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いのち

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報告

皆様に大変ご心配いただき申し訳ありませんでした。
 
先月、下旬頃より夜遊びに出かけると胸が苦しくなる症状がありました。
 
10月の半ばのトレランも楽しく走れましたし、9月に受けた人間ドックも異常なく
 
(もともと高血圧で勤務先の健保組合の診療所でN先生に3年間お世話なっていました。)
 
疲れか何かの加減と思っていました。
 
でも、一向に改善の気配も無く、出勤時に歩くだけでも苦しくなる日が続き
 
12月に高血圧の診察を受ける予定1ヶ月先行して診察を受けました。
 
N先生にも人間ドックの結果は報告済み、
 
私が遅いながらもハーフマラソン完走できることは知っていました。
 
症状を話すとすぐに心電図をとりその結果、心臓CT検査を受けるように指示があり
 
予約の電話を入れてもらい、診療所から心臓画像の撮影の専門クリニックへ
 
(なかなか当日の予約はできないらしい)
 
画像クリニックでの撮影の結果をクリニックのT先生から説明。
 
「冠動脈の一部が99%ふさがっている。至急処置が必要です」
 
狭心症でした。
 
既にT先生からN先生に連絡済であったようで
 
最後に「これからN先生のいる大学病院にタクシーで行きなさい」と指示。
 
救急外来でN先生が待っているとのこと。
 
本人としては思わぬ展開で、とりあえずATMで現金を用意してタクシーに乗り込む。
 
向かった先の病院で救急外来に行くと、N先生は居ないが
 
てきぱきと指示が出て、いつの間にか検査衣に着替えさせられベットの上に
 
「入院ですが家に連絡してありますか?」
 
「えっ!何も!!」
 
「では、連絡してくださいネ。電話はそこにありますが車椅子で行きましょう」
 
と、3mほどのところを車椅子で・・・。
 
いま、玄関から歩いてきたのに。
 
その後、一通りの検査をして病棟へ。幸い今日はベットが空いたところだったそうだ。
 
19時ごろベットの上で食事、「今日はベットから下りてはだめ」
 
「明日、カテーテルで検査してそのまま処置できる状況ならやりましょう」
 
長いような短い夜が過ぎていきました。
 
18日は、早くからカテーテルに備えての諸々の支度。
 
10時に検査室へ。
 
右足付け根に麻酔を注射、その後は痛みも無く動脈の中をチューブが入っていったらしい・・・。
 
途中で画像を見せてもらい、現況確認。
 
詰まっているところ風船で膨らましステントというパイプのようなものを血管においてくるそうだ。
 
点滴から眠くなるような薬が投与され、気持ち良い時間が流れる。
 
この間に自分の心臓で大工事が行われていると思うと不思議な感じ。
 
処置が終ってチューブを抜いてから止血の為に足を押さえられた時
 
「終ったー」と実感。
 
処置前
イメージ 1
 
処置後
イメージ 2
 
ということで、皆様には大変ご心配頂き申し訳ありませんでした。
 
これからは、食事を基本に「心臓に優しい生活」をしていくつもりです。
 
そして、今回大変お世話になったN先生、そして病院の皆さん
 
画像クリニックのT先生、診療所の皆さん
 
本当にありがとうございました。
 
一つの心臓、一つの命、大切にしていきたいと思います。
 
N先生の許可が出れば、JOGはできるかな・・・。(懲りない貴甘坊)

104歳の大往生。

眠るがごとき、旅立ったそうです。

カミサンの親父さんの母親、私から見れば義理の祖母です。

104歳でした。

顔を見てきましたが、本当に眠っているようです。

顔も生前と変わりありません。

90過ぎても畑で頑張っていたお婆さん。

いつも「良く来たなー!」と言ってくれた。

同じ話を何回も聞かされたけど、もうあの話を聞くこともできない。

帰りには、丹精込めて作った野菜を持たせてくれた。

「また来いよー」と車の窓をたたいて見送ってくれた。


「お疲れ様でした。お婆さん。」

イメージ 1

今日、六本木の東京ミッドタウンへ行ってきました。

富士フィルムフォトサロンで行われていた『藤原紀香写真展「Smile Please!」』を見てきました。

アフガニスタンとカンボジアの子供たちの写真です。

両国とも争いの耐えない日々が続き、その犠牲になるのが子供たちです。

戦火地雷により手足を失ってしまった子供たちの写真もありました。

でも、本当は写真にも登場しない「命をも失ってしまった子供」も大勢いることでしょう。

生きたくても生きることのできなかった「命」。

表に出て青い空を見上げた時、この空を見ることができるだけでも「幸せ」を感じた。

元気に。

姪っ子の通夜も告別式にもたくさんの友達をはじめ、大勢の人が来てくれた。

生まれてまもなくの股関節脱臼、その後の心臓の病気、そして脳性マヒと

重荷を背負っての6年間。

両親も祖父母も、一生懸命姪っ子を育ててきた。

祖父との留守番で、テレビを見ている祖父に後ろからそっと近づき「驚かす」なんて

茶目っ気まで・・・。

姪っ子は、一日一日を大切に生きてきたのだと思う。



通夜の晩、姪っ子とともに過ごした。

両親からいろいろな話を聞いた。

保育園の先生・給食の世話をしてくださった方、友達。

リハビリの病院のみなさん。

そして、ご近所でいつも姪っ子を暖かく見守ってくださった方々。

本当にありがとうございました。


姪っ子の生きてた証は、皆さんの記憶の中だけ。

どうか、姪っ子を忘れないで。夏の暑い日には、水遊びが好きだった姪っ子を

ちょっとだけでも思いだしてもらえるのならとてもうれしい。


そして、たくさんの友達に。

「あんなちゃん」は、いつも元気だったよ。

皆も、好き嫌いせずに、病気や怪我に打ち勝つよう

「元気」でいてください。ありがとう。

友達。

姪っ子は、階段での事故であったため病院での死亡確認後、身体は所轄の警察に移されました。

そこで、死因が確定できず大学病院に搬送され司法解剖されました。

担当の警察官は、小さな子供をこれ以上傷つけなくてもと言ってくれたようですが・・・。

身体が、自宅に戻ったのは午後8時少し前だったようです。

8時半ごろ、姪っ子の家に行きました。

親戚が集まっています。葬儀の関係の人も来ています。

姪っ子には、病院ではしていなかった包帯が頭にあります。さぞ、つらかったでしょう。


友達が、顔を見に来てくれました。

お線香を上げ、手をあわせてくれました。

いつまでも、姪っ子を忘れないでね。姪っ子の分まで元気に過ごしてね。

いままで、姪っ子がお世話になった人たちも大勢来てくれました。


24日 通夜   25日告別式  つらい日ですが、姪っ子のためにできる最後のこと。

若い両親の手伝いをしてきます。

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