MONOKURO STYLE〜大人の休み時間〜

白でも黒でもない..........そんなキモチの日もある

■FOOD

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MONOKURO STYLE @ EAST



              ■FOOD ベジタブルライフの肖像




 春から夏へ........衣替えの季節に突入するとサラリーマン達の姿もあちらこちらでノーネクタイ姿が
見えて来る。所謂、クールビズと言ったところだが1年中、クールビズの僕にとっても何の違和感も
なく自然に解け込めるのもこの季節であろう。そして僕は、数ヶ月前に発覚した首周り3センチ増の現実から、僕なりに食生活や日々の軽い運動を少しは意識するようになったいた。
 不思議なもので、人は少なからずその立場や現状を叩き付けられなければ、自ら行動に移せないもの
なのか、僕自身隠れメタボという紛れもない現実に、始めて危機感を覚え、その時点から肉食から
草食動物へと意識して変わろうとしていた。
 そして気が付けば、食品1つ1つのカロリーを気にする様になり、毎日カロリー摂取量の足し算を
する習慣が、まるで経理担当が電卓をはじく様に知らず知らずのうちに、生活の一部として根ズいて
来ていた。ここまでする事が良い事なのかどうか分からないが、年齢とともに重くなって行く身体の
重みを考えれば、やむを得ない選択なのかもしれない。

 そんな、ベジタブルな生活を仕方なしに好むしかない僕に偶然ともあろうか、ある地方の農家の
仕事が舞い込んで来たのは、つい先日の事である。 農家と言っても、おのおのの畑や田んぼで
作った野菜や米などを産業会館で販売するという、その町の農家の人達にとっては、大イベントと
言ってもいいかもしれない。僕はそのイベント的、お祭りのポスター撮影を行う為に、もう一人のスタッフの青木と一緒に車を走らせていた。

静かな山間に、さらさらと流れる小川。まるで童謡の歌詞にも出て来る様な光景は大自然という大きな
台所のように見えて来て、ここで生活する全ての人の健康的スタイルが手に取る様に伝わって来る
 そして、3時間かけて辿り着いた場所に、今回の舞台となる産業会館が見えて来た
直ぐさま、担当者が出て来て僕を館内へと導き、この町の歴史やら農家人口の減少の問題などを
切々と話し始めた。


           「今は、農家をやられている方はどの位いるんですか?」

           「そうですな.....めっきり減りましてな〜20軒くらいですかね〜」

「20軒ですか.......」

           「昔はこの町のほとんどの家が農家でしたわ......」
「若い人が、この町から出て行ってしもうて後継ぎがおらんですね...」

担当者が語る、切実な内容に紛れもない現在の農家離れの現実が映し出されていた
そして、僕はいくつもの課題を突き付けられながらも多くの集客に結びつけられるような作品を約束すると言ってその場所を後にした。

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そして僕は、帰りの車の中、どことなく自分自身の田舎に似ている光景を車窓ごしに眺めながら、
何か良い案がないかと頭の中で考えていた。 そして暫く走った所で、あるものが目に止まった。


    無人野菜販売所.............

僕は、すかさず車を止めさせ、その販売所へと足を進めた

     今朝取れ立ての卵 3個50円.........

     キュウリ5本50円......トマト5個200円.............

他にも、数々あれどどの野菜も破格の値段だった。
そして、その横に置いてある大きな木製の箱には「お金はここに入れて下さい」と一言。
東京でも、僕の田舎でも見た事のない、こんなカタチの商いに驚きを感じてしまった

