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≪重要報道≫速報【山陰中央新報25.3/25】【脳脊髄液減少症】
【交通事故和解】
今日の山陰中央新報、22面に、倉敷の和解の記事がでた 一部抜粋
内容 一部抜粋 04年5月、車を運転中に交差点で一時停止を無視した車と出合い頭に衝突。 以来、頭痛や背中の痛みなど数え切れない症状に苦しんできた。
どの病院でも頸椎捻挫などと診断され、保険会社の補償は1年余りで打ち切られた。 長く起きていられず、仕事を辞めた。
夜は痛みで眠れない。
「健康な人に会うのがつらい。死にたい」。
何度もつぶやいた。
調停で相手方は事故との因果関係を認めず、示したのはわずかな治療費と慰謝料。 収入は絶たれ、治療費はかさみ、11年6月、提訴に踏み切った。
昨年末、事故の相手方から1400万円を支払う申し入れを受け、和解が成立した。
全治療費や後遺症の慰謝料など請求がほぼ認められた。
決め手となったのは、画像診断だった。
証人として出廷した脳脊髄液減少症研究会事務局長の守山英二医師は「明らかな髄液漏れを確認できた」と証言した。
NPO「脳脊髄液減少症患者・家族支援協会」同協会の中井宏代表理事は「大きな前進」と評価する。 ただ、画像診断が万全なわけではない。 守山医師によると、髄液漏れを確認で きるのは患者全体の1〜2割。画像に写らなければ、症状はあっても髄液漏れが 原因とは認められない。
また画像診断基準が十分に浸透していないせいか、考慮 されない訴訟もあるという。
診断、治療方法は研究途上にあり、十分な補償が得られる人はまだ限られるの が実情だ。 国土交通省自動車局の担当者は「診断方法がしっかり確立すれば、 早い段階で原因が分かり、患者と保険会社の負担は減るだろう」と話す。
守山医師は「診療経験が豊富な医師の声を反映したバランスの良い診断基準ができて、周知されるのが理想」とこれからに期待を示した。
脳脊髄液減少症研究会事務局長の守山英二医師
【参考資料】Ⅰ、「脳脊髄液減少症」研究会の医師の書籍による研究会の医師の病院と医師名。「脳脊髄液減少症研究会」関連書籍関係者
1、「脳脊髄液減少症研究会」関連書籍関係者(太字は下記2書籍に掲載医師)
篠永正道 石川慎一 大塚美恵子 喜多村孝幸 鈴木晋介 竹下岩男 中川紀充 堀越 徹 溝渕雅之
美馬達夫 守山英二 高橋 明弘 高橋 浩一
2、篠永正道(委員長)関係資料
篠永正道 教授
厚生労働省脳脊髄液減少症研究班 研究者
(脳神経外科専門医として、病態解明・診断治療の研究。脳神経外科専門医として、病態解明・診断方法の研究)
国際医療福祉大学附属熱海病院(脳神経外科)教授
現在の日本で多く使われている名称の「脳脊髄液減少症」という名称の起源は海外です。しかし、
篠永正道教授が、2003年に日本発、世界初である
(交通事故の鞭打ち症をはじめ比較軽微な外傷にもかかわらず、〜)と
世界で初めて発表し、脳脊髄液減少症研究会の十数名の医師により、
世界にも例をみない数千〜万の真摯な臨床が行なわれてきたものです。
治療改善が約80%の方にあります。
3、上記関係者の資料
1)「ガイドライン 2007脳脊髄液減少症研究会ガイドライン」作成委員会
委員長国際医療福祉大学熱海病院脳神経外科/篠永正道
委員(五十音順
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科麻酔・蘇生学/石川慎一
自治医科大学附属大宮医療センター神経内科/大塚美恵子
日本医科大学脳神経外科/喜多村孝幸
国立病院機構仙台医療センター脳神経外科/鈴木晋介
労働者健康福祉機構九州労災病院脳神経外科/竹下岩男
明舞中央病院脳神経外科/中川紀充
山梨大学大学院医学工学総合研究部脳神経外科/堀越 徹
