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■ZAKKA 時間をくれた老婆 時代の流れとともに変わる行くもの..........そして、その流れとともに消えて行くもの。 人は、日々当たり前の時間の中で、意識する事もなく消えて行くものの存在すら忘れて行ってしまう ものだ。デジタル化の現代、パソコンに携帯など人間が作り出した数々の商品に無意識のうちに操られ そして依存して行く。まさにコンピューター時代の陰で、アナログ的なモノは静かに姿を消して行く そして、人の心までも機械的な世界へと引きずられ本来の人と人との触れ合いが少なくなって来ている様に感じるそんな日に、僕は忘れかけてたものを思い出させてくれる様な出逢いに遭遇した。 僕は、その日、朝から捲し立てられるほど鳴り響く携帯とオフィスの電話に追われていた。 と言うのも、この日の僕はスタッフのほとんどが地方への出張という事で留守番係と言う役目を嫌でも しなくてはならない状況だった。オフィスに一人で残されて、全ての対応をして行く事が、こんなにも 大変な事なのかと、あらためて感じながらも、僕はその日予定されたいたクライアントの講演会に 出かける準備をしていた。 そして、PM3:00時からの開演に間に合う様に、電車に飛び乗ったのだ。 冷静さを保ちながらも、鳴り止まぬ携帯の着信を見ながらも、この場で話せない苛立ちに僅かな 苛立ちを感じていた。 そして開演30分前に会場入りした僕は、クライアントに軽く挨拶をすると 携帯の着信履歴に1件、1件ダイヤルしていた。 ところが朝から始まっていた携帯への着信攻勢で 10分もしないうちにバッテリー不足で電源が落ちてしまったのだ。 僕は、便利性の中にも不便さを感じながら公衆電話を探しに外へ飛び出したのだ。 歩いても歩いても見えないコンビニ、陰もカタチもない公衆電話。 僕は、現代の便利さの中で、失われてしまった公衆電話を、いままさに1番必要としている自分が いたのだ。 焦りと不安の中、僕はどのくらい歩いただろうか、1軒の公民館のガラスドアの向こうに 見える公衆電話を発見したのだ。 しかし、ドアを開けて電話に近ずくなり、横から来た老婆と 電話の前に立つタイミングが合ってしまった。
「あっ、お先にどうぞ!」
「いえいえ......お先にいいですよ」
「いえ、大丈夫ですよ!どうぞ!」
「いえいえ、あたしは大した用じゃないですから.....」
僕は、こんなやり取りの後、この老婆に電話を譲ってもらい財布から徐に100円玉を出して
公衆電話に入れた。 しかし、何回やっても入っていかない100円玉に焦りは最高潮となり知らず知らずの内に、テレホンカード自体持っていない自分も完全にデジタル人間だと気付かされた 僕はどうする事も出来ない現場に一人、あるはずもないテレホンンカードを探していたのだ。 「おに〜ちゃん! これ使ってええよ」
「あっ、いいですよ!」
「あたしは、大丈夫。大した用じゃねっから」
「でも本当に大丈夫ですから!」
「いいの、いいの、娘に電話だっから」
「じゃ〜、売って下さい?」
「いえいえ、使ってくだせ〜。あたしはこれがあっから」 何とも引かない老婆が差し出した右手には、穴が沢山空いたテレホンカードが1枚あった。 そして、いかにも購入してきたばかりの様な、携帯電話の箱が入ったショップの袋をぶら下げていた 僕は、「携帯があるのに....?」と疑問を感じながらも、ご好意に甘え先に使わせてもらった 数件の電話をかけて、老婆にあらためてお礼を言おうと振り返ったが、そこには老婆の姿はなかった 僕は、どこへ行ってしまったのだろうかと思いながら公民館の中を探す先に、1つの文章が入って きたのだ。 『はじめての携帯電話の使い方講座』
僕は、この文字を見てはっと思った。
もしかしたら、さっきの老婆はここに来ていたのだろう..........そして、覚えたての携帯を使える訳もなく、ただ娘さんに携帯を購入した事、そして講習会に参加 して来た事だけを伝えたかったのでは.....と思った。 僕は、人と人との触れ合いが少なくなった現代の中で、囁かな優しさをもらった事に心が動かされた そして、幾つも幾つも穴の空いたテレホンカードが、老婆にとって娘さんとの距離を縮める手段だった に違いないと...............僕は、大切な娘さんとの時間をも譲ってもらっていた事に老婆の優しさと時代が変わっても、失ってはいけないものの寛大な心を1つ残して行ってもらった気がした モノクロスタイル
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■ZAKKA
