結婚まで

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毎日がバケーション?

5年とちょっとのドイツ生活を終え、スイスへ移住した私。
同じドイツ語圏でも発音が違い、聞き慣れない単語も続々と出て来る
ドイツでドイツ語講座に通ったけれど、スイス人の喋っている事が全く分からなくて、
はじめは本当に戸惑いの連続だった。

それでも意地でドイツドイツ語?を話すと、向こうもなんとか分かるドイツ語で返してくれる。
例えは悪いが、大阪の人が頑張って東京人に合わせて喋ってくれる様な感じ。
どこかたどたどしいものだったけど、一生懸命会話を成り立たせようとしてくれる
スイス人の優しさが、私も次第に好きになって行った。

スイスは国の中に4つの言語圏がある。
ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語。
ヨーロッパの大国に挟まれているという土地柄、過去、周りの国の思惑に翻弄されてきた。
永世中立国というスタンスは、もう何者にも左右されまいと言う国民の固い意思を
表している様に私には思えた。

夫も遠距離恋愛が始まった頃は、首都・ベルンに住んでいたが、1年後、
そこから車で30分のベルナー・オーバーランドと呼ばれる景色の美しい地方に引っ越した。
日本人観光客でも賑わうインターラーケンから車で20分の小さな村の
山小屋風の2ベッドのアパートで、晴れた日にはバルコニーからは有名な
アイガー、メンヒ、ユングフラウという3つの山がくっきり見えた。 
アパートからすぐ行けば、トゥーン湖と言う湖もあり、そこに居ながらして休暇気分を味わえる。
私も遠距離で通っていた頃は、まるで観光にでも来た様に、気分をリフレッシュし、
またドイツに戻ったものだった。

スイスに引越すと、私は仕事もしなかったので、毎日がまさにバケーション。
山に登ったり、湖に浮かぶ観光汽船に乗ったり、夫と遠出したりと、スイスを思う存分満喫した。
まだPCも無かったし、日中夫を送り出し家事を終えると、あとはまるまる自由時間。
一人で寂しかったせいもあり、知り合いから黒の子猫を譲り受け、コシュカと名づけ可愛がった。

スイスに引越して2ヵ月後のある週末、天気もよく、私は夫と2人でハイキングに出かけた。
山の頂上まで上り、持って来たお弁当を広げ、2人でたわいない話をする。
美味しい空気と美しい自然の中、私たちはのんびりと時を過ごしていた。

話の途中、夫がポケットから当然、1枚の紙切れを取り出した。
私の方はすっかり忘れていたが、それはドイツの元妻との離婚が正式に成立したという知らせだった。

その時の私も特別な感情も持てず、ただ ”やっと終わったね”と言うくらい。
元妻から離れた時点で既に夫の気持ちは彼女から離れていたし、私の中では
今まで夫を独身者だと思って付き合ってきたからかもしれない。

手にした紙を再びポケットにしまい、その後夫が真顔で言った。

”これで問題は無くなったよ・・僕と結婚してくれるかい?”

離婚したばかりで、早過ぎるとは思った。
でも色々ありながらも夫とは続けてきたし、その間にいい信頼関係を築いても来た。
夫ならば信頼し合い、楽しい家庭を作っていけるだろう。
そう思い、私も喜んで彼のプロポーズを受けた。

付き合い始めて3年半、私と夫はとうとう婚約した。
夫の仕事の都合もあり、式は12月に、スイスだけで行う事に決めたのだが、
それにしても、外国人同士がスイスで式を挙げられるのか・・?

夫は再婚だが、私は初婚。 私としても出来る事なら、シビル・セレモニーだけでなく、
教会での式も上げたいと思っていた。

多少の不安を感じてはいたが、私たちは夏から少しずつ結婚式の準備を始めて行く事にした。

ヨーロッパの2都市、どちらかへの移動を命じられた黄色い魚。
どちらに移るにしても夫にも関係する事なので、スイスに連絡をいれ
彼の意見を聞いてみることにした。

”お、ロンドン?そりゃぁ、悪くないなぁ〜。うん、いいかもなぁ!
 それに、フランクフルトはつまらない街だしなぁ”
(クララの故郷・フランクフルトよ。ごめん。)

と、こちらは真剣に相談しているのに、のっけから夫におちゃらけられた。
無言の私からこちらの呆れ具合を察したのか、おちゃらけはそこで終わり、
夫はまた真面目な声に戻った。
夫の意見は思った通り 最後には私が決めるべき事だから・・だった。
自分としてはドイツの方が都合はいいが、ロンドンに行きたいならそれでもいい。
距離的には長いが、遠距離恋愛を続ける事には変わりないし、これまで通り
付き合いは続けられるだろう・・夫はこれだけ言うと、そのまま黙り込んだ。

ロンドンでの生活には不安があるし、フランクフルトも乗り気でない事を
私が伝えると、夫も何かを思案している様に、更に黙り続ける。
互いに沈黙する時間が続き、いたずらに電話代だけが増えて行く。(爆)

そしてだんまりに飽きた頃、夫が吐き出すように言った。

”なら、仕事辞めて、こっちに来て一緒に住むか? 俺は構わないよ!”