高知県・高知市病院企業団立高知医療センター脳神経外科/溝渕雅之
山王病院脳神経外科/美馬達夫
国立病院機構福山医療センター脳神経外科/守山英二
2)医学書「脳脊髄液減少症の診断と治療」
編集者 守山英二 発行者 株式会社 金芳堂 2010年7月20日 第1版第1刷発行
執筆者(五十音順)
石川 慎一 福山光南病院麻酔科(現 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科麻酔・蘇生学)
篠永 正道 国際医療福祉大学熱海病院脳神経外科
高橋 明弘 小樽市立脳・循環器・こころの医療センター脳神経外科
(現 東札幌脳神経クリニック)
高橋 浩一 山王病院脳神経外科
中川 紀充 明舞中央病院脳神経外科
溝渕 雅之 岡山旭東病院脳神経外科
守山 英二 編集者・国立病院機構 福山医療センター脳神経外科
美馬 達夫 推薦の序 「経験豊富な医師の意見が尊重されるべきである」
脳脊髄液減少症研究会・事務局長
山王病院脳神経外科部長
国際医療福祉大学臨床医学研究センター教授
編集にあたって
守山 英二 国立病院機構福山医療センター脳神経外科
さらなる進歩のためには研究会の枠を超えてより多くの医師の力が
必要である。
このささやかな書籍が現状の正しい理解、
さらに多くの脳脊髄液減少症患者の治療に役立てば幸いである。
脳脊髄液減少症研究会 会長 篠永正道 教授
「ガイドライン 2007脳脊髄液減少症研究会ガイドライン」作成委員会 委員長、
下記に当初より所属
厚生労働省、脳脊髄液減少症の診断・治療法の確立に関する調査研究
治療法検索委員会 *行われた治療データを収集、解析し、治療指針を検討する
(篠永 正道 国際医療福祉大学熱海病院 脳神経外科(国際医療福祉大学熱海病院 脳神経外科)
なお、「厚生労働省、脳脊髄液減少症の診断・治療法の確立に関する調査研究」には「脳脊髄液減少症研究会」のメンバーである下記の方々が新規で所属されて活躍されています。
そして、全国の都道府県より多数の招待を受けて、地元医師・警察関係者・教育関係者・患者、多数が参加する脳脊髄液減少症の説明会が脳脊髄液減少症研究会会長篠永正道教授とそのメンバー医師にて多数開催されている現状です。
【脳脊髄液減少症】研究締切25.3/31【現在と経過:当初・今後の問題点】【厚生労働省研究班】この記事のURL: http://blogs.yahoo.co.jp/kikitata3/31900702.html 抜粋
篠永正道教授
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2013年03月25日
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2013年3月25日5時47分
命の詩人にまた会えた 吉永さん、ハンセン病療養所訪問 【高木智子】大島の青松園にまた足を運んでください――。俳優の吉永小百合さんが24日、香川県のハンセン病療養所であった映画の上映会の席で、こう呼びかけた。塔和子さん(83)の詩を朗読した縁で、島との交流が生まれて10年。新たな縁を願い、島内外の人たちを招いた。
瀬戸内海の療養所「大島青松園」で、吉永さん主演の映画「北のカナリアたち」の上映会があった。
入所者のほかに、島の外に暮らす100人が招待された。映画を見るためにきた人たちが島の歴史にも触れ、縁がうまれたら。そんな思いで吉永さんが企画し、実現させた。 2013年3月18日
ハンセン病 理解して
◆長島愛生園 看護部長ら 生きる姿語り合う
ハンセン病への偏見や差別をなくし、元患者たちの現状も知ってもらおうと、「ハンセン病を正しく理解する公開講座〜今、私たちにできること〜」(県主催)が16日、鳥取市の県立図書館であった。南部町出身で国立療養所長島愛生園(岡山県瀬戸内市)の看護部長を務める内田真澄さん(60)らの講演に、約60人が耳を傾けた。
