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安否確認のコメントをいただき、本当にうれしかったです。 おかげさまで我が家は全員無事です。 電気、水道も回復いたしました。 今は明るい場所で温かく、こうしてパソコンに向かっていられます。 電気がある、蛇口をひねれば水が出る、ということのありがたみを改めて感じています。 私の経験した地震の様子です。 金曜日の午後、私はいつものようにお店にいてお客さまとお話していました。 水曜日の岩手日報に今開催中の写真展の記事が載ったこともあり、その日は朝からたくさんのお客様がいらしてくれていました。 ほぼ満席(といっても4客しかテーブルはないのですが^^)の状態からお客様の入れ替わりがあり、年配のご夫婦がひと組、一階のテーブルにお掛けになっていた時でした。 大きな揺れがあり、私はすぐに出口の確保のためにドアを開けました。そのドアのそばの棚に背の高い花瓶があり、お客様が抑えてくださっていたそれを一緒に抑え、揺れが収まるのを待っていたのですが、一向に収まる様子がないどころか、ますます揺れは大きくなるばかり…・ 厨房ではガラスの割れる音がするものの、花瓶から手を離すわけにもいかず、その場にお客さまと一緒にいました。旦那様はテーブルの上にあるお皿やカップを抑えてくださり、奥様は私と花瓶を抑えながら、「火は、大丈夫?」と声をかけてくれました。その時、火は使っていなかったのですが、あまりにも揺れている時間が長く、心配になってきました。 「すいません、ちょっと見てきます。花瓶、お願いします。」と揺れている中、厨房へ。 グラスが割れ、メープルシロップの瓶が割れているのが目に入りましたが、今はどうすることもできません。とりあえず、ガスの元栓を閉め、再びお客様のもとへ戻りました。 窓の外に目をやると、電線がしなり、止めてある車が上下している様子が見えます。 揺れている途中、それまで点いていた電気が消えました。・・・停電?! これは今までの地震とは違う、とんでもなくでかい。ただ事では済まない。そんなことを思っていました。 長かった地震の揺れもどうにか収まり、お客様と「すごかったですね」なんて言っているところにお向かいの方が来てくださいました。「大丈夫だった?怖かったねー」「お怪我ありませんか?」とお互いの無事を確認しあっていると、またぐらっ・・・余震です。 お客様には「私たち帰っちゃうとあなた一人になっちゃうわね」と心配していただきながらも「いえ、どうぞ、揺れが収まっているうちにお帰りください。揺れているとき、一緒にいていただいて本当に心強かったです。ありがとうございました。」と、妙に名残惜しくお見送りしました。 片づけなくては、と思うものの気が動転しているのか、うまく考えがまとまらず、右往左往… そうこうしているうちにまた余震、あわてて花瓶を抑え、ドアを開ける。 収まって片づけ…ぐらっ、花瓶&ドア・・・・片づけ、ぐらっ花瓶&ドア・・・・・を何度か繰り返しやっと花瓶を床に置くことを思いつく。最初からそうしておけばよかったのに、馬鹿ねーと言いながらぱたぱた動き回る。 揺れるたびにお向かいの方も表に出て収まると中へ、をしていたのですが、そのうちこちらにおいでになり、しばらく外のベンチで一緒に話しながら過ごしました。 そのうちお向かいの方のご長男さんが歩いてくるのが見えました。いつも見かけている姿なのに、あの時は本当にうれしかったです。「お帰りなさい。ご無事でなにより。」 ご長男さんが家に入ってもしばらくは外で話していたのですが、だんだん暗くなり、寒くなってきたので、「それでは気を付けて」と別れ、再び一人に・・・ まずは落ち着け、とひとまず座ってお弁当を食べる、いつもはレンジであっためるお弁当もこの日は冷たいまま、食べるというより口からおなかに流し込むかのような勢いで・・・・^^; お向かいの方も私が一人だということで一緒にいてくださったのかもしれません。ありがたいことです。 メールでオーナー&旦那に連絡。 旦那からのメールで家族は二男とは連絡取れたが、家の電話は通じず、長男からはメールの返事はない、とのこと。 心配ではあるものの、今できること、とにかく割れたものを片付け、帰る準備をする。 次第に暗くなってくるが電気は点かない。 水もどうなるかわからない,ヤカン、水差し、バケツ・・・・できるだけ水を汲み置く。 旦那からメール、長男、無事、とのこと。家にいた二男からも義父母の無事を確認。ひとまず安心。 5時ごろ、オーナーが帰ってくる。入れ替わりで帰宅。 岩手県全域停電とのこと、信号が消えているので交差点緊張しながら帰る。 電話も通じず、実家と連絡がつかない、帰りに寄りたかったが、そちら方向はとんでもない渋滞、信号もその通りなので、無事を案じつつその日は家へ。 