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このところ、ニュースと言えば、政権交代と、芸能界のドラッグ問題と、新型インフルエンザの話題ばかりです。 実は、新型インフルエンザの大波は、もう我が家にも押し寄せてきてました。 遡ること1ヶ月あまり、7月28日のことでした。 今年から神奈川県内の公立高校に通う長女が学校から帰るなり、「吹奏楽部の先輩がインフルエンザにかかった・・・・」「自分も熱っぽくて、のどがイタイ・・・・・」と。 こんな時期にインフルエンザなんて・・・・・これは例のブタフル・・・・・・ 念のため、長女を家庭内隔離としましたが、案の定、その夜高熱を発し、ウンウンうなり出すし・・・・ あぁ、こりゃダメだ。 翌朝、材木座のヒロ病院に電話すると、すぐ来いと・・・・ 受付に行くと、裏に回れとの指示があり、一般の入り口とは違うところから中に入りました。 ドアを入ると、廊下の一部を衝立で仕切った臨時の診察コーナーが出来ていました。 そこでしばらく待っていると、薄いビニールで出来た合羽みたいなモノ(ゴミ袋みたいな素材でした)を羽織った看護士さんがやって来て、まずは問診です。 看護士さんはそのコーナーを出て行くとき、羽織っていたビニールをクルッと丸めて手袋と一緒にゴミ袋に入れていました。 念入りなことです。 やがてビニールを纏ったドクターがあらわれ、ノドを見て、触診し、問診し、鼻の粘膜からサンプリングをして、とりあえずインフルエンザの検査です。 しばらくそのまま待っていると、またビニールを纏ったドクターがあらわれ、「残念ながら、A型インフルエンザでした」と。 ほぼ新型インフルエンザで間違いないと思うけれど、検体を保健所に送ります。 と言うことで、今度はノドの粘膜からサンプルを取りました。そしてドクターは、その場で高校に連絡し、新型インフルエンザの可能性があることを教頭先生に伝えました。 新型かどうかは、夕方くらいに保健所から電話が行きますので、家で待っていてください。とりあえず、薬は出しておきます。と言うことで、リレンザと解熱剤とアレとコレと・・・・・いっぱい薬をもらって帰りました。そして、帰りに薬局に寄ってマスクを買い込み、家にこもりました。 夕方、保健所から電話が。 「新型インフルエンザです!」 やっぱり・・・・・・ その時にはもう法的な拘束は、飲食業に従事する人以外にはありませんでしたが、ドクターからは、家族も他の人たちとの接触は、出来れば避けてもらった方が良い。と言われています。 翌日は楽しみにしていた山岡未樹さんのライブでしたが、泣く泣くあきらめました。 ひとつ屋根の下にいて、いくら別の部屋に隔離しているとは言え、感染力が強いと言われる新型インフルエンザに感染しないという保証はありません。と言うか、うつるに決まってんじゃん! 高校からも連絡があり、吹奏楽部は何人かが新型インフルエンザを発症者して、活動停止になりました。と言うことです。 さいわい長女は回復に向かい、翌々日にはもうパソコンの前に座っていました。 でも、私と家内と次女はジッと息をひそめて、自分が発症するのをおそるおそる待っているかのようです。 家の中には何とも妙な空気が流れていました。 絶対感染すると思いましたが、何事もなく時間が過ぎていきました・・・・ こうして我が家の2009年の夏は、新型インフルエンザとともに始まりました。 これは余ったマスク そして、夏も終わり、新学期が始まると、今度は次女が通う鎌倉の中学校の吹奏楽部に新型インフルエンザの影が・・・・ 吹奏楽部員に新型インフル患者が何人か出てしまい、吹奏楽部は一時活動停止に。 またか・・・・今度こそうつっちゃうかも・・・・ ということで、今週土曜日のの十二所神社のお祭りの宵宮での、中学校吹奏楽部の演奏も中止となってしまいました。家族も次女も楽しみにしていましたし、長女もOBとして演奏に参加する予定でいたので、とても残念です。 と言うか、十二所神社のお祭りに地元中学校の吹奏楽部が出演するのは、初めての試みだったので、それがなくなっちゃったのはホント残念なことです。 新型インフルエンザの影響で宵宮の演目がひとつ減っちゃいましたが、この週末は十二所神社のお祭りです。 イナカのほのぼのとしたお祭りです。
