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司馬遼太郎 自宅書斎前 菜の花
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司馬太郎
 
彼の「日本人への遺言「土地公有化論」
 
 
「土地公有化論」3.土地問題 VI-2(4).司馬遼太郎の死と一つの時代の終り
3.土地問題
  次に彼は日本人の土地に対する特別の愛着を歴史的に調べていくうちに、昭和30年代から始まる日本の土地にまつわる病理現象に気付くのである。彼は日本国土の2割の平地については、秀吉が測量させた太閤検地という基礎資料があるのだが、7割強を占める山林については今日に至るまでなんらの測量も行われていないことを指摘している。明治維新でも、また第2次大戦後の農地開放でも明確にされなかったこの山林が、新幹線、高速道路などの建設によって投機の対象になってきた。大企業は、先を争って必要な工場用地以上に投機の対象として土地を買いあさることになった。田中角栄の列島改造案がその遼原の火に油を注ぐことになりつつある時期に彼はとうとう我慢できなくなって「土地公有化論」をひっさげて、梅棹忠夫の紹介で自民党の宮沢喜一氏と木村俊夫氏に会うのである。ここで木村氏から「それは共産主義ですね」とまで言われながら、次々と専門家−−−野坂昭如氏(作家で参議院議員)、石井紫郎氏(東大教授・法制史)、高橋裕氏(東大教授・河川・水資源の専門家)、ぬやま・ひろし氏(詩人で革命家)、松下幸之助氏(経世的な実業家)真剣に討論している。
農地、都市空間、山林を含めて国土というものは公的な性格を持つものである。
海外から日本に帰ってきた誰もが感ずる「祖国の土」に対する愛が日本を守る祖国愛につながるものであり、
土地は空と同じように「公」的なものである。
これを投機の対象にすることは、日本人の倫理に反するものだという極めて素朴なアマチュアリズムが彼の立場であった。
しかし「土地公有化論」そのものが現在の日本の資本主義体制と共存できないものであることも確かである。
この点、彼の土地公有化論は政治的キャンペ−ンとしては失敗であった。
もし彼が戦術に巧みな「政治家」であったなら、問題を法廷闘争に持ち込むか、「環境保護主義」の流れに身を投ずるべきであったかもしれない。しかし彼は、自らのアマチュアリズムの立場を変えることを潔しとせず、彼の第2回目の政治的行動は20年前に敗北に終り、彼自身も認めているように「土地公有化論」そのものは「土地問題に関する素人の嬰児の泣き声に等しい」ものとして、空しく消えていった。
  昭和51年にこれらをまとめた単行本『土地と日本人』の発刊時には、田中角栄はすでに逮捕はされていたが、彼は「土地問題は解決されるどころか、むしろ土地投機への潜在的欲求は新たな情勢を待って、噴出しようとしている」と予見している。
この点ではかの松下幸之助氏よりも先見の明があったことは確かである。
それと同時に彼はもう政治家には愛想を尽かしたことも読み取れる。
 
司馬 遼太郎
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司馬遼太郎 自宅書斎前
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3.土地問題 VI-2(4).司馬遼太郎の死と一つの時代の終り
VI-2(4).司馬遼太郎の死と一つの時代の終り
 