 そして、そんな驚きの光景を目の辺りにした僕は、しばしその場所で佇んでいると遠くの方から
人が近付いてきた。


     「いらっしゃい...........」

「こんにちは、いや〜僕始めてこういう店を見たんで......」

     「店って言う程じゃないよ.....あたし達が食べれるくらいしか作っちゃいんからね」

「それでも安いですね! おばあちゃんが畑をしているんですか?」

     「そうね....今は、じっちゃんがこんなだからね......一人で作れるのはこんだけだね...」


僕は、お婆ちゃんの横でもの静かにこちらを見つめている、車いすに乗ったお爺ちゃんの姿を見た

      「お婆ちゃんの所も、今度の産業会館のイベントに野菜を出すんですか?」

      「とんでもね〜よ.....こんなチッポケの百姓の作ったもんなんか出す程ないよ...」

「そうですか.....お婆ちゃんは毎日ここで売ってるんですか?」

      「そうやね...朝、取れた分だけ売ってんよ」

僕は、すかさず財布から200円を取り出すと目の前のザルに置かれたトマトを購入して青木と
その場で齧り出した。

        「上手い!モノクロさん上手いですね〜!」

青木の興奮状態の叫びとも言える一言に、僕もつられてかぶりついた。

太陽の日差しと、この大自然の恵みを一杯に注ぎ込んだトマトには確かに東京でいつも食べている
モノとは違う美味しさが伝わって来た。もしかしたら、ただ当たり前のように食べているから
その美味しさを感じなくなっていたのかもしれない..........。

あまりの感動に、僕と青木は本当のトマトの味というモノはこういう味なのかと噛み締める様に
その瞬間を楽しんでいた。そして、この味をスタッフにも食べさせたいと言う想いから、そこに並べて
あった5つものザルの上のトマトを購入した。

 トマトひとつに、こんなにも感動してしまうものなのかと微笑んでいるお婆ちゃん.......
そして、そのお婆ちゃんを支える様に車いす姿になっても店に立つと言う商人魂一杯のお爺ちゃん。
僕は、野菜1つに刻まれた幾つもの想いや、ドラマがあるのだと感じていた。

 そして、お婆ちゃんはそんな単純な僕たち二人を暫く見ていると奥の方でガサガサと何やら
袋詰めをしていた。そしてしわくちゃな顔でその紙袋を突き出した

          
        「おに〜ちゃん達、これ持ってって.............」

「お婆ちゃん! いいですよ! 」

        「いいの、いいの、どうせ畑に行きゃ一杯あるだから」

「でも、せっかくの売り物なのに悪いですよ」

 何と言っても、一歩も引かないお婆ちゃんの半ば強引的お土産を受け取ってしまった僕たちは
また寄らせてもらう事を挨拶に、その場を後にした。そして車に乗り込み、頂いた紙袋を足下に置いた
瞬間「チャリン♪」と鈴の音の様な音が聞こえたのを感じた僕は、もっと大きなお土産をもらった事に気付かされた。
 そこには、大きなキャベツが1個とキュウリと茄子が5個ずつ........そしてその野菜達を優しく
上から覆う様に、無造作に破れたチラシ広告が1枚入っていた。
 

                
 今日は、ありがとね

美味しそうに食べてもらえて

じっちゃんも喜んでるよ

帰り道、安全運転で気をつけての


そのチラシの裏側には、マジックペンで震えながら殴り書きした様な文字が幾つも並んでいた
そして、袋の奥の方にはタオル生地を縫い合わせたような、お婆ちゃん手作りの鈴の付いたお守りが
恥ずかしそうに入っていたのである。

 僕は、青木と二人.........。
帰りの車の中、もう1つずつトマトを手にすると、今度はお婆ちゃんの優しさを一口一口噛み締める
ように味わった。その味は夫婦で食べるほどの数しかない野菜を惜しみなく差し出す優しさと
喜んで食べてもらえればという野菜達への愛情さえ感じる普段では味わえない甘みを感じた瞬間だった


                                モノクロスタイル



 

林檎に隠された言葉

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■FOOD 林檎に隠された言葉



長い長い大型連休も終わり、何気ない普段の時間を取り戻した街はいつもの賑やかさが戻ってきたかの
ように感じるが、世間では大型百貨店の閉店や豚インフルエンザの騒ぎなど景気とは畑違いの事で大騒ぎになっている。さすがに僕自身、飲食業や百貨店をクライアントに抱えている今、歴史ある名所が消えて行く事.........そして、食品業界の今後の動向が気にならない訳がない。そんな事もあってか僕はそんな世間の流れとは別に、長期の休暇とは久しく無縁になっていた。正確に言えばクライアントが動いている以上、僕の時間もなかなか止められないのが現実なのかもしれない。

 そして、そんな長期の休み明けになると決まって、嵐の様な時間が押し寄せてくる。仕事の始まりとともに鳴り響く電話のベルと宅急便が持ち込んで来る資料の対応に追われる日々がまた始まるのでる。
そんな中、夕方に持ち込まれた荷物の中に僕は一瞬の癒しと懐かしさを感じた
 それはガムテープで、これでもかと頑丈に巻かれた大きな段ボール箱が1つ。