見に来ても、特に珍しいものも見られませんが、御用とお急ぎのない方は、遊びに来てみてください! |
鎌倉
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子供たちの夏休みも終盤を迎えましたが、今日は、地元鎌倉は十二所の太刀洗川で楽しいイベントです。 朝比奈切通しを源に、滑川と名を変えて由比ヶ浜で海に注ぐ太刀洗川は、このブログにもたびたび出てきます。太刀洗川の大掃除でも書きましたが、昔は子供たちはこの川で遊んでいたと言うのですが、この頃は川で遊ぶ子供をあまり見かけません。 実は、この川掃除の時に、十二所の子供たちを川で遊ばせたいね、と言う話が出て、急遽町内会と子供会のイベントとして、「太刀洗川ニジマス釣り大会」を行うこととなりました。 われわれいずみ会は裏方でお手伝いです。 川の何カ所かに石や土嚢で堰を作り、早朝、そこにニジマスを放流します。 午前9時に、子供たちが集まってきました。こういう楽しいイベントがすぐ近くであると、出席率は高いですネ。こんなにたくさん子供がいたんだ!って言うくらい集まりました。 挨拶や注意事項もそこそこに、さっそく釣り開始です。 朝比奈切通しの入り口の小さな滝の滝壺でみんな釣り糸をたれています。 普段はひと気も少なく、時々ハイカーが通るくらいの静かなところですが、今日はとても賑やかです。 たまに通りかかるハイカーもコレにはビックリしていたようでした。 にわか太公望がずらりと並んでいます。なかなか入れ食いというわけにも行かないみたいで、子供たちも工夫をしながら釣らなくてはいけません。お父さんもお母さんも一緒になってワイワイやってます。 少し下流のせせらぎのところにも放流してます。あちこちから子供たちの嬌声が聞こえてきます。 ニジマスもだんだん慣れてきて、釣れなくなってくるので、最後はつかみ取り大会に変更です。 堰の一部を崩し水位を下げて、子供たちを川に入れます。これがまた大騒ぎです。 そしたら、太刀洗川には、こんなものもいました。 モクズガニだという人もいます。よくわかりませんが、ツメや甲羅には毛が生えています。 大きさはなかなか立派です。 「喰っちまおうか!」という声もありましたが、これは川に戻しました。 釣ってる横でニジマスを串焼きにしています。 何故か、十二所でイベントに参加すると、何かを焼いて居ることが多いような気がします。 子供たちも美味しそうにパクついていました。 このイベントは、町内会の重鎮たちから出たアイディアです。 7月26日川掃除の後、公民館でみんなで話をしていた時に、「昔はみんな川で遊んだんだよ。」とか、「昔は川で獲った魚やウナギを食べてたんだよ。」とか言う話が出て盛り上がったんですが、その話がこのイベントにつながっているのです。 そこから急遽企画が立ち上がり、夏休み中に決行と言うことになり、今日開催されたのです。 町内会も、なかなかのダッシュ力ですね。 楽しかったです。
子供もオトナも。 |
