サムライな日々

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南関東放浪記

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神田はまだまだ続きます。

前回(http://blogs.yahoo.co.jp/kikijirai/23466790.html)立ち読みするところまで書いた大屋書房という古書を扱う店で、結局1時間ほどいて、財布の中身と相談しつつ、自分に必要なものを厳選して本を10冊買って店を出ると、今度は今回の旅における最大の目的である、桑田忠親著『山上宗二記の研究』を探しに様々な本屋に入ることにしました。

とはいうものの、この本、京都の出版社である河原書店が出しており、京都に住んでいる私なら、わざわざ東下り(笑)しなくても探せそうなものだったのですが、京都市内の様々な店に行っても見つけることができず、ここ神田でもなかなか見つかりませんでした。

しかし、出てくる時というのは、大して期待しない所から出てくるもの。

それまでは古美術や芸術関係の店に入って探していたのですが、ふらりと入った主に歴史関係の古本を扱っている店の棚に1冊、あまり茶道と関連のないような本が並ぶ中に、確かにあったのです。

もちろん、すぐに手にとって中身を確認すると、紛れもなく『山上宗二記の研究』。

これは良いものを見つけたと、値札を確認すると、元々1500円の本が何と8000円に。

アマゾンなどで見ていて相当値が上がっている本だということは知っていたものの、さすがにこの値段の上昇っぷりは見つかったという興奮を冷ますには十分で、静かに本を棚に戻すと、一度店を出ることにしました。

ただ、一度見つかると他の店からも見つかり出すもので、箱が付いていて全く同じ本が6000円であったり、別の店では箱がついていない本で、最初に見つけた店の値段の半額の4000円で売られていたりと、どういう基準で値段が決められているのかさっぱり分かりませんでしたが、安い値段で同じものが出てくる出てくる。

もう少し探したら3000円くらいのが見つかったかもしれませんが、とりあえず探す時間と値段のことを考えたらこの辺りで手を打つべきだという結論を出して、買うことに決めました。

そして、箱があるのとないのとでどちらが良いか考えた末に、次に売ることを考えたら箱があった方が高くなるはずですが、本を読む時に箱があったら不便なことと、そもそも売るつもりがないという、自分にとっては至極真っ当な理由で、箱なし4000円のを買いました。

こうして実際に半額で買ってみると、最初の本屋は何だったの? という気にさせられますが、こういうことは古本屋が一店舗しかない地域では絶対に味わえないこと。

今では欲しかったものが安く買えたこと以上に、探しながら得をするという、この街を楽しむ一つの方法を知らず知らずのうちにしていたのではないかと思い、とても良い経験をさせてもらったと感じています。

ともかく、お目当ての品も買えたので、残りの時間を有意義に使おうと思って、だいぶ日が落ちてきて暗くなってきた中を歩いていたら、ありました。

私好みの素晴らしい店が。

                                            つづく

本は貴重なり−神田

2日目は昨日と打って変わって東京の真ん中、神田です。

目指すは古書店街。目的はこれから書こうと思っている作品の資料になりそうなものを探すことです。

これまで何度か行こうとしていた場所なのですが、神田という名前に騙されて(?)、神田駅から歩いていこうとして道に迷ったり、着いたと思ったら既に店が閉まっていたりで、勝手に門前払いを食らっていたのです。

さすがに今回は、事前に場所を確認していたのはもちろんのこと、数多くある店がどのような分野を得意にしているか、などなどを丹念に調べ上げていったので、最寄り駅の水道橋駅で降り道沿いに歩いていくと、今まで行けなかったことが恥ずかしくなるくらい、簡単に到着できました。

まずは、靖國通りを東に向かい本屋がないという所まで行って、そこから引き返して、一店一店入ってみることにしました。

さすがに、本の街、古書店街と名乗るだけのことはあって、通りに面するほとんどの店が本屋で、しかも各店毎に特色があります。

最初に入った店は、美術・芸術全般を扱っており、和書だけでなく洋書も数多く取り揃えられており、そういう類に興味がある人は、それほど広い店ではなかったものの、何時間いても飽きることはないように思えました。

1店目からこの調子だと、この先何時間かかるのだろうという気にさせられてしまいました。

次は、家で調べておいた大屋書房という、古書や古地図を扱う店に入ることにしました。

店内に一歩足を踏み入れると、これぞまさに「古」本屋というような、思わず「いつの本ですか?」と尋ねたくなるような本ばかりが並んでおり、普段は気軽に立ち読みしている自分も、さすがに本を取る手が震えました。

良くも悪くも、そのような緊張感は時の経過が忘れさせてくれましたが、ただ、その感覚は昔の人が本を大切にするという感じに似ているのではないかと思えて、それを味わえただけでもここに来た甲斐があったと思えました。