そう、僕は、この箱が毎年届くたびにあらためて季節を感じ、その送り主の安否を感じ取っていたのだ
 それは、同じデザインの仕事を目指して上京し目標を目の前にする寸前で奇しくも帰郷しなくては
ならなくなった松田から贈られてくる段ボール箱一杯の林檎なのだ。
 そんな松田とは、田舎は違ったが、10年前に林檎園を営む父親が倒れてからは家業を継ぐ為に
究極の選択を強いられ、志し半ばで青森に帰って行った仕事上の戦友でもあったのである。
                                    
     そして拝啓 モノクロ様 お元気ですかで始まる1枚の便箋には決して上手いとも
言えない右上がりの文字で相変わらずの近況報告と僕に対しての応援メッセージとも取れるような
優しい文章が並んでいた。そして箱の中の林檎の香りが便箋に微かに付き、文字を追うごとに僕の嗅覚を懐かしい思い出と一緒に刺激してくるのである。

 松田は、僕が始めて食べた林檎の美味しさを褒めた時から、馬鹿の一つ覚えのように毎年自分の造った林檎を贈って来るのである。それは、まるで子供の頃に母親が作った炒飯を、美味しいと一言、言ったために1週間も続けて炒飯を出して来た時の様な気持ちと同じ様なものだろう。

 僕はそんな林檎達を、見つめながら元気な松田の姿を想い、松田の住む町の匂いまでを感じ取ろう
としていたのであろう                      イメージ 2

そして、手紙の最後に書かれていた文字には長男が後継者として林檎園を手伝いだしたと一言。
さらに、箱の隅に1つだけ新聞紙に包まれた中身は、ジョーク混じりの四角いカタチの林檎があった
 
僕は、その最後の文字を見た時に、残すべき大切なものと、残さなくてはならない歴史というものを
あらためて感じたのと同時に、広告デザインという夢へのカタチから新しい林檎のデザインへと代えた
相変わらずのユニークな一面の中に、まだ松田の心の中にデザインするという気持ちがまだ残っている事に切なさを感じていた。そして、そんな松田の今の夢を遠くから応援したいという気持ちがさらに大きくなっていたのである

 僕は、その気持ちを受け継ぐことが松田に対しても失礼のないカタチだと思った

 そして、部屋中に広がる青森の香りに包まれ、いま、林檎を見つめながら一人僕は想う........
父から息子へ..........松田から僕へ..................時代が変わっても受け継がれる大切な歴史とは
こういう「想い」の事を言うものなのだろうと。
そして汗と涙の結晶とも言える松田の林檎を、どう味わって食べて行こうかと...........
考え込む季節も、毎年この時期なのである

                                  モノクロスタイル

心の中のフォトグラフ

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■FOOD 心の中のフォトグラフ



桜の花があちらこちらで開くと同時に1軒のカフェがこの春、オープンした
兼ねてから取り引きを頂いていたカフェレストランの7号店といった所だろうか.............
人混みで賑わう環境とは打って変わって閑静な住宅街にその店はどっしりと身を置いた
 僕は、そのオープン時のレセプションの為、朝からその店にいた。店内はオープン10時を前に
がやがやと活気付いていて、外の様子など伝わって来ない。それぞれの役割と成功を願いスタッフ達のモチベーションも上がっていた。 そんな店には、今回のオープンに当たっての目玉商品というものがあった。
それは、先着50名にパンケーキの試食品とオリジナルのカップをプレゼントするという試みだった

 いつの時代も、人は『限定』や『先着』という言葉に弱いものである
これも、広告業界の基本だが、いかに客を引き寄せるかはこのキーワードで決まる。
自分としては、そんなに興味ないものでも行列に並ばなければ損した様な気持ちになってしまったり
やっと並んで、限定品を手にしたときには妙に達成感が湧いて来たりと......これも日本人ならではの
特徴だろうか..........。
 例えが悪いが、まさにベルの音を聞いただけで涎が出てしまう「パブロフの犬」状態に近いもの
だろうか、『先着』や『限定』という言葉を聞く事の経験で後天的に獲得された反射行動。
いわゆる無条件反射は抑えられないものである。