1.司馬遼太郎の政治行動
  司馬遼太郎は、1996年2月12日午後8時50分、腹部大動脈瘤の破裂で、深い悲しみを多くの日本人に与えながら、あっという間にあの世に去っていってしまった。彼は1923(大正12)大阪に生まれ、大阪外語大学蒙古語科を卒業し、昭和18年の学徒出陣で中国東北地方に出征、栃木県で終戦を迎えた。この敗戦の経験が彼の著作活動の原動力となったことは後に述べる。
1947(22)に産経新聞記者となり、1960(35)『梟の城』で直木賞を受賞して、その後、幕末・6、・;維新の人間像を描いた『竜馬がゆく』(発行部数1580万部)、『翔ぶが如く』(840万部)、日清、日露を中心に明治国家を描いた『坂の上の雲』(940万部)、中国よりの密教の伝来を描いた『空海の風景』などを次々に世に問うてきた。彼が国民作家と呼ばれる所以は、この読者層の厚さと従来の歴史家の解釈にとらわれないで、活達に時代を生ききった人々の人間像を我々に語りあかしてくれた点にある。彼は歴史を階級闘争としてとらえる唯物史観が時流であった昭和30年代に、昂然と高い志を持った普通の人間の集団が日本という国家を作り、動かしたという信念を持ち、史実の裏にある人間の実像を生き生きと現代によみがえらせて、いわゆる「司馬史観」を創造したのである。このオプティミスティックな「人間讃歌」は、戦後復興期時代に新しい潮流をもたらし、絶えず前向きの決断を迫られることの多かった管理職やサラリ−マンに多くのファンを持つに至った。
  実のところ、私は、彼の初期の作品はどうも「大衆文学」という感じがして、最初に掲げた長編小説はほとんど読んでいなかった。しかし昭和63年に中国旅行をして、西安などをみて帰国してから『空海の風景』を読んで以来、彼の日本人論や文明批評の独特の視点と語り口に引き付けられて『余話として』、『春灯雑記』、『この国のかたち』などのエッセイや『日本人の考え』、『日本人と日本文化』、『東と西』などの対談集を愛読した。
  彼の信念は、アジアの小さな島国にすぎなかった日本を千数百年にわたって営々と築き上げ、世界の中に一つの地位を確立するまでに至ったのは、先祖代々誠実に働き続けてきた普通の日本人のおかげなのだという点であった。彼自身が大阪の一隅に居を構えてそこから動こうとしなかったのも、普通の生活感覚を失っては終りだと達観していたからであろう。文化勲章をもらっても「ごほうびは嬉しいが、小説というものは書生でないと書けない。違う気分になるといけないので明日からは忘れます」と言っている。
  私は司馬遼太郎の私生活も、詳しい伝記も知らないのだが、奥さんや友人の回顧などを読んでみると、彼は実生活では実務的なことを自分でやるのが億劫で、極めて方向オンチな人のようなので、話が飛躍するようだが、実際の政治には手を突っ込みたがらない人柄だったろうと推測する。政治的に行動することの極めて不器用なこの人が、一生の中に少なくとも3回は「政治行動」に出ようと心に決めたことがあるように思われて、強烈な印象を受けた。
  第1回は、過去に属する事件(東条暗殺計画)に関してであり、これは後で述べるようにペンの上での参加にすぎない。第2回目は、昭和50年〜51年当時「土地公有化論」をとなえて、自民党の上層部から共産主義者に至る有力なリ−ダ−たちと自ら望んで論を戦わし、土地問題のキャンペ−ンといってよいような手作りの仕事に情熱を燃やすのである。そして第3回目は、彼の死の直前に「住専問題は経済敗戦だ」として、週間朝日で、田中直毅と討論している。
  著作活動でこれだけ忙しい人が自ら「政治的行動」に踏み切るためには、何かfanatic(狂信的)な衝動が必要である。彼のような自制心のあるシャイな人物にとっては、これはまったく不似合いな衝動であった。しかし彼はそれをこの国のために敢えてしたのである。
                                                                     
2.「東条暗殺計画
  彼を最初の「政治的行動」につき動かしたものは何か?それはここ10年ぐらいの 多くの対談集で彼自身もしばしば述べているように「明治時代まで営々と築いてきたこの日本国家を、第2次世界大戦という愚かな戦争にまで突入させてしまったわが国の指導者は一体何を考え、何が間違っていたのかを世界史の流れの中で忠実に、綿密に調べ解き明かしたいという執念であったろうと思われる。
  多くの史実から引き出されたのは「日本の指導者層が外国文明に学ぼうという謙虚な姿勢を失って、東条のような単に試験の成績が良かっただけで大局を観ない軍事官僚が、履歴のうえで階段を駆け上がって、昭和軍閥のトップになり、それが一般社会から切り離された日本の中枢部で暴発し、日本国家を破滅の淵に追いやった」という結論である。彼の作品の中で、しばしば多くの小「東条」が日本を破壊させたという怒り、怨念が言葉の端々に出てくるが、特に彼の本心を吐露したと思われる興味ある文章があるので紹介する。
  それは『春灯雑記』に載せられた「護貞氏の話−肥後細川家のことども−」というエッセイである。しかし中身はエッセイなどというものではなく、実は「東条暗殺計画」未遂顛末記なのである。細川護貞氏は今や細川護煕元首相の父君として有名であるが、第2次大戦直前には近衛文麿首相の秘書官をつとめ、大戦突入後は高松宮殿下のためにあらゆる戦時下日本の情報を極秘裏に奏上する仕事を引き受けていたのである。
  その頃、戦局はインパ−ル作戦やマリアナ沖海戦などで、明らかに敗戦の坂道を転げ落ちつつあったが、国内的には東条独裁政権は事実をひた隠しむしろ憲兵などによる締め付けは一層厳しくなっていた。
細川護貞氏は高松宮との頻回の面談の中で、この戦争をどうして止めさせられるかという話から、とうとう「今、殿下が首相官邸に電話されれば東条は必ず出てきます。殿下から刀でも拝借したら、私だけでもやれます」というところまで行くのである。このすごい会話は、長い沈黙の後、高松宮殿下の「それはできない」という一言で終り、結果的にはそれから数日後に東条首相は辞職するのだが、そこに至る文章は、細川家の過去の反逆の歴史(明智光秀の娘ガラシヤの血統という)や護貞氏のかもしだす「凄気」などいくつかの伏線があり、一つの緊迫した裏面史があぶり出されてくる。
  もし、司馬遼太郎がこの時居合わせたら、恐らく暗殺計画に加担していただろうと思う。少なくとも彼は、ペンの上では東条とそれにまつわる軍人たちの愚行を一刀両断に切り捨てている
 
