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【ハンセン病裁判終結 】
 
 
 
第一次提訴をしてから13年2か月の歳月が過ぎています。
 
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「でもまだまだこれから先の闘いがありますから、これからもよろしく・・・・」
 
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貝殻の歌5 8さん ( ziiziiさんのブログ転載です)
貝殻のつぶやきが聞こえたら・・・・
 
ハンセン病裁判終結
 
 今日午後5:01分携帯に電話が入った。
「らい予防法違憲国家賠償請求訴訟」西日本弁護団代表の徳田靖之弁護士からである。
「ziiziiさん、僕今、熊本にいるんだけど熊本地裁での総ての裁判が今日終わったから報告をと思って・・・」
この裁判を立ち上げてその原告団を結成し西日本原告団の事務局長で有ったziiziiに熊本地裁での総ての裁判の終結の報告でした。
思い起こせば1998年7月31日、熊本地裁に鹿児島の原告9名と熊本の原告4名、計13名で第一次提訴をしてから13年2か月の歳月が過ぎています。
 
「先生13年間本当にありがとうございました。心から御礼を申し上げます・・・」
「でもまだまだこれから先の闘いがありますから、これからもよろしく・・・・」
たった13名の第一次の原告に、九州在住の弁護士だけでも127名の弁護士が名を連ねた裁判でした。
それほどハンセン病に対する人権を蹂躙した法律に対する弁護士の皆さんの意気込みが感じられた裁判でもありました。
 
裁判はziizii達原告の完全勝訴、国の控訴断念を勝ち取り判決が確定。
その後、国との全面解決へ向けての協議の場を設けて作業部会や協議会を行って今日に至っています。
 
 
高齢化した者たちの裁判でした。
「石にかじりついても3年以内の解決を!」
我が弁護団の合言葉でした。
その思い通りに2001年に勝訴判決、国の控訴断念を勝ち取ったのです。わずか2年10か月のことでした。
ただ判断に難しい方々のものもあって総てを終結するのに今日までかかったということです。
 
 
この裁判は金曜日の裁判と呼ばれ、いつも金曜日に裁判が行われ今日も金曜日に終結を見たわけです。
 
何にしても我が弁護団のご苦労に感謝です。
 
ziizii。
 
                                                                    
 
 
 
 
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みんなが、いち早く、助かります様に・・・・・・・
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【被曝警告】現実の多くの実例を直視して下さい。
 
 
現在の原発事故でも必ずこの問題に直面します。
現在の原発賠償・それ以外の賠償も同じ問題ではないでしょうか?
総てで、巨大な法・医学会・官僚が立ちふさがり、各個人を「切捨て御免」します。
とても、一個人では戦いにもなりません。
みなさんの、ひとり一人が協力できる日が何時か来ればいいですね。
 
 
 
 
 
【法・医学会の違法】ハンセン病【今も続く】読売新聞6月26日付 編集手帳
 
 
【法・医学会・官僚の違法】
福島被曝病
広島・長崎被爆病
水俣病
アスベスト病
エイズやB型、C型肝炎
ハンセン病
無数にある病・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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京都帝大医学部助教授だった小笠原登氏
 
ハンセン病は感染力が微弱で治癒可能だとして、
予防法による患者の強制隔離や、子孫を断つ断種手術などをやめよと主張した。が、
 
1941年の学会で「地球を四角だと言うに等しい」と糾弾され葬られる
 
 
◆大学で小笠原氏に師事した大谷藤郎氏
 
旧厚生省に医系技官として入り、療養所患者の待遇改善を進めた。
退官後は、根本解決を目指して、予防法廃止の必要性を学会などで主張した。
師弟の志は半世紀を経て、96年の予防法廃止につながった
 
 
患者を蔑視・差別する根拠としてまかり通ってきた。
正しくないだけでなく、加害行為であり、社会的、人道的に決して許されるべきものではなかった」。
 
 
 
 
 
2011年6月26日01時32分  読売新聞

6月26日付 編集手帳

 <らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の碑>と刻まれている。先週、厚生労働省前で催された除幕式を見て、予防法廃止に尽力した今は亡き2人のことを考えた◆京都帝大医学部助教授だった小笠原登氏。ハンセン病は感染力が微弱で治癒可能だとして、予防法による患者の強制隔離や、子孫を断つ断種手術などをやめよと主張した。が、1941年の学会で「地球を四角だと言うに等しい」と糾弾され葬られる◆大学で小笠原氏に師事した大谷藤郎氏。旧厚生省に医系技官として入り、療養所患者の待遇改善を進めた。退官後は、根本解決を目指して、予防法廃止の必要性を学会などで主張した。師弟の志は半世紀を経て、96年の予防法廃止につながった◆「法が患者を蔑視・差別する根拠としてまかり通ってきた。正しくないだけでなく、加害行為であり、社会的、人道的に決して許されるべきものではなかった」。大谷氏の『らい予防法廃止の歴史』(勁草書房)にある◆当時の厚相は菅直人氏。除幕式で、菅首相は「二度と過ちを繰り返さない」と語った。悪法は二度と作らぬ、の誓いと受け取った。
2011年6月26日01時32分  読売新聞)
 
