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2008年2月18日読了。 私にしては珍しく村上龍です。 大変話題になった本ですのでご存知の方も多いと思いますが、まずはあらすじ・・・・ 2010年の日本、銀行はつぶれ、国は借金でパンク、消費税は17.5%にまで上がり、国民の預金は統制されその40%ほどを国に持っていかれていた。インフレ率は35%を超え、失業率は15%超・・・・・ ホームレスであふれかえる緑地公園、そこから物語は始まる。 2011年4月、北朝鮮の武装コマンドが日本に上陸、開幕ゲーム中の福岡ドームを占拠。その2時間後には、500名の特殊部隊により福岡市の中心部が制圧された。 北朝鮮の反乱軍である、と名乗ったその軍隊は、しかし、北朝鮮の上層部が綿密な作戦の元に送り出した精鋭中の精鋭、『特殊第八軍団』であった。 この非常事態に対応できる政治家は一人もいなかった。貧乏になってしまった日本をアメリカは見捨て、近隣諸国も相手にしない。日本は国際的に孤立を深めていた。 きちんとした対応もできずにただ時間だけが過ぎ、政府が取った唯一の手段は福岡封鎖。 その福岡に、一風変わった集団があった。 さまざまな境遇の中で極限状態を経験し、自分の中の心の闇を見つめ、それを自覚したがために親からも社会からも見捨てられ、他人をたやすく信用しない、そんな人々がなんとなく集まっていた。 中心となっている人物の名はイシハラ、詩人だ。 北朝鮮反乱軍(高麗遠征軍)・日本政府・イシハラグループそれぞれの視点から物語は進んでいく。 待ち受けているのは戦争か、惨めな敗北か、それとも・・・・・ いやー密度の濃いお話でした。登場人物が多い!それぞれのプロフィールが長い!!北朝鮮人の名前覚エラレナイ!!! 以前、『デューン 砂の惑星』を読んだ時のこと。出てくる用語があまりにも多くていちいち本の後ろのほうをめくるのが大変で、読む前に単語帳を作り、本の脇に置いて見ながら読んだことがありました。 これはまた単語帳登場か!?とも思ったのですが、めんどくさいのが先にたってしまって^^;作らずに最後まで行ってしまいました。 ただ、イシハラグループの子どもたちは名前がカタカナのせいか、なかなか覚えられなくって途中、彼らの生い立ち、特技、容姿の描写をもとに一人ひとりの絵を描いて(すごく簡単なものですが)これをそばにおいて読み進めました。 物語序盤、状況を理解するまでがちょっと大変で、時間かかりました。 (途中グインサーガが出たりしたのでちょっとお休みして3冊ほど読みました・・・) が、下巻に入ってからは、早かった。相変わらず情報量は多いんですが、たたみかける様に話が進んでいく。村上龍ってちょっとこわもてでがっしりした体格の方だけど、本のほうもそんな感じ。読みながら力ずくでぐいぐい引っ張られてる、もしくは押されてるような雰囲気でした。 力強い文体、細部まできっちりなされている構成、映像でしかもちょっとしか見ることのない北朝鮮の人々の内面の描写。話題になっただけはある!と、納得の内容です。 その中で、私が一番 気になったのは、問題を起こした子ども達(イシハラグループ)の気持ちの動きでした。多くの人たちから受け入れられない、その理由を理解できない子どもたち。 どうしてこんな・・・と思う少年犯罪が増えているせいか、自分がその立場だったら、逆にこっちの立場だったら、一体どういう態度をとっただろう、どうするのがよかったんだろう、なんてことをすごく考えてしまいました。 あっけなくどんどん人が死んでいく、そんなことが日常にある人たちも世界には大勢いる。ニュースを見ていて知っているつもりではいても今の日本に住んでいてそれを自覚する機会なんてない。 こんな事がおこったら、おまえはどうすんだ、と、言われたような、そんな一冊。
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感想文
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今日読み終わった本、以前読んだ本、などの感想をつづっていきます
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今年一番初めに読んだのがこれ。買っておいて読んでいなかった本を順番に読んでいったらこの『パプリカ』が今年最初の本になりました。 実は筒井さんの作品を読むのはかなり久しぶりになります。大好きで大好きで読みあさるようにして読んでいたのは中学の頃・・・しばらくは新刊が出るたびに読んでいたけど、新聞に『朝のガスパール』が連載されていたのを読んだのが最後くらいになるかなぁ。 舞台は精神医学研究所。 天才科学者、時田浩作が開発したPT機器は他人の夢を監視記録できるばかりではなく、その中に治療者も入り込むことができるという画期的な精神治療機器だ。 共同研究者の千葉敦子は明晰な頭脳と冷静な判断力を持つ超美人。サイコセラピストとしてPT機器を操り実績を上げてきた。 その千葉敦子にはもう一つの顔があった。 それが夢探偵『パプリカ』だ。 ある時は千葉敦子として研究所内の政治や権力闘争の只中で戦い、ある時はパプリカとして他人の夢に入り込み治療をする・・・ そんな中、時田浩作が新たに開発した《DCミニ》が夢とも現実ともつかぬ大騒動を繰り広げる。 ちょっと前に河合隼雄さんの『魂にメスはいらない』というユング心理学講座の本を読んだばかりだったので、精神分析の場面では、こないだ読んだことがこんな風に出てくるんだぁ、なんてユング的シンクロニシティを感じたりして^^ その後《DCミニ》を使って夢の中で戦う場面にその精神分析に使われた場面や人物、動物が出てくるところなんかうまいなぁって思ったし、息をもつかせぬ、って感じのこのドタバタ、しっちゃかめっちゃかさ加減がやっぱり筒井さんだ!!私は今筒井康隆を読んでいるんだ!!!っていう妙な高揚感がありました。