家に帰ると長男、義父母がいる。二男は乾電池を買いに行った、とのこと。 まだ頻繁に余震があり、ストーブは怖くて使えない、と3人で消えているストーブの前にかたまっていた。 渋滞で大変だった―としばらくして旦那が帰宅。職場からろうそくやらポリタンクやら、持ち帰ってくる。今は水が出るけど、そのうちどうなるかわからない、とやはり、なべ・ペットボトル・水筒・ボウル・ポリタンク、と入れられる容器にありったけ水をため込み、お風呂の水を満タンに。 二男君がなかなか帰ってこない。もうかなり暗いのに、「わたしが乾電池なんか頼んじゃったばっかりに・・・わるいことしたよ」と義母。 が、家族全員で心配しているところに鼻歌交じりでご機嫌で帰ってくる二男・・・・ 「いやー、電池は無理!でもいろいろ買ってきたよ、ほら、うまい棒でしょ、飲み物と、アイス、あ、ガリガリくんは途中で食っちゃったけどね。あ、お兄ちゃん、うまい棒食う?」 私たちの心配は一体何だったんだろう。 あ、いや、無時で帰ってきたんならいいんだ、それで・・・・ その晩はろうそくの明かりでありあわせのものを食べ、同じ部屋にいつでも逃げられるように、と普通の服、靴下、帽子、上着まで着こみ、それぞれポケットには手袋すぐ手の届くところに携帯や小銭入れなどを置き、小さなろうそくを付け、ラジオをつけっぱなしで寝ました。 余震は頻繁におき、そのたびにハッと起きる。 が、どんな時でも明けない夜はない、そうこうしているうちにこの大変な一日は終わり、やはり大きな揺れで目が覚め、次の日を迎えた。 震災1日目。
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本当に大変だったんですね。
揺れている時って、実際ばかげたことしか出来ません。私もテレビを押さえながらベランダの窓を開けましたが、後で玄関ドアを開けておかなくてはいけない(マンションなので)と思いました。家には帰れなかったけれど、母と一緒にいられたのが幸いでした。
2011/3/13(日) 午後 11:22
ほっ!よかった!
私も入院中で、1人ベッドの上で 子供と連絡が付いた時には踊りだしたい気分でした。
入院先が、災害拠点病院のため、ベッドを開けてほしいと言われ2日ほど早く退院してきたんです。
高速道路が通行可能なうちに帰りたかった。
明日から輪番停電です。信号も止まってしまう。
家に帰れてみんなの無事な顔が見れて幸せです。
2011/3/13(日) 午後 11:49
ご無沙汰してました。
とりあえずご無事で何より!!
ホッとしました^^
2011/3/14(月) 午後 2:27
ご無事でよかったです。
こちらは震度5ですら恐怖引き攣ってましたから、恐ろしさはいかばかりかと・・・。
こういう時、力になるのも、心配するのも家族ですよね。
2011/3/14(月) 午後 4:59
ご無事でなによりです!
よかったです。
2011/3/14(月) 午後 9:34 [ spw*a*m ]
・めにいさん、
ご心配いただき、本当にありがとうございます。
こちらばかりでなく皆さんのところも揺れたんですものね。
めにいさんもご無事で何より。
余震が続いていたり、突然ネットがつながらなくなったり、とまだまだいつも通り、とはいきませんが、そんな状況も笑いに変えられる我が家です。
2011/3/15(火) 午後 3:27
・あいさん、
一人でベッドに居る時に地震なんて、心細かったでしょ。
なにはともあれ、あいさんも無事でよかった。
これからもどうなるかわかりません。お互い気をつけましょ。
2011/3/15(火) 午後 3:31
・アニスさん、
ご心配いただき、ありがとうございます。
多少の不便もみんなで助け合ってやってます。
アニスさんとこも揺れたでしょう、大丈夫でしたか。
2011/3/15(火) 午後 3:35
・しろねこさん、
ご心配いただきありがとうございます。
そちらもずいぶん揺れたんですね。だいじょうぶでしたか。
いまだに揺れは続いていますが、なるべくお気楽に暮らしています。
2011/3/15(火) 午後 3:38
・spwraomさん、
ご心配いただきありがとうございます。
そちらも揺れたんじゃない!?大丈夫でした??
おかげさまで静岡にいた時いっぱい避難訓練もしていたのが役に立ちましたよー
2011/3/15(火) 午後 3:41
大変ご無沙汰しています。お元気そうで良かったです。
2011/3/15(火) 午後 8:09
・ウキョウさん、
お久しぶりです。おかげさまで元気でおります。
余震は続いていますが、大丈夫ですよ^^
2011/3/15(火) 午後 10:21