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手ノ子には1116に着きます。
手ノ子開業は手ノ子-今泉開通と同時期の1931年(昭和6年)です。 木造駅舎があります。 駅舎はこんな感じ・・・リニューアルされている感じがしますな・・・ かつて2面2線構造だったのですな・・・融雪溝も備えてます。 使われないホーム側の線路は保線機械の留置線となっているようです。 出発・・・貨物扱い廃止後に留所化されたのだそうですね。 さぁここから25パーミルの急こう配になるのでしたね・・・ 宇津川を渡ります。第一落合橋梁と読み取れます。 宇津川を渡ります。こちらは第二落合橋梁ですな。 R113が並走します。 スノーシェードでしょうか いよいよサミットに到達しつつありますな・・・ 宇津トンネルが見えてきます。 コンクリート製ポータルですな・・・昭和初期になればコンクリートが主流ですな。 スノーシェードでしょうか・・・ R113がオーバークロスします。 間瀬川を渡ります。柴元橋梁と読み取れます。 清水橋梁と読み取れます。 続けて遅越橋梁・・・いずれも間瀬川を渡ります。 間瀬川が並走します。 R113も間瀬川を渡ります。 米坂線も間瀬川を渡ります。小畑橋梁と読み取れます。 上杉橋橋梁を渡ります R113の橋梁下に赴きある道路橋がありますな・・・旧道のものでしょうかね・・・ 杉橋橋梁と読み取れます。 並走するのはR113です。 下杉橋橋梁と読み取れます。 鷹の巣橋梁と読み取れます。 金杉橋梁と読み取れます。 桜川橋梁を渡ります。間瀬側が桜川に合流するのですな・・・ 沼沢B橋梁を渡ります。 羽前沼沢駅構内に進行します。 保線機械用と思われる留置線が敷設され庫が設置されています。 車両が乗り越えるタイプタイプの横取り式ですな。 1127羽前沼沢着・・・かつて2面2線構造だったといいます。 |
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あけましておめでとうございます
海都にとって米坂線はキハ58とキハ52の思い出です
並走する国道もたくさん走りました・・・
なつかしいな
今年もよろしくお願いします
ポチ
2013/1/16(水) 午前 1:08
宮脇翁の「時刻表2万キロ」に、玉音放送を聞かれた後、宮脇翁が乗られた坂町行き列車は、手ノ子の先の上り坂のトンネル内で坂を登れなくなって停まってしまったと言う記述が有りましたな。
立ち往生したトンネルは宇津トンネルの事でせうかね・・。
米坂線も勾配の多い線区なんですね。
キハ52が遅くまで残っていたのもうなづけますな。
2013/1/16(水) 午後 7:24 [ 大和飛鳥 ]
海都さん、こんばんは。
あけましておめでとうございます。
そうでしたね・・・当時、米坂線の記事を読ませていただきました。m(__)m感謝!
キハ58、52が居なくなってから、初の米坂線乗車記録になります。カブリツキ性はいいのですが・・・旅情がねぇ〜
こちらこそ、今年もよろしくお願いいたします。
2013/1/18(金) 午前 4:09
大和飛鳥さん、こんばんは。
時刻表2万キロにも玉音放送のエピソードが記載されていましたか・・・立ち往生したとなれば線区内でもっとも急な宇津峠以外にないでしょうね。
キハ52は山岳用気動車として長年活躍していましたが、今では軽快ディーゼルカーに置き換えられてしまったのが残念ですな・・・そういえば、宇津峠は蒸気の撮影でも有名な場所だったとか・・・
2013/2/16(土) 午後 11:02