 
 
 
 
 
【報道6/22】ハンセン病10年現実全く中身がない「国の姿勢を批判」
 
 
「国賠訴訟判決を受け、政府は『法的責任を果たす』と約束したのに、
厚労省の施策には全く中身がない。
碑に刻まれた言葉を現実にするため私たちは運動を続けるしかない」
国の姿勢を批判した。
(現在の原発賠償・それ以外の賠償も同じ問題ではないでしょうか)
 
 
 
 
貝殻の歌5 8 さんziziiさんです)ブログ抜粋
 
23.6/22当日参加者一部
菅直人首相 細川厚労相 江田法務大臣 会長川内博史 中曽根会長 大塚厚生労働副大臣
 
除幕式で細川厚生労働大臣挨拶
菅総理挨拶
菅総理の視線の先には・・・ziziiが
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またまたまた・・視線の先には〜
江田法務大臣挨拶
「ハンセン病問題の最終解決を進める国会議員懇談会」会長川内博史挨拶〜「ziiziiさんに〜」と挨拶で・・・
「ハンセン病対策議員懇談会」中曽根会長挨拶
お二人が93歳。83歳が一人そしてziiziiが62歳。
みんなで何歳?(^_^.)
「ハンセン病問題対策協議会」
ziiziiが語りだし〜
だんだんと熱気が〜
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この後ziiziiが厚生労働省の対応に激怒する場面もありました。厚生労働省〜官僚の世界はなかなかのものですよ。官僚を敵に回すと大臣副大臣はやっていけません。官僚にどう仕事をさせていくか。大臣の力量が問われます。
それにしてもこの国の官僚政治からの脱却はこのままでは無理でしょうね。
 
 
この後社民党の福島党首への面談を。
 
ziiziiはこの10年間。
政治家や厚生官僚を相手にハンセン病元患者らの人権回復の闘いを続けてきています。
この国は今、官僚に牛耳られています。
官僚の中にはいい人もいるんでしようが〜
官僚天国ですね。
このままではこの国が良くなるわけがありません。
 
ziizii。
 
 
 

ハンセン病患者の名誉回復・追悼式

「らい予防法による被害者の名誉回復および追悼の日」の式で、あいさつする菅直人首相。らい予防法が廃止された1996年当時、自身が厚相を務めていたことに言及した=22日午前、東京・霞が関の厚生労働省

関連ニュース

<ハンセン病>療養所連絡船、国営で継続 高松・大島青松園

毎日新聞6月22日(水)23時15分

ハンセン病名誉回復の碑の除幕式…厚労省前庭で読売新聞6月22日(水)15時2分

<ハンセン病>厚労省が記念碑建立 元患者の名誉回復図り毎日新聞6月22日(水)11時22分

<ハンセン病>厚労省が記念碑建立 元患者の名誉回復図り

毎日新聞6月22日(水)11時22分
除幕した「名誉回復及び追悼の碑」=東京・霞が関の厚労省で2011年6月22日午前11時7分、竹内幹撮影
 国の強制隔離政策でハンセン病療養所に収容されたまま亡くなった人を悼み、差別や偏見を受けた元患者の名誉回復を図ろうと、厚生労働省が東京・霞が関の庁舎前庭に記念碑を建立し22日、菅直人首相や元患者が出席して除幕式が行われた。
 厚労省は元患者の名誉回復措置などを義務付けたハンセン病補償法の施行日(01年6月22日)にちなみ、09年からこの日を「名誉回復及び追悼の日」と定め式典を行ってきた。同法制定のきっかけとなった国賠訴訟判決(01年5月)から10年になるのを機に、元患者側の要望を受けて記念碑を建て「追悼の日」に合わせて披露した。
 記念碑は「名誉回復及び追悼の碑」で、高さ70センチ、幅1メートルの黒御影(みかげ)石製。「患者であった方々などが強いられてきた苦痛と苦難に対し、深く反省し、率直にお詫(わ)びするとともに、多くの苦しみと無念の中で亡くなられた方々に哀悼の念を捧(ささ)げ、ハンセン病問題の解決に向けて全力を尽くす」などと刻まれている。
 除幕式では細川律夫厚労相が「判決から10周年という節目に碑を建立でき感無量。二度と過ちを繰り返さないよう決意する」と式辞。国賠訴訟原告団協議会の谺(こだま)雄二会長(79)らと幕を外した。強制隔離政策の根拠となった「らい予防法」を旧厚相時代の96年に廃止した菅首相は「当時の思いは今日も全く薄れることなく心に刻まれている」とあいさつした。
 谺会長は取材に対し「国賠訴訟判決を受け、政府は『法的責任を果たす』と約束したのに、厚労省の施策には全く中身がない。碑に刻まれた言葉を現実にするため私たちは運動を続けるしかない」国の姿勢を批判した。
 同省前庭には薬害エイズ事件を受けて薬害の再発防止のため旧厚生省が99年に建立した「誓いの碑」もある。江刺正嘉】
 