思いがけない同棲へのお誘いだった。
だが、その時は私も仕事を続ける事に拘っていたので、夫の誘いには乗らなかったが、
電話を切ってから、自分がどうしたいのか、じっくり再考する事にした。

夫が最後に出した提案が、不思議とずっと頭から離れなかった。
思えば92年から5年間、ドイツで必死に仕事して来た私。
レストランでは昼から深夜、そして航空会社では朝から夕方まで。
楽しくも有ったが、ストレスもその年数分溜まり続けていた。
どこかで少し脇道にそれて、休みたい気持ちもあったのかもしれない。

せっかく慣れ、板につき始めてきた航空会社の仕事を捨てるのは、本当に惜しい。
だが正直を言うと、遠距離恋愛に疲れ始めて来たのも確かで・・。
ドイツに帰る日、ベルンの鉄道駅で別れのハグを交わし、電車に乗り込む時に感じる切なさ。
あれをもう感じなくてもいいと思うと、私の気持ちは自然とスイスに向かって走り始めていた。

そして1週間後、私は移動命令を断り、ドイツ統括本部に退職願を出した。
オフィスには期限ぎりぎりの3月末まで働き、4月からは自由の身。
アパートの修繕工事や引渡しの関係で、4月の1週目はドイツに留まるが、
その後は 夫とのスイスでの暮らしが待っている。

新生活にわくわくしながらも、せっかく慣れ、仲良くして頂いたオフィスを
去るのは本当に辛かった。
最終日は皆さんから贈り物を頂いたり、ささやかなお別れパーティも開いて頂いた。
たった2年弱だったけれど、ベテラン陣に支えられ、本当に充実した日々を送れた。
未熟者で失敗もしたけれど、根気良く色々教えて頂き、今でも心から感謝している。
今でも私のいた当時のメンバーが頑張って働いているそうなので、
いつかドイツに行ったら、必ずオフィスに立ち寄りたいと思っている。

そんな突然の辞令が、私の遠距離恋愛を終わらせる事になったが、
あの時、ロンドンかフランクフルト・・どちらかを選んでいたら、きっと私の生活も
今とは違うものになっていただろう。 

後悔が無いと言えば嘘になるが、どちらを選んでも結局は後悔はする。
少なくともあの時は自分の気持ちに素直に従った。
だからあの選択が間違っていたとは、思ってはいない。

4月の第2週目の月曜日。
D市の中央駅から列車に乗り、私は92年から5年弱を過ごしたドイツから、スイスへ向かって旅立った。

住み慣れた所から、新しい土地へ移る時は、誰もがきっと不安になるだろう。
私も同じだった。
だが、今度はひとりではない。

夫がいれば、何があってもきっと乗り越えられる・・・そんな気がした。

ドイツースイス間の遠距離恋愛にも慣れ、私の生活はますます充実していた。
有給を使って日本に里帰りもし、夫も一緒に連れて行った。
父の会社の保養所が富士山の近くにあるので、そこに予約を入れ、
夫に富士山の5号目までドライブしたり、富士の麓にあるビール醸造所にも連れて行ったり・・。
夫も初めての日本をなかなか楽しんでいた。
唯一の誤算は時差。
夫はえらく時差に弱い人間で 日本に滞在中も結局、調節が上手く行かず、
そのままスイスに戻ったので 体内時計が狂いに狂い、
スイスに戻り10日ほどで、ようやく本調子になったそうだ。
(その後も夫は1度日本に行ったが、時差に弱いのは相変わらず・・。
なので、昨今は夫と日本に行かない理由が・・皆様にはお分かりだろう。)

遠距離恋愛を始めて1年が過ぎ、私もようやく”仕事してる”と実感できるくらい、
色々とこなせるようになっていた。
これから発券も含め、もっと色々学びたい・・・。
同じ課のベテラン女性社員の様に、いつかは一人前の航空社員になって
キャリアを築きたいと夢見ていた。

仕事以外でも、帰りに関連会社の仲のいい女の子達と、旧市街に出て食事したり、
休日にも誰かのアパートで鍋パーティなどもした。
付き合ってる彼の事や、仕事の事など・・・時間を忘れて語り合い、
学生時代に戻ったような楽しさを感じていた。

だが1年と数ヶ月が経つと、航空会社の経営が思わしくないと言う
ニュースが耳に入って来た。ヨーロッパ全域のいくつかの支店の閉鎖、統合、
支店の人数の削減・・ドイツ統括部でもそのうち何かがあるだろうと、皆
一様に不安を覚えていた。