そんな、反応に敏速に反応してしまった人達が、オープン30分前にはかなりの列を作り始めていた
僕は、混乱を招かぬ様に裏方業に徹し、並んでいる人達に温かいコーヒを配っていた。

自分がざっと計算した感じだと、60名くらいだっただろうか..........その最後尾あたりに一人の老婆が
いた。 腰を丸めて杖を頼りに辛うじて立っているという様な、その老婆は今か今かと開店を待ち望んでいるかのように行列の隙間から右や左に顔を覗かせていた
 僕は、そんな光景に何か感じさせるものがあって、老婆にそっとコーヒーを差し出した

  「おば〜ちゃん、わざわざ来て頂いて有り難うございます」 イメージ 2

  「あ〜、はいはい........」

シワくちゃな顔が笑うと余計にくちゃくちゃになった

  「どちらからですか?」

  「はい.......中野からです........」

老婆は、満面の笑みを浮かべながら僕に囁いた。
並んでいる位置からしても、到底 試食品+カップはもらえそうもない.............
かといって、この老婆の為に自分が順番を割り込んで並ぶ事も出来そうにない................
僕は、どうにかしてあげたい気持ちと、どうにも出来ない気持ちで揺れ動いていた

そんな事を、考えている間に開店となり列はゆっくりと前に進み始めた
 僕は、老婆の事が気になり目で追いながら列を店内へと誘導していた

店は、予想通りの反響と熱気に包まれ店内のテーブル席はあっという間に埋め尽くされていた
 そして僕は、そんな賑わう状況の中で一人テラス席に座る老婆の後ろ姿を見つけた
テーブルにも椅子にも、この店で買い物をした形跡が何処にもない.............
ただ、小さく丸まった背中で美味しそうにコーヒーを飲む姿に僕は、徐に近付き声をかけた

  「おば〜ちゃん。.......お疲れになりましたでしょ?」

  「・・・・・・・・・・・・」

老婆は、にこりと笑いながら軽く会釈をすると言葉も発しないまま再び外の景色を見ていた
 僕は、気に触った事でも言ったのかと一人考え、次の言葉を探していた

すると今度は、老婆の方から話しかけて来た

  「おに〜ちゃんは、思い出の風景ってあるかね.........」

  「あっ?!....................はい.........田舎ですかね...........」

突然の質問に、答えを考える余地もなく思わず生まれ故郷の場所を口に出した

  「そうね.........やっぱり田舎ね.............」
  「私はね........ここが田舎なの..............」

僕は何を言っているのか理解に苦しみ自問自答を繰り返していた

  「おば〜ちゃんの田舎ですか.........?」

  「そう、私はこの場所で生まれたの.........」
  「だいぶ変わってしまったけどね...........あの桜の木だけは子供の頃からあるね.........」

老婆の目の先には、何十年もの歴史を背負い込んだ桜の木が一本、堂々と立っていた
 その桜を、まるで我が子を見つめる様な優しい眼差しで見つめる老婆

僕は、この老婆とこの店の意外な接点を気付かされた

 戦後に家族10人でこの場所に暮らしていた事..................
老婆が末っ子として生まれ、この木に登って怒られていた事..................
1つ1つの思い出を、そっとページをめくる様に物語っていった

そして今日、昔の思い出の場所にたたずんで、あの頃の風景を思い出していた事も...........


僕は、この老婆の流れる様な思い出と春の香りの中、あらためて気付かされた
 この老婆の様に、その場所に色々な思い出や気持ちがある事を........
そして、その場所にたたずんだ時に、忘れかけていたものが見つかる事もあるんだと........。

新しい店が一軒立つという事は、その歴史がいま始まると同時に、それぞれの懐かしさを思い出してくれる場所にも変わるんだと.........そして、そんな昔の思い出探しに店を訪れる人の為にも潰す訳にはいかないとあらためて誓う春の日だった

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■ FOOD 自己中心型プレイバック



昨日、1本の電話で夕食の内容が変わった。
いつもの僕なら、何かと忙しさを理由にと言うよりは自炊をあまりしないと言った方が早いが
外食で簡単に済ますことがほとんどだ。その日の気分で好きなものを好きなとき食べる事ができる
なんていうのは僕のライフスタイル的に合っているのかもしれない。
 そんな矢先、打ち合わせが終わって戻る途中に、携帯がなった。

