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三大車窓を見た後は矢岳第一トンネルへ突入します。 全長は2,096.17 メートル肥薩線内では最長になるようです。 立派な扁額が架かっており開通当時のトンネルは重要施設だったことが窺えます。 こちらは南側坑口で当時の鉄道院総裁後藤新平の揮毫による「引重致遠」(いんじゅうちえん)の文字が刻まれています。重い貨物を遠くへ運ぶことができるという意味らしいです。 北側の篇額には、当時の逓信大臣山縣伊三郎の揮毫による「天險若夷」(てんけんじゃくい)の文字が刻まれ、天下の難所を平地であるかのようにしたという意味らしいです。北側はまた改めて見物してみましょう。 「いさぶろう」・「しんぺい」に乗車しますと必ず案内が流れます。 所在地 :- 撮影場所:JR九州 肥薩線 真幸間-矢岳 撮影日 :10.5.4 12:15 |
気になる鉄道物件
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吉松から肥薩線上り列車に乗車しますといよいよ矢岳越えにかかります。 登り勾配をトンネルを穿ちつつ進み、吉松を出発して10分あまり・・・山神第2トンネルにさしかかります。 ここは終戦後の1945年8月22日に発生した肥薩線列車退行事故の現場となったトンネルです。 復員兵を乗せた超満員・・・客車5両+無蓋貨車8両・・・の列車を蒸気2両でプッシュプル運転していたそうです。トンネル内で立ち往生し煙にまかれた乗客がトンネルから脱出しようとトンネルを歩いて避難中、同じく煙を避けるために後退してきた列車に次々に惹かれてしまうという痛ましい事故が発生しました。 「いさぶろう」・「しんぺい」に乗車しますと必ず案内が流れます。 所在地 :- 撮影場所:JR九州 肥薩線 吉松-真幸間 撮影日 :10.5.4 11:25 |
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前記事に続き、終着側の栗野方を見てみましょう。といっても車窓から眺めただけですが・・・(笑) 現在、栗野は肥薩線の途中駅、肥薩線の人気ぶりを見ますと廃線としたのは実に惜しいようにも思われますなぁ〜 上り列車に乗り間もなく栗野へ着くという頃、左側に舗装道路が見えてきます。 栗野駅付近では山野線は道路に転用されているようです。 上り方向から駅に進行しますとスイッチバックし北西方向に進路を変え、次第に肥薩線から遠ざかる線形でした。 構内を見てみますと、本線右側に山野線の線路が残っています。 線路の色から使われなくなって久しいように見えますな・・・ 駅舎側1番線が山野線発着ホームだったのでしょう。 番線標?が残ります。今でも使われることがあるのでしょうか・・・ 吉松方で肥薩線と短絡しています。 所在地 :鹿児島県姶良郡湧水町木場667 撮影場所:JR九州 肥薩線 栗野駅構内 撮影日 :10.5.4 11:25 |
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山野(やまの)線は水俣を起点とし栗野までを結ぶ55.7キロの国鉄地方交通線でした。 久木野-薩摩布計間の県境(熊本・鹿児島)付近にはループ線を備え急こう配を克服していました。 JR転換後の1988年(昭和63年)2月1日、惜しまれながら全線廃止となりました。 さて、肥薩おれんじ鉄道の下り列車に乗り、間もなく水俣に着くという頃・・・時間にして到着2分前。 忽然と進行方向左側に舗装道路が現れます。この中途半端な道幅はどうみても怪しいですな・・・(笑) 歩行者自転車道というのもさらにビビッときます。 左側に見える車止めは山野線のものではないかと・・・ 線路を辿っていきますと島式ホーム向かって左側が山野線発着ホームではなかったかと。 地図で追っていきますと路線跡と思われる緩やかな曲線を描く道路が続いています。 所在地 :熊本県水俣市桜井町一丁目 撮影場所:肥薩おれんじ鉄道 水俣駅 熊本方〜構内 撮影日 :10.5.3 12:24〜26 |
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川内方から伊集院へ進行しますと鹿児島本線ホームの右側に気になる物件が・・・ ホーム上屋の屋根・・・鹿児島交通南薩線の遺構のように思うのですが、果たして・・・ 駅舎と2番線の間は駐車場となっています。 かつてはここに鹿児島交通の線路があったようです。 駅舎側はおそらく1番線で、このホームを発着していたのでしょうかね・・・ 所在地 :鹿児島県日置市伊集院町徳重407 撮影場所:JR九州 鹿児島本線 伊集院構内 撮影日 :10.5.3 14:58 |