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以前、このブログにも書きましたが、私が入っている「十二所いずみ会」では、十二所を流れる「太刀洗川(滑川)」の掃除を企画していました。 十二所クリーンアップ作戦−太刀洗川大掃除計画 十二所−もちつき大会・・・・川掃除は中止 にも詳しく報告しましたが、企画はしたんですが、雨で中止になってしまっていたのです。 せっかく企画して、下見もしたし、いずみ会の「のぼり」まで作っていたこともあり、やってしまおう!と言うことになり、改めて町内会にもアナウンスして実行となりました。 前回は、ヤブが繁ってしまう前にやっちゃおうと言うことで5月に企画していましたが、今はもう夏。上から川を見下ろすと、草が大変なことになっています。 前回は、子供会にも声をかけて、十二所の子供たちにも地元の川を知ってもらおう(川は護岸工事が施されており、川面に人が下りることはほとんどありません。)と思っていましたが、今回は子供は無理だろうと言うことで、子供会とは連携しませんでした。 決行日は7月26日(日)です。 公民館に集合。いずみ会だけでなく町内会からもけっこう参加してくれました。 今回作ったいずみ会ののぼりがはためいています。 川に下りやすいところからハシゴを使って川に入りました。 それでも4mぽどの高さがありました。 川に下りると、外の世界は全く見えません。 いよいよ大掃除の開始です。 下流から上流に向かって掃除をはじめました。 以前下見をしたように、ゴミはそんなにい目立ってはいません。ただ、雑草がスゴイ。 人が通れなくなっているところもあるくらいです。 ゴミを拾うと言うより、草刈り大会になってしまいました。 前回、下見をした時に転んでしまい、カメラを水没させたこともあり、今回はあまり写真を撮りませんでしたが、いろんなゴミが落ちていましたし、生き物もたくさんいて驚きました。 鯉や亀、小魚類がいるのは知っていましたが、今回はなんと「ウナギ」を見かけました。 いわゆる、「天然ウナギ」です。野田岩なんかで食べたら大変な金額になるやつです。 ヤツメウナギじゃありません。立派な大きなウナギでした。 あとで聞いたんですが、この時ウナギを捕まえ損ねた町内会の人が、悔しくて川に仕掛けを入れておいたらウナギがかかり、食べちゃったそうです。いいなぁ・・・・ そんなことをしながら、約3時間かけて掃除した結果が これです。 ほとんどが刈り取った雑草でしたが こんなゴミもありました。 中には変形した自転車(ロードレーサー)のフレームも落ちていました。 みんなで分別です 分別作業のあと、公民館で軽く一杯! 町内会のちょっとご年配の人たちから昔話をいろいろ聞くことが出来ました。 昔よくウナギを捕った話 木の実をすりつぶして、その汁を流し浮かんできたウナギや鮎を捕っていたら、警察がやってきて逮捕されてしまったこと。 昔は木炭バスが走っていたこと。 終戦後、十二所の山の反対側の「池子弾薬庫」で爆弾が大爆発を起こした時のこと。 いろいろ面白い話が聞けました。 こういう話を、子供たちにも聞かせたいなぁ・・・・・と思いました。 何かそう言う機会を持てるイベントを企画しましょうか。 作業のあとは |
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先日、私の両親が田舎から遊びに出てきました。 私の田舎は福井県の敦賀と言うところで、若狭湾に面した風光明媚で鄙びた原子力発電所の街なのですが、そこから二泊三日の予定で遊びに来たのです。 母親は足の具合があまり思わしくなく、父親も少々足元が危ういところもあり、私たちも心配でしたが、本人たちも「最後の鎌倉かなぁ・・・・・」などと弱気なことを言っていました。 敦賀から北陸線に乗り、米原でひかりに乗ると、小田原に停車するものがけっこうあったので、そのひかりの予約を取り、小田原駅まで自動車で迎えに行きました。 ホームの予約した車両のところで待っていると、駅員さんが車椅子を持ってやって来ました。(ひょっとして、ウチのオカンのために用意してくれているのかなぁ・・・・)と思っていたら、案の定ひかりが到着してドアが開いたら、車掌さんに案内されながらオカン登場です。 ホームですかさず駅員さんが車椅子に座らせてくれて、そのまま駅裏の駐車場まで押していってくれました。 