3.土地問題
  次に彼は日本人の土地に対する特別の愛着を歴史的に調べていくうちに、昭和30年代から始まる日本の土地にまつわる病理現象に気付くのである。彼は日本国土の2割の平地については、秀吉が測量させた太閤検地という基礎資料があるのだが、7割強を占める山林については今日に至るまでなんらの測量も行われていないことを指摘している。明治維新でも、また第2次大戦後の農地開放でも明確にされなかったこの山林が、新幹線、高速道路などの建設によって投機の対象になってきた。大企業は、先を争って必要な工場用地以上に投機の対象として土地を買いあさることになった。田中角栄の列島改造案がその遼原の火に油を注ぐことになりつつある時期に彼はとうとう我慢できなくなって土地公有化論をひっさげて、梅棹忠夫の紹介で自民党の宮沢喜一氏と木村俊夫氏に会うのである。ここで木村氏から「それは共産主義ですねとまで言われながら、次々と専門家−−−野坂昭如氏(作家で参議院議員)、石井紫郎氏(東大教授・法制史)、高橋裕氏(東大教授・河川・水資源の専門家)、ぬやま・ひろし氏(詩人で革命家)、松下幸之助氏(経世的な実業家)と真剣に討論している。農地、都市空間、山林を含めて国土というものは公的な性格を持つものである。海外から日本に帰ってきた誰もが感ずる祖国の土」に対する愛が日本を守る祖国愛につながるものであり、土地は空と同じように「」的なものである。これを投機の対象にすることは、日本人の倫理に反するものだという極めて素朴なアマチュアリズムが彼の立場であった。
しかし土地公有化論そのものが現在の日本の資本主義体制と共存できないものであることも確かである。この点、彼の土地公有化論は政治的キャンペ−ンとしては失敗であった。もし彼が戦術に巧みな「政治家」であったなら、問題を法廷闘争に持ち込むか、「環境保護主義」の流れに身を投ずるべきであったかもしれない。しかし彼は、自らのアマチュアリズムの立場を変えることを潔しとせず、彼の第2回目の政治的行動は20年前に敗北に終り、彼自身も認めているように土地公有化論そのものは「土地問題に関する素人の嬰児の泣き声に等しい」ものとして、空しく消えていった。
  昭和51年にこれらをまとめた単行本土地と日本人の発刊時には、田中角栄はすでに逮捕はされていたが、彼は「土地問題は解決されるどころか、むしろ土地投機への潜在的欲求は新たな情勢を待って、噴出しようとしている」と予見している。この点ではかの松下幸之助氏よりも先見の明があったことは確かである。それと同時に彼はもう政治家には愛想を尽かしたことも読み取れる。
 
4.「日本人への遺言」
  彼の家族に対する遺言があったかどうかは知らない。しかし週間朝日に3月1日、3月8日と連続掲載された対談は、自分から求めて住専問題について、田中直毅氏との討論を希望したとのことである。編集者によると「編集を終えた日に司馬さんは倒れた」そうである。そして私は、その対談を読んでみて、これは本当に彼の「日本人への遺言」であり、これは彼の第3回目の、そして残念なことに、最後の「政治行動」であったと感じた。
  前章で述べた土地問題での彼の杞憂が、そのままに当たったのが、今度の住専問題であり、これは戦後50年、日本人が営々としてやってきた末に直面した第2の敗戦であると断じている。彼は「その流れに大蔵省と銀行が飲み込まれるどころか、主流にいた」ことを指摘し、「次の時代なんかもう来ないという感じが僕にはあるな。日本列島にここまで闇を作ってしまいーーーブヨついて緩んでしまったら、取返しが付かないーーー倫理的な意味で決算をしておかないと、次の時代は来ない」と、日本の未来に対して悲観的である。
  しかし実際には、彼はそんなに投げやりではなく、「バブルを見逃したのは、まぎれもなく我々全体です」と反省し、「今の日本の銀行は、大量の不良資産で棒を飲んだように突っ立っているだけです。このままでは世界の経済がスム−ズに動かない。 (ここは世界の経済のために)国民の税金で全部の不良債権を買い取る(と同時に)司法権を持った機関で責任者を洗い出し、刑務所に行ってもらう。そこで初めてこの収束はできる。これは大変なことですが、 日本経済を普通の状態に戻すにはそれしかない。私は日本は太平洋戦争で降伏した事態よりももっと深刻だと思う。日本は再び敗戦を迎えたのではないか」ときわめて冷静に事態を受け止めている。
  彼の3度目の政治的行動は『日本人への遺言』を残すと同時に急死という幕引きに終わったが、この彼の生命を賭けた政治行動を無駄にしてはなるまい。私は医者だから、彼がこれを遺言として死ぬつもりなどはなかったと信ずるが、彼のこの対談を読んでいると、彼は「良い時に死んだのかもしれない」という気がする。これから先、当分(恐らく10年以上はかかるだろう)彼が生きていたとしても、決して彼のオプティミズムの時代は来ない。明らかに司馬遼太郎の時代は終わったのであり、
あんなにも性急に「土地公有化論」をぶち、時代を先見していたが、それもできない日本の政治社会に、いずれは憤死していたのではないかという暗澹たる気持ちになる。司馬遼太郎の死は明治維新に始まり、第2次大戦という谷間をはさんで、さらに高い峠まで上って来て暗転しつつある一つの時代の終りと一致している。
  これから先、彼の予見通り、日本は深刻な事態を迎えるだろうが、われわれは第2の敗戦を潔く受け入れて、世界の仲間入りをするための、公正なル−ル作りから出直さなければならないだろう。  (H8.3.1)                          
【文献】1.司馬遼太郎:『春灯雑記』朝日新聞社,1991.
        2.司馬遼太郎対談集,『土地と日本人』(中公文庫),中央公論社,1980.
        3.司馬遼太郎 vs 田中直毅:最後の対談『日本人への遺言』,週間朝日,31,38日号,1996.
 
