基本地クラブ

のんびりと歩くことが面白くなってきた

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妖精の森 53

        53 議論−3

次の日の夕方、食事にアレクセイがいなかったので、達之助は例のクラノグという湖上の
小屋かなと思い、食事が終わったら出かけた。
外は真っ暗と思っていたが星明かりで湖面に霧が漂っているのがはっきりとわかった。
クラノグにかすかな明かりが見えた。
『アレクセイがいるな。』
しかし中に入ってみるとショウゴだった。
「元気がありませんね、」達之助は言った。
「あなたの言われることをよく考えてみたんです。まさに正論だ。国を出たときの希望に
満ちていた僕はどこへ行ったんだ!って・・・・とにかく自分がいやになりました。問題
なのはそればかりじゃないんです。故郷の事があれこれと浮かんできて、ときどき故郷の
訛りで詩を作ったりするんです。これには参りましたよ。水だって故郷のほうがずっとう
まい。」
「そう思われるんでしたら、やはり帰ったほうがいい。エミリアさんを日本に連れて行っ
たらいい。女性って男がその気になれば、世界の果てまでついていきますよ。」
「彼女はだめです。一生イギリスから出る気はない、ということです。」
「たとえ、あなたの子を身ごもったとしてもですか?」
「ええ!やっぱりそうですか。」
「あなたも気がついたんですか。」
「なんとなくね、ちょっとした仕草が気になっていただけです。」
「詩の出版で身を立てられる自信はありますか?」
「いや、ありません。よく考えてみれば、私の詩をほめてくれたのは彼女だけなんです。
あなたのほうがよほど素晴らしい詩を作られる。」
「わたしなんか、だめですよ。詩の女神が微笑んでくれるのは何年に一度ぐらいで、そ
れ以外は医学の事ばかり考えています。」
「わたしのは物真似にすぎません。酷評すれば、ロバート・バーンズの詩の言葉をちぎ
ってきて並べ替えただけです。彼女のほんとうの気持ちがわからない、僕の詩をどう思
っているのかほんとうの気持ちが知りたい・・・・」
ショウゴは頭を抱え込んでしまった。
達之助は昨日聞いた彼女の言葉が喉元まで出てきたが、唾といっしょにのみ込んでしま
った。言ってしまえば、彼女を裏切ることになるからだ。
達之助はこの時ロンドンの図書館であった青年のことを思いだした。彼なら客観的な評
価が出来るかも知れない。
「もしよければ、あってもらいたい青年がいます。毎日のようにロンドンの図書館通い
をしている日本人だからすぐにわかるでしょう。彼ならあなたの詩を正しく評価出来る
かも知れません。その評価をエミリアさんの評価だと思えばいい。」
「わたしもその人は知っています。彼が日本にもどれば、すばらしい経済学者か、経営
者になるでしょう。芸術的なセンスも素晴らしい、日本の美術史を変えるほどのコレク
ターにもなるでしょう。しかし私はエミリアさんの言葉が欲しい。」
『実はきのう私が聞きました、などと言ったら彼はここから身を投げてしまうだろう、』
と思いまた唾をのみ込んでしまった。
「トレミーの48星座を知っていますか、」達之助はついこのまえ教わったばかりの知識
を出してしまった。
「知っています。ローマの天文学者プトレマイオスが決めた星座ですね。」
「ここから見える小熊座や、ええと、あれは何ですかね。」
「カシオペアでしょう。それに大熊座もありますね。」
「プトレマイオスが48の星座を決めたことによって世界中の天文学者がそれを共通し
て使えるようになった。彼が2世紀にそう決めていなければ、国によって星座の呼び名
はばらばらで天文学者が議論するにしても大変だったでしょう。」
「それはメシエの天体についても言えますね。」
『ええ?メシエってだれだ』達之助はこの人物を知らなかった。でもなんとなく知って
いるふりをしてしまった。
「そうですね、メシエの発見した星座がなければ、今日の天文学はなかった。」
「あ、メシエは星座じゃなく、星雲や星団を発見した人です。」
「ああ、そうでしたね・・・・・!」
少し沈黙が続いた。
「達之助さん、あなたの言われようとしていることはよくわかります。私も日本がもっ
とも立ち遅れている電気技術の礎をつくろうと思ってイギリスにやってきたのです。私
がここで学んだことを国に持ち帰り、生かすことが出来ればどれだけ後の世を豊かにす
るかわかっているつもりです。」
「そこまでわかっておられるんなら、もう何も言うことはありません。」
達之助はクラノグを出ていった。

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