 

ハンセン病名誉回復の碑の除幕式…厚労省前庭で

読売新聞6月22日(水)15時2分
 
 
 
 
らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の碑 除幕式
貝殻の歌5 8 さんの転載です。
 
今日6月22日は「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日」と定められています。
 
今日は厚生労働省前広場で「碑」の除幕式と、23年度の「ハンセン病問題対策協議会」を開催しました。
 
昨日のシンポジウムの写真はまだUPしていませんがいつかまたUPしますね。
 
昨日のシンポジウム〜レセプションと今日の「協議会」に脳脊髄液減少症全国ネットワーク架け橋の患者代表のRUMIと患者さんでブログ仲間も駆けつけてくれました。
また協議会にはブログ仲間のひかりさんも来てくれて〜
 
 
 
 
「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の碑」
の除幕式で細川厚生労働大臣挨拶。
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菅総理挨拶
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菅総理の視線の先には・・・ziziiが
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またまたまた・・視線の先には〜
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江田法務大臣挨拶
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「ハンセン病問題の最終解決を進める国会議員懇談会」会長川内博史挨拶〜「ziiziiさんに〜」と挨拶で・・・
 
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「ハンセン病対策議員懇談会」中曽根会長挨拶
 
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ハンセン病裁判を起こした最初の13名の第一次の原告のうち3名は天に召されました。生き残りの10名のうちの4名が石碑の前で・・・
お二人が93歳。83歳が一人そしてziiziiが62歳。
みんなで何歳?(^_^.)
 
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「ハンセン病問題対策協議会」
厚生労働副大臣を座長にした協議会が10年目を迎えています。いつもこの席がziiziiの席です。
ziiziiの席の真ん前が厚生労働副大臣と決まっています。今年は大塚副大臣です。
ziiziiが語りだし〜
 
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会場風景
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だんだんと熱気が〜
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この後ziiziiが厚生労働省の対応に激怒する場面もありました。厚生労働省〜官僚の世界はなかなかのものですよ。官僚を敵に回すと大臣副大臣はやっていけません。官僚にどう仕事をさせていくか。大臣の力量が問われます。
それにしてもこの国の官僚政治からの脱却はこのままでは無理でしょうね。
 
 
この後社民党の福島党首への面談を。
 
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ziiziiはこの10年間。
政治家や厚生官僚を相手にハンセン病元患者らの人権回復の闘いを続けてきています。
この国は今、官僚に牛耳られています。
官僚の中にはいい人もいるんでしようが〜
官僚天国ですね。
このままではこの国が良くなるわけがありません。
 
ziizii。
 
 
転載は、御自由です。 (一部転載も御自由です)
 
 
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【報道6/22】ハンセン病10年現実全く中身がない「国の姿勢を批判」
 
 
 
「国賠訴訟判決を受け、政府は『法的責任を果たす』と約束したのに、
厚労省の施策には全く中身がない。
碑に刻まれた言葉を現実にするため私たちは運動を続けるしかない」
国の姿勢を批判した。
(現在の原発賠償・それ以外の賠償も同じ問題ではないでしょうか)
 
 
 