ja.wikipedia.org/wiki/アマチュアリズム - キャッシュ
アマチュアリズム(英語: amateurism)とは、オリンピック運動の創始者であるピエール・ ド・クーベルタンが、その運動の理念として提唱した思想で、「オリンピックの出場者は、 スポーツによる金銭的な報酬を受けるべきではない」とする考え方。
 
 
 
 
司馬遼太郎 自宅書斎前 菜の花
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司馬 遼太郎
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司馬遼太郎 自宅書斎前
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順位 作品 部数
1位竜馬がゆく2125万部
2位坂の上の雲1475万部
3位翔ぶが如く1070万部
4位街道をゆく1051万部
5位国盗り物語674万部
6位項羽と劉邦669万部
7位関ヶ原520万部
8位菜の花の沖475万部
9位花神453万部
10位世に棲む日日445万部
11位功名が辻395万部
12位播磨灘物語392万部
13位この国のかたち365万部
14位322万部
15位城塞307万部
16位新史太閤記262万部
17位義経240万部
18位箱根の坂238万部
19位胡蝶の夢231万部
20位最後の将軍220万部
 
 
〒577-0803 大阪府東大阪市下小阪3丁目11番18号 TEL 06-6726-3860
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2014年12月10日(水)〜15年1月5日(月)の間、臨時休館します。
 
 
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【目次】
関連記事を新たに記載後に、下記に追加していきます。
【目次】『全国土の国有化法の制定』 『日本国民は、全世界で最も裕福な国民となるでしょう・・・・・
 
 
◆◆司馬遼太郎氏:超大絶讃だろう◆国民:国の貧困未来永劫脱却■具体策■『日本国民は、全世界で最も裕福な国民となるでしょう・・・・・』■『全国土の国有化法の制定』国民反対皆無か ■長州萩浪人4代目KT
 
◆◆『司馬遼太郎』◆彼の「日本人への遺言」◆【土地公有化論】司馬遼太郎対談集,『土地と日本人』(中公文庫),中央公論社
 
◆◆松下幸之助氏:驚き大絶讃だろ◆国民:国の貧困未来永劫脱却■具体策■『日本国民は、全世界で最も裕福な国民となるでしょう・・・・・』■『全国土の国有化法の制定』国民反対皆無か ■長州萩浪人4代目KT
 
 
『司馬遼太郎』◆彼の「日本人への遺言」◆【土地公有化論
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「司馬遼太郎」日本人への遺言 テーマは「土地と日本人
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見出しのみ書換等、公知目的
 
(掲載済基礎)
驚異的独創
これが真の平成維新だ
アベノミクスの億倍永続的確実経済効果
 
(今回掲載公知目的
司馬遼太郎氏超大絶讃だろう国民:国の貧困未来永劫脱却■具体策
◆◆『司馬遼太郎』◆彼の「日本人への遺言」◆【土地公有化論■司馬遼太郎対談集,『土地と日本人』(中公文庫),中央公論社
 
 
(掲載済 公知目的
◆国民:国の貧困からの脱却具体策::国富安定
◆日本国と日本人の未来永劫の国富安定::具体策
エセ似非人真似:経済学者・理解不能か具体策
 
 
【目次】
関連記事を新たに記載後に、下記に追加していきます。
【目次】『全国土の国有化法の制定』 『日本国民は、全世界で最も裕福な国民となるでしょう・・・・・』
 
 
 
 
『錦の御旗』判決文
 
【国富とは、経済よりも、国民が根を下ろして生活していることが国富】
 
 
 
(上記参考大飯原発運転差止請求事件判決要旨全文2014521)
 