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■ZAKKA メタボへの案内状 3連休の間、僕はこの4月に南青山にオープンするカフェレストランにいた。 オープン間近の打ち合わせともなると最後の念入りな打ち合わせ、そしてやイベントの最終確認やらで 気が付いたら3日間同じ場所に通い詰めていた。 そんな、カフェとオフィスの行き来を3日も繰り返していた中でも、季節の変化はシッカリと感じて いた。この温かい陽気に春を感じ、打ち合わせの帰り道、1軒の店のショーウインドウで足が止まった そう、なぜかふとワイシャツが欲しくなったのだ。 ワイシャツと言うと、昔から僕は、ネクタイが大の苦手でサラリーマンだった頃は満員電車よりも、 このネクタイという奴に首を締め付けられている感じが耐えられなかった。 そんなこともあって 自由の身となるフリーの立場を選んだ訳ではないが、今は、当然のごとくその首の締め付けからも解放され、むしろ1年中、クールビズ状態だ。この首から入り込んでくる風の優しさと、何かで締め付けられていない自然な感じ................。 まるで、首輪を外された犬のような開放感がたまらなく心地良いのである。 季節は人の心を動かすものだろうか..... 普段の僕なら、メンズショップ◯◯◯や洋服の◯◯などのフランチャイズ系のお店で済ますのだが この時の気分は少しゴージャスにそしてワンランク上を......という気持ちに乗せられていた。 きっと女性が、飛び切りのお洒落をしたい時は、こんな気持ちの時なのだろうと一人、勝手な 推測をしながらその店のドアを開けたのだ。 店内はさすがに豪華。 広い割には品数が少ない..............というよりはこれも演出のひとつだろう。 いつも行く、お店とはガラッッと違う雰囲気に動じることなく僕は目的であるワイシャツを探した 店内に流れる、ゆったりとしたピアノのメロディーとお店のスタッフの上品かつ物腰の低い 話し口調で、どうやら買わない訳にはいかない雰囲気に持って行かれた 「どんな感じのものを、お探しですか......?」 「あっ、特にこれって言うのはないんですが.........着心地の良い奴を」 本当なら、洗ったあとにアイロンのいらない奴を!と言いたかった所だが場所が場所だ、さすがに 言葉にならない。 「あっ、これなんかいかがでしょう?」 「イタリア製で生地にもの凄く拘りがあるんですよ」 「イタリアン?ですか........」 僕は、純粋なるジャパニーズ。 イタリアンと言えばパスタかピザくらいにしか縁がない しかも、値段も高い...........やはり店に入るべきではなかった その間、スタッフはあれやこれやとワイシャツの説明をしているが僕の耳には入っていない 僕は、数枚しかないワイシャツを何度も代わる代わる触っては生地を確認していた訳ではなく 値札と財布の交渉を黙々としていたのだ ...........とそのとき、右前方に『アウトレット』という文字を発見した 命拾いしたような瞬間だった 「これ、全部30%なんですか〜?」 「はい、こちらは全品30%になっております。」 「それと、この赤い印がついている物はレジにてさらに10%値引きとなっております」 最高の救いの手だと思った。 僕はなんとかこの店を出る為にも自分にあった1品を見つけなければと 必死の思いでワイシャツを探した そして、数枚手にして店のスタッフにまるで宝物でも見つけた時の様な笑顔で差し出した 「あ〜、お客様の首の感じですと...........」 「念のため首周り測らせて頂いても宜しいでしょうか?」 僕は、嫌な予感を感じながら冷たいメジャーで首を巻かれた 案の定、不安は的中。 知らず知らずのうちに僕の首周りは3センチも太くなっていたのだ これも生活習慣病なのかメタボリック症候群の始まりなのか、洋服屋という意外な場所で 健康チェックするはめになるとは思いもしていなかった 僕は、この時ほど「フリーサイズはないですか?」と言う言葉を口に出したかった日はなかった そして、苦し紛れにこう話した 「あ〜、普段ネクタイしないんで........これでいいです」と。 今は、あまりにも無理のある理由で購入してしまったワイシャツを前に、首だけ痩せるダイエット方法を模索している最中だ モノクロスタイル