 
貝殻の歌5 8 さんziziiさんです)ブログ抜粋
 
23.6/22当日参加者一部
菅直人首相 細川厚労相 江田法務大臣 会長川内博史 中曽根会長 大塚厚生労働副大臣
 
除幕式で細川厚生労働大臣挨拶
菅総理挨拶
菅総理の視線の先には・・・ziziiが
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またまたまた・・視線の先には〜
江田法務大臣挨拶
「ハンセン病問題の最終解決を進める国会議員懇談会」会長川内博史挨拶〜「ziiziiさんに〜」と挨拶で・・・
「ハンセン病対策議員懇談会」中曽根会長挨拶
お二人が93歳。83歳が一人そしてziiziiが62歳。
みんなで何歳?(^_^.)
「ハンセン病問題対策協議会」
ziiziiが語りだし〜
だんだんと熱気が〜
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この後ziiziiが厚生労働省の対応に激怒する場面もありました。厚生労働省〜官僚の世界はなかなかのものですよ。官僚を敵に回すと大臣副大臣はやっていけません。官僚にどう仕事をさせていくか。大臣の力量が問われます。
それにしてもこの国の官僚政治からの脱却はこのままでは無理でしょうね。
 
 
この後社民党の福島党首への面談を。
 
ziiziiはこの10年間。
政治家や厚生官僚を相手にハンセン病元患者らの人権回復の闘いを続けてきています。
この国は今、官僚に牛耳られています。
官僚の中にはいい人もいるんでしようが〜
官僚天国ですね。
このままではこの国が良くなるわけがありません。
 
ziizii。
 
 
 

ハンセン病患者の名誉回復・追悼式

「らい予防法による被害者の名誉回復および追悼の日」の式で、あいさつする菅直人首相。らい予防法が廃止された1996年当時、自身が厚相を務めていたことに言及した=22日午前、東京・霞が関の厚生労働省

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毎日新聞6月22日(水)23時15分

ハンセン病名誉回復の碑の除幕式…厚労省前庭で読売新聞6月22日(水)15時2分

<ハンセン病>厚労省が記念碑建立 元患者の名誉回復図り毎日新聞6月22日(水)11時22分

<ハンセン病>厚労省が記念碑建立 元患者の名誉回復図り

毎日新聞6月22日(水)11時22分
除幕した「名誉回復及び追悼の碑」=東京・霞が関の厚労省で2011年6月22日午前11時7分、竹内幹撮影
 国の強制隔離政策でハンセン病療養所に収容されたまま亡くなった人を悼み、差別や偏見を受けた元患者の名誉回復を図ろうと、厚生労働省が東京・霞が関の庁舎前庭に記念碑を建立し22日、菅直人首相や元患者が出席して除幕式が行われた。
 厚労省は元患者の名誉回復措置などを義務付けたハンセン病補償法の施行日(01年6月22日)にちなみ、09年からこの日を「名誉回復及び追悼の日」と定め式典を行ってきた。同法制定のきっかけとなった国賠訴訟判決(01年5月)から10年になるのを機に、元患者側の要望を受けて記念碑を建て「追悼の日」に合わせて披露した。
 記念碑は「名誉回復及び追悼の碑」で、高さ70センチ、幅1メートルの黒御影(みかげ)石製。「患者であった方々などが強いられてきた苦痛と苦難に対し、深く反省し、率直にお詫(わ)びするとともに、多くの苦しみと無念の中で亡くなられた方々に哀悼の念を捧(ささ)げ、ハンセン病問題の解決に向けて全力を尽くす」などと刻まれている。
 除幕式では細川律夫厚労相が「判決から10周年という節目に碑を建立でき感無量。二度と過ちを繰り返さないよう決意する」と式辞。国賠訴訟原告団協議会の谺(こだま)雄二会長(79)らと幕を外した。強制隔離政策の根拠となった「らい予防法」を旧厚相時代の96年に廃止した菅首相は「当時の思いは今日も全く薄れることなく心に刻まれている」とあいさつした。
 谺会長は取材に対し「国賠訴訟判決を受け、政府は『法的責任を果たす』と約束したのに、厚労省の施策には全く中身がない。碑に刻まれた言葉を現実にするため私たちは運動を続けるしかない」国の姿勢を批判した。
 同省前庭には薬害エイズ事件を受けて薬害の再発防止のため旧厚生省が99年に建立した「誓いの碑」もある。江刺正嘉】
 
 

ハンセン病名誉回復の碑の除幕式…厚労省前庭で

読売新聞6月22日(水)15時2分
ハンセン病追悼の碑の除幕式に出席する細川厚労相(右から2人目)(22日午前、東京・霞が関で)=松田賢一撮影
 ハンセン病の元患者への補償金の支給などを定めたハンセン病補償法の施行から10年となった22日、東京・霞が関の厚生労働省前庭で、「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の碑」の除幕式が行われた。
 1996年のらい予防法廃止時、厚生相だった菅首相も出席し、「二度と過ちを繰り返さないよう誓います」と述べた。
 追悼の碑は、らい予防法による患者隔離政策について、国が反省の意を表する意味で建立された。厚労省は、補償法が施行された6月22日を「追悼の日」として毎年、元患者らの名誉回復を図る式典を開催している。追悼の碑には「患者であった方々が強いられてきた苦難に対し、深く反省し、素直におわびする」などと刻まれた。出席した全国ハンセン病療養所入所者協議会の 神 ( こう ) 美知宏会長は「名誉と尊厳回復のため努力し続けていく」と述べた。
 