・・◆驚異的独創・・『日本国民は、全世界で最も裕福な国民となるでしょう・・・・・』『全国土の国有化法の制定』
 
 
 
日本の曙【日本の指針】
 
◆驚異的独創、
 
 みんなが裕福な社会への根本的大改革 
 
 
全国土の国有化法の制定
この立法に国民で反対する者はいるだろうか・・・
 
 
骨子案
 
一、『目的・利点』
 
1、大量の紙幣が、市民・企業に提供され、経済活動が活発になります。
日本国民は、全世界で最も裕福な国民となるでしょう・・・・・
 
 
2、基本的に通常は、売り買いされない土地も国が買い上げて、資金の流動化と、その土地の使用したい者が、国に買取ではなく賃貸出来る事で、容易に土地の活用が可能となります。
 
 
 
3、個人が土地取得の場合では、多くで金融機関より借入を行い、土地代と建物代の元金と金利を支払っている。この土地の元金・金利の負担を、国が土地を取得し賃貸料とする事で、個人の負担は激減する。もちろん、土地は国のものであるが、土地を購入した時と所有権以外は何の条件も変わらないとされていれば、何の問題も発生はしません。
 
 
4、企業の場合に於いても、前「3、個人が土地取得の場合」と同様であるが、企業の場合は、大量の資金ができます、金融機関に支払っていた金利負担も大幅に減少し利益に貢献します。
大量の資金は、企業発展の為に、多くが投資される事となるでしょう。
 
 
 
5、国は、毎月年に「使用料」という名目で【莫大な収入】が末代まで得られます。
年金問題・医療費問題・生活保護費問題などの資金不足などを、一気に吹き飛ばすでしょう。
しかし、官僚制度の根本的な改革は絶対の必須条件です。
 
 
6、新たな増税など一切不要となります。
減税を積極的に進める事となるでしょう。
 
 
7、国民の将来不安も、一気に吹き飛ぶ事でしょう。
 
 
 
 
 
二、『全国土の国有化法の概略
 
1、日本の国土に付いては、土地所有者の申し出にて、その時の時価を参考価格として土地所有者の承諾があれば、遅滞なく1ヶ月以内に買い上げ、代金の決済を行う。
 
2、この日本の国土の土地所有の決済資金は、日本銀行にて新たに紙幣を印刷しこれにあてる。
(国民合意の特別立法を成立する必要性)
この立法に国民で反対する者はいるだろうか・・・
 
3、この日本の国土の所有土地は、この購入価格で管理され常に国民がインターネット等で見られるものとし、土地の転売は認めない。
 
4、土地が各種の目的で使用途中である物も、その後の使用を使用料支払いにより継続使用を認める。土地所有者の申し出にて、その時の時価を参考価格として土地所有者の承諾があれば、遅滞なく1ヶ月以内に買い上げ、代金の決済を行う。
 
5、これらは、国民・企業等の国への申し出により、行われるもので、決して国の強制で行われてはいけない。
 
 
6、概略
利用価値の有無を問わず、土地所有者からの申し出にて、全ての土地は国が適正額で購入義務を持つ。
資金は日銀による新札発行であてる。
国は、この資金の返済義務は発生せず、土地資産は国有財産とし販売は一切行わず、誰でもが賃貸できるとし、この収入は国の収入として受け入れ、他の税金収入と同等に国の支払いにあてる。
永続的に現在の総税収の何倍にも及ぶ収入となります。
国民・国は経済的に恵まれた環境を獲得できます。
 
 
 
 
 
三、『全国土の国有化法』により、既得の利権・利益を阻害されるもの
 
1、金融機関
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【金融機関】と企業借入の実態
金融機関が企業に貸付の条件は、不動産担保・企業収益等の結果です。

不動産担保の時価の大手BKで6割から大手以外8割の貸付がされます。
そして、金利等と借入元金の一部を分割で支払います。
全てが利益よりの返済とはならないので、再度借り入れを繰り返します。
また、余分資金が無いのに、定期預金等の預金を依頼されます。
実質使用できる金額は借入額より少なくなります。
実質金利も表面金利より高いものとなります。
当然ですが、土地時価が下がりますと、追加担保か時価下落分相当の返済を迫られます。

例えば、時価1億の土地担保で借り入れられる資金は6千万となります。
これが『全国土の国有化法の制定』では、簡単に説明しますと、あと4千万資金化が可能となるのです。

賃借り料は、長期の割安に設定で長期固定とされますので、企業の損益の中で月年ごとにバランスがとれます。
より企業の収益の期間利益が明確になります。
「土地賃料は土地購入では発生せず金利として発生します、当初は多額となり返済完了でゼロとなります」
 
 
2、土地関連税金
 
不動産取得税 都道府県税
印紙税 国税
所得税・住民税 国税・都道府県税及び市町村税
法人税等  国税等・都道府県税及び市町村税
 
 
3、・・・
 
 
4、・・・
 
 
 