そしてその半年後、予感は的中する事になる。
私の働く支店でも、人員削減を余儀なくされ、勤務年数の一番少ない私が対象者となった。

ドイツ統括本部から1通の通知をもらったのは、働き始めて1年と9ヶ月くらい。

この支店ではもう働けない・・・だが ロンドンのマイレージ・センターと
フランクフルトの空港支店・・・そちらなら、まだ人員に余裕があるので移動ができる
そんな内容だった。

ロンドンは専門学校で1ヶ月、語学研修をしたし、この会社のトレーニングで
行った事もある。ヨーロッパで一番日本人が多く住む街。 
ただ生活費、特にレントがべらぼうに高いので、ロンドン支店でシングルの人々は大抵が
ルームシェアしながら住んでいる・・と聞いていた。
今の給料で、その生活を続けていけるか、私は自信が持てなかった。
かといって、同じドイツでもフランクフルトとは馴染みもないし、そちらにも
あまり気が進まない・・・。

悩みに悩んだ私は、夫の意見も聞いてみたいと、その夜スイスに電話をした。

航空会社社員の特典について、早速オフィスの人々に聞いて回ってみた。
大きく分けて2つに分かれるが、手っ取り早く言えば、
席が確保できるか出来無いかの違いである。

それによって運賃も変わるのだが、私の場合、それほど懐に余裕がある訳ではない。
出来る事なら2週間に1回くらい・・スイスに行きたいと思っていたので、
リスクを覚悟で 席なしの・・いわゆる 常時スタンバイの状態のチケットを
申請する事にした。

ドイツースイス往復を普通にディスカウントチケットで買っても、当時は
DM400−500は掛かった。その上、スイスの列車代もプラスだから
2回も行けば、生活が出来なくなってしまう。
それに比べてスタンドバイチケットは往復で DM140弱。かなりの破格だった。

季節は晩秋から冬。
雪が多くなるスイスにそう多くの人が飛ぶとも思えなかったし、
(実際ドイツ人は 寒くなるとあったかいマヨルカ島や、ちょっと贅沢してオーストラリアなどに行く。)
飛行機が満席になることもそう多くないと推測した。

大丈夫だろう!! と確信して、私はチケットの申請ををフランクフルトの
ドイツ統括オフィスに出し、翌日、発券の許可は下りた。

問題は仕事との時間調整だったが、ドイツは週に働ける時間が決まっている。(40Hまでだったか?)
それを超過すると帳尻を合わせるために、月1回、金曜日の午後3時で終わっても良いという条件になっていた。
そこで私は、スイス行きのために1回分はその金曜日を利用し、早めの便に搭乗。
あと1回は普通に6時まで働き、それよりももう1つあとの便にした。

同じ課の人々も、私の事情を知っているので、スイスに行く日はいつも気持ち良く送り出してくれた。
仕事の片付き具合を心配してくれたり、時にはどうしても終わらなかったりすると、
私に代わって引き継いでくれたり・・本当に優しい年上のお姉さまばかり。
仕事をきっちり終えて、スイスに向かう時も、残業をする彼らより先にオフィスを後にして
何度申し訳ないと思ったか・・・。
ただ、彼女達も急に予定が入る事もあったので、そこは気持ちよく予定を変えっこしたり、
そういう点では課の中のバランスは、とても上手く行っていたと思う。

それでもオフィスを出ると、心ははやスイスに向かっていたげんきんな私。(え?)
飛行機も1、2度満席になり、最後の乗務員の席(ジャンプ・シートと呼ばれてますね♪)
に座った事もあるが、それ以外はほぼ問題なかった。

ジャンプシートも、小さな機体になるとコックピットの中に設置されている事もあるので、
普段パイロットがどういう風に飛行機を操縦しているか見ることが出来たし、
なかなか貴重な体験をしたと思う。
(途中、オートパイロット(自動操縦)に切り替わると、操縦機器の上に足を乗っけて
くつろぐパイロットには、びっくりしたけど・・。ヨーロッパ間の短区間だし、ま、いいか。)

冬になると雪による遅延が多くなり、時にはフライトキャンセルにもあった。
通常そうなると、私はスタンドバイだし諦めるしかない・・と思うが、
それでも他の乗客が他社に振り替えになるのを見ると、私もスイスに行きたくなる・・。

ダメもとで聞いてみると、なんとオッケー!という事もあり、たとえ到着空港が
チューリッヒでなくジュネーブでも、大喜びしたものだった。
(ジュネーブからベルンも、チューリッヒからベルンも、距離的には余り変わらないのですよ♪)

ただし、ジュネーブに下りると・・そこはフランス語の世界・・・。
ボン・ジュールしか言えない私には、そこがスイスであれど、スイスに来た気がしなかった。
(ごめんね。ジュネーブ・・・でも素敵な街ですよ〜!)

