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その名の通り、登りやすい山です。315m
朝倉市の代表的な山
朝倉の中心(旧甘木市)市役所
甘木公園(円山公園)から登ります。
コースがいろいろあって、楽しめます。
緩やかに登るコースや
旧登山道は、雑木林の中を一気に登ったり
下ったり直進コース。
安見が城山まで足を伸ばすのもよし
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歩く
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大野城、太宰府、宇美町にまたがる、
四王寺山です。
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大野城いこいの森周辺を歩きました。
雨天で登るのは躊躇しそうですが、決行。
昨日は、晴れていたのに。
連休でしたが、今日登りました。
山から下りて、温泉に行くのですが、これも
今日は逆、午前中に近くの大野城いこいの里(温泉施設)
に行きました。
午後から、小雨の中山に入りました。
キャンプ場手前の駐車場近く、登山口の看板手前に
車を駐車、登ると同じころ柴犬を連れた年配男性が下山しました。
後にも先にも一人だけ(登山客)出会いました。
天候が雨だし、平日なので登る人はいません。
初めての山で、一人なので若干の不安。
10万都市大野城の市民のいこいの場所、福岡都市圏にも近い。
とあって、登山道も整備され、またキャンプ場も麓、牛頸ダムの上
に開かれています。管理事務所等あり。
蛍シーズンとあって、看板も設置されていました。
キャンプ場手前の、その登山道から山に入りました。
左の尾根を伝いに高度を上げて行きます。
強い雨でないのがまだ幸いです。
この山道は、歩きやすいです。木立も広葉樹で自然林が
残っています。
ぐんぐん登っていって、最初の経過の山、黒金山(405m)に着きます。
この先から二手に分岐、右、谷の道を辿りました。途中渓流に架かった橋
をわたります、水場。帰りはもう一方の尾根道(分水嶺のコース)にしました。
先に、登山道をぐんぐん進みます。
三市町境界山(440m)を通過して、その先牛頸山(448m)を目指します。
12時30分から登り始めて、山頂に着いたのは14時45分
山頂に設置されたボックスの中の登山記録に記帳。
設置の温度計のメモリ18℃
帰り15時出発ほぼ同コースを逆に戻りました。
(前記述:途中は尾根道を選択、行きとは別コース)
キャンプ場に下りてきました。16時30分ころ。針葉樹を抜けてきたのでどこかで
道を間違ったようです。(登りは、広葉樹の中だったので)
そこから車を止めた場所へは、20分くらい歩いたでしょうか?
このコースずっと前から行きたいと思っていました。
今度は、晴れた日に仲間と一緒に来たいと思います。
山頂からの見られなかった景色、次回楽しみたいものです。
ネットより
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佐賀県神埼市に鎮座する。
金立山(501,8m)に登りました。
金立公園から登ります。
昨年は、桜の季節に一人で、(雨天)
今日は、若い友人と二人
下山後は、もみじの湯(仁比山神社近く)
に入りました。
梅の花(おしとり、ほたる)も立ち寄りました。
豆腐料理
水車の里の近くです。
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許斐山(このみやま)
宗像市と福津市福間町との境に位置している標高271mの山です。許斐(このみ)とは福岡県宗像地方を起源とする人物姓名なのですが、珍しい名前です。 現在、許斐姓の方は全国に1,700人程だそうです。
西鉄バスの「にしてつレッツハイク(3月26日)許斐山コース」に参加して登ってきました。 香椎の九州産業大学南口バス停から、赤間営業所行き急行に乗って、王丸バス停で下車。乗客の大半が「レッツハイク」の参加者でした。王丸バス停からスタート受付の「このみ公園」までは徒歩で数分。
許斐山コース(5キロ)コースマップ