  「うぇ〜い?!」
  「はい?」

  「に〜はお〜!」
  「中国人?」

そんな、私は誰でしょう的なゲーム感覚の時間が5〜6分続いただろうか、その間電車の中の
自分はと言うと会話にもならない携帯を耳にあて、周りの人達の視線を感じながら電話の相手が
一体、誰なのか焦る気持ちで考えていた。

暫くすると、電話の相手はしびれを切らしたのか正体をばらして来た。

  「前島だよ〜!」
  「前島?」

  「お前、本当に分からなかったの〜?」

いきなり、中国語で電話して来ても、誰が前島と気付くだろうか...........納得いかない一言に
テンションは下がりっぱなしだった。

前島と言えば、学生の時の友人で、昔からこんな感じだった

自分がこうと思えば、尽き進む。自分がこう思う時は相手もこう思っているに違いない......と
世間でよく言う、典型的な自己中心的タイプだ。
 そんな性格だから周りの人間はよく振り回された。
そして、今日。この前島が中国での出張を終えて戻って来るのだという

そして、ご丁寧なことに中国に行っている間に覚えた料理を作ってやると、まさに有り難迷惑な
電話をして来たという事なのだ。

僕は、とくに夕食の事も考えていなかったことと、久しぶりに中国の土産話でも聞いてやるかと
前島を自宅に招いた
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久しぶりに合った前島は、相変わらずハイテンションで....

  「おい、久しぶりだな〜! 生きてたか?!」

生きていたからさっき、電話に出たんだろう............................。

  「おい、中国すごいよ〜! お前、知ってる〜?!」

僕には日本のことしか知らん................................!

少し痩せたようにも見えたが、マシンガントークと一応的な性格はどこに行って来ても
変わってないようだった。

そんな感じで、中国の話しやら学生時代の話しやらをしながら前島はまな板を叩く
僕は、缶ビールを片手に何度も聞いた話しをおつまみに酔えない酒を飲んでいた

そして、出来上がったのが『四川風マーボ豆腐』。
前島は、中国のマーボ豆腐の歴史が100年以上もあることや中国のスーパーにはマーボ豆腐を
創る調味料が豊富に置いてある事など、永遠とマーボ豆腐のことを話しまくっていた。

僕は酔えない酒を飲みながら、前島の創ったマーボ豆腐を食したが意外と美味しく出来て居た事に
感心したと同時に、前島はマーボ豆腐しか創れない事を察した。

前島にとっては、覚えたてのマーボ豆腐を誰よりも一番に自慢したかったのだろう............

そんな性格は、学生の時から変わってない.........


いつの時も、一番最初に前島の自慢を見せられる役目が僕だったから分かる..........そんな夜だった

変わらないモーニング

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■FOOD 変わらないモーニング



普段から朝は食事をしない僕だがここ1週間はこれにはまっている。
その名も「玄米フレーク」なのだが、いまとなれば健康お宅になりかけた時期にも食べたことが
あるような気がする。そもそも比較的朝食抜きのスタイルは学生時代から始まっていたのだが
仕事をするようになり、ふと息抜きのつもりで飲んだコーヒーが火をつけてしまった。

それからというもの、毎朝コーヒーを飲むことから1日が始まったのだ
不思議なもので、毎朝飲んでいると当たり前のような感覚に陥り、コーヒーなしの生活が考えられ
なくなっていた。恐ろしいことに一種の中毒症状だったのだろう。
そんな生活の積み重ねが、いつまでも続くわけはなく、案の定、僕は胃を壊し医者からコーヒーを
止められたのだ。そんなきっかけで健康に対して異常なほど過敏になっていた時期もある。

そのときこそ、健康お宅であった時期だったのだ。 イメージ 2
あらゆる健康食品を食し、いろいろと試みたのもこの時期だ

そして、また戻ってきたのがこの食事。

今朝もこの「玄米フレーク」の力で生命の源を作ってもらうわけだが
ふと思うことがある...子供の頃に似たようなものを食べていたな〜と

その頃の記憶では、確か「ケロッグ」と言っていただろうか....
健康になんか全く、興味がなかった少年時代

食べることより、箱の中のおまけが欲しくて母にねだった事を思い出す.....

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