 
 
 
らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の碑 除幕式
貝殻の歌5 8 さんの転載です。
 
今日6月22日は「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日」と定められています。
 
今日は厚生労働省前広場で「碑」の除幕式と、23年度の「ハンセン病問題対策協議会」を開催しました。
 
昨日のシンポジウムの写真はまだUPしていませんがいつかまたUPしますね。
 
昨日のシンポジウム〜レセプションと今日の「協議会」に脳脊髄液減少症全国ネットワーク架け橋の患者代表のRUMIと患者さんでブログ仲間も駆けつけてくれました。
また協議会にはブログ仲間のひかりさんも来てくれて〜
 
 
 
 
「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の碑」
の除幕式で細川厚生労働大臣挨拶。
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菅総理挨拶
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菅総理の視線の先には・・・ziziiが
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またまたまた・・視線の先には〜
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江田法務大臣挨拶
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「ハンセン病問題の最終解決を進める国会議員懇談会」会長川内博史挨拶〜「ziiziiさんに〜」と挨拶で・・・
 
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「ハンセン病対策議員懇談会」中曽根会長挨拶
 
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ハンセン病裁判を起こした最初の13名の第一次の原告のうち3名は天に召されました。生き残りの10名のうちの4名が石碑の前で・・・
お二人が93歳。83歳が一人そしてziiziiが62歳。
みんなで何歳?(^_^.)
 
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「ハンセン病問題対策協議会」
厚生労働副大臣を座長にした協議会が10年目を迎えています。いつもこの席がziiziiの席です。
ziiziiの席の真ん前が厚生労働副大臣と決まっています。今年は大塚副大臣です。
ziiziiが語りだし〜
 
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会場風景
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だんだんと熱気が〜
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この後ziiziiが厚生労働省の対応に激怒する場面もありました。厚生労働省〜官僚の世界はなかなかのものですよ。官僚を敵に回すと大臣副大臣はやっていけません。官僚にどう仕事をさせていくか。大臣の力量が問われます。
それにしてもこの国の官僚政治からの脱却はこのままでは無理でしょうね。
 
 
この後社民党の福島党首への面談を。
 
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ziiziiはこの10年間。
政治家や厚生官僚を相手にハンセン病元患者らの人権回復の闘いを続けてきています。
この国は今、官僚に牛耳られています。
官僚の中にはいい人もいるんでしようが〜
官僚天国ですね。
このままではこの国が良くなるわけがありません。
 
ziizii。
 
 
転載は、御自由です。 (一部転載も御自由です)
 
 
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『ベン・ハー』の戦い、今も続ける 『ziizii』
 
89年間にわたるハンセン病行政の為、
ハンセン病患者隔離政策を違憲、違法と断じた01年の国賠訴訟熊本地裁判決から5/11日で10年。
「裁判に勝っても差別はなくならなかった。私は『隔離』は今も続いていると思う」
普通の人間として生きることを奪われ、
幸せになることの総てを奪われた者たちはこの判決確定で自由の身になれる。
人間らしく生きていける。
そう思ったんです。

ハンセン病患者の現在の心境・ことばです。心に問いかけて下さい。
 
【もういいかい お骨になっても まあだだよ】
 
隔離の地を〜故郷なんですよ〜    ・・・・・・・・・・
 
今もなお全国13の国立のハンセン病療養所には2010年11月末現在2,346名の者たちが入所をしています。ではなぜ故郷に帰れないのでしょう。・・・・・・・・・
 
ハンセン病は全員が完治しています。

 
『ziizii』はハンセン病だけでなく、みんなの為に、戦い続けています。
 
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ベン・ハー』(1959・米・MGM)
母と妹はハンセン病の谷にいるとベン・ハーに言った。
早速彼は、その谷へ行き、母と妹を迎えた。
帰宅の途中、十字架を負って刑場に向かうイエス・キリストと出会う。
奴隷となっていたベン・ハーに、砂漠で水を恵んでくれた人だ。
今度はベン・ハーが1杯の水を捧げた。
その行列を見守った母と妹は、ハンセン病が奇蹟的にいえた。
愛 ・・・
1959年度アカデミー賞にて11部門を獲得している
この記録は現在も破られていない。