今回の「西鉄バスハイク」や「JR九州ウォーキング」に参加すると安心ですね。 安全なコースを選択していただいているし、途中にスタッフが待機していただいたり・・・大変助かります。
西鉄バス担当者から注意事項を聞いて午前10時に出発です。 待機しているスタッフが認識出来るよう、参加票をリュックに貼ります。
参加票を貼ったうっちゃんのリュック
人工的に整備された「このみ公園」内を抜けます。
公園を抜けた所が登山口です。
許斐山登山口
頂上まで840mとあります。 登山口の解説板によると、宗像氏の一族が分家して、姓を許斐と改め、出城として山頂に許斐城を築いたようです。 大和王権が沖ノ島で国家的祭祀を執り行っていた当時から、海人・胸形族(宗像氏)は大宮司として宗像大社を奉じていました。 平安時代末期になると、武装化し領域防御の為に、本城として城山に嶽山城を築きます。 南の守りが許斐城なのです。 江戸時代になると、戸畑から福岡までの地域は福岡藩(筑前)として統治されますが、戦国時代までのこの辺りの各豪族は自領を守るために大変だったのですね。天正15年(1587年)、秀吉による九州平定のとき、宗像氏は島津に通じていたため、所領を没収され、城山の嶽山城とこの許斐城は取り壊され廃城となりました。
砂防ダム
途中の砂防ダムです。 水を溜めるダムではなく、土砂災害防止の設備です。 上流で土石流が発生した場合は、ここで停止させます。 島原市にたくさん設けられていることを思い出しました。
竹林
竹林は手入れを怠ると直ぐに密集して荒れます。 明るく風通しの良い竹林とは、番傘をさして竹林内を自由に歩ける程度だそうです。ここは、その点、きれいに整備されていますね。定期的に間伐しているのでしょう。 「許斐山愛好会」の皆さんのご努力だと思います。
登山道
途中、急な場所もありますが、山頂までの殆どが階段状の登山道です。登り易い山です。
王子神社鳥居
これは山頂に鎮座する王子神社の鳥居でしょうか。と言うことは、頂上が近いですね。
許斐山山頂石碑
標高271m許斐山山頂に到着です。 コースマップには所要40分となっていますが、丁度30分で登ってきました。
王子神社の祠
許斐山麓の熊野神社の奥宮として勧請された神社で、祭神は素戔男尊(スサノオノミコト)です。 宗像大社三女神の田心姫(たごりひめ)、湍津姫(たぎつひめ)、市杵島姫(いちきしまひめ)は素戔男尊と天照大神(あまてらすおおかみ)の誓(うけい)から生まれています。 よって現在、この王子神社は宗像大社直轄の大切な境外摂社となっています。
この場所が本丸跡との説明ですが、遺構は残っていません。
野仏三尊像が祠をお守りしているかのようです。
宗像四塚連山
山頂から北を望むと、宗像市街の先に四塚連山が横たわっています。右から「城山」、「金山」、「孔大寺山」、「湯川山」です。 縦走路が整っているのですが、この歳では縦走にチャレンジする気持ちは起こりません。 先月は「城山」にだけ登りました。 許斐山から城山を望むと、二つの城による防衛体制がイメージ出来ますね。敵は簡単には侵攻できません。 四塚連山の向こう側は遠賀の麻生氏の領地です。
玄界灘方向
玄界灘に浮ぶ大島と地島が望めます。
山頂で15分程過ごして、福間町方面へ下山します。
金魚池
下り始めて直ぐの場所に「金魚池跡」が残っています。 城中の生活用水を賄った池だそうです。現在、水は干上がっていますが、金魚が泳いでいたそうです。
杉林道 吉原池
福間町側は杉林が多いように感じます。 里山に下りてきました。 灌漑用水池の「吉原池」を左折します。
のどかな「八並」の村を歩いています。 あ〜、山羊がいたあ。小学生の頃、田舎のじいちゃんの家にいた”ヤギ”を思い出す。 小さな川沿いの道端で、”ツクシンボ”が頭を出しています。 あ〜、ばあちゃんの”ツクシ卵とじ”を思い出す。
ゴールの久末公園手前から許斐山を振り返ります。 ここから見ると、さほど高い山だとは思えないのにキツかった。 でも里山風景は本当にイイですね。
午前11時40分、久末公園のゴール受付に到着。 湖畔のベンチに座って、朝、セブンで買った”おにぎり”をいただきました。 空気が美味しいと”おにぎり”も美味しい。
久末公園 みずがめの郷
国道3号線の若木台バス停から急行バスで戻ってきました。 心地よい疲れ・・・。
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