブーちゃんは、ゆっくりと町の景色を見回し、敬楽園の看板を振り返った。
駅には列車を待つ人影はなかった。
「おい、ブーやん、黙って行く気じゃったんか。」
「あ、佐アやん!。」
「大将から電話貰うた。この電車じゃ思うてな。ワシにも、餞別くらいさせちゃれや。ウチのセンセからも、じゃ。」
「そんな、餞別だなんて。・・!なら、餞別の替わりに、佐アやんのふんどしが欲しい。」「ほえ!・・・」
佐アやんは、ふんどしを丸めてブーちゃんに握らせ、
「朝、替えたばあじゃけん。・・お前のも、呉れや。」
一寸照れた様に言う。
「そうじゃ、後でセンセのも送ってやるわ。ブーやんの所を教えて呉れな。
餞別あ、人の気持ちじゃけん、チャンと受け取って呉れ。」
<ブワーン> 警笛が鳴って列車がホームに入って来た。
ブーちゃんは、佐アやんの手を両手で包む様に握った。
「元気でなあ。」
今度は、佐アやんがブーちゃんの手を包んだ。ギュッと強く握って、
「さ、行け。辛抱せえよ。」下を向いて言った。
ブーちゃんは、ドアに顔を押し付けてホームを見続けた。
佐アやんの姿が小さく成る前に、見えなく成った。
二両編成のローカル線の車窓を走り去る景色は、田園と小山と疎らな人家・・・一年前と同じ景色の筈だった。
<了>
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