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■資料
■■【足尾鉱毒事件から学んだそれぞれ】
★★★官僚・公務員・議員に不都合な事実、民の主権★★★
■人と人で止むものを しかも乱暴果てしなく ひとの命をたおしゆく
■原発・公害事件に共通するニッポン流無責任
◆「福島原発事故と足尾鉱毒・水俣病とに共通するのは、責任の所在があいまいに回避されているところです。
◆これは足尾・水俣でも戦争責任でも同じで、そうやって誰も失敗の責任をとらない悪弊が繰り返されていきます」
■國學院大學経済学部 経済学科菅井 益郎 教授
■【資料6・足尾鉱毒事件】・連載16件
■【国・官僚・国会議員等】「共謀罪」(忖度)【資料6・足尾鉱毒事件】・連載16件
■資料6・ NO13の1 ■■【足尾鉱毒事件から学んだそれぞれ】菅井 益郎 教授 早稲田塾
■國學院大學経済学部 経済学科菅井 益郎 教授
■國學院大學経済学部 経済学科菅井 益郎 教授
すがい・ますろう
1946年新潟県生まれ。 ’69年早稲田大学第一政治経済学部卒。
’69年より柏崎刈羽原発反対運動に参加。
’76年一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了。
’76年東京大学社会科学研究所助手。
’80年國學院大學経済学部経済学科専任講師。同助教授を経て、
’89年より現職。この間’87年米ペンシルベニア大学ウォートン・スクール客員研究員。
’90年市民エネルギー研究所研究員。
主な著作に『通史足尾鉱毒事件 1877-1984』(新曜社)
『原発廃炉に向けて:福島原発同時多発事故の原因と影響を総合的に考える』(日本評論社)
■「負」の視点からの日本経済史研究
今週紹介する一生モノのプロフェッサーは、國學院大學経済学部経済学科の菅井益郎教授である。まずは、所属する学部学科の特徴から話してもらった。
「本学経済学部は(1)経済学科(2)経済ネットワーキング学科(3)経営学科―の3学科からなっています。経済学部とは、市場の経済原理による動きを研究する場所。そこで経済ネットワーキング学科という存在は、経済原理によって動かないもの(NPOやNGO・地方自治体など)の活動について研究する学科で、これはかなり特徴的なところではないでしょうか」
さらに、國學院大學経済学部3学科の融通性に富んだ修学制度についても語る。
「3学科とも他学科の科目を自由に履修することができます。たとえば経済学科で経済活動の原理を学びながら、経営学科の会計科目を履修して税理士をめざすことも可能です。それぞれゼミ演習は学科の枠を越えて、自由に取ることもできるようになっています」
このほか少人数教育であること、コンピューター教育に力を入れていることなども挙げてくれた。
■原発・公害事件に共通するニッポン流無責任
菅井教授のご専門は、「日本経済史(近現代)」「日本公害史」「エネルギー・環境問題」。その中心的な研究テーマは近代日本の経済発展を「負の側面」からとらえていくというものだ。経済学の研究手法としては特異な視点であり、それだけに興味深い。
「わたしが経済発展を負の側面からとらえることになるキッカケは、田舎で原発問題に直面したことと、大学院時代に故・都留重人先生(元一橋大学名誉教授、1912〜06年)と出会ったことにあります。日本で最初に公害問題を経済学のなかで論じた人、それが都留先生なのです」
日本における環境経済研究のパイオニアの教えを継承し、発展させてきたのが菅井教授なのだ。
「明治維新から60年代高度経済成長期まで、この国の経済は生産第一主義で貫かれ、それに伴う公害問題や労働災害にほとんど配慮がなされてきませんでした。生産効率だけを重視して大量生産し大量消費するということは大量廃棄につながります。それがまた悲惨な公害事件などを発生拡大させてきたのです」
そうした経済構造を見直して国民の福祉を充実させていくためには、環境汚染や都市貧困問題などを引き起こす負の要因を小さくする努力を惜しまないことだと菅井教授は語る。
「環境問題の基本は廃棄物をいかに管理するかにあります。そのためには生産構造の基本から変えなければなりません。本当に必要なものは何か? そうした議論と了解のもと、必要最小限のものだけを生産する省エネ・省資源の社会構造を目指さないといけません。その動きは欧米先進国ではすでに始まっています」
環境汚染といえば、わが国には3.11大震災に伴う福島第一原発事故による放射能汚染の問題がある。じつは菅井教授は70年代初頭から反原発運動に参加してきた人でもある。
「原発というのは、放射能の大量生産システム以外の何物でもありません」
そう断じる菅井教授。今回の原発事故は、公害問題における足尾銅山鉱毒事件や水俣病などに通じるものがあるとも語る。
