今田三六の私的メモ帳

HD破損に備えたHP掲示板控.えのブログです。ただし、2010年5月から、こちらにのみスナップ写真を掲載します。

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◇少林寺拳法の思想と技法をいつも考えて来ました。過去形ではなく現在進行形です。

連休中、フェイスブック『少林寺拳法 横浜根岸道院と仲間たち』に以下の書き込みをしました。

「合掌は人を大切にする思いやりの心。平和の誓い(追記:であり構え)。尊重、協調の精神を表す。結手は自分から先に手を出さない我慢の心。不戦の誓い(追記:であり構え)。忍耐、譲り合いの精神を表す。

何か、、、解けた様な気がしています!

追記:さらに付け加えれば、合掌は愛であり、結手は力ですね。これで確信しました!」


上は、前回17日の新HPの書き込み『教えと願いを含んだ法形だからです】と連動します。二つを合わせると…正解に辿り着いた感があります…。すなわち活人拳では、合掌ではなく「合掌・結手」と表すと、これまで述べて来たことが合っていたと思えます。大変嬉しいです。

「半ば自己/ワガミの幸せを 半ばは他人/ヒトの幸せを」は、合掌と結手の精神を、開祖がお言葉にされたモノだったのです。

◇◇ついでながらもう一つ。「人、人、人、すべては人の質にある」のお言葉について。実はこれも「半ばは〜」に連動しています。

ただ残念な事に、開祖はメッキの譬えをされたので、ちょっと分かり辛くなりました。「メッキだって、厚く塗って剥がれなければ本物になる(アバウトです)」。私はですね、この歳になって思うのですが、このお言葉だと、メッキの元は変わらないで良い!と受け取られかねません…。

修行は、喩えるならメッキを塗るのではなく、川の浄化ではないでしょうか…?

横浜では昭和三十年代、母親たちが子供の頃泳げたほどの堀川が死にました。ヘドロが干潟の様に盛り上がり、メタンガスが噴き出し、異臭が漂う、という酷い事になってしまったのを思えています。で、横浜市と市民は反省したのでしょう。ずいぶんと長い期間ヘドロを取り除く作業を行い、下水道を整備し、(多分)条例を定め、ゴミの投棄を慎むなどした甲斐があり、今では中村川あたりでも釣りをしている風景が戻って来ました。多摩川でもアユが戻った!と報じられていますね。


人の本質を変える修行は、別人に生まれ変わるのではなく、生まれた時の清流のような心を取り戻す行為ではないでしょうか。その浄化された人々に「合掌と結手の精神」を持たせ、世に送り出す、ないし社会に戻すのが、少林寺拳法の人造りと考えます。

「半ば自己/ワガミの幸せを 半ばは他人/ヒトの幸せを」と「人、人、人、すべては人の質にある」。上に述べた通り、私の中で一つになりました。


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