内田さんは、現在272人が入所する長島愛生園やハンセン療養所の歴史などを紹介。入所者の平均年齢が82・8歳と高齢化が進んでいることを報告する中で、元患者の人たちの生きる姿に触れた。「愛生園で生きるということを決めた人たちが、生きることを教えてくれました。看護師という仕事を通して生きることを考えることができました」と話した。
後半は、長島愛生園で暮らして昨年、94歳で亡くなった旧用瀬町(現鳥取市)出身の元患者、加賀田一さんについて語り合った。
一さんの親類、加賀田さゆりさん(76)は、一さんの里帰りを実現させるまで道のりを説明。全国の療養所には、まだまだ多くの県出身者がいて、「たくさんの方々は切ない思いで、郷里のことを恋い焦がれている。その人たちの思いをかなえるには家の人だけでなく、周囲の人たちの協力も必ず必要です。思いを残して亡くなられる方がないように、ハンセン病への理解を深めて欲しい」と述べた。(佐藤常敬) ハンセン病を「知る」ことが制圧への第一歩 日本財団
ハンセン病の制圧に向けて人間の安全保障
ハンセン病と差別〜いまだ残る社会的差別をなくすために〜
恐ろしい伝染病であり、遺伝すると誤解されていたハンセン病は顔や手足などに重い病変が残ることもあったため、世界中の患者が差別されてきた。
完治する病気となった今でも、ハンセン病患者・回復者およびその家族への差別は根強く残っている。
ハンセン病への偏見・差別がなくならないかぎり、本当の意味でのハンセン病制圧の日は訪れない。
【参考】KIKITATAブログ書庫 ハンセン病 抜粋 【激怒】【報道しない真実】《ナチスか日本・全世界》
「隔離絶滅行政」大島青松園:合掌。
御弔意「おくやみ」
25日の国立療養所大島青松園での告別式
故・曽我野一美さま
ハンセン病問題の偉大な業績は世界各国で後世に語り続けられます。
悲しいお知らせに呆然としております。
お別れにも伺えず、残念でなりません。
心からご冥福をお祈りいたします。
故・曽我野一美氏の御魂の平安をお祈り申し上げます。
◆「法が患者を蔑視・差別する根拠としてまかり通ってきた。
正しくないだけでなく、加害行為であり、社会的、人道的に決して許されるべきものではなかった」。
今、国・世界・我々に出来る事は、何であろうか・・・
【報道しない真実】
・ ・
大島へ
![]() ○○さん。
リゾート地で有ったら最高のところでしょうね。 綺麗なところであるが故に悲しい所です。 こんなに綺麗なところで考えられないような人権侵害を行ってきたところです。 人目に付かないところで患者を人間と思わないような隔離下の実態を知ってほしいと思っています。 ここで死んで故郷へ帰れない遺骨が2011年現在 1、 香川県大島青松園 物故者 2,096柱 納骨堂 2,078柱 99% ※お骨になっても、わずか18名しか故郷に帰っていない。 これが現実です。 隔離行政とは、病気を治して社会復帰をさせると言う病院本来の使命とはかけ離れた「隔離絶滅」を目指していました。 死んでもなお故郷へ帰れない・・・
納骨堂付の病院なのです。 納骨堂
火葬場も納骨堂も高松の見えるところに作られたと・・
・ ・
![]() ○○さん。
ありがとうございます。 今日は高松に来ています。 9:10の船で大島青松園に行ってきます。 先の裁判の判決前に全国の原告団を結集しその代表にとziiziiがお願いした曽我野一美氏の告別式です。 曽我野前会長は大きな人物でした、ziiziiは副会長として同志として闘った日の思い出を今噛みしめています。 ハンセン病問題はまだ道半ばです。 最後まで見届けてほしかったと思っています。 東京からの帰りで喪服も持ってきていません。 平服でお別れをしてきます。 ハンセン病問題の最終解決を目指してこれからもがんばります。 宜しくお願いたします。 2012/11/25(日) 午前 7:20 [ 貝殻の歌58 ]
