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sigma DP2s toycamera standalone XP 寝覚ノ床にて 日本で一番有名な県歌と言われる 『信濃の国』 長野県に赴任する人は、これを歌えないと職場で受け入れてもらえないそうです(本当かな?) でも歌詞をよく読んでみると、信州の観光名所と産業と偉人を列挙して あとは 「山すげー」 「川スゲー」 の衣でくるんで揚げただけの素朴な味付けで その純朴さこそ愛唱されている秘訣なのかもしれませんが、 久しぶりに検索してみたら面白いものが見つかったのでリンク貼っておきます 頭文字Dとのコラボです マニュアル車を駆って信州の峠を攻めたくなります でも峠道で無灯火走行は危ないです。ダメ絶対! 今やすっかり信州の偉人に列せられて、 迂闊なことは言えなくなってしまった新海誠先生も きっとこの萌え路線は好きなんじゃないかな?(好きに違いない!) 県のキャラクターアルクマが踊っている公式verより こちらの振付の方が明瞭でカメラワークも上手いです。 職人さんの郷土愛がひしひしと伝わってくる力作です。 いっそこれを公式verにしちゃえばいいと思うんですけど 著作権とか大人の事情が絡んでNGなんでしょうね リンク先も消されてしまうかもしれません。 再開してから信州の話題ばっかりですね・・・ ブログタイトルを 「しなの☆てつどう」 に改名しようかな と、思ったけど実在の鉄道会社とカブるからダメか・・・ ♪〜(・ε・)
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信濃の国 風土記
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♪信濃の国は 十州に 境連ぬる国にして〜
大好きな信州にまつわる記事です。
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Nikon D90 pic1,3) AiAF Nikkor 50mm F1.8D pic2,4) AF-S DX Nikkor 35mm F1.8G 篠ノ井線は、県央の松本と県北の長野を結ぶ路線で 日本三大車窓に数えられている 「姨捨(おばすて)駅」 の景観がよく知られていますが 実は、篠ノ井線で最も標高が高い駅は、ひとつ松本寄りの 「冠着(かむりぎ)駅」 なのだそうです。 中央東線の 信濃境-富士見間 もそうですが 峠のサミット(頂)と県境は、一致することが多いようです。 単線区間が残る篠ノ井線 対向列車の待ち合わせのため、8分間停車の間に収めた数点 ※「冠着駅」の正確な読み方は「かむりき(KAMURIKI)」とのことです(4/20追記) .
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GR DIGITAL2 / RICOH 天竜川の両岸に広がる伊那谷は、古来より「肥沃の野」と言われながら、 度重なる天竜川の洪水が、河畔に暮らす人々の生活基盤を揺るがし、 河岸段丘という独特の地形が、更なる開墾を阻んできました。 特に、天竜川右岸 - 中央アルプス東麓に広がる段丘地は、 そこに水さえ引ければ、豊かな耕作地が拓けると目されていながら、 天竜川の河床から300m以上もある標高差が、灌漑を不可能なものにしていました。 明治初期には、中央分水嶺を跨いだ奈良井川上流域より 堰と水路を駆使して水を導く「木曾山用水」が開発されたものの その効果はごく限定的なもので、それ以後もこの土地では、 生産性の低い稗(ひえ)や粟(あわ)、桑の栽培が続けられていました。 近代的な土木工学の力を借りた灌漑事業によって ようやくこの大地に潤いがもたらされたのは、昭和40年代に入ってからのことです。 以後20年をかけて3000町歩余りの農地が拓かれ、現在に至っています。 * * * 画像は、上伊那郡南箕輪村にて収めた1枚 藤沢周平の長編小説 『風の果て』 の舞台となった 大蔵ヶ原を彷彿とさせるような広大な傾斜地が 天竜川へ向かってなだらかに下ってゆきます。 去る正月、親類が集った席でこのモノクロ画像を供覧したところ 「戦時中の写真みたいだ」・・・と、座からは笑いが起こりました。 けれども、大正生まれの祖母たけは、ひとり笑いませんでした。
祖母の衰えた目では、もはやこの光景を捉えることができなかったのか それとも、この土地が辿ってきた苦難の歴史を知るが故に 笑うことができなかったのか・・・小生には分りません。 |
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Nikon D90 / AF-S DX Nikkor 35mm F1.8G pic.style: monochrome, Av mode +0.0EV, ISO:200 f:35mm(52mm) F:8.0, Tv:1/60, WB:auto 木曽へ木曽へと つけ出す米は 伊那や高遠の 伊那や高遠の なみだ米 ♪〜 伊那谷から木曽谷へと、荷駄を運ぶ馬子らが口ずさんだ「伊那節」の一節です。 江戸時代、幕府の政策で整備された中山道でしたが、 元々耕作地の乏しい木曽谷では、旅人に糧食を供する余裕がありませんでした。 そのため、伊那谷の米が、権兵衛峠を経て木曽の宿場町へと供給されたのです。 その輸送量は、1日あたり10俵だったとも言われています。 表高3万5千石の高遠藩にとって、領米の1割を供出するのは、相当な負担だったことでしょう。 中央アルプスの山々に抱かれ、豊かな水源を有する木曽ならではの酒造業ですが、 その黎明期には、伊那谷の「なみだ米」が、ちゃっかり流用されていたかもしれません。 .
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GR DIGITAL2 /RICOH, manual mode f:5.9mm (28mm), F:4.5, Tv:1/100sec, ISO:80, WB:auto(G:+1) 妻籠や馬篭と共に、"旧中山道・木曽11宿" ・・・と、ひとくくりにされる奈良井宿ですが、 地形学/地理学的には、やや特殊な場所にあります。 奈良井宿に寄り添う奈良井川は、意外にも、南から北へ向かって流れています。 この川は、塩尻から松本盆地に至って梓川と合流し、「犀川」と名を変え さらに 長野・善光寺平に至って「千曲川」と合流します。 飯山線に沿ってゆるやかに北信を流れ、新潟県に入ると「信濃川」と名乗り 越後平野の稲作地帯を潤しながら、最後には日本海へたどり着きます 木曽谷にありながら、木曽川水系ではなく、実は信濃川水系・・・ 中央分水嶺の日本海側に位置するのが、奈良井という土地なのです ちなみに、奈良井宿の南・鳥居峠を隔てた向こう側は、木曽川の流域です。 東に目を転じれば経ヶ岳がそびえており、その稜線を越えると、そこは天竜川の流域です 木曽川と天竜川・・・いずれも、中部日本を潤し、太平洋へ注ぐ大河ですが、 その流域に打ち込まれた1本の楔(くさび)のように、奈良井川は滔々と流れています。 .
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