土地の特性
 
人には時命があり、企業等にもある意味では終焉を迎える。
しかし、土地は基本的に普遍の存在を続け根本的に異なる。
また、その他の固定資産・流動資産・無形固定資産とも異なったものである。
この特性が永続的であるなら、
国が資産として保有しても時の経過で無くなるものではない。
 
 
 
土地の現在の利用され方
 
・・・現在、多岐に渡る利用方法が行われている。
 
もちろん、土地を国が購入すれば、土地は国のものであるが、国が土地を購入した時と所有権以外は何の条件も変わらないとされていれば、何の問題も発生はしません。
 
 
 
土地の個人所有の歴史
 
明治政府が長い歴史上で初めて土地の私的所有権を確立させた。
この政策が、日本の根本的な「天皇:国家」の土地所有を変えてしまった。
この政策自身が間違いだと思います。
日本の本来の姿に戻す事が当然ではないかと思います。
 
日本にはじめて土地に対する私的所有権が確立は、1873明治6年)に明治政府が行った租税制度改革である。
「天皇:国家」の所有がそれまでは続いていた。
武力等で時の政権を握っても、征夷大将軍等の朝廷令外官の一つであり、天皇の委託を受け政務を行っているにすぎず、土地は「天皇:国家」の所有であった。
 
 
地租改正(ちそかいせい)とは、1873年明治6年)に明治政府が行った租税制度改革である。
また、この改革により日本にはじめて土地に対する私的所有権が確立したことから、地租改正は土地制度改革としての側面を有している。
土地の私的所有の開始
地券の発行により、個人に対する土地の私的所有が認められることとなった。
この結果、土地は天皇のものであり、臣民は天皇または領主からその使用を許されているに過ぎないと考える公地公民思想(王土王民説)や封建領主による領主権や村などの地域共同体による共同保有といった封建制度的な土地保有形態が完全に崩壊し、土地にも保有者個人の所有権が存在する事が初めて法的に認められることになり、土地が個人の財産として流通や担保の対象として扱われるようになった。
その意味で、地租改正は日本における資本主義体制の確立を基礎づける重要な一歩であるといえる。
 
 
従来の考え方 発想の転換をすれば『国全体私有地買収金無尽蔵・償還不要
 
例えば司馬遼太郎氏の土地「公有」論『国全体の私有地を買収する金がない後の償還が大変』
松下幸之助氏の「公有化」反対論『国全体の私有地を買収する金がない後の償還が大変』
例えば古川哲氏
例えぱ法学者の水本浩氏
土地の国有化に反対する論議も,もちろん少なくない。例えぱ法学者の水本浩氏は,「土地の国有化は,別に違憲というには当らたい」が,「政策の次元で言いますと,私は,「公有地拡大推進法案」のようた部分的な公有化には反対ではありませんが,全国土の国有化には反対です。まず,第一に,国全体の私有地を買収する金がないでしょう、公債によると言いましても,後の償還がたいへんです。第二に,役人をこれ以上つくって, 国有地を管理させるのもたいへんです。」そして,前掲の司馬遼太郎氏との対談では,松下幸之助氏の「公有化」反対論もほぼ同様の論拠によるものといってよい。
 
いわゆる土地国有化の理論的基礎(上)若干の整理と覚え書 奥  地   正
大土地所有と杜会主義的土地国有化
農民的土地所有・経営と杜会主義的土地国有化
資本主義的(ブルジョワ的)土地国有化について
現代目本におげる土地国有化問題の位相
 
 
 
「アベノミクス」の億倍の経済効果が全国土の国有化法』で永続的確実である
国の基本が変わります。
この立法に国民で反対する者はいるだろうか・・・
平成26年9月27日 KIKITATA
 
 
 
[アベノミクス3基本方針」
大胆な金融政策
  • 2%のインフレ目標
  • 無制限の量的緩和
  • 円高の是正
  • 日本銀行法改正
機動的な財政政策
民間投資を喚起する成長戦略
  • 政策金利のマイナス化(マイナス金利
  • 「健康長寿社会」から創造される成長産業
    • 「日本版NIH:国立衛生研究所」  
  • 全員参加の成長戦略
  • 世界に勝てる若者
  • 女性が輝く日本
 
【真の維新改革とは】
 
・・明治維新・・
しかし、現在の官僚・利権権利者達が、徳川幕府の末期と同様に、国民の為・国家の為の目的意識が希薄になり、国民不在で安穏としている。
ここに【真の平成維新改革】が必要不可欠となっているのでは、ないでしょうか・・・
                                            平成26年9月28日
                                            長州萩浪人4代目 KIKITATA
 
 
 
子供達に「士規七則」(若者必読)吉田松陰【十五歳の元服式に贈った武士の心得七か条】
 
二十一回猛士:吉田松陰
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印は実際使用のものだそうです。KIKITATA蔵

乃木希典の座右の箴、吉田松陰「士規七則」 - 「明治」という国家乃木希典17歳の頃、毛利家の儒者玉木文之進の食客となって、長州萩の明倫舘で 学ん...