 
かつて監禁室として使われた建物を案内する志村康さん=熊本県合志市の菊池恵楓園で2011年5月9日午後3時34分、澤本麻里子撮影

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強制堕胎させられた堕胎児の碑の前で〜

母の命日に

貝殻の歌5 8 さんの転載です。
 
今日は母の命日でした。
 祭壇に母の好きだったちまきと、トマトと枇杷とスイカ
 をお供えして〜
 
 
 
ziizii村の撫子公園の花。
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母のこと。
 
1960年(昭和35年)5月の今日17日。
母は旅立ちました。
享年53歳でした。
母も、らいでした。
らいを病んだ母は強制隔離される寸前に痰を喉に詰まらせて旅立ちました。
母の死に立ち会ったのはziizii一人でした。
ziizii11歳の時です。
 
母の亡骸に向かって当時母が唱えていた法華経を門前の小僧習わぬ経を読みではないですが、懸命に唱えていました。
 
それから2年後、ziiziiが13歳中学2年生の時にハンセン病療養所星塚敬愛園に強制隔離されました。
 
 
優しい母でした今日で満51年目の命日です。
 
母の年をとっくの昔に通り過ぎた息子です。
 
虚弱体質でどこまで生きれるかわからないような子が今日まで生き延びています。
 
母ちゃん。
安らかにね。
 
ziizii。
 

シンポジウムのお知らせ

貝殻の歌5 8 さんの転載です。
 
6月22日の東京でのシンポジウムが決定しました。
 
 下記のプリンとみてくださいね。
 
 
※※
 6月21日の16:30〜18:00までがシンポジウム。
         18:30〜20:00までがレセプション。
 
 
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東京の麹町ですね。
遊びに来れる人はおいでくださいね。
 
シンポジウムは無料です。
そのあとのレセプションはお一人2,000円です。
お飲み物と軽食でしょうね。
 
シンポジウムだけでも、またレセプションだけでもいいですよ〜(^_^.)
 
ziizii。
 
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ziiziiさんの石碑ができる日ですね(^-^)
都合がついたら見に行きたいです
2011/5/16(月) 午後 5:20 [ みんと]
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みんとさん。

石碑の除幕式には総理もおいでになる予定のようです。
シンポジウムの基調報告の徳田弁護士もコーディネーターの国宗弁護士もまた安原弁護士も大変な弁護士たちですよ。
石碑の除幕式の前夜です。
2011/5/16(月) 午後 5:52 [ 貝殻の歌58 ]
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鍵コメ5:30さん。

是非おいでください〜
特に徳田弁護士は超一流の弁護士です。
東大出身の弁護士はうちの弁護団でも何十人もいますがこの人は、私は田舎の弁護士ですから・・・と言い続けて出世を拒んできた弁護士です。人間ができすぎています。
2011/5/16(月) 午後 6:12 [ 貝殻の歌58 ]
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ぽんこさん。

シンポジウム打ち合わせも何もまだ行っていませんが頑張りますね。

来月は定例の厚生労働省との協議会と、今年建立する「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の碑」の除幕式を行います。
菅総理も出席する予定で調整を行っている最中です。
2011/5/17(火) 午後 6:50 [ 貝殻の歌58 ]
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nanさん。

本当に久しぶりでした。
多くの皆さんの参加を希望しています。
今年はziiziiの始めた裁判の勝訴10周年記念ですのでこれを記念してのシンポです。
おいでに成れそうでしたら遊びに来てね。
2011/5/17(火) 午後 6:52 [ 貝殻の歌58 ]
 

中学1年生用のパンフレット〜ハンセン病問題〜

貝殻の歌5 8 さんの転載です。
 
こんばんは。
 この前に3つ薔薇の記事をUPしています。
 そちらも是非ご覧くださいね。
 
 
さて、中学1年生用のパンフレットで「ハンセン病の向こう側」というパンフが厚生労働省から出されています。
そしてこのテキストは全国の中学1年生に配布されこれをテキストとしてハンセン病問題を学ぶことになっています。
 
 
こんなパンフです。
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左が教師用、右が中学1年生用。
教師用が資料等がより詳しくなっています。
 
 
 
 
 
