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ドラクロワ、堕天使の出没する
常緑の樅の森影を映す血の湖、 陰鬱な空の下 奇怪な吹奏楽は ウェーバーの息づまる嘆息のように過ぎて行く。: ボードレールの『悪の華/燈台』の詩と画家とを並置する、という5月の記事から月日の流れる事、なんと半年!も経ってしまいました^^; 最後の人物、ドラクロワが残っていました。我ながら、怠惰な自分自身にほとほとあきれ果てています(;^^A Ж 彼は、デッサンの達人であり、驚くべき色彩家であり、情熱的で豊穣な構図家で、 誰よりも豊かな想像 力で事物の深奥な相貌を表現する。(ボードレール・絵画批評より)ー ボードレールにとってのドラクロワは絶対的崇拝の対象であり、どれほどの称賛と賛辞とを与えても足りないくらいの存在であったことはつとに有名だが、実際のドラクロワの印象も大変強烈であったらしい。そこのところを語るオディロン・ルドンの興味深い記述がある。 1859年、パリ。兄と行った舞踏会でルドンはドラクロワを見かけた。 黒々とした長い髪、なで肩、反身の姿勢。そばにそっと近づくと、ドラクロワは二人に気づき、眼差しをむけた。その眼は独特で、きらきらと光り、シャンデリアよりももっと烈しい光を投げかけていたのだという。 ー「大芸術家に会いたいとのおのぞみです」と紹介者が言った。ドラクロワは身をふるわせ、 一種微妙な微笑みを浮かべながら身をかがめ、こう言った。「ごらんのように、そんなに 肥ってはおりません。」ー ドラクロワは虎のように美しく、虎のように誇り高く、繊細で、力強かった。 奇しくもボードレールも彼の眼差しの光のことを、『獲物に注意を集中している猛虎の眼の輝きすら及ばない。』と語っている。 一目見た瞬間からルドンはこの中背で、痩せて、筋肉質の卓越した人物、ドラクロワの虜になった。舞踏会の間中、人々の間からずっと彼の様子を眺めていた。そして結局、彼のあとを追うようにして会を辞した。ルドンは彼のあとをつけて行く。 ー彼はうつむいたまま夜のパリをよぎり、ひどく狭い歩道を、猫のように歩いて行った。 <絵画>という文字の読める一枚の広告が彼の眼を引いた。彼はそれに近づいて、読み終ると、 と言うより私に言わせると、その固定観念に捉えられながら、また歩き出した。 街を通り抜けて、ラ・ロッシュフーコー街のアパルトマンの入口に辿りついたが、それは昔 住んでいたところだった。習慣に身をまかせて、そんなにひどく放心していたのだ! 彼は思いにふけりながら静かに歩を戻し、あの狭いタンベール街にやって来た。その後彼は、 この静かな街に住んでいたのだ。ー Ж <絵画>、と書いてあるだけで広告に見入り、その言葉から呼び覚まされる観念に捉えられ、ふらふらと、自分の家すら忘れて夜の街を浮遊するドラクロワ! す、素敵すぎ!^^; こんな記述を残してくれたルドンに思わず感謝してしまいます^^ ルドンをして、ストーカーもどきの行動を思わずさせてしまうドラクロワ!彼がどれほど魅力的な人物であるかの証言は、ボードレールを筆頭に、様々なところから得る事ができる。 芸術家やその周辺のみならず、所謂一般の人物からの証言もあります。 パリのあるサロンの女主人が、画家があるパーティの席上から退出するのを見て、『あのドラクロワという方は、なんて魅力的なんでしょう。絵を描いているなんて、ほんとに勿体ないわ。』と語ったそうです。これはちょっと笑えます。本当に凄いですよね〜、ドラクロワって。会ったすべての人を魅了してしまうみたいです。 Ж ー ドラクロワは彼自身が卓越した文筆家であり、レオナルド以来最も見事に自己の芸術について 語った人である ー イギリスの高名な美術評論家、ケネス・クラーク卿は上の文の他に、彼の日記はスタンダールの小説の主人公にもふさわしいような、生き生きとした知性豊かな性格を備えていると記している。 出生の秘密(実父はフランス革命期の政治家であり、外交官のタレーラン伯爵らしいという)。父と兄の早世。罵倒に始まった画家としての第一歩。アカデミーの冷遇(8回落選し、ほぼ20年目に当選。65歳で亡くなるなんと6年前のことである。アングルが猛烈に反対したそう)による長い不遇の年月。つましい生活。晩年ようやくその栄誉を勝ち取ってはいるが、苦難の日々だったことは想像に難くない。しかしなによりも彼は絵画への情熱と愛とでその困難に打ち克った。若い頃から書き綴っていた彼の日記や書簡、評論には、内省的で、高邁な人物である彼の精神が刻印されていて、感動を誘う。 ・ 私の中には、しばしば肉体より強く、 しばしば肉体によって元気づけられる何かがある。 