その時獄中にいた吉田松陰玉木氏に宛て、「士規七則」を書いて送りましたが、少年時代の乃木はそれを見て非常に感動し、玉木氏に乞うてその書を譲り受け、肌身離さず所持して絶えず読誦しては精神の修養に努めたと云います。

松下村塾の創立者であり、吉田松陰の叔父である玉木文之進は、文化7年(1810)萩 藩士杉七兵衛の三男として生まれ、11歳のときに玉木十右衛門の後を継ぐ。天保13年( 1842)松下村塾を開き多くの子弟を教育した。
松陰先生が10歳で藩校明倫館の助教授 となったときの後見人でもある。
性格は謹厳、剛直、明治9年(1876)の秋、前原一誠の起こした萩の乱を阻止出来ず、養嗣子(乃木大将の実弟)正誼をはじめ門弟が多く参加したことから
「自己の教育責任を、一死以ってこれを償ふ」と言い、自刃した。享年66歳。 
 
 
兄は冒頭で、松陰の「二十一回猛士の説」(内容はのちほど説明します)は素晴らしいが 、家族が罰せられると困るので秘密にする ... そして松陰は、これまでに3回の「猛」を 実行したので、21回の「猛」まで、あと18回実行すると決意したのです。
 
 
 
「士規七則」
野山獄で吉田松陰が玉木先生に宛てた手紙だ。

乃木希典将軍は、少年時代それを見て感動し、玉木先生にその書を譲り受け、
肌身離さず所持して絶えず読誦しては精神の修養に努めたと言われています。
 
 

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       「士規七則」         
冊子を披繙せば、嘉言林の如く、躍々として人に迫る。顧ふに人読まず。即し読むとも行はず。
(書物を開ければ、学ぶべき立派なことが山と載っていて、私達の心に訴えかけてくる。考えるに人は折角のその書を読まない。もし読んでもその得た知識を行動に表さない。)

苟に読みてこれを行はば、則ち千万世と雖も得て尽すべからず。
(事実、書を読み実践したならば、幾千万年にわたっても実践しつくす事はできないのである。)

噫、復た何をか言はん。然りと雖も知る所ありて、言はざる能はざる人の至情なり。
(ああ、ことさら言うことではなく、ただ実践すれば良いのである。しかし知っていたら、その事を言うのが人の情というものである。)

古人これを古に言ひ、今我れこれを今に言ふ。亦なんぞ傷まん、士規七則を作る。
(昔の人は昔なりに言い、私も私なりに言う。何を慮ることもない、よってここに士規七則をつくる。)
 

一、凡そ、生れて人たらば、よろしく人の禽獣に異るゆえんを知るべし。
   (人として生まれたならば、人が鳥や獣と違う所以をしらないといけない。)
   けだし人には五倫あり、しかして君臣父子を最も大なりと為す。
   (思うに人には五つの道理があり、その中でも君臣の関係・父子の関係が
    最も重要である。)
 
   故に人の人たるゆえんは忠孝を本となす。
   (であるから、人が人である所以は忠と孝を基本とする。)
 

一、凡そ、皇国に生れては、よろしくわが宇内に尊きゆえんを知るべし。
   万世一系の天皇を頂く我が国に生まれたからには、
   我が国が天下において貴重な存在である事を知らねばならない。

   けだし、皇朝は万葉統一にして、邦国の士夫世々禄位を襲ぐ。
   (思うに、我が国は万世一系の大君を頂き、
    諸国の武士がその身分を世襲している。

   人君、民を養いて、もって祖業を続ぎ、臣民、君に忠してもって父志を継ぐ。
   (大名が人民を養い、元の生業を継承し、それぞれが忠義を行い、
   父の志を受け継いでいる。)

   君臣一体、忠孝一致、ただわが国をしかりとなす。
   (こうして、君臣一体、忠孝一致となる、これは我が国だけの特色といえる。)
 

一、士の道は義より大なるはなし。義は勇に因りて行はれ、勇は義に因りて長ず。
   武士の道において最も大切なのは義である。
   義は勇気に因って行動に移され、
   勇気は義を知ることにより大きく成長する。
 

一、士の行は質実欺かざるをもって要となし、巧詐過を文るをもって恥となす。
   (武士の行いは、質素、実直、人を欺かない事が肝要である。
   人を欺き、自分を飾る事は恥とする。)

   光明正大、みなこれより出ず。
   (正しき道義を行い、身が潔白であることは、これらの理由からである。)
 