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この中にはziiziiのことも出ています。
 
このパンフはハンセン病問題を通して人権の大切さを学ぶこととに主眼が置かれています。
ハンセン病の歴史や、ハンセン病とはどんな病気なのか、ハンセン病と人権について考えるためのパンフレットです。
このパンフは厚生労働省とziizii、それにziizii達の弁護士で作り上げていったものです。
まだまだ十分とは言えませんがハンセン病問題を知る一助になればと思っています。
 
このブログをご覧の皆さんで中学一年生のお子様のいらっしゃる方は是非一緒にこのパンフを開いてみてくださいね。
 
ziizii。
 
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血の涙を流した強制隔離の地

現実!!
現実を直視して頂きたい。
ぜひとも、理解して頂きたい。

ハンセン病違憲国賠訴訟
全国原告団協議会(全原協)
事務局長 竪山 勲
〒ー893−0031
鹿児島県鹿屋市川東町7078−8
ziizii。 貝殻の歌5 8 さんです。

自分の、住所を明示して、訴えておられます。
この思い、理解下さい。
 
2011/5/18午前 8:01[ KIKITATA ]
イメージ 5
 
【もういいかい お骨になっても まあだだよ】【ハンセン療養所の現実】10年
 
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「もういいかい お骨になっても まあだだよ」

隔離の地を〜故郷なんですよ〜

私は、一生この言葉を忘れません。
残された課題・・・・・・

むせび、ほほを熱いものが、ながれ、止まりません。
くやしい、残念だ、人は人であってほしい。

少しでも多くの、本当の本来の明かるい光がさします様に・・・・・・・

合掌。
 
2011/5/11(水) 午後 4:55 [ KIKITATA ]
 
                                                                                                             

ハンセン病違憲10年 今も続く「隔離」 原告団副団長

毎日新聞 5月11日(水)1時48分配信
http://amd.c.yimg.jp/im_sigg6xsnbx8dduEpygTiNdjPew---x200-y134-q90/amd/20110511-00000002-maip-000-1-thumb.jpg
拡大写真
かつて監禁室として使われた建物を案内する志村康さん=熊本県合志市の菊池恵楓園で2011年5月9日午後3時34分、澤本麻里子撮影
 ハンセン病患者隔離政策を違憲、違法と断じた01年の国賠訴訟熊本地裁判決から11日で10年。差別や偏見に苦しみ、故郷を追われて療養所に隔離された入所者の社会復帰を後押しすると期待されたが、同訴訟西日本原告団副団長を務め、今も国立療養所・菊池恵楓園(けいふうえん)(熊本県合志市)で暮らす志村康さん(78)は「裁判に勝っても差別はなくならなかった。私は『隔離』は今も続いていると思う」と話す。【澤本麻里子】

 10年前の5月11日、熊本地裁は歓喜の声に包まれた。手を取り、抱き合って喜ぶ原告たちの中に志村さんがいた。「自分はこの世にいない」と心に決めて生きてきただけに「人間と認められた瞬間だった」と振り返る。

 志村さんは旧制中学3年の時、ハンセン病と診断され、恵楓園へ。外出制限と労働を強いられる園での暮らしは収容所に近かったという。25歳の時、入所者の女性と結婚。翌年、妻は妊娠したが中絶を強いられた。その子どもに「操(みさお)」と名付けた。

 96年、隔離政策を定めた「らい予防法」が廃止に。しかし、自分が入所している間に弟妹の縁談が破談になり、母親は一家心中を考えたこともあったと知った。「家族のためにも、らい予防法の誤りを明らかにしたい」。98年、恵楓園の入所者ら13人で熊本地裁に提訴。かばんに「操」の位牌(いはい)をしのばせ、「私の子どもを国から取り戻してください」と訴えた。

 勝訴から2年後。熊本県南小国町にあったホテルが、県のふるさと訪問事業に参加した入所者の宿泊を拒否する事件が起きた。恵楓園入所者自治会などに匿名の中傷が相次ぎ、2次被害も生んだ。

 志村さんは言う。「裁判に勝ち、予防法がなくなっても差別はなくならなかった。その証拠に、親戚の結婚に影響が出ないかを気にして、墓参りのためにすら故郷に帰れない人はたくさんいる」

 09年、元患者の生活保障や療養所の地域開放を進めるハンセン病問題基本法が施行された。恵楓園は、地域との交流を図ろうと保育所の設置計画を進めている。入所者に代わって園内を案内するボランティアガイドの養成など次世代の語り部づくりにも力を注ぐ。しかし、全国の療養所と同様、高齢化が進み、今後の運営への不安は尽きない。