なんでも、切符をとる時に足がよくない旨をお伝えして、「案内をお願いします。」と言ったら、敦賀駅から車椅子を用意してくれて、米原駅では、駅長さんと助役さんが介添えしてくれたそうで、なんともありがたいことでした。JRの皆さんお世話になりました。 お昼前に小田原に着き、そのまま鎌倉の自宅に向かいましたが、途中で昼食をとることになり、さてどうするか・・・・・・・ ウチの親を食事に連れて行くのはちょっと苦労するところがあるのです。 洋食はイマイチあわないし、中華は夜に中華街に行く予定だし、じゃぁ昼は魚でもと思うと、これが一番難しいのです。なにせ日本海側から来ていますし、敦賀の魚が自慢の人ですから、へたなものを喰わせると、店の中にいながら大きな声で「なんじゃ、この刺身は!」とか言い出しかねません。蕎麦も同じです、福井は蕎麦も美味しいところなので、これもまた心配です。 そんなこんなで迷いながら車を走らせていると、茅ヶ崎にあたりに「生シラス」の看板が・・・・ これならいけるかも! と、思い、そのお店に入りました。 生シラスは湘南名物ですし、新鮮なものしかありません。それに、何故か若狭の方で生シラスなんて見たことがありませんでした。「シラウオ」ならあったんですが、これは生シラスとは全然違うものですし。 生シラスと、生桜エビのドンブリです。なかなか美味しかったですよ。 両親も、初めて食べる生シラスに興味津々、「美味しい。」と言って食べてくれました。 よかった・・・・ホッと胸をなで下ろしました。 鎌倉の自宅でひと休みして、孫たちの学校が終わるのを待って、横浜中華街へ。 平日と言うこともあり、夜の中華街はちょっと人通りが少ない感じでした。 ここで問題発生です。 「少しなら歩ける」と言っていた母親が、思ったより歩くのがつらそうです。駐車場に車を止めて歩き出したんですが、あまり遠くまで行けそうもないので、予定していたお店まで行かない方が良いと言うことになり、目の前の「同發」に飛び込みました。そしたら、いっぱいなので別館に行ってくれということで、その並びにある同發別館に入りました。 同發別館は、お店も新しく、料理も美味しく、とりあえずみんな満足してくれたようです。 時間も遅くなり、土産物屋もしまい出して、あわただしく土産の中華菓子や食材を買い込んで、また鎌倉へと戻りました。 さて、母親の足の問題が解決していません。 翌日は、父が行きたいと言っていた築地に行く予定だったのですが、このままではどこにも行けません。 翌朝、一番に鎌倉市役所にすがる想いで「車椅子の貸し出しはありませんか?」と、電話してみました。 すると、「短期なら貸し出しできますよ。今1台あいてますからどうぞ。」とのことでした。 ありがたい、助かりました。これで、両親が楽しみにしていた築地見物が出来ます。 お借りした車椅子をたたんで荷台に積み込み出発です。 鎌倉市役所に9時過ぎに行きましたので、築地には11時頃になってしまいますが、何とか間に合うでしょう。 築地に着き、車椅子を出して、お買い物です。 あの場外市場の細くて混雑した道を車椅子で行くのはちょっと気が引けますが、ターレも走ってるんだから行けるだろう、と覚悟を決めて場外に突入です。 塩鮭の専門店「昭和食品」です。父親はここに来るのが楽しみだったようです。 以前、しょっぱい鮭が食べたいと言うので、ここの塩鮭を送ってあげたら、えらくお気に入りで、この店に行きたいと思っていたらしいのです。 この写真にある「昔ながらの超辛口紅鮭」というのが、その塩鮭なんです。 美味しいらしいですよ。私は食べていませんが・・・・ どっさりと買い込んでましたよ。1万いくら払ってました。 そして、ひと廻りして玉子焼きの「丸武」の前に来たら、なんだかロケをやっていました。 サンデージャポンのロケのようです。いつものようにテリー伊藤の兄の「アニー伊藤」さんがいましたが、誰かとしゃべっています。 