『ベン・ハー』の戦い、今も続ける 『ziizii』
89年間にわたるハンセン病行政の為、
ハンセン病患者隔離政策を違憲、違法と断じた01年の国賠訴訟熊本地裁判決から5/11日で10年。
「裁判に勝っても差別はなくならなかった。私は『隔離』は今も続いていると思う」
普通の人間として生きることを奪われ、
幸せになることの総てを奪われた者たちはこの判決確定で自由の身になれる。 人間らしく生きていける。 そう思ったんです。 ハンセン病患者の現在の心境・ことばです。心に問いかけて下さい。 【もういいかい お骨になっても まあだだよ】
隔離の地を〜故郷なんですよ〜 ・・・・・・・・・・
今もなお全国13の国立のハンセン病療養所には
2010年11月末現在2,346名の者たちが入所をしています。
ではなぜ故郷に帰れないのでしょう。・・・・・・・・・
ハンセン病は全員が完治しています。
『ziizii』はハンセン病だけでなく、みんなの為に、戦い続けています。
『ベン・ハー』(1959・米・MGM)
母と妹はハンセン病の谷にいるとベン・ハーに言った。
早速彼は、その谷へ行き、母と妹を迎えた。
帰宅の途中、十字架を負って刑場に向かうイエス・キリストと出会う。
奴隷となっていたベン・ハーに、砂漠で水を恵んでくれた人だ。 今度はベン・ハーが1杯の水を捧げた。
その行列を見守った母と妹は、ハンセン病が奇蹟的にいえた。 愛 ・・・
1959年度アカデミー賞にて11部門を獲得している
この記録は現在も破られていない。
みなさんの、ひとり一人が協力できる日が何時か来ればいいですね。
【法・医学会・官僚の違法】
福島被曝病
広島・長崎被爆病
水俣病
アスベスト病
エイズやB型、C型肝炎
ハンセン病
無数にある病・・・
2011年6月26日01時32分 読売新聞
6月26日付 編集手帳 <らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の碑>と刻まれている。先週、厚生労働省前で催された除幕式を見て、予防法廃止に尽力した今は亡き2人のことを考えた
◆京都帝大医学部助教授だった小笠原登氏。ハンセン病は感染力が微弱で治癒可能だとして、予防法による患者の強制隔離や、子孫を断つ断種手術などをやめよと主張した。が、1941年の学会で「地球を四角だと言うに等しい」と糾弾され葬られる
◆大学で小笠原氏に師事した大谷藤郎氏。旧厚生省に医系技官として入り、療養所患者の待遇改善を進めた。退官後は、根本解決を目指して、予防法廃止の必要性を学会などで主張した。師弟の志は半世紀を経て、96年の予防法廃止につながった
◆「法が患者を蔑視・差別する根拠としてまかり通ってきた。正しくないだけでなく、加害行為であり、社会的、人道的に決して許されるべきものではなかった」。大谷氏の『らい予防法廃止の歴史』(勁草書房)にある
◆当時の厚相は菅直人氏。除幕式で、菅首相は「二度と過ちを繰り返さない」と語った。悪法は二度と作らぬ、の誓いと受け取った。
(2011年6月26日01時32分 読売新聞)
【報道6/22】ハンセン病10年現実全く中身がない「国の姿勢を批判」
「国賠訴訟判決を受け、政府は『法的責任を果たす』と約束したのに、
厚労省の施策には全く中身がない。
碑に刻まれた言葉を現実にするため私たちは運動を続けるしかない」と
国の姿勢を批判した。
貝殻の歌5 8 さん
23.6/22当日参加者一部
菅直人首相 細川厚労相 江田法務大臣 会長川内博史 中曽根会長 大塚厚生労働副大臣
除幕式で細川厚生労働大臣挨拶