そんな私のドイツースイス往復は1年半ほど続いたが、苦労したと言うよりもむしろ楽しかった。
2週間に1回、出張に行くビジネスマン・・・そんな気分でいたからかもしれないが、
活気溢れる空港に行き、飛行機に搭乗し、列車で旅をする事の楽しさにはまっていたせいもあった。

・・とタイトルでもうお分かりですね。(^^♪
さて、それでは3文恋愛小説のつづきを、書かせて頂きます。

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アメリカのIT関連会社に勤めていた夫は、スイス・テレコムとの
合同プロジェクトの一員として、スイスの首都(チューリッヒじゃないのよ!)
のベルンに転勤となった。
私の方は、試用期間を終えて正社員となり、生活が安定し始めたばかり。
夫との関係もまだ”恋人”と呼べる段階でも無く、一緒について行く事は
その時点では考えられなかった。

とはいっても、今まで楽しくお付き合いして来た夫が、この街を去ってしまう。
寂しくて、悲しくてたまらなかった。
夫がスイスに向け出発する日まで、彼の荷造りや家具の処分などを手伝うものの、
日ごとに悲しみは募るばかり。
ドイツとスイスは隣国とは言え、今住むD市からスイスのベルンまでは列車で
8−10時間は有にかかる距離だ。
生活も安定してるとはいえ、列車代も高いし、そうおいそれと通える場所ではなかった。
会いに行くとは約束しても、果たしてそれがいつになるか分からない。

不安感や寂しさを、夫にぶつけてはみるが、
彼としては勿論、会社の辞令に背く訳には行かないので、仕方が無いと言った感じ。
そうして私がひとりでいじけている間に、とうとう夫がスイスに行く日が来てしまった。

D市の空港から、飛行機でチューリッヒに飛び、夫はそこから1時間半ほど
(それくらいだったかな?)、列車に揺られベルンに入る事になっていた。
会社の方では既に彼が住むアパートを手配しているものの、引継ぎは1週間後。
それまで夫は暫くホテル住まいになる。

出発当日、夫と共に空港に行き、時間まで空港の軽食コーナーで話をした。
搭乗時間が近づき、夫がゲートに向かう前に最後の抱擁を交わす。
その時になって、夫ははじめて I Love You”と言ってくれた。

予期せぬ夫の言葉に嬉しさを感じながらも、離れてしまう寂しさで泣き出しそうになった。
しかーし、そこは悲しい位頑固者の私。
こんな人前で泣くまいと、無理に笑顔を作って夫を送り出した。

夫を見送ると私はアパートに戻る為、Sバーンと言う近郊列車の駅に向かった。
しかしついさっきまで楽しく話をしていた夫の気配は、もう自分の横には無い。
寂しさを堪えて列車に乗り込み、座席から暫く外の景色を眺めた。
空港のまぶしい照明に照らされて、離発着する飛行機。
今さっきまで自分がいた空港ターミナル。
あの中では今も沢山の別れのシーンが展開されている事だろう。 

・・・・私だけじゃない。

そう思っても涙が溢れ出し、車窓からの景色が段々ぼやけて来た。

アパートに着くまでは何とか泣き出すまいと頑張ったが、自分の部屋に入るともうアウト!
その晩はほぼ一晩中、泣いてるか、泣き疲れてうとうとするかのどちらかだった。

翌日は仕事だったが、前の晩に余りに泣き過ぎて、瞼が腫れ、目はウサギの様に真っ赤っか。
何事も無かったの様に平静を装っていても、職場の人々の心配そうな視線が突き刺さって来た。
狭いオフィスの中、誰かに言えばすぐ話は広がるが、一応気を許せる人には事情を話し、
それ以外は適当に誤魔化した。

数人の人に話をした後は気分も晴れ(げんきんな奴だ)、
私はこれからどうやって夫に会いに行くか・・と、早速対策を練り始めた。
列車は時間もかかるし、お金もかかる。休みも週末だけだったから
片道8時間はかかる場所へ行っても、そこに滞在出来る時間は・・・かなり短い。
ユーロレールパスの様に、コスト的にも何かお得なサービスが無いだろうかと、
色々と調べまわっていたら、同じ課の日本人のベテラン女性社員の方が、助け舟を出してくれた。

”知ってる? 航空会社の社員は特典があって、自社は勿論、他社でも安い値段で
飛行機を利用できるのよ。”

俗に言う エアライナー・ディスカウントだが、入って5ヶ月の私は、
そんな特典がある事など、全然知らなかった。

当時、D市からスイスまでは、ルフトハンザでチューリッヒ(ZRH)か、
スイス・エアでジュネーブ(GVA)への直行便が出ていた。

そんないい情報をゲットした私は、その特典を使って是非夫の所を訪ねたいと思い始めた。

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