誰だか全然わかりませんでしたが、オンエアを見たら、なんと「イチロー」のお兄さんだそうです。 築地のあとは、横浜元町の「開港150周年記念チャーミングセール」をのぞいてきました。 ここでは、父親が、普段持って歩くのに使うと言うことで、オシャレな革の鞄を買っていました。あんまりかっこよかったので、自分も欲しいなと思いましたが、1個しかなく、あきらめました。 そして、最終日。2時頃新横浜からひかりに乗る予定だったので、午前中に横須賀に行って来ました。 私の父は、中国からの引き揚げ者で、けっこう軍艦好きだったりします。以遠から、横須賀に空母が入ったら見に行きたい。と言っていましたので、空母は見られませんが、三笠公園で戦艦三笠を見ることにしました。 三笠公園は雨でした。ここでも車椅子大活躍です。 一般の見学ルートのタラップは上がれないので、特別に船首の方の入り口から入らせてもらいました。おまけに。車椅子本人と、プラス介添え者2名分の入場料が割引になりました。 そう言えば、JRの乗車券も割引なんだょなぁ・・・・ 船内は、日露戦争当時の資料などが展示してありました。 司馬遼太郎の「坂の上の雲」を思い出します。 話は変わりますが、「坂の上の雲」は読まなきゃいけない本のひとつだと思います。 「竜馬が行く」「翔ぶが如く」「坂の上の雲」の三作は是非とも読みたい作品だと思います。 司馬遼太郎の一番言いたかったことがよくわかるような気がします。 戦艦三笠を見た父は 「こりゃ時間が足らん。今度はここに1日かけて見に来よう!」などと言っています。 「これが最後の鎌倉かなぁ・・・・」などと弱音を吐いていたのに、もう次来る予定を考え始めていました。 そして、新横浜駅で、またJRの人たちに手厚く介添えしてもらって、両親は新幹線に乗って帰って行きました。 まぁ、元気になってもらえたみたいで良かったです。
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なんだか忙しくてしばらく更新できませんでしたが、季節は梅雨。 鎌倉の混雑がひときわ激しくなる時期です。 鎌倉と言えばアジサイ。アジサイと言えば鎌倉、って言う印象もあり、この時期は異様に混雑します。 梅雨どき雨が続くと、普通の観光地は客足が遠のきそうですが、鎌倉は逆に混むんです。よその観光地の方々は羨ましく思ってるんじゃないでしょうか。このところ渋滞もヒドイし・・・・・ 今年も成就院は行っておこうかと思い、11日(木)に、雨の中出かけてきました。 極楽寺の成就院は、小さなお寺ですが、その短い参道の脇に植えられているアジサイはなかなか見事です。 それに、なんと言っても拝観料がいりません。鎌倉のお寺はどちらも拝観料は安めではあるのですが、拝観料がないと言われると、うれしくなっちゃいます。なんともさもしい了見ではありますが。 アジサイも、これだけキレイに咲かそうとするときちんと手入れをしないといけないでしょう。 拝観料収入もないに、大変なことですね。 成就院のアジサイは、いろんな色の花があります。アジサイの花の色は土壌のPHによるとよくいいますが、どうなっているんでしょうか? アジサイは雨が似合いますね。 これだけいろんな色の花があると こういう真っ白な花がけっこう目立ちます。 参道を登りきり、お参りを済ませて、参道を下り始めると・・・・ 成就院はなんと言っても、この景色がイイですね。 この傘の向こう側は、カメラを構えたオジサンオバサンがいっぱいいたりします。 これも鎌倉らしいなぁ・・・・ 鎌倉にはこういう古いポストがよそよりたくさん残っているような気がします。 そして、由比ヶ浜では 海の家の工事が進んでいました。 夏はもうそこです。
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