 「入所者自身が講話を続けられるのも時間の問題。いろんな世代の人が自由に来られるような園になれば」。志村さんは願う。

【関連記事】
<「生」を訴える島をアートで>ハンセン病療養所で活動するアーティスト
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<隔離と差別の歴史、つらい体験…>ハンセン病元患者が語り部 高岡龍谷高で /富山
<ハンセン病療養所>長島愛生園と邑久光明園、将来構想固まる
<「外に伝える媒介者に」>名古屋造形大准教授らが講演 「ハンセン病を正しく理解する講演会」
最終更新:5月11日(水)10時7分
毎日新聞
 
【関連記事】もクリックして、是非とも、一度、見て頂きたい。
 
                                                                                                             
 
貝殻の歌5 8 さんの転載です。

あれから10年の歳月が流れて〜

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鹿児島県星塚町敬愛園の納骨堂にお参り。
 
 
 
 
 
 
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強制堕胎させられた堕胎児の碑の前で〜
 
 
 
 
 
 
 
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おはようございます。
今日この日は2001年、熊本地裁におけるハンセン病裁判の原告勝訴の判決を勝ち取った輝かしい日であります。
全国の原告はもとよりらい予防法による全被害者の上にずっしりと重く暗くのしかかっていた重石が取り払われ政府控訴断念の時に一気にその思いは天に木霊し、あるものはやっと人間になれました!と叫び
またあるものは暗く長いトンネルをやっと脱したと語り
またあるものは太陽が輝いたとその思いを詩に託しました。
私たちはこの10年、統一交渉団を組んで国との原状回復の道を模索しながら戦いを続けています。
この戦いで多くの成果を勝ち取ることが出来ました。
然しまだまだ私たちの思いとは遠いものがあると言わざるを得ません。
在園者の超高齢化による医療看護介護をめぐる多くの問題。
社会復帰者の医療を始め生活支援、さらに社会復帰してもカミングアウトすることすらできないような環境の改善をどうやっていくのか。
非入所の方々の問題。
家族の皆さんの問題。
残された課題に私たちがどう向き合い、らい予防法による全被害者の要求にどうこたえて行くのかそのことが今問われています。
 
一昨日、昨日と勝訴判決10周年を記念しての鹿児島MBCTVの報道がありました。
第一次の原告の、しげさん、正子さん私も出演しての特集でした。
その中で、看護部長が園内には孤独死はありません。
介護看護の職員らに見守られながら生涯を閉じておられます。
社会とは比べ物にならないくらいここはいいところなんですよと、そんな意味のことをコメントしていました。
孤独死は今までも私もこの目で見てきています。
この療養所に強制隔離された者たちで孤独でない者たちがどこにいるのでしょう。
 
今回のこの報道で、ある第一次の原告は夫とともに一度は社会復帰したかったと、でも夫に先立たれそれが果たせずに残念であると。
また、ここは私の故郷なんですよ〜とほほ笑む彼女の言葉の奥に無念の思いを感じました。
13歳で敬愛園に連れてこられ、強制労働、園内で所内結婚をしてその日に夫は断種され、それでも夫婦で社会復帰を願って生きてきた。
ずたずたにされた人生をどう紡いでも元には戻ることはありません。
血の涙を流したはずのこの強制隔離の地を〜故郷なんですよ〜というその言葉の裏を私たちはよくよく聞き取るべきです。
 
あれから10年の月日が流れて〜
今日午前中に敬愛園に出向き納骨堂にお参りしてきました。
敬愛園の納骨堂には今日までの物故者2,032名のうち、その約78%の皆さんがお眠りになられています。
皆さんの無念の思いをしっかりとこの胸に焼き付けてきました。
 
岡山県邑久郡邑久町にある邑久光明園の故・中山秋夫同志の詠んだ歌
 
「もういいかい お骨になっても まあだだよ」
 
これがハンセン療養所の現実です。
 
皆さんハンセン病問題を今一度学んでみませんか。
 
国の定めた法律によって引き起こされた大きな人権侵害の歴史は、今もなお多くの被害者の上にのしかかっているのです。
故郷へ帰れない多くの遺骨、
故郷に生きる基盤の総てをらい予防法によって奪われた者たちの悲しみの歴史。
法律が侵した人権を学ぶことによって今私たちが何をしなければならないのかが見えてくるのです。
 
 
さて、もうひと頑張りしようや〜日が暮れる前に〜どっこいしょっと。
 
 
合掌。
 
 
ハンセン病違憲国賠訴訟
 全国原告団協議会(全原協)
 
  事務局長  竪山 勲
 
〒ー893−0031
鹿児島県鹿屋市川東町7078−8
 
ziizii。
 
 
転載は、御自由です。 (一部転載も御自由です)
 
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