内面からの影響をほとんど受けつけぬ人がいるが、 私の内部のそれは、誰よりも一層エネルギーに満ちている。 それなくしては、私は死んでしまうだろう。 しかし、かたやそれは、やがて私を憔悴させるのだ。 (おそらく私が語っているのは、私を教え、導く“想像力”のことである。) ー日記より・1822年・24歳ー ・ 人生の中で一定期間打ち込んだ、 たった一つの仕事が、 残りの人生のすべてを規定する。 あらゆるものが、その周りを巡るためにやってくる。 体験する歴史を心の内にとどめながら、 私は二重の生を生きるのだ。 過去は再び私のもとに現れるだろうし、 未来はいつでも、そこにある。 ー日記より、1824年 25歳ー ・ 美のイメージはあらゆる人々の心の中にあり、 別の時代にこれから生まれ来る人々も、同じような表徴によって、 美を認めることができるだろう。 しかし、その表徴が何であるかは、流行も書物も明らかにしてくれない。 美しい行為、美しい作品というものは、 魂のある種の能力、おそらくは最も高貴な能力にそのまま結びつくのだ。 ー「美についての問い」より、『両世界評論』誌 1854年号・56歳ー ・ 私が絵画を通して生み出す幻影だ。 それ以外は流砂にすぎない。 ー日記より、1824年 25歳ー Ж ドラクロワは幼児のころ、焼死しかけたり、海に落ちたり、銀緑色の絵の具を食べて毒死しかけるなど、5回も死に直面しそれを免れている。この信じがたい不思議な出来事は、不遇な人生をばねに不死鳥のように蘇るという、彼の宿命を暗示していたのかもしれない。 これらの呪い、冒涜、不平不満、 恍惚、悲鳴、泣き声、「神への讃歌」、 それはみな 千の迷宮に響く一つのこだま。 死すべき人間の心にとっての聖なる阿片! 千の歩哨が復誦する一つの叫び、 千の送話器が申し送る一つの指令。 千の砦の上にともされる一つのかがり火 深い森に迷った狩人たちの一つの呼び声! なぜならこれこそまさに、主よ、私たち人間の 尊厳として示し得る最良のあかしなのです この燃えるすすり泣きは 世から世へと伝わって やがてあなたの永遠の岸辺に辿り着いて死ぬのです! (燈台/了) : 参考文献 「オディロン・ルドン神秘と象徴」/粟津則雄 「ドラクロワ 色彩の饗宴」/高橋明也訳 「絵画の見かた」/ケネス・クラーク 「ボードレール・悪の華」/安藤元雄訳 |
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解剖の絵の人でしたっけ?腕の所をカンシで広げてる絵。。。。
2007/11/16(金) 午前 7:54
れおぽんさん、それはレンブラントですよ〜^^;
もっと画像出した方がいいのかしらね〜?
2007/11/16(金) 午前 8:00
ルーブル展でも、ドラクロワはなかなか見られないですよね、今度のクイズを当てたら、ドラクロワ美術館の招待券をくれるというのはどうでしょう^^。
2007/11/16(金) 午後 7:05
素晴らしいです。ボードレールの『悪の華』、もう一度しっかり読み返したくなります。
2007/11/16(金) 午後 7:49
このドラクロアの24歳の日記に豪く感激しています。人間幾つになってもこの体の内部からのエネルギー、想像力を感じていたいものです。ぽちっていこっと。
2007/11/16(金) 午後 9:55
月野さん、その招待券、私も欲しいです。クイズに参加しようかな〜
(笑)
2007/11/17(土) 午前 8:45
すてさん、ボードレールは信奉者が多いですよね。フランス映画でも会話によく彼の詩が引用されていますね。
2007/11/17(土) 午前 9:37
ルドンの描写、本当に面白いですネ。こんなことがあったなんて、ルドンも面白い人です。^^
半年たったんですか〜、遅れてよかったです。(笑)
過去の記事も楽しみです。♪
2007/11/17(土) 午後 7:14 [ ひろmahler=^・^= ]
ねこにゃーさん、本当ですね。想像力、年齢にかんけいなく、とても大切なものですよね。ぽちありがとうございます。
2007/11/18(日) 午前 7:01
ひろさん、そう言っていただけると心の痛みが少し取り除かれます(笑)ルドンはもうドラクロワの虜ですね(笑)このあと、とうとうドラクロワの家を訪れるのですよ。二人ともとっても素敵な人物だと思います。
2007/11/18(日) 午前 7:05
お初です。素敵なブログですね。「ぷーすけの広場」もよろしくお願いします。
2008/3/23(日) 午後 9:36
icghopeさん、古い記事を読んで下さりありがとうございます。
後ほどお伺いしますね。
2008/3/23(日) 午後 11:40