「福島原発事故と足尾鉱毒・水俣病とに共通するのは、責任の所在があいまいに回避されているところです。
たとえば福島原発事故では、その経営責任は第一義的に東京電力にあるとしながらも、国策として原子力政策に沿って遂行したのだから、国にも責任があるというような言い方がされます。
これは足尾・水俣でも戦争責任でも同じで、そうやって誰も失敗の責任をとらない悪弊が繰り返されていきます」
菅井教授は別のところで「資源の枯渇と大量の廃棄物に対して、経済学は有効性を持ちうるか」と書く。これは重い問いかけである。
■一生モノの批判的視点と環境問題知見を培う
國學院大學経済学部のゼミ演習は2年次後期から始まる。菅井研究室では、例年15〜16人ほどのゼミ生を受け入れている。人気のあるゼミで、希望者が倍ほどに達することもあり、例年のように選抜になる。 「選抜の方法はリポートの提出と面接になります。面接は、先輩ゼミ生の代表6人とわたしが面接官になります。選抜のポイントは、環境問題に関心があるのか、ユニークな活動や体験をしてきたかなどになります。わたしと先輩ゼミ生たちの間で意見が分かれることは滅多にありませんね(笑い)」
2年次後期からゼミ入りすると、まずは環境エネルギー問題に関する新聞記事をスクラップすることが課せられる。その中から自ら関心のある記事についてそれぞれで発表し、全体で議論していく。
また菅井ゼミでは現地調査を年2回おこなう。産業廃棄物最終処分場におけるフィールドワーク調査が夏合宿の定番。そして春には、足尾銅山鉱毒事件の被害跡地踏査と、トヨタ「産業技術記念館」の見学とを隔年でおこなっている。
なお國學院大學経済学部は卒業論文が必修ではない。その代わりに菅井教授は「ゼミ修了論文」提出を義務づける。そのテーマは自由で、環境問題についての論文が多い。
そんななか國學院らしく宗教問題や死生観、さらには自分が就職する業界についての体験調査なども交じって、バラエティーに富んだ修了論文が毎年提出されるという。ちなみに推理小説作家として活躍する永瀬隼介(ノンフィクションライターとしての本名は祝康成)氏は菅井ゼミのOBでもあるそうだ。
あらためて最後にゼミ生たちへの指導方針についてこう話してくれた。 「自らの頭で考え抜いた意見をはっきり言えること。そのためには何でも無批判に受け入れるのではなく、物事を批判的に見る視点が必要になります。新聞記事をスクラップさせるのも、書いてあることを単にストレートに受け取るだけでなく、批判的に読むよう指導しているつもりです」 ■こんな生徒に来てほしい
何につけても面白がって思い切って取り組めるような人がいいですね。物事に熱中できる人。自らのやりたいことをする。それこそが、人生でいちばん大切なことなのです。また若いうちは失敗することも必要だと思います。
■■資料 問題の本質■共謀罪(国と関連者の共謀罪)
■◆田中正造 - Wikipedia
■日本初の公害事件【足尾銅山鉱毒事件】
日本初の公害事件と言われる足尾銅山鉱毒事件を明治天皇に直訴した政治家として有名。
衆議院議員選挙に当選6回。
■「亡国に至るを知らざれば之れ即ち亡国の儀につき質問書」
■当時の総理大臣・山縣有朋は「質問の意味がわからない」として答弁を拒否した。
■足尾銅山鉱毒事件を明治天皇に直訴
美(うま)し國<天皇、皇后両陛下>意向による私的旅行訪問視察
正造の明治天皇へ直訴状(明治34後113年届く)遺品に見入られる
■石川啄木
正造の天皇直訴の当時、盛岡中学(現・県立盛岡第一高校)の学生であった
石川啄木は、天皇直訴の報を聞いて、
「夕川に 葦は枯れたり 血にまどふ 民の叫びのなど悲しきや」
と、その思いを三十一文字に託した。
■「村に残れば犯罪者となり逮捕される」と圧力
1907年(明治40年)、政府は土地収用法の適用を発表。
「村に残れば犯罪者となり逮捕される」と圧力をかけ、多くの村民が村外に出たが、田中は強制破壊当日まで谷中村に住み続けて抵抗した。結局この土地が正造の終の棲家となる。
■谷中村村民の北海道常呂郡サロマベツ原野へ
1908年(明治41年)、政府は谷中村全域を河川地域に指定。
1911年(明治44年)、旧谷中村村民の北海道常呂郡サロマベツ原野への移住が開始された。
今までに記載した備忘記載 (激しい戦い団長の孫の備忘記載)
■【足尾銅山鉱毒事件】【田中正造】【渡良瀬川遊水地】【日本3番目赤麻沼】【谷中村】
●【谷中村】強制移住 正式住所 北海道常呂郡佐呂間町栃木武士、団長瀬下六左衛門
●爺さん(瀬下六左衛門)の娘(瀬下清子・旧姓)この子で孫の木村武盛・通称KIKITATA ■公害原点【足尾銅山鉱毒事件】■田中正造▼公の共謀罪計画遂行に折れた矢▼消された【日本3番目赤麻沼】【谷中村】人々■激戦団長の孫の備忘記載2■【渡良瀬川遊水地】は略奪国有地
から
参考
官僚主権の欺瞞は、各所に蔓延っています。