 つづく

イメージ 1

イメージ 2

この一夜城、地図で見る限り歩いていけそうだったのですが、バスなどがないかどうか、小田原城を出る際、一応観光案内所に行って聞いてみることにしました。

城の近くにあったその案内所ではボランティアのおじいさんが応対してくれたのですが、その人が言うには「バスは土、日、祝日に出ているだけで、今日はない」とのこと。

仕方なく歩いていけるかどうか聞いてみたら、「車じゃないと厳しい、歩いて行くと1時間以上かかる」とのことで、あまり良い感触を得られませんでした。

ただ、せっかく小田原城に行って、一夜城の方に行かないというのはどこかもったいないような気がして、おじいさんの言うことを聞かずに歩いて行くことにしました。

その道の途中にあったのが、前回の「ういろう」というお店。

そこで予定外の寄り道をした後、さらに歩き続け、東海道線を越えた辺りでようやく石垣山一夜城と書かれた看板を見つけました。

ういろうでもらったパンフレットの大まかな地図を見ていただけだったので、とりあえず道が合っていたことを喜び、その看板の矢印に従って進むと、見えてきたのはつづら折りになった山道。

ここまで来て引き返すわけにもいかず、登っていくことにしたのですが、道の所々に小田原攻めに参加した武将についての説明の看板があるくらいでそれらしいものもなく、歩道もないのに時折トラックが通るような農業道路で、観光案内所のおじいさんが言っていたように、やはり観光客が歩いて行くような道ではありませんでした。

まぁ、後悔しても仕方がないので歩いていったのですが、3分の2くらいの所までさしかかる頃には太ももの裏がピクピクとし始めました。

この石垣山は標高わずか241mのちょっとした小山なのに、脚が上がらなくなってきたのです。

我ながら情けなくなってきましたが、それでも案内の看板を見ているとあと200mと表示されるようになり、気合いを入れ直すと、10分ほど歩いてついに到着。

建物自体は既に存在せず、城の遺構は所々に石垣が残っているくらいでほとんど残っていなかったのですが、さすがに城攻めと城作りの名人秀吉が選んだ場所だけあって、展望台から見下ろすと小田原の町を一望でき、かつ、日本屈指の規模を誇る小田原城を20万の大軍が囲む光景はさぞかし彼を得意にしたことでしょう。

全国津々浦々から彼の武略と政略に平伏した武将達が集まり、色とりどりの旗指物が風になびく。

しかし、同時にその光景がそれまで彼を押さえつけていた旧主信長の呪縛を解き、絶妙のバランスを保っていた彼の政治感覚をおかしくしてしまったような気がしますし、その後の彼の行動を考えると、中らずしも遠からずという気がします。

そう言う意味では、5代続いた北条家が潰えることになったこの小田原攻めですが、攻め滅ぼした側である豊臣家の方にも、秀吉の精神に影響を及ぼしたという点で、後々に大いなる禍根を残したように思われてなりません。

そんな考えが思い浮かびつつも、本丸跡、二の丸跡、井戸曲輪など、獣道のような所を通ったりしながら一通り見て回り、雨も降りそうになってきたので下山することに。

まぁ、人の言うことを聞かず歩いてきたせいで、足は疲れ、車にひかれそうにもなりましたが、来た甲斐はありました。

結局往復で2時間以上かかってしまったので、予定していた箱根湯本にある早雲寺行きは断念せざるを得ませんでしたが、満足のうちに小田原小旅行を終えることができました。

ここまで2度にわたって小田原について書いてきたのですが、そもそも何故小田原に行こうと思ったのかと言うことを書いていなかったので、ここで明らかにしておくことにします。

以前「男の茶道」にて山上宗二という茶人について書きたいということを書きましたが、小田原はその山上宗二臨終の地で、彼のことを調べる上で是非とも行きたい場所の一つであり、同時に戦国時代の一つのクライマックスである「小田原攻め」の舞台であったことが、南関東を旅するにあたり、歴史作家を目指す自分が最初に小田原へ行くことにした理由です。

そして、実際に小田原に来てみて、城の天守閣から町の景色を眺めていたら、攻められる側の北条氏政・氏直親子の方に感情移入したので、こうなったら攻める側である豊臣秀吉の方の気持ちにもなってみたいという気になるり、小田原に来る前は行こうかどうしようか迷っていたのを行くことにしたのが、今回向かう石垣山一夜城(以後、一夜城)です。

ここまで2度にわたって小田原について書いてきたのですが、そもそも何故小田原に行こうと思ったのかと言うことを書いていなかったので、ここで明らかにしておくことにします。

以前「男の茶道」にて山上宗二という茶人について書きたいということを書きましたが、小田原はその山上宗二臨終の地で、彼のことを調べる上で是非とも行きたい場所の一つであり、同時に戦国時代の一つのクライマックスである「小田原攻め」の舞台であったことが、南関東を旅するにあたり、歴史作家を目指す自分が最初に小田原へ行くことにした理由です。

そして、実際に小田原に来てみて、城の天守閣から町の景色を眺めていたら、攻められる側の北条氏政・氏直親子の方に感情移入したので、こうなったら攻める側である豊臣秀吉の方の気持ちにもなってみたいという気になるり、小田原に来る前は行こうかどうしようか迷っていたのを行くことにしたのが、今回向かう石垣山一夜城(以後、一夜城)です。

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