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■ ZAKKA 2センチの憂鬱 僕はこの1週間あまり、憂鬱な時を過ごした。 それは、人生始まって最初の経験でもありながら自らの経験で得た貴重な体験だったかもしれないと。 それは、3週間ぶりに散髪に行こうかと言う気持ちになり僕は武蔵野にある一つの美容室に向かった。 「散髪」と言われても現代では、死語に近い言葉になりつつあるが、田舎育ちの僕としては今でも いい響きで、髪の毛をスッキリさせるイメージがどことなくストレートに伝わって来る言葉だと思う。 そんな慣れ親しんだ言葉のせいか、今日まで髪を切る場所は『床屋』だと決めていた。 逆に、美容院という所に行って髪の毛をどうにかしてもらった事がないのである。 今の世の中、男性も美容院に行く時代。何故、好奇心旺盛な僕が頑なに床屋だけに執着したのか........ それには、一つ理由がある。僕の育った町にもあの当時、床屋は1件あったが、それでもその店には 行かせてもらえず、少年時代は、母親に無理矢理捕まえられながらも髪を切ってもらっていた事を 思い出す。そして、思春期になりお洒落を意識し始めた頃、やっと母親を説得してお金を握りしめて 床屋のドアを開けたのだ。その瞬間は、一歩大人の世界に入り込めた満足感と達成感みたいなものを 感じた事と同時に、妙に落ち着く場所だな.....と言う気持ちになった。そんな床屋は、いつからか まだ大人に成りきれていない僕でも、大人でいられる場所として居心地が良かった。 そしてその後、20歳になった頃、田舎の町に美容院というものが登場して来た。 今でさえ、ガラス越しに見えるお洒落な店内、原色をちりばめた椅子やソファなどはなかったが 女性がお洒落に敏感なのは、今も昔も変わらないもので瞬く間に満員御礼状態になっていった。 当然、僕の母親も引き込まれる様にその中に入って行った一人だが、その美容院から戻って来た 母を見て幻滅したのである。 それは今までの母とは違う、得体の知れない人物が一人............... 本人は、最先端の美容技術だと誇らしげに自慢し、感想を僕に求めて来たが、僕は素直に受け入れられなかった。 そこには、さっきまでの母の姿ではなく、パンチパーマの出来損ないの危険な人物に しか見えなかったのである。 僕は言葉を失い、何日も何日も母の頭に注目しては幻滅した日々を 過ごしていた。 やがて、時間が経つにつれその美容院から出て来る人はかならずパンチパーマに なって満足そうに家路に向かう..........そして田舎の何処に行ってもパンチパーマのおばちゃん達を 目にする様になってしまったのである。 そんな馬鹿みたいな理由だけで、美容院を拒んでいた訳 ではないが、自由にならない髪型と半ば強制的に創られてしまう物に抵抗感があったのだろう。 そして、今。まさにその頑なに拒んで来た未知成る世界に一歩一歩向かっていたのだ。 「これも、仕方ない.........」 「自分で手掛けた取引先ともなれば一度くらいはお付き合いで......」とデザインの仕事を頂いた 顧客ともなれば最低限の犠牲は買ってでも受けようと。。。。。。。。。。。 それが間違いだった。 昨日までは、単なる取引先との関係だったが、ハサミを握った瞬間その関係は切れた。 いくらこの道、15年のベテラン店長とは行っても自分のお店に来た一番最初のお客である。 お互い緊張感の時間の中で、僕はただパンチパーマにされない事だけを祈り時が過ぎて行くのを待った そして、15分後事件は起きた。 すました顔で、黙々とハサミを軽快にさばく店長を横目に、目の前に映る自分の右側のモミアゲが ない事に気付いた。 「あっ、、、、店長?」 「はい?何でしょう!」 「あの。。。。モミアゲ切っちゃいました?」 「あっ、はい! 切りましたよ!」 「切りましたって.............」 「こっちの方が良いですよ! 顔の輪郭からしても! 左もザックリいきますね!」 「いきますねじゃないよ...........」 こんな髪の毛にされて.....何処かに行きたいのは自分のほうだった。 それから何時間が過ぎたのだろう........鏡に映る自分を何とか冷静に受け止めよう受け止めようと 努力するものの、2センチあったモミアゲは、今では何処から見ても、栗かドングリにしか見えず帰りの電車の中どうやって隠して帰ろうかと、その事ばかり考え絶望感一杯に包まれたいた。 あの時のパンチパーマを取りあえず、間逃れてはみたものの、これが美容院の実態なのかと 考えながら逃げる様に、僕は店を後にした。 今も思う、職人には職人の拘りがある。こうだと思ったらそれを突き通すだけの気持ちは大切だろうと
しかし、それが誰にでも通用するかと言ったら大きな勘違いである。 店長を、恨む事なくモミアゲは産毛程度に生えて来た。最終的に「髪は生えて来るものだ!」と 自分を納得させ解決したが、店長の拘りがこの頭だとしたら、昔流行したテクノブームの再来を 祈る事だけだ。 そして僕はと言うと「散髪」という言葉の意味が「髪は見事に散って行く」という意味に変わった夜でもあった。 |
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