一、人、古今に通ぜず、聖賢を師とせずんば、すなわち鄙夫のみ。読書尚友は君子のことなり。
   (人間として古今の出来事に通ぜず、
   聖賢を師としない者は、心の貧しい人間である。
   書を読み、それらを友にすることは君子のなすべきことである)
 

一、徳を成し材を達するには、師恩友益多きにおり、故に君子は交遊を慎む。
   (徳を磨き優れた人間に達するには、
   恩師、友が多いことが条件であるから、君子は人との交流は慎重に行う。)
 

一、死して後やむの四字は言簡にして義広し、堅忍果決、確乎として抜くべからざるものは、
   これをおきて術なきなり。
   (死して後已むの四文字は言葉は簡単であるが意味は大きい、
   意思が堅固で忍耐強く、決断力があり、
   断固としてその志を変えない時は、これが最適の言葉である。)
 

右士規七則約して三端となす。
(この右記が士規七則であり、要約すると三つとなる。)

いわく「志を立ててもって万事の源となす。交を択びてもって仁義の行を輔く。書を読みてもって聖賢の訓をかんがふ」と、士まことにここに得ることあらば、またもって成人となすべし。
(即ち、「志を立てることを全ての始まりとする。交流する相手を選ぶことにより仁義の行為を学ぶ。書を読み先達の遺訓を学ぶ。」武士は、誠このような言葉から得るものがあり理解できなならば、完成された人とするべきである。)

                        二十一回猛士手録
(吉田松陰先生の花押)
 
 
 
 
 
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資料検索は「この記事のURL」のクリックだけで可能です。
下記は私のこのブログ記載がほぼ全てです。
資料の原書もここにURL等で表示しています。
(少し手間も掛かりますが、周辺も参考として下さい)
 
索引 部分・索引 全容、この記事のURL
 
① Mokri この中で最古  1999年
索引 全容 
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② 国際頭痛分類2版 (新基準公開で廃止済み) 2004年
 
②のイ 部分改訂 国際頭痛分類2版、実際患者差位修正2009/1/15(未記載:主力反対派吉本判断)
 
②のロ 部分改訂 国際頭痛分類2版、実際患者差位修正2011/4/3(未記載:主力反対派吉本判断)
 
③ 脳脊髄液減少症ガイドライン2007 世界最新知見と最大臨床の結晶 2007/4/20
 
④ 日本脳神経外傷学会基準 古い、廃止基準・典型的臨床論文を根拠とした 2011/6
 
⑤ 厚生労働省研究班診断途中基準 古い、廃止基準・典型的臨床論文を根拠とした 2011/6
 
⑤のイ 関連8学会承認又は了承基準 上記の厚労省基準一部分採用基準 2011/10
                                           (未記載:主力反対派吉本判断)
 
⑤のロ 厚生労働省先進医療基準ブラッドパッチ療法 上記の関連8学会基準一部分採用基準
   2012/6 (結果2014/1/16:1年臨床489症例432有効性88%)(未記載:主力反対派吉本判断)
 
 
⑥ 国際頭痛分類第3版beta 世界の最新の知見・世界基準の大改正 2013年6月17日
 
 
⑦ Mokriに依る国際頭痛分類第3版解説明細文献 2013/6/28 (未記載:主力反対派吉本判断)
 
⑧ 真摯な結論と注意点 ―
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【脳脊髄液減少症】等の各11基準比較(KIKITATA2014.9.15.版)追加記載
 
注記 4 部分改訂国際頭痛分類2版 2011/4/3 Mokri他に依る国際頭痛分類第3版記載参考文献
 
注記 4 (上記参考掲載記載文) http://blogs.yahoo.co.jp/kikitata3/32561615.html
注記 4 (国際頭痛分類当初からの会長Jesオレセン発信)
【脳脊髄液減少症】等の各11基準比較(KIKITATA2014.9.15.版)追加記載 1
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【脳脊髄液減少症】等の各11基準比較(KIKITATA2014.9.15.版)追加記載 2
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上記の「主力反対派吉本判断」は、下記によるものです。
 
(間違・偏見・欺瞞に徹しています)
全体図 検討 P192抜粋 ◆吉本智信 著  2014年08月06日発行
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‥◆超公表無知◆・★超基本【脳脊髄液減少症】11基準◆重要追加説明★ 裁判官・弁護士・専門医・患者必見■目次から原典へ【脳脊髄液減少症】等の各11基準比較 (KIKITATA2014.9.15.版)
 
 
・・・◆【総目次】◆『爽快切り論破し撃破投稿済一覧・・・・
 
◆【総目次】
主力反対派書籍「脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)の理論と実務吉本智信 著  2014年08月06日発行
下記総目次に記事の記載後に追加記入して行きます。
 
◆【総目次】・・・爽快切り・論破し撃破・・・【脳脊髄液減少症】主力反対派『新刊26/8吉本智信 著』・・・◆【総目次】◆『爽快切り・論破し撃破』投稿済一覧・・・・  
 
 
 
 
 

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