いやぁやっぱり筒井さんは面白い、新年早々、久々の筒井康隆を堪能した一冊でした。
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ユングってよく名前は聞くんだけどちゃんと読んだことがありませんでした。 河合 隼雄氏の本なら何冊か読んだことはあったんですが^^;で、その河合氏と詩人の谷川氏のユング心理学講義。 難しい事とかもあるのかなと、ちょっと構えて読み始めたのですが、対話しながら進んでいくのでとってもわかりやすくすいすい読めて面白かったです。 読みながら精神分析を受けているっていうのはこういうことなのかなぁなんてことも思いました。 第一講で、子どもの頃の事、分析家になるまで、分析家として治療し始めた頃の事などが語られる。 子どもが殺人事件を起こしてしまった・・ケースでこれは病気なのか罪なのか、という風には考えない、こうまでして生きねばならなかった人に対して自分が役にたてるか、と考える・・・・ 分析を通して自分がやったことに対して非常に罪悪感を感じ自殺してしまうケースもあるため、肝心なところは不問にして終わることもある、とか。 けれど、その時その罪悪感を感じて自殺したい、という人を止めるのが本当なのか、止めないのが本当なのかはわからない、という。 河合さんはそんな時『なんかやかんや言うても死んだら損や』とお話しするんだとか。たくさん心に残る話がいっぱいあったけどその中で一番印象に残ったのはここ。 その後も精神分析の手法、症例、人の心をどんな風に理解するのか、といったことがわかりやすく語られていきます。 母性、グレートマザーについてのところで、「おとうさん」という題の作文だといろんな面白い話が出てくるのに、「おかあさん」という題の作文だとみんな類型的になってしまって優しくてすばらしい、という内容のものばかりだったが、最近はそれが変わってきている。 小学校高学年くらいの女の子の書くものには母親も一個の人間で悩みや苦しみもあるのだから甘えているだけでは駄目なんだ、という考え方が出てきている。具体的にはお母さんは私をあんまりかまってくれなくて家の中も散らかっているけどやっぱりいいお母さんだ、というような。ここは読んでいて一番ほっとしたところ。うちの子もそんな風に思ってくれればいいな、なんて期待もこめて^^ 最終講の終わりの方できちんと死ぬ事はきちんと生きる事、というところがあり、死というものから目をそらしていたのでは生、というものも生き生きとはしてこないんだということを思いました。 いろいろな意味で今読んでおいてよかったなぁと思える一冊でした。
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『停電の夜に』 ジュンパ・ラヒリ 著 小川 高義 訳 新潮文庫 停電の記事を書いたときに月野さんが読んでいた、という『停電の夜に』私もせっかくだから、と読んでみました。
そしたら彼女の本について書くときには顔写真を載せ、美貌の作家である事を前置きにしなくてはならないというルールがあるとか・・・・なので、載せときます。白黒だけど美人である事は一目瞭然!
子どもの流産がきっかけでギクシャクしてしまった夫婦が停電の夜にお互いがついていたうそを告白しあう表題作「停電の夜に」本国の政情不安をアメリカの地で見つめる様子を描いた「ピルザダさんが食事に来たころ」 語学が達者な観光案内の運転手とアメリカからやってきたインド人観光客とのちょっとずれた会話が楽しい「病気の通訳」 階段掃除をする代わりにアパートにただで住まわしてもらっているブーリー・マーのその後が気になる「本物の門番」 職場の同僚がいとこから夫の浮気について受けた相談と自分の付き合い始めた相手が妻子持ちであることが重層的に語られる「セクシー」 アメリカに住みながらもインドと同じ暮らしを続けようとする女性を、預けられている子どもの視点から描いた「セン夫人の家」 お見合いで結婚した夫婦の新居から次々と出てくるキリスト教がらみの像、ポスターetc・・・・それらの扱いについてすれ違うお互いの意見。まるで性格の違うこの二人のやり取りに夫婦の今後が見え隠れする「神の恵みの家」 29年間何の前触れもなく突然苦しくなる持病を持ったビビ・ハルダー。ありとあらゆる治療法を試してみたがよくなる気配は無し。ある日正体を失ったビビを診察した医者が腹立ちまぎれで出した結論は〈結婚すれば治る〉ビビの奇妙な振る舞いはその後も続くが・・・「ビビ・ハルダーの治療」 インドを離れイギリスの大学に通い、アメリカに就職した主人公。103歳のミセス・クロフトの家に下宿した日々を回想しながら描く彼の半生。読み終えた後長い映画を見終わったような気がした「三度目で最後の大陸」 の9編からなる短編集。 「本物の門番」「ビビ・ハルダーの治療」以外はアメリカに暮らすインド人を描いたもの。 この人は料理をするのが好きなのかもしれない。ところどころで出てくる料理の描写がとても印象に残る。(それとも、私が食いしん坊なだけか^^;) それに登場人物たちの心理をうまく食べ物やそれにまつわる物事であらわしているようにも思う。 読後感がどっしりとした「三度目で最後の大陸」にもアメリカ人のミセス・クロフトの食事(缶のスープを温めたもの)と主人公が一人で食べる食事(コーン・フレークス)主人公の奥さんが作る食事(本格的なインド料理)との対比が印象的だ。 「セクシー」では逆に食事らしい食事はあまり出てこない、スナックのようなもの、軽食のようなもの・・・それがまたこの作品をよくあらわしているように思う。 あんまり私の読みなれてないタイプの本だな、と思いながら読み始めたのですが、途中からすごく面白くなってきました。
停電にならなければ読むことも無かったかもしれないこの本、出会えてよかったなぁと思った一冊でした。 |