■■「救民救国」【脳脊髄液減少症】交通事故等
■「足尾銅山鉱毒事件」よりも、【脳脊髄液減少症】事件は、けた違いに大きな被害です。
■人数・被害額・症状苦・金銭苦・無理解苦・・・いずれも、けた違いに大きな被害です。 ■交通事故等「脳脊髄液減少症」◆患者の苦しみを知る患者さんに◆同じ苦しみはさせたくないの思いを思い出して下さい■国の治療法保険適用でも9割適用外◆国基準に合致でも裁判官・保険会社は否定★背景知り対処を
2017/4/2(日) 午前 4:00 https://blogs.yahoo.co.jp/kikitata3/35208398.html
■国の治療法保険適用になっても、9割は適用外にて、治療不可で切捨。
◆◆◆国基準に合致でも、裁判官・保険会社は認めない。
◆裁判で、国の基準作成医師が国基準に該当証言をしても、裁判官・保険会社は認めない。
この1年で完全な勝訴は皆無です。 ■子供8万人に、愛の手を・・・■子供達も、このNBA世界の王者と同じ耐えがたい症状苦と未理解に苦しんでいます。■人と、人にて、止むものを・・・人の命をたおしゆく・・・・・■「脳脊髄液減少(漏出)症」
2017/5/10(水) 午前 8:38 https://blogs.yahoo.co.jp/kikitata3/35266796.html
【現状日本での問題点】
◆「脳脊髄液減少(漏出)症」硬膜外自家血注入療法(ブラッドパッチ)
■日本では厚労省が保険適用の基準を作成しましたが、極めて偏狭な基準としました。
■子供達も大人も、120万人患者の1割程度しか認めない基準です。
■■■子供達もこの世界の王者と同じ症状苦と未理解に苦しんでいます。
■■厚労省の偏狭な基準では、多くの医師により、多くの患者は当病とされません。
■■■多くの患者は当病ではないと思い込んで、日々をくらしています。 ■世界報道多数★★世界王者も休職★日本認知不足・君は◆交通事故等「脳脊髄液減少(漏出)症」硬膜外自家血注入療法(ブラッドパッチ)◆腰悪化・頭痛・倦怠感ダウン・試痛止大麻◆【最優秀監督】NBAカー監督
2017/5/9(火) 午前 6:07 https://blogs.yahoo.co.jp/kikitata3/35265095.html
★★年齢別分布推定■【脳脊髄液減少症】「交通事故等・むち打ち症等」■20才以下の患者 全体の7%8万人■20才以下で羅病患者20才超え全体の37%44万人■20才越えでの羅病患者 全体の56%68万人
2016/10/20(木) 午前 4:00 https://blogs.yahoo.co.jp/kikitata3/34957828.html
■【脳脊髄液減少症】「交通事故等」の年齢別分布推定
◆【1、「20才以下で羅病患者の一生群」全体の44% 52万人】の内訳
1、「この時点での20才以下の患者」全体の7% 8万人
2、「20才以下で羅病患者が20才を超えた者」全体の37% 44万人
3、「合計」全体の44% 52万人
下記の全体図は、クリックすると、拡大され、読めます。 追加記載■1、全体図■【脳脊髄液減少症】「交通事故等・むち打ち症等」の年齢別分布推定【苦しむ各年数と日々数】
◆AERA 2017年5月15日号
■小学生が組み体操の練習中に転倒し後遺症【脳脊髄液減少症】
◆激しい頭痛や倦怠(けんたい)感 自室の布団の中 2年近く、ほぼ車いす生活
頭痛も、すぐ疲れちゃうのもつらい。しんどくて
顔色は真っ白。脚は若い女性の腕のように細い。
倒立で転倒し、後頭部と背中を強打した。フラフラになって歩けず、廊下をはって保健室へ。
■後に脳脊髄液減少症と診断された。
正義の人々、そして正義の社会にとって、これは正当で道理のある要求です。
■■「救民救国」【脳脊髄液減少症】交通事故等の正しい救済
■KIKITATA 【脳脊髄液減少症】交通事故の患者 ▼▼国・厚労省保険適用治療「脳脊髄液漏出症」基準 ■■■国・厚労省・医師会・大半の医師は、真摯に取組まず、欺瞞・利権に奔走している。
正義の人々、そして正義の社会にとって、これは正当で道理のある要求です。
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さあ戦おう正しく「原点足尾鉱毒」
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ご自由に、ご使用下さい。
ありがとうございます。
転載は、御自由です。 (一部転載も御自由です)
みんなが、いち早く、助かります様に・・・・・
2017/5/24(水) 午前 6:19 [ KIKITATA ]
注:記載に誤りがあれば、遠慮無くご教示下さい。
批判・激励・文句,なんでも歓迎
みんなが、いち早く、助かります様に・・・・・
2017/5/24(水) 午前 6:21 [ KIKITATA ]