菅総理の視線の先には・・・ziziiが
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≪速報≫【新治療法:希望に光】≪脳脊髄液減少症患者に対しリハビリテーション介入をし、動作、姿勢の改善を認めた一例≫【第11回脳脊髄液減少症研究会】国際医療福祉大学熱海病院リハビリテーション部 伊藤泰明
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第11回脳脊髄液減少症研究会抄録集20 13 年 3月 23・24 日
日 時: 20 13 年 3月 23 日(土) 14 :20 〜17 :35
24 日(日) 9:00 〜14 :30 第11回脳脊髄液減少症研究会プログラム・抄録集
2013/03/21
第11回脳脊髄液減少症研究会・抄録集 抜粋4.脳脊髄液減少症患者に対しリハビリテーション介入をし、動作、姿勢の改善を認めた一例 国際医療福祉大学熱海病院リハビリテーション部
伊藤泰明
脳脊髄液減少症患者では、肩の異常な凝りがあり,肩甲部がかちかちになっていることも少なくないと言われている。
めまいや頭痛といった症状のみではなく、
全身の柔軟性の低下や過剰筋緊張から、動作遂行に努力を要する患者を、当院のリハビリテーションの臨床でもしばしば経験する。
今回、発症から7年経過した
脳脊髄液減少症患者の梨状筋症候群手術前後の理学療法を経験した。
全身の過剰筋緊張、体幹の可動性低下が目立ち、立位でのふらつきが顕著であった
周術期リハビリと並行して上記にアプローチし、
基本動作、歩行時のバランス能力の改善が得られた。
患者の姿勢、動作を中心にその障害像を捉え、
脳脊髄液減少症患者に対するリハビリテーションの有効性と可能性について、推察を加え報告する。
【参考】胸郭出口症候群の手術後の例
≪速報≫【新治療法:希望に光】【脳脊髄液減少症】【篠永正道教授 】
≪速報≫【新治療法:希望に光】【脳脊髄液減少症】【篠永正道教授 】
【脳脊髄液減少症】の脳脊髄液が新たな取り組みで、増加する方法が画像にて確認されました。
この方法で、脳脊髄液が増えて沢山の患者が助かる事でしょう。
(但し、患者自身の強い意思と努力は欠かせません、下記のブログR U M I さん記事を参照して下さい)
【篠永正道教授 】 先生がメチャンコ興奮して、
留美さん 検査結果の画像見て
貴女
髄液造り出せたんだよ
僕はこれまで何年も
何年も欲しかった画像なんだよ
僕は嬉しい 凄く嬉しい
僕の持論は今まで成立させる確たる画像がなくて立証出来なかったけど、この画像で今度の研究会で発表出来るんだよ
凄く嬉しいよ
そうだよ
貴女は人口髄液もしないで自ら僕の持論を立証したんだよ
凄い事なんだ
僕や多くの患者に新たな希望の光りを与える事になったんだよ
貴女が初めて僕の持論を証明してくれたんだ 初の症例を出したんだよ
【篠永正道教授 】と【留美さん】との長年の苦悩と【脳脊髄液減少症】患者を思う熱い情熱努力の成果でしょう。
本当に、ありがとうございます。
【下記は、御転載です】 今までの経過もブログにされています。 今を生きる・・・・・
篠永教授! 大興奮!16日土曜日熱海の診察に行って来ました。
検査、リハビリ受けて診察に… 篠永教授に、 もう訳わかんない症状の数々を連発する留美 先生が、脚の方はいずれ手術しないとね。と… その後先生がメチャンコ興奮して、 留美さん 僕は嬉しい はぁ〜 留美は、 先生 そうだよ 貴女が初めて僕の持論を証明してくれたんだ とにかく大興奮の篠永教授 なんだか留美は、本当に凄い事をしたそうです。 でも、、、やっぱり痛いよ